流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

文字の大きさ
36 / 51
黒字への道

秋の食材

しおりを挟む

 九月はともかく、九月頭というのは割りと微妙な時期だ。

本当はちゃんと美味しい物が採れるのだが、イメージ的に秋の作物は月半ばから収穫されると思われてしまう、まだ暑さの名残もあるので重たい物もまだ早い。

ゆえに季節を問わぬ物を置き換える程度だ。

「そこでオールシーズンの鶏を中心に、揚げ物の中で軽いイメージの物を用意する」

「海老とカボチャの天麩羅ね。どっちも甘くて美味しいから判る気はするわ」

 九月頭のフェアは揚げ物祭りだ。

好みに合わせて鶏は唐揚げに天麩羅やフライドチキン。油を使うから特に軽いという訳でもないのだが、サイズを変化させて作れる上に原価も安いので中心に据え易い。海老は小さく形の悪い物を選べばそう高くないので、サイドを張るには十分だろう。これにカボチャやサツマイモの天麩羅などを並べれば、ホッコリと甘く幸せな気分にしてくれる。

ガッツリ食べたい客にはたくさん出せるし、普段から使う材料なので余っても困らない。

「他にもイカや……竹輪の磯部揚げなんかも良いな」

「ん-。どうせなら野菜にノンフライヤーとか使ってみない? スナックみたいで美味しいと思うわよ」

 候補を色々と並べていると美琴が多めに仕入れた野菜を持ち上げる。

夏祭りでポン菓子を作る際に、コメ以外で変わり種を作ったのだ。同じようなノリで準備して置けばお通しにも使えて良いだろう。

ノンフライ単独では微妙でも、比較すると悪くないだろう。

「そうだな。色々用意するとして……どうせ準備を増やすならホルモンやニンニクも揚げておくか」

 ただしそのまま揚げるのではなく、油を切って干しておくものだ。

煎じてスパイスを馴染ませて保存食状にすることで、本来ならば軟らかく煮込んで一口で食べられる肉が、硬さを保ったまま調理するので長持ちする。噛めば噛むほどに味が染みて来るし、何より保存食なのでお通しとして即座に出せるのも良かった。ニンニクの方はホッコリと芋みたいになるのが面白い。当日は野菜のスナックを少々と、この干し肉を一切れほどお通しのセットで出せばバランス良いだろう。メインに誰もが好きな鶏の揚げ物を据えて、各種調理法で推していくだけでも十分は作れる。

一応はこれで揚げ物フェアそのものは準備OKだ。

「普通に行くなら問題ないはずなんだがなあ……。もう少し何か考えるか悩むところだ」

「でもポテトのフライは推さないんでしょ? そんなに良いアイデアって残ってる?」

 ひとまずスムーズに整ったが物足りない気がしてくる。

これまでが苦労の連続だからそう思うのかもしれないが、妥協の産物な気もしてくるのだ。場の雰囲気が重要だと判ったから余計な手は尽くさず、判り易く食べ易い物で固めはしたのだが。

インパクトが薄いとも言う。

「前に教えてくれたジャンボ海老フライのスペシャル版でもやってみる?」

「それは要望されたらやる裏メニューだな。既にジャンボ海老自体は入れてるし……。しかし加工系というアイデア自体は間違ってないとは思うんだ」

 そうそう良いアイデアなど転がっている筈はない。

テンプラ化したジャンボ海老自体は既にメニューの中に入れているので、海老が安く大量に手に入る時でもなければサービスする程でもないだろう。 しかし一品で話題を盛って来れるような話はそうそう転がって居たりなどしない。

そこまで考えた段階で、健は美琴の友人である花屋の娘を思い出した。正確にはあの娘に教えた色々な料理法である。

「海老を増やして余らせた頭でフライ? 逆に小エビに何かまとわせて……。いや、余計な事はしないと決めた。ならむしろ……」

 あの時は海老の加工法だけを追求した。

頭の体操を兼ねて様々な加工で幾つものレシピを教えたのだ。頭のフライ・普通のエビフライ・刺身・シャブシャブ・アヒージョ・ビスク・海老真薯。こういう感じで同じものを追求してナニカできないか? 今回は揚げ物なので考えるのはそのバリエーションだけで良い。

その時に考えたのは切り分けた部分を使いこなす事だが……。

「よし、串揚げにしよう」

「はっ? 何言ってんのよ! 400円じゃ何本も用意できないでしょ? 野菜ばっか用意する気?」

 健は首を振りながら実際に食材を調理し始めた。

海老の頭を何本か切り取り、ガラを外して身もぶつ切りにする。そして奥の方からチーズや野菜に色々な肉を取り出した。共通しているのは試食用やお通しに使う、切り落としとか手屑と呼ばれる端っこの食材だ。

それらに串を刺し、サイズ調整して行く。

「ミニ串揚げの盛り合わせにする。フォンデュでも食べるつもりでな。なんだったらフルーツがあっても良い。もちろん油の使い回しは止めないと駄目だが」

「あー!? その手があったか!」

 普通の串揚げは焼き鳥のように何ブロックもの肉を一串に刺している。

だがチーズフォンデユなどにする場合は、食べ易くディップを漬け易いように一切れだけだ。この方法で一口大の食材を揚げていき、原価に見合うように『適当』に盛り合わせれば良いのである。もちろん各人の好みは反映させるが、その日に余った食材を利用することも原価を調整することもできるだろう。

様々な食材を紹介できるし、腹具合に合わせて軽重も弄れるのが丁度良かった。

「あとはディップだな。ポテトフェアの時みたいに塩やソースを中心に幾らか用意するか」

 という訳で揚げ物フェアに向けて動き出したのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...