流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

時として計画は変わる物

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 初めてのフェアであるポテト祭りは成功に終わった。

だが重要なのはここからで、その経験を活かすために健は豊と話し合う。

まずは感想戦。余禄があれば次回の計画の為に練り直すためだ。

「もっと面白い調味料は無いかや、何時も頼みたい以上のマイナスは無かったと思う」

「やっぱり日常の延長ってのが良かったんだろうな。違和感がねえからワザとらしさを感じねえ。いつも食ってる物にバリエーションが増えるだけだ」

 フェアという程のナニカをしたわけではない。

だが話題造りをマイナス無しに盛り込めたことはとても大きい。何度も繰り返せば飽きられるだろうが、当面は他にもフェアの計画があるし、このままでもフェア数回に一回のペースならば好評のままポテト祭のままでも運営できるはずだ。

日常にも組み入れられるディップソースが好評だったのも大きいだろう。

「懸念してた話は?」

「酒も飲まずに居座る客はいなかったし、無茶振りする客も居なかったよ。要望もこっちの想定内で収まってくれた」

 今回の計画を立てた時、幾つか問題点が考えられた。

顕著な例が共食い問題だが、もう一つは無茶振りであったり境界線のあやふやに成りそうな要望の連続である。健は多少の要望なら叶えられる技量はあるが、『アレが良いならコレだって良いだろ』という所まで行ってしまうと何処かで破綻する。それこそ『客なのだから言う事を聞け』だとか『近所のよしみで宣伝してやるから、あれをやれこれをやれ』などと押し込まれるのは大問題なのだ。

仮に健が要望を捌けても、アルバイトに入る美琴が頼まれた時に可能とは限らないのだから。

「なら次は次回へ持ち越す教訓だな。何か気が付いた事はあるか?」

「そうだな。……サラダとパスタへの反応がいまいち薄い気がする」

 ひとまず成功に終わったモノとして、次回に繋げて経験を活かす。

その上で気が付いた事を修正し、全体計画をブラッシュアップする予定だった。健がこの時に考えたのは、先月とフェア中の反応の差であった。

実の所、ポテトほど反応が良くない。もちろん実食すれば好評の可能性はあるのだが……。

「このセットじゃないと駄目か?」

「飲み会で定番のポテトと少しパンチの弱いサラダやパスタじゃ比較できねえのは最初から判ってたろ? だかこそセットにするんだろうがよ。後へのヒキにも一応なるしな」

 この話は既に散々話し合った事であった。

ポテトは酒と一緒に愉しむことが可能だが、サラダとパスタは微妙な気がした。だからこそ、その二つを同時開催することで互いの弱さを補いつつ、お洒落さを演出しつつもワザとらしくないようにしようとしたのだ。ホームページへ載せておけば少なくともお客が飲み会をする時の参考資料にはなる。

それなのにどうして否定しようとするのか?

「それは判ってるさ。だがポテトの時はセットなら殆どが頼んでいたし、頼まなくともお勧めで入れても感触は良かった。だがその二つはどっちも頼まない可能性があるし、喜ばれない可能性もあるぞ?」

「そりゃまあそうだが……『他の計画』にすんのか? 時期がまだ悪いぜ?」

 もっともな話だったので健の話に豊は頷いた。

だが先ほども言ったが散々話し合った事だ。時期の悪い食材やもっと良い時期のある食材は避けているのだし、一朝一夕に新しい計画は生まれたりはしない。そんなに都合の良い計画があればとっくに採用している。

