流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

古き跡を追って

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 順調と言えば順調に、順調ではないと言えば順調ではなくなった。

何が言いたいかというと、美琴に亡くなった叔父さんの計画がバレたのである。予定という程固まってはいないが願望という程に小さい物では無かったために、その件を知る者は多かったというのもある。健も口留める様な性格をしていないのも大きいだろう。

せっかくフェアが好調だと言うのに、あるいはだからこそ話に出たのかもしれない。

「どうして黙ってたの?」

「悪い悪い。話を聞いた段階で、その叔父さんの計画を真似るのは無理って判ったからさ。ガッカリさせまいと話さなかったんだ」

 プンプンと怒る美琴に対して豊は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。

面倒くさい方向に話が転がらないようにしただけだとは思うが、嘘という訳でもないのだろう。

何しろこのとっちが原因で儲けが出ないのも確かだからだ。

「じゃあ教えて。本当にそうなら黙ってる必要もないでしょ?」

「判ったよ。資料が無いから当たるも八卦の予想になるけどな」

 そんなことを言いながら試し飲みしている自家製梅酒を傾けた。

洋酒フェアの時に残った酒に梅を漬け込んだ物で、味が良く分量がある酒は納涼フェアで出す予定である。今の内に試飲する意味はある……と理由を付けて昼間から酒を呑むとは良い御身分である。

まあ、悪徳は至上のスパイスとも言うが。

「古民家カフェを昼間にやりながら、無理ならタクシー登録して休みの日にヘルプで入るってとこかな」

「タクシー? もう完全に別業種じゃないの」

 豊は頷きながら、仕入れて来た食材を指さす。

それは健が車で市場や農家まで購入しに行ったものだ。最近は車載用量の大きな車が中古で安価に出回っていて助かっていた。

叔父さんが計画を決めた時辺りは、エコカーと車載量型に分岐して屋張ったのだ。

「あくまで古民家カフェも上手く行かなかった場合だぜ? 大前提としてそれなりに大きな車で仕入れに行く訳だから車のサイズに余裕はある。ということはお年寄りを含めて送迎するには難しくないってこった。忙しい日にはバイトを雇うって話だったし、留守番は出来るだろ」

「なるほど。副業としてやるのか。俺には無理だが叔父さんは運転が丁寧だったしなあ」

 居酒屋も毎日やってるわけでもないし、昼間が完全に開く日も出る。

もちろん休まずに働けば体調が悪くなるだろうが、叔父さんが生きていた当時はそこまで経営が悪化して居なかったはずだ。あくまで古民家カフェを並列し、それでも駄目ならタクシー運転手にも手を出す。

そんな二段構えの戦術でなんとか採算を確保しようとしたのかもしれない。

「でも場所を覚えたりとかは?」

「野菜を買いにあちこち農家まで行くんだ。少しずつ覚えるくらいは大丈夫さ。なんだったら先に宅配業者のバイト募集に参加しても良い。荷物一個で何十円だか百円だかしらないが、一日に二十軒に抑えて回っておけば覚えにしても店を続けるにしても問題ないさ」

 叔父さんを知る人の伝手で農家を紹介してもらった事で美琴にバレた。

ご隠居達の中には釣り師が居て話をしに行ったし、その関係上、農家をしながら釣りに嵌っている人の元へ行き……。数珠繋がりに知り合いであるという農家を紹介してもらったのである。文字通り芋づる式という程多くは無いのだが。どの過程でおじさんの話が出て、『あの話だがな……』と美琴が居る場所でも話が出たのである。

いずれにせよ田舎は狭いので、親しい者同士に限れば噂が直ぐに回る。


「それに重要なのは『顔』を売る方だぜ。道を間違えて数が減っちまっても良いのさ」

「顔?」

「知り合いが増えると、つい寄りたくなるだろ? カフェにしても居酒屋にしても顔は広いに越したことはないからな」

 豊の言葉に美琴が首を傾げたので健が説明してやった。

滅多なことではアルバイトの為に客は来ないが、腕の良い板前であったり全体的に気に行った店には客が訪れる物だ。名物店にまで行かずとも、自分で行ったり友人を誘い易くなるのだ。判り易い例でいえば常連の女性客だろう。アメリカ人の客が自分のこだわりに合わせて修正してくれるこの店を気に入ると知って呼んだのだと思われた。

