流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

追加というよりは見直し


 悩みとは当人のもので、他人にとってはどうでも良いことがある。

他人ゆえに深く積み上げることはないが、見え難い事をサラリと教えてくれることもあるのだ。

よく三人寄れば文殊の知恵と言うが、異なる価値観あってのことである。

「んなもんメニュー全体で折り合いを付ければいいだろ」

 豊はノートの右側を四等分して横線を入れた。

左側には縦線を入れると、そこにコロッケやチョリソなど何時でも食べられる料理を列記していく。

そして最後は横割りした右四段目に『冬』と入れた後、その列に『ブリ大根』と記載する。

「こうやって四季がそれぞれ埋まってりゃ良いよ。アサリの酒蒸しなら春・秋の二つが埋まるだろ? オールシーズンで出せるようになった素材は、あえて元のシーズンのみ提供する」

 つまり、左には通年のメニューを、右には季節の定番を書く訳だ。

次は右の一段目に『春』『アサリの酒蒸し』と記し、同様に三段目にも『秋』『アサリの酒蒸し』と記載する。今のところ何も書いてない右側二番目に『夏』、『梅酒』『梅肉和え』と書いておいた。こうしてみると四季すべてに何らかの『季節の料理』が存在しているように見える。

もちろん健ならばもっと料理思い付くので充実させることはできるだろう。

「なるほどな。無理に何か作るよりも、自然にメニューを用意する方がいいのか」

「そりゃそうだろ。どうせ自分が好きなもんが一番なんだし、季節の料理はあるに越したことはないってレベルだよ。それよりも狙うべき客筋の問題だな」

 豊曰く季節感は大事だし、そういうのが好きな客もいるとのことだ。

ただし無理に季節の料理を作って客に押し付ける方が問題だという。もちろんまったく固定しないよりはした方がいいし、旬の食材に季節を感じて愉しむ客には非常に重要だと告げた。

適度に増やす程度が妥当で、後は経験で増減させていくしかない。

「客次第か……」

「そっ。趣味人の客を呼び込み、怠惰な主を嫌う客を逃がさないのが重要。そして獲得すべき客層にも言えるな。今まで来てないこの辺の客を狙うのか、それとも遠方の客が来るようにするのか。もちろん偶に寄るだけの客を常連に引き揚げるのも悪い狙いじゃねえ」

 増やしたい客層によって重視すべき点が違う。

例えばあの常連客とアメリカ人以外の女性客などは今まで来ていない客筋だろう。遠方の客というのは何か好きな料理があるが地元にはないとか、食べ歩き自体が好きな者。そしてリピーターを増やすのも客を増やすと言えるだろう。客単価を無理に上げないことで、安心して飲める居酒屋を目指している。ゆえに客数を増やし消費を安定させることは何より重要だ。

女性目線で入り易いようにする事や、ホームページにデータを載せるのは、今まで来ていない客や遠方の客を呼び込むためでもある。

「まあリピーターに関しては満足度を上げていくしかねえけどな」

「その辺は頑張ってるつもりだよ。腕を上げるのも、好みに合わせるのもな。もちろん清潔にもしてるぞ」

 クオリティ、サービス、清潔感。

十分に美味しい料理屋が、料理以上に重要視すべき項目はこの三つだとされる。既に美味しいのであれば客が敬遠するのは接客の不備や不潔な印象からだ。

ただ、その事を知ってはいても、これまでは実行できていなかったというのが問題だった。

「とはいえ自分で思いつく範囲というのは限られてるからな。だからこそお前さんにも相談してるんだ」

「じゃあアレだな。美琴ちゃんみたいに別の視点で聞ける人を増やすしかないな。もちろん全部左右されると今までの客が逃げたりするから注意が要る」

 既に豊は即座に思い付く範囲のことを全て提案している。

足で探して調べてはいないが、正規の料金を払ってるわけでもないのでし方あるまい。となると彼の視点ではここまでだ。本人ではないからこそ冷静・客観的に見えるというポイントくらいしかない。

三人寄れば文殊の知恵。という状態には常設的な他者視点が必要なのだろう。

「新しい視点かあ……。美琴の友人に聞くとか、いっそのこと常連に聞いてみるか」

「客にアイデアを聞くのは最後な。実行できる内容だからこそ安易に取り入れるとマズイこともある。苦言とかクレームならむしろ客の意見こそ素直に聞くべきだが」

 この辺りは居酒屋よりもスイーツショップで考えると判り易い。

とある客の意見で、その客が好きなイチゴならイチゴに偏ると問題が出る。これがリンゴでも同じことで、あまり一部の客に傾倒するのは良くない。逆に問題意識に気が付いておらず、指摘されることには意味がある。例えば少しずつ試食すると気が付かなかったが、大きなホールケーキで見るとバランスがおかしい。あるいは買い物袋が小さいなり何でも良い。

問題点は幾ら改善しても良いが、店の狙いは店主が自分の考えですべきだろう。

「基本的に日夜少しずつ良くしていくとして、欠点を中心に改善するしかないな。その姿勢さえあれば季節感とかは今のままでも問題ねえよ」

「とりあえずは無関係な人に聞いてみるか。美琴に成人の友達でも呼んでもらおう。豊も知り合いに飲み会好きな人とか居たら呼んでくれ。多少は驕るよ」

 都合よく町起こしのイベントやお祭りが存在するはずもない。

そういった地域への協力は機会があった時に地道にやるとして、今は話を聞いていく事に成ったのである。

いずれ何かの企画を自分でやるとしても、まずはその地盤堅めからであろう。
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