流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

古い課題の終わりと、新しい課題の始まり

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 次のフェアであるサラダとクラフトビール祭り。

その細部調整を行いながらポップの絵を微妙に変化させた新しい物に変えて、少しずつだが進歩しているというのを伺がわせる。枝豆に追加してバターコーンや鮎の絵程度だが、妹の美琴曰く、それでも見る者が見れば使い回しではないことが判るだろう。

なお、その美琴であるが……。

「ぐぬぬ……。これが200円のデザート……」

「そっ。美琴ちゃんには悪いけど、少なくともこの味を超えないと厳しいよお~」

 業務用スーパーで購入して来たデザートが並べられた。

牛乳1リットルパッケージと同じサイズが二つに、弁当箱より小さいサイズの長方形が二つ。それぞれコーヒーゼリー・杏仁豆腐、レアチーズケーキ・チョコブラウニーとなる。これに生クリームのよそうな添え物を追加したとしても合計で1000円前後で揃ってしまう。

実に手軽な業務用のおやつであった。

「この辺のどれかをチョイと切り分ける。生クリームを足せば立派なデザート皿になる。まあこれだけだと小鉢の400円均一にゃあ難しいが、コーヒー豆の深煎り・浅煎りと酸味の強め弱めを指定注文して買い置きしとけば十分だ」

「きぃ~。判ったわよ! 思い付くまで当面デザートフェアは諦めるから!」

 実際に一切れ程を切り分けてみると結構な食べ応えがあった。

なんというか美琴がフェアのアイデアを思いつき、そのうち出来ないかと相談して来たのだ。この店にはデザートが無いので、アルバイトを始めるタイミングで幾らか導入。秋口までに案をまとめてみたいと申し出て来たのである。

それに対する豊の回答が、この有様であった。

「私のアイデアが未熟だったって事で仕方ないけど、豊さんなら他にどんなデザートを用意するの?」

「そうさなあ。駄菓子屋の問屋に直接話をして、珍しい所を盛るかな。単品はともかくアソートなら400円で300円分なくたって頼んでみたい」

 諦めきれない美琴に対して、豊の回答はそっけなかった。

デザートを造るのではなく買って来るだけで済ませる辺り、自分の腕がなくても可能な範囲で選択しているのだろう。美琴には料理の腕があり、豊かには腕は無いがアイデアはあると端的説明して見せたのだ。

だがその話に微妙な顔をしたのは美琴である。

「ちょっと! 駄菓子って薄利多売なんでしょ? 目分量でも300円前後を盛ったら儲けなんかないんじゃないの? それならもうちょっと……」

「そりゃそうさ。この場合は在庫管理と人件費の問題対策だな。この方法なら明日からでもできる」

 儲けが無いという言葉に、儲けではなく話題用であると返事が返る。

可愛いデザートを作れるという方向で斬り込もうとする美琴に、どこまでも豊は淡泊だ。この居酒屋の経営が安定してきた段階であり、美琴の発言力が高くなって、妙な提案を採用されると困るからだろう。彼女の強みをことごとく叩いている。もちろん他のアイデアがあれば別の対応をしただろう。

アイデアマンに正面からアイデアで挑む方が無謀と言えた。

「冷蔵庫は基本は肉か魚で一杯だからなあ。そりゃ分量を減らしても良いが、臭いとか問題になるだろうし」

「兄貴は黙ってて! だいたい、その辺は飲み物の方を使うから大丈夫よ!」

「おやおや。女性向けにソフトドリンクとかカクテルに使えそうなの増やせって言ってなかったっけ?」

 こっちの二人にとってはそうでもなかったようだ。

 健としては採算が取れ、お客が喜ぶならどっちでも良いのだが……。

美琴は自分の作りたい物の為に気合を入れ、豊は採算の為にガス抜きをしている。儲けの出るアイデアを思いつくか、さもなければデザートを注文する客が増えてこないと難しいようだ。

もはや話の前提が違うと言うほかは無かった。


「とりあえずその件はまた練り直して来ればいいだろ。ひとまず来月の詰めと、その次の話だ」

「判ったわよ!」

「はいよ。今度はお前さんの課題だな」

「来月の詰めはまあ無茶な話じゃなきゃ良いだろ。枝豆の種類を増やすとか、ビールの買い置き増やすくらいの話だし。で、お前さんは八月頭に何をしようって?」

 このまま延々と続けられても困るので、健は話を切って本筋に戻した。

合わせて豊の方は改めて健に出しておいた課題に向き合う。彼はコンサルタント会社に勤めており、このまま延々と関わり続ける時間があるわけでもない。クライアントが遠方だったら飛ばされて戻ってくるまで時間が掛かる時もあるはずだ。出張で二・三日などというペースで戻って来れたら奇跡だろう。だからこそ豊は今の内に健自身で、ある程度のアイデアを出せるように注文しておいたのである(美琴はこの話を聞きつけたと言える)。

要するに何時までも出世払いで突き合わせるなという意思表示だ。

「暑い時期だからな。いっそ安直に納涼系で締めようと思ってる。冷奴に素麺を主力として、その種類やタレの類を増やす事になるか」

「まあいいんじゃね? 手は掛からないしその辺の原価は知れてるからな」

 幾つかの組み合わせを試した上で、お勧めに何種類か用意しておく。

仮に冷奴であるとしたら、豆腐の種類を三種から五種類程度用意して置き、その内の二種を選べても良いだろう。掛けるタレの方も生醤油・出汁醤油・ドレッシング系・コチュジャン・肉味噌系など色々用意しておけば良い。普段は食べられない組み合わせというのは、それだけで食欲をそそる。豆腐やタレなど一つ一つは今時は通販で頼むこともできるが、複数種類を一度に試すのは同じメーカーでもなければ流石に難しい。

それらの前提を用意した上で、料理人の腕で市販品の上を行くわけだ。

「あえて言うならサラダとクラフトビールフェアで人気のあった枝豆やビールを増やしとくくらいかねえ? あ……そういや枝豆タレとか枝豆豆腐みたいな変わったのも食ってみてえが」

「そういうのも一応は用意できるようにはしとくよ」

 ひとまずは問題は無いようだ。

健は豊の反応以外にも、バッサリ切られたばかりの美琴が何も言わないのでホッとしていた。安易すぎるとかアイデアを先にもらったのではないかと言われそうな気がしたからだ。もちろんもっと良いアイデアがあっても、クライアントである健に遠慮した可能性もある。しかし最低限の計画は店主である健が立てる事が出来、その穴を補強すればよいと思ったのは確かだろう。

この店の相談を始めた当初と比較して、健にも少しずつ見るべき物が見えて来たのかもしれない。それは古い課題の終わりであり同時に新しい課題の始まりなのだろう。
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