流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

良薬は口に苦し


 まずは美琴の友人で成人女子の意見を聞くことに成った。

白河玄江という料理学校の先輩で、店休日だが人通りのある時間帯で意見を聞かせて貰う事に成った。念のために健が店の奥側、玄江が店の入り口側という配置にした。

この辺りは女性を連れ込むわけではないと配慮しての事である。

「そうですわね……。僭越ながら正直に言ってしまいますと……」

 玄江さんという方は実に辛辣で、歯に衣を着せぬ人であった。

それはそれで美徳であり、時に真実は人を傷つけることもあるが、時には必要な事もあるだろう。

価値観の差というものは、値千金であることもあるのだから。

「どうしてこの店構えで女性を呼ぼうと思ったのか不思議ですわ」

「くっ……」

 別に縦ロールのお嬢さまが高飛車に言っているわけではない。

ごく当たり前の女性が言い難そうにストレートな物言いをしているだけなのが余計に突き刺さる。

ただ手心は欲しいと思わなくもない。

「参考までに何が悪いのか教えていただけないでしょうか?」

「何もかもと言いたいところですが……美琴ちゃんが頑張ったのかしら? 避けるべき要因は特にありませんわね。強いて言うならば女二人で郊外の居酒屋に居るというシチュエーションだと、会社の愚痴を言い合っているイメージしか湧かないくらいで」

 可能な限り改善したい。というニュアンスで真摯に尋ねてみた。

明確な意見を持っている様だから、反感などではないに違いない。そう思って話を聞いた直後は『何もかも』と言われ掛けてショックを受けた健だが、悪い部分は特にないと言われたことに気が付いた。

そこにある種の『含み』を見たのだ。

「悪いわけではない?」

「そうですわね。良い部分が無いだけで。私たちは研究もあって毎月一度飲み会を開きますが、幹事が連れて来ない限り選ぼうと思わないだけです。そして自分から再来店しようとは思いませんが探し出した幹事を褒めはしますわ」

 正直を通り越してあけすけな物言いだが、話はそれだけ早かった。

料理の感想としては値段は安くて美味しいとは思うがそれだけ。だが女性が来ようと思う理由がまったく無い。ということなのだ。

要するに店としては悪くなくとも、女性としては興味が湧かないという事だろう。

「清潔ですし、原価を抑えていながら安かろう悪かろうにはなっておりません。料理学校の生徒が最初に目指すべき卒業生の在り方としてなら模範的と言っても良いと思いますわよ? でもお洒落な要素もヘルシーな要素も、近所に何もないので『ついでに可能な要素』もありませんわ。これではまず女性は立ち寄りませんわ」

「ぐっ……」

 健は料理学校の生徒などではない。

また店の改善点は全て他人に頼んだ物で、彼自身の努力ではない。味に関しては彼の努力の結果だが、もしそれだけを愚直にやって居た場合は、今でも原価も女性対策問題でもマイナスだっただろう。

ただその事を理解は出来ても、何をすべきかが分かるわけではない。

「では何をすれば……」

「それを考えるのは私の仕事ではありませんわね。強いて言うならば先ほどの逆パターン。お洒落なテラス席なり写真に撮りたいほど素敵な料理、あるいはヘルシーで健康的……かもしれない料理。まあ、それこそ都市部でしたら用事のついでに腹ごなしに寄るとかもゼロではありませんけれど」

 言われたい放題だが事実である。

この店に訪れたことを誰かに誇ったり、自分のプラスにする要素が無いのだ。そういう上っ面な部分も無いが……女性だってガッツリ食べたい時もある。そういう時に問題なく食べれるようなヘルシーさだとか、言い訳要素的な物が何も存在しなかった。

そういう努力をしてこなかったというか、気がつく以前の問題だった。

(まったくもって当然な指摘だが、今までと違い過ぎて戸惑うな。この意見が正しいとして、方向性を受け入れて良いのかとかも分からん)

 健は自分が男だから。男としての目線でやって来ただけだ。

決して男性客を満足させる隠れ家とか考えたことも無かった。要するにこの店の欠点は対象を絞り切れていない事だと言えるだろう。ターゲットを明確にしていないので、女性層どころか男性に……年齢層すら意識したアピールもまたしていない。誰からも嫌われたくないという、マイナスを減らす努力をいつのまにか前提にしてしまっていた。

あえていうならば現状の客は男が多いので男性向きとしてはそこそこなのだろう。

「あ、ありがとうございます……大変参考になりま……」

「……ああ、そうですわ。アイデアがあるとすれば、ここにリーズナブルな店があると周知すれば奥様方は立寄るかもしれませんわね。お昼も営業しているとか、お惣菜を買って帰れるだとか、お料理の研究会をやっているなど……告知してしまうのですわ。美琴ちゃんなら主婦層に受ける料理は思いつくでしょうし作れますからね」

 ご意見のお礼を言ったところで、最後の最後で爆弾を投げて来た。

美琴に対して提案した弁当の移動販売ではなく、昼間に店をシェアして貸し出してしまえば良いと口にしたのだ。失敗すれば評判が下がるというリスクは負うが、奥様方が動き易い昼間にも店を開けておけば確かにその客層は見込めるだろう。場合によってはマイナスがあっても、プラスの範疇で収まる可能性の方が高いとも言える。

この話の利点は健の努力はこのまま据え置きで、後は美琴に任せれば済むという所だろう。

(主婦層とかこの辺りに居るお客に目を向ける……か。正しいと言えば正しい意見だ。ただ俺のやってきた店だしなあ。妹とはいえ他人に任せるのは不安な反面、美琴がちゃんと出来るなら現状のままで可能な手段ではある。どうするべきなんだ?)

 この白河玄江という女性は美琴の味方である。

だからこんな意見を口にしたのだが、そこには確かな事実があった。そしてもう一つ……。何かしらの方法で、周囲の町に周知すれば客が増える可能性はあるという事だ。そこに何か納得のできる理由さえあれば良いだけのこと。

目的とした客層に向けた、『系統だった努力』が必要なのは確かであろう。

(ちょっと前までは腕だけ挙げれば済んだんだが……まったく遠いところに来ちまったよ)

 腕前を上げ料理を改良し、個人の好みに合わせる。

今やっている事が上手く嵌れば、それで多少のリピーターは増えるだろう。だが、それでは今までの延長でしかお客は来ない。これ以上増やすのであれば、後は周囲の客層を拡げるか、遠方の客を呼び込むしかないのだ。参考になる事は聞けたが、あまりにも路線が違うので、本当に参考にしてよいのか悩むところであった。

頭が煮詰まっているのを感じて来たので、豊にも聞いて計画を練り直すべきだろう。
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