お互いにどうでも良い状態ならそこまでしないし、親しく成れば親身になるものだ。

「そうそう。もうちょっとしたらこいつを借りてくと良いぜ。下手すると向こうの方から寄って来てくれる」

「何この写真?」

「……ポン菓子か? 確かに今時見ないな」

 豊が用意した二枚の写真は、コメの様なお菓子と大砲の様な機械だった。

それは昔ながらのお菓子であり、主にコメを膨らませて作る。もちろんコメ以外の穀類でも可能だし、味わいは薄いので色んな調味料を使う事で、甘くも辛くもできる優れ物だった。そして他にも特徴的な部分がある。製造時にボンと音がしてウルサイ、あるいは楽し気であることだ。

地方によってドンとか色々な呼び方があり、実は米に限定されても居ない。

「偶にコンビニでも売ってるだろ? コメを膨らませた菓子だよ」

「へー。こんな形状の機械なのね」

「こいつをもって農家を回ってくりゃあ、話の為に作ってくれとなるさ。機材自体はレンタルショップでも借りれるが、農協とかの団体で倉庫に眠らせている場所もあるはずだぜ。日程次第じゃショップよりも安く貸してくれる」

 古い物はドカンと大砲みたいな音がする。

 お菓子が珍しい時分からあった機会だが、その面白さで人気を博していた。今では菓子の多様性に追いやられて不人気だが、それでも農協や町内会主催のお祭りなどでは見られることもあった。

「こいつも顔を売る為か」

「そうそう。ただ顔見知りの業者よりも、自分たちの為に菓子を作りに来てくれる奴なら融通してくれるさ。いつまで機会を借りてるとかも伝えておけば、皆な時にここに寄る事だってあるだろうしな」

 実のところ農家にとって業者に売る作物は形状重視である。

農薬だってタップリ使っているし、形状を固定する為にいろいろ工夫している。その一方で不揃いであったり色合いの悪い物は出荷できないので、自分たちで食べるわけだ。もちろん美味しいなら農薬を抑えた低農薬くらいまでなら買い取る業者がいたり、形状をそのままの方が美味しい場合は別なのだが。ここで重要なのは、居酒屋で食べる分には形状などあまり関係ないことだ。どうせスライスするなり磨り潰してしまうし、見栄映えが重要な料理は魚の方が多いのもあるだろう。

御裾分けに期待すると分量を買えないが、それなりのお金を出せば取り置きしてくれる可能性は高かった。

「まあ暇な時ならそういうのも良いかもな。……しかしこうなると、夏祭りに出す料理は考えなくても良かったか」

「十分夏祭りの風物詩にはなると思うが……何か作ったのか?」

 健の呟きを拾った豊に、鍋の底から面白い料理が引き揚げられた。

色合い的には山賊焼きに使う醤油タレに漬けた肉料理に見えるのだが……。

形が少々独特である。

「うん? この形……まさか」

 色から見ても骨付きの山賊焼きに似ている。

あえていうならば煮込むタイプの山賊焼きには骨を付けていない。だからここで意味があるのは骨付き肉であることなのだが、供された料理を持とうとして豊も気が付いた。

この肉は片手で持てるほどに骨が大きく、肉の形状が丸いのである。

「漫画肉か!?」

「そうだ。何種類かテストしてるんだが、ミンチを付けて煮込むタイプが一番簡単でな。だが色や形状を考えると、もっとソレらしくしたい」

 健が夏祭りの為に用意したのは、漫画で登場する面白い形状の肉だ。

片手で持てるが妙に肉付きが良く、あるいは断面にすると輪っかのような形に見える。それを踏まえてやるとまだ肉巻きの方がそれらしいのだが、残念ながらあまり上手く行っていない。ただ巻いているだけになってしまったり結着肉にするか、上手く造ろうとするならミンチになってしまうのだ。

もっとも興味ない人間にとっては、どちらが良いかは微妙な所でしかない。

「何が面白いんだが……」

 溜息を吐いて見守る美琴に男性陣は唸りながら試食を行っていたということである。
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