流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

認識の差


 何を野菜として捉え、どう使えばサラダになるか?

それは個人や文化圏ごとのイメージにもよるので一概には言えない。とはいえそれを他人から聞くのは面白い話である。

例えばアメリカン人のトウモロコシ感だ。

「コーンがこれほど日本人に好まれているとは知りませんでしたね。ステイツでは家畜の餌でしたから」

「それを言えば大豆もでしょ。油を取ったら家畜の餌だものね」

 今回も好評で早速、常連客が来てくれている。

常連の女性客とアメリカン人のお客が来てくれたので、サラダとクラフトビールのフェアで、お通しには削ぎ切りにしたトウモロコシと定番の枝豆を出した。するとこんな話が聞けたのは面白かった。用意した物が家畜の餌と言われて怒る者も居るのだろうが、今回は蘊蓄を聞かせてもらう立場なので健に取っては気にならなかった。

もちろん認識問題であり、トウモロコシを材料にした食品は食べたことがあるだろう。

「日本では大豆から何でも作りますからね。日本人からしたら信じられません」

「そうですね。豆腐も今ではベジタリアンには必須の食材です。昔はなんでこんなものを、と思いましたが、ちゃんと調理された豆腐は最高です」

 この日のお勧めは豆腐を中心に据えた野菜ステーキである。

脇には長芋とタマネギの輪切りもステーキにして、肉味噌風のアンをたっぷり掛けている。今日のフェアはわりと安い物が多いので、原価率に気を使ったということもある。また枝豆やバターコーンの様な軽い物が人気になると判っているので、こういった物でバランスを取っているとも言えた。

普段は野菜を好まない人も、つまみとしてなら喜ぶのが不思議な物である。

「認識の差と言えば映画で見たリンゴや生卵の差も大きいわね」

「リンゴをマズそうに吐き捨てるのは、挑発の意味もありますが野菜に近い甘さですからね。日本のリンゴやイチゴはとてもジューシーで甘いことに驚きました。サルモネラが居ないとはいえ、生卵を常食するのはビックリどころではすみませんでしたが」

「なるほど、納得です。リンゴもですが生卵を呑むのがどうして特訓か首を傾げましたから」

 雑談しながら提供する酒だが、今夜ばかりはクラフトビールが多い。

いつもは定番の酒を呑む物も、フルーティなビールやスッキリしていると聞いて試してみたくなったらしい。

……まあ何時もの酒を頼む者も居るのだが。

「長芋のステーキだけくれ」

「あいよ。他の代わりに少し多めにしときますね」

 カッパさんはいつものように日本酒とキュウリで楽しんでいた。

しかし、今回のお勧め自体は気に入ってくれたようだ。肉味噌を掛けた小鉢の他に、バターで焼いた後に出汁醤油をかけた小鉢を出して二種類の味付けて提供しておいた。それらを一通り片付けてから、甘口のクラフトビールを頼んだのは義理だろうか、それとも興味だろうか?

酒在り気とは言えひとまず皆に好評だったので良しとしておこう。

「美琴、何を考えてるんだ?」

「さっきの話を聞いててさ。昔は野菜みたいだったフルーツがあるなら、来月の納涼フェアにフルーツを使ったサラダってのも面白いかと思って」

 最近になって美琴はアルバイトで入るようになった。

サラダとクラフトビールフェアでは混雑も予想されたので頼んでいたこともあり、給仕の一部を頼んでいたのだ。とはいえ言う程に人は来ない為、無聊を囲っている間に何か考えていたらしい。

小人閑居して不全を為すと言うが、暇と言うのは赤字の大敵である。

「止めはしないが……」

「判ってるわよ。豊さんが散々言ってる予算とか独自性ってやつよね。本当は海外でも人気のデコポンとか使いたいけど、夏みかんとかオレンジをメインに組むから」

 どうやら美琴はこの間の薬が効きすぎて居るようだ。

無理にサラダにしなくとも、安く仕入れたフルーツを盛り合わせれば良いのではないかと思うのだ。それこそゼリーなり寒天を浮かばせてデザートにしてしまっても良い。フルーティなクラフトビールも案外人気があるので、納涼フェアの時だけなら悪くないと思ったのだ。しかし美琴はいつもと違い、デザートではなくサラダに頭が行ってしまっている。難しく考え過ぎて足元が見えなくなってるのだろう。

そんな様子に以前の自分もそうだったのだろうなと溜息を吐く健であった。

「大将! ビールと枝豆追加! どっちもいつもの方で」

「わしはバターコーンを頼むぞ! この板になっとるやつじゃあ!」

「あいよ!」

 とはいえ健も、ようやく必要な事が見えてきたような気がするのだ。

客が望んでいるのは酒やビールであり、それを楽しく呑める『場』なのであろう。今日はクラフトビールフェアだと言うのに常連には普通のビールが売れている。だがフェアを楽しみ次のフェアは何かと尋ね、あるいは自分が好きな物を確かめて注文を繰り返す。枝豆を小鉢に盛り、スライスしたトウモロコシを焙りながら笑って客の注文に応えた。

決して狙い通りではない。だが、それで良いのだろう。

(売り上げが上がって、お客も楽しんでくれる話題になった。それで良しとしておこう)

 一部の新し物好きや話を聞きつけた連中だけが珍しそうに頼んでいる。

それでも売り上げ自体は上がっているはずだし、客もきっと微妙に増えているに違いない。その努力は無駄では無いと信じたいが、重要なのは『場』を盛り上げて維持していく事なのだろう。

次のフェアのみならず、いつもの日々も楽しくやれたらと今更のように思う健であった。
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