流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

強引グ、マイ、ウェイ

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 二回目のフェアで大きな変更は、組み合わせ以外にもう一つある。

それは期間中に限り、セットの中にアルコールが入る可能性があるという事だ。洋酒やクラフトビールを紹介するフェアなので違和感がなく、原価率の良い酒を自然にお勧めできる。

阿漕に儲ける必要はないがバランスは取っておきたいものである。

「ほう……。うまいな」

「へへーでしょー。あたしもこれでバイトしたことありますからね~」

 フェア当日の開店前、健と一人の女性が暗がりで話し込んでいる。

店先に座ってペチャペチャと音を立てて、ナニカを操っていた。シャッシャと音が走るたびにそこにナニカが誕生する。

もちろん店頭なのでカクテルを作っているわけではない。

「あんたら何やってんのよ?」

「コテ絵だとよ。最初はコンクリの状態が悪くて相談したんだがな。こんなんで絵が描けるもんなんだな」

「ですです。セット一回分の料金でちゃちゃっと仕上げちゃいました」

 美琴が覗き込むと、つい先日までへこんでいた場所が直っている。

入口の脇に小さなテーブルを置いて誤魔化していた場所へ、カエルが相撲を取ったり酒を呑んでいる絵が描かれていた。それもセメントで描かれた物であり、乾けば苦労して掘ったかのように見えるかもしれない。

これをコテ絵と呼び、一部の左官が得意とする技法であった。

「そういえば健さんってどうしてこんな感じのお店にしたんですか?」

「……ハンバーガーショップで思ったことはないか? あの店のハンバーガーとこの店のポテトが同時に買えたら面白いなって」

 佐官屋の娘は思わずキョトンとした。

他愛ない質問に他愛ない言葉が返って来た。普通はありえない話だ。今みたいに大型スーパーにフードコートができる時代でも、できるだけ同業者は並べて入れないことが多い。

とはいえ理解はできる話だ。

「要するに自分好みに合わせたかったのさ」

「あはは! 判ります! コンビニでもありますよねー。あそこのチキンとケーキがあれば完璧だとか!」

 好きな料理を『適当』に用意したかった。

ただそれだけのことであるが、なんとなくニュアンスは伝わる物だ。誰だって自分好みの食べ物だけを食べて居たい。

問題なのはファーストフードに限らず、料理を考案者次第という事だ。

「約束通り今夜のフェアでは好きな物を三品驕るよ。せっかくの腕前の代金には釣り合わないけど」

「そんな~。あたしも稼業だけど専門家ってわけじゃありませんしね。とりあえず今日は上から下まで制覇する予定です!」

「馬鹿な事いってんじゃないわよ。アル中で死ぬって」

 ノリの良い話題に美琴が苦笑を入れた。

今日のフェアではどんなパスタがあるのか、どんな酒が人気あるのかを知りたかったのだ。これが大都市の居酒屋ならその二つで結構回るはずなのだが……。問題はここが郊外の中でもハズレの方だということだ。

どこまで売れ行きが良いかなど分かるはずもない。

(趣味の問題よりもこの辺だと自宅で食べるとか、帰宅前に会社の近くで食べて帰って来るって人多いでしょうしね。どんなもんかしら)

 美琴はここの昼間を借りて店をやりたいと思っているが、流石に無謀ではない。

兄の店で居酒屋がやらない昼間だから安価に借りれる……というかアルバイト代で相殺できるから考えているだけだ。そもそも自分のやりたい店の方向性と、この地域が合わなければ無理をする気は無かった。では何のために美琴は此処で商売をするのだろう?

この場所で自分が何が出来るのか、したいのか、どうするのかを次第に美琴は考え始めた。

(でも店をやりたい理由かあ……なんだったっけ……兄貴がやりたいとか言ってた影響受けたとか……?)

 今では忘れたが、始まりの言葉というものがあった。

誰かが古民家風で隠れ家のような店を持ちたいと言ってたような気がするのだ。自分もそれに賛同し、隠れ家のような店が良いなと共感したことを思い出した美琴であった。

ただ、それが誰の言葉であったかはもはや思い出せない。

「私はいつものを。お酒はサングリアで」

「私はチョリソとテキーラでお願いしますね」

 やがて常連客が連れだってやって来た。

女性客たちが顔を出すと、パスタには目もくれずに好きな料理と新たに酒を頼んだ。今宵ばかりはセットに酒が入ると聞けば、やはり頼める中で好きな酒を飲みたいものだ。どうせ店長のお勧めはパスタになるのだろう、あまり気にする事ではない。

居酒屋に来てまで誰かに遠慮する必要もあるまい。

「あいよ。ちょいとお待ちを」

 健は笑顔でそんな二人へいつもの料理でもてなすことにした。

当然ながらこれまでの付き合いで、チーズならばどの程度を融かしておけばよいのか、チョリソならば香辛料をどの程度追加して焼けばよいのかを聞き出している。彼女たち好みにし上げながら、お勧めのパスタは何が良いかと考え始めた。

それはいつもの光景であり、合わせるおすすめ料理は千差万別に変化する。健が求める日常と、そうでない変化の両方を味わえる瞬間だ。

(ねえ兄貴。あの二人ちょっとペース早くない?)

(外国人のお客な。あの人は仕事の関係で門限が早いんだと。何も無きゃいいが、緊急連絡が来たら時間内にすっ飛んでいかないといけないそうだぞ)

 テーブル席に陣取って杯を傾ける二人を見て、美琴が尋ねて来た。

お客の事なので詳しくは話さないが、門限のことくらいは良いだろうと健はコッソリ応じた。早めに初めて早めに終わる人間というのは限られるものだ。黙っていて探られるよりも、最低限の情報で黙らせておこうという事だろう。なお……。

まったく物おじせずに突撃する者も居る。

「ナイスチューミチュー! ちょーっといいすかー!」

「ハイ?」

「こら! なに人様に迷惑かけてんのよ」

 目を離した隙に躊躇や躊躇いを置き去りにした娘が突撃していった。

美琴の友人でもある左官屋の娘が常連客に話しかけていたのだ。もちろん常連同士であったり、隣り合う席の者がちょっとした会話をする事がないではない。

だが、ここまであけすけなリポートは初めて出会った。

「あらあら。構わないわよ。何が聞きたいのかしら」

「それはですねえ。この店で好きな料理と、お勧めの料理を聞きたいかなって。どうしてか気になるじゃないですかー」

「それはですねえ……」

 なんと常連客から見ての『良さ』に関する調査である。

ここから健にとって聞きたくないような、聞きたいような不思議な空間が始まる。いずれにせよこの女性客たち以外のお客が現れ、救いの神となるのはまだ先のことであった。
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