そもそも食材には旬があるし、旬とはそれだけで話題になるのだ。

「微妙な計画に他の計画をくっつけるというのは悪くないと思うんだ。たとえば特定の酒類はどうだ?」

 健の脳裏にあったのはアメリカ人の客が頼んだテキーラという酒の事だ。

主にメキシコで造られる強烈な酒で、その強さを愛好する者も多い。この居酒屋では日本酒とビールが主体なので手広く置きはしないが、フェアの期間中や注文の品だけなら悪くないと思えた。

sくなくとも直近の要望があるのも良い。

「例えば六月頭はサラダと洋酒。七月頭はパスタとクラフトビールという風にするんだ。日本酒は他の季節かな」

「ふん。……お前さんにしちゃ悪くないアイデアじゃないか。現行のアイデアと比較してみるか」

 豊は散々計画した内容を否定することをアッサリと受け入れた。

彼は元から健の店で彼個人の伝手で頼まれただけだ。責任が無いのもあるし、珍しく友人が言い出したことならばそれを助けるのも仕事だろう。もちろん意味のない計画ならば止めさせるが、この段階では悪くなさそうに見えた。少なくとも居酒屋でパスタとサラダの組み合わせよりは良いだろう。

これが地方の定食屋や食堂なら続行させたかもしれないが、居酒屋としては酒の方が正しいだろう。

「悪いな。せっかく色々刷ってもらってるのに」

「構やしねえよ。コンサルタントにとって重要なのは依頼人のやる気だしな。それに微妙だってのはお互いずっと考えてたろ」

 店に張ったり、持ち返ってもらうチラシは既に考案してあった。

完成稿ではないので大量印刷はしていないが、ここまで用意する段階で大変だっただろう。それでも計画が直前で変わるのは良くあることだと豊は笑って見せた。

それに彼から見れば関わった計画が外れるより当たる方が後の評判に繋がるのだから。

「まずはこんなもんか」

 そしてメモに並べられたのは三つの項目だ。

一つ目は従来通り『サラダとパスタ』、二つ目は『酒類』、三つ目は『まだ見ぬ新アイデア』。そして酒類の脇から、『サラダと洋酒』『パスタとクラフトビール』と記載していく。

それらを見比べ、メニューを見比べてふと感じることがある。

「待てよ? 仮に変更するとしてサラダは七月にしねえか? つーか枝豆もサラダの一種に数えりゃ面白くね?」

「ああ! 確かにその方がセット感があるな! 何で思いつかなかったのか……」

 途中でサラダとパスタの上に、お互いを向いた矢印を入れた。

実際に枝豆の塩茹でをサラダに数えるかはともかくとして、これから暑くなる時期に『ビールと枝豆』はつきものである。七月頭のフェアで紹介するのは理に叶っていた。

誰もが思い描く、ビールと相性が良い相手というのも良い。

「何なら今から時間を掛けて枝豆の種類を探していいしな。その点パスタはオールシーズンだから移動させんのは楽なのがいいな」

「アサリを使う事を考えれば、春か秋にしたいところだけどな。……あとは鮎か」

 二人は思い付いたアイデアをベースに色々と話し合った。

何が良いかと言ってポテトの盛り合わせのように、居酒屋で用意するフェアとして違和感がない事だ。料理の分類としてフェアを考えていたから思いつかなかったが、枝豆とビールであればポテトに匹敵するパンチ力があった。他にも鮎とビールの相性が良いがこちらは原価の問題が存在した。年々採れなくなる鮎は高騰するし、釣った物を直接分けてもらうにしても限界がある。

この辺りは赤字脱却しつつあるとはいえ、零細居酒屋の体力不足であった。

「フェアとしてはサラダなんだし、鮎に関しては赤字覚悟の数量限定で良いだろ。となると六月の再調整と検討だな」

「がっつり食えるパスタを前提として、ワインか何かをメインに幾らか洋酒を入れるとして。あとは別件で、一年物の梅酒で洋酒をベースにしたやつが考慮の範囲かな」

 計画はまず七月を『サラダとビール』で固定とした。

その上で六月を穴埋めと思わせないように、良い計画を立てる必要がある。もちろんもっと良い料理や目玉になる食材があれば、六月の構想からパスタを外しても良い。先ほど言ったようにパスタはオールシーズンなのだから。

こうしてフェアの運営は順調に進み、アイデアを豊に頼っていた健も徐々にだが成長していったのである。
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