流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

閑話休題2

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 二回目のフェアを乗り切った健だが、思わぬ案件が持ち込まれた。

それ自体はどうでも良い話なのだが、無碍にするのも後を引きそうだという妙な話である。

関係者のお願いという物はそんなものである。

「それで、この海老を何とかしたいと」

「はい。こんなに大量にもらっても使い切れませんし、かとって御裾分けするにも近所が遠くて」

 健が昼間に準備をしていると不意にインターホンが鳴った。

出てみると美琴の友人で、花屋の娘さんがクーラーボックスを片手に困っていたという塩梅である。

妹の友人ならば無碍には出来まい。

「食材として買い取るには微妙な量で、かつ、貰い物を売るのも憚られる。と。……まあ事情は分かった。しかし、君は選択肢に迷うタイプだな」

「はへ? はい! そーなんです。色々可能だと、つい迷っちゃいまして」

 個人で使うには大量だが、居酒屋のメニューとして使うには足りない。

まあこの零細店ならば十分な気もするが、貰い物を右から左に商売に使うのもどうかと思う。第一『鮮度は保証します!』と言われてはいるが、馬鹿正直に信用する訳にはいかない。向こうも売ったり店に出すのは心苦しいようなので丁度良いと言えなくもない塩梅だ。

溜息を吐きながら健は問題を考えた。もちろん狭い場所で男女が一対一になる心配ではない。

「では幾つかお勧めの方法を教えてあげよう。代わりに忙しくて、それなのに美琴がヘルプに来れない時にでも力を貸してくれればよいよ」

「すみません! その時はきっとお手伝いしますから!」

 できれば自分の店にも有益な方法を思いつくのが一番だろう。

そこで健は大量の海老を七つに分け始めた。それだけで扱いに困る分量が、むしろ少ない量に成ったような気がした。

七種類の料理を試作するには少ないと見えなくもない。。

「今から料理を七つ作ってみてくれ。作り方を知らなければ教えるから」

「はっはいっ……って七つぅ!?」

 幾ら何でも無茶振りが過ぎたのか、反応が止まった。

人はあまりにも無茶振りが過ぎると思考回路がショート寸前になるものである。

だが冷静に思い返して欲しい。海老は人気なので料理は実に多いのだ。

「そのくらいの数を作ると決めたら、迷って何を作ろうか悩むことも無いだろう? とりあえず二山以外は冷蔵庫にしまっておくか」

「ででで、でも……七つもいきなり思付けませんよ!?」

 オドオドする娘は可愛らしいが、妹に見られてもコトだ。

健は何も言わないことを良いことに、五杯分の海老を冷蔵庫にしまい始めた。そしてアタフタする様子を無視して、海老の下処理に入る。

山一つを健が処理すると、溜息ついてその子も手伝い始めた。

「さて、思いつかないなら解決手段を提示しよう。この頭は焼くか揚げてスナック状にする。寿司屋に行くと偶にやってくれる店があるだろう?」

「え? ああ。そうですね。じゃあ油とニンニクを用意しますね」

 戸惑っていたのだが一品ほど説明すると出際が良くなっていく。

どうやらこの娘は判断力と決断力が遅いだけで、他の要領は良いのだろう。何というか佐官屋の娘や美琴が率先して課題にアイデアを出し、この娘と玄江がフォローする姿が容易に思い浮かぶ。

そんな人間関係が思い浮かぶようではないか。

「一山目のガラと、二山目の頭・ガラを使ってビスク・ソースを作る。スープにする場合は、残りの海老の頭やガラも使ってしまおう」

「凄いです! 身を全然使っても無いのにもう二品ですよ!!」

 海老の頭や殻などのガラは印象の強い味が出る。

健の言葉を聞いてフライパンで焼いてた娘は、視線だけを動かして擂り粉木やミキサーを探し始める。その間も基本的には火の確認をしており、ウッカリと焦がしたりすることもない。これだけ手際が良いのに、どうしてあれだけ決断力が無いのか不思議なものである。

もし友人たちに訪ねれば、A型人間の典型だと仲間たちは言うだろう。

「困ったら焼く以外にも揚げるとして、ひとまずは他の料理で考えるか。まずは三品目に頭と尻尾を残したエビフライを作ろう。その計算をしないと、ビスクへの下処理を先にしてしまうからな」

「なら、ひとまずそこの身はお刺身にしちゃいましょうか。これで四品」

 油を切る用意をしながら、皿も用意して配膳の準備。

ビスクは後回しでも良いと仮定して、剥き出しのままになってる海老の身を皿に盛り始めた。その様子を見た健はもう一度苦笑いを浮かべて、この娘の性格を悟った。

おそらく性格的に、得意な事と苦手な事が決まってるタイプだ。

「君は少ない判断材料なら的確に思いつくな。パズルとか好きだろう?」

「あれは答えが決まってるから考えるの楽なんですよね」

 健は頷きながら、海老の身が盛られた皿の横に調味料を並べていく。

しかし不思議な事に、生醤油以外にも胡麻ドレッシングやポン酢を置いて行った。

つま、ソレは他の料理に使うということだ。

「刺身の身だけでは味気ないな。一部はシャブシャブにしよう。これで五品目。あと二品しか残ってないな。では何が作ってみたい? 普段は教えてもらえなかったり、滅多に食べないような物でも良いぞ」

「良いですね! なら海老のアヒージョを! さすがに女の子がニンニク臭いまま町を歩けませんからね」

 こうなってくると後は簡単だ。

海老の頭を焼いた物とアヒージョでニンニク系はもう沢山。刺身とシャブシャブで生から派生する物も打ち止めにしておこう。この上で寿司というのは被り過ぎだ。ではビスク・スープまたはビスク・ソースのナニカを作り、エビフライが控えている。残るは何を作れば面白いだろうか? せっかくなので健が言っている様にあまりやらない物の方が大白いだろう。

パっと思いつくのはエビチリだが、それでは面白くあるまい。

「最後の一つは?」

「海老真薯を作ろうと思います。……ということは先にこっちをやった方が良さそうですね。ビスクは味が強過ぎますから」

 真薯というのは山芋や卵を繋ぎに使った練り物だ。

それほど味が強い物ではないし、頭やガラを外して磨り潰すから流用するのに目安が立て易い。

ともあれ、これで七品の目算が建ったことになる。

「うん。こういう商売だと注文順だし普通は仕込みを先にするが、一辺にやらないといけない時は優先順位を作るのは正しいな。ビスクは最悪、全部作った後に作って持ち帰ればいい。所詮はガラの再利用だからな」

「はい!」

 答が出たことで二人は、手分けして七品を一気に仕上げた。

そして健の仕込み時間を使ってしまった責任を取り、そのまま夜の準備をしつつ冷めたら美味しくない物を食べながら作業したのである。
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