37 / 51
黒字への道
物消費からコト消費へ
しおりを挟む
●
とても厳しい現実が目の前にあった。
業務用スーパーで売ってる『メガ盛りパック』の味付け焼肉一つで大人三人が満足してしまう事実である。
甘辛く味付けられた牛肉は判り易く美味しい。
「あたしはもう無理。お腹いっぱい」
「いや、最近の業務用は凄いね。お前さんのアレンジもあるんだろうがさ」
「殆どそのままだぞ。後味とかは変化させたがな」
早々と美琴がリタイヤし、男共はレタスに肉を挟んで片付け始めた。
メガと呼称するだけに量があるというのもあるが、あまり食欲が回復していないことも大きい。それほど食欲がないのにこの有様である。分量からくる満足感と、秋口の腹具合という物は侮れまい。
普通ならば飽きる味付けも、プロだから味変材料を無数に用意できる。
「と、言う訳でこのレベルがライバルになるわけよ。対策とか何かしてる?」
「それなんだがな。……一応は考えはした」
食後のデザートにフルーツのゼリー寄せ。
美琴が作ったやつの残りだが、保ち易い甘味漬けではあるがそろそろ処分しないと厳しいのでさっさと始末する。とはいえそろそろ飽きて来たので、お試しに買った梅シロップで酸味を施して一度凍らせたものだ。それを考えればゼリーというよりはシャーベットとでも言うべきか。
甘酸っぱい冷たさで舌を洗った所で重要な話に入る。
「揚げ物フェアはこないだ話した通りなんだがな。一度完成させた物が最初は微妙に思えたんだ。そしてこいつを追加する事にした」
「おっ。串揚げを小さくしたのか。こいつは考えたな」
食事に満足した所で追加で揚げ物を始める。
この状態で食事したいとは思えないが、海老の頭やチーズを揚げ始めれば気分が変わってくるから不思議だ。もう何本かくらいならば食べても良いかもしれないと思え始めて来た。
腹の虫こそならないが、耐えるために腸が動いたような気分になる。
「今までと明らかに毛色の違う味だし、欲しいだけ選んで食べられる。甘い物があればくれよ」
「今日はこんな所だな」
海老の頭は軽くて触感がサクリとし、チーズは逆にトロリとしてる。それを食べている間に追加して、サツマイモの欠片と果実の欠片を揚げた物を追加してビールで流し込んでいった。
荒い塩味の後で甘さを味わうこのバランスはスナック菓子を思い出させる。
「何が良いかって、お前さんなら味の保証があると判った上で、どんなのがあるか試しながら行けるのがいいぜ」
一口大だから食べ易い。
物足りないかもしれないが値段も手ごろだし、そもそもお酒のアテなので困らない。試したいだけの客なら小さ目で良いし、がっつり食べたい客が居るなら大きにするとして、サイズを調整すること自体はそう難しくもないだろう。なんだったら小さいのを複数にする場合はサービスしても良い。
その辺りの調整がし易い工夫だと言えた。
「一応はポテト祭りの時を参考にしたよ。バリエーションはないがこちらの方が種類は多いしな」
工夫と言えば別に切り方はぶつ切りだけである必要もない。
ポテト祭りの時はメインは素材の切り方の差であり、皮つき・細切り・太切り・丸のままくらいだった。揚げ物の場合は素材に合わせた切り方は幾らでもあるので、そこからお勧めの方法を幾つかピックアップしておけば良いだろう。
料理教室をしているわけではないから、その辺りは店主のお勧めだけあれば良いのだ。
「そのくらいで良いんじゃねえか? こいつも揚げ物のバリエーションだ、そこから派生する必要はねえさ」
サイズを変えると調味料で困るが、今回はディップ型にしている。
塩コショウやケチャップ・マヨネーズなどの各種ディップを用意し、自分で好みの味を選び、必要なだけ浸せるようにしたのだ。一応は他のポテト系の料理も一時的に増やしたが、一番売れたのはやはりフライドポテトであった。今回も基本的には唐揚げが一番売れると思われている。ゆえに串揚げの盛り合わせは余技であり、唐揚げの延長線にあるものだ。
用意した素材を一口大に切って、様々なお試しができるだけに過ぎないとも言えたのだから。
「もう気が付いてるとは思うが、世の中はモノ消費じゃなくてコト消費に成ってんだ。お前さんの料理なら保証できる、この店ならば愉快な思い出が作れる。その一環なら問題ないと思うぜ」
「そうだな。段々と判ってきた気もするよ」
居酒屋で凄い料理を出す必要はない。
美味しく食べられる料理があり、酒がある。その保証があって安心して店を訪れる事が出来て、この店ならば楽しんで酒が飲めると判っているから来るのである。ここは料理と酒というモノを消費する場所ではなく、楽しい時間を共有するというコトを消費する場所に成りつつあるのだ。冒険というのはその延長上であるべきなのだろう。新しい料理のお試しをするとしても奇妙な料理でもない。
今回みたいに、いつもと変わった作り方や味わい方なら安心できるのだから。
「今更だが、そうだと判ってればフェアは二カ月か三カ月に一回で良かった気もするな」
「まあそうだがよ。お前さんがどんな奴か判るにゃ必要だったんじゃねえか? まあ来年からは好評な内容は残して、一部上書きにしとけば良いさ」
重要なのは健が活気のある店を作る為の材料だ。
普段はいつも通りの店であり、新しい試みはフェアで行う。今のところ毎回毎回、何をするか苦労している。だが一年も経てばみんなフェアに慣れて来るだろう。そしてそのフェアも新定番で組み直し、惰性で料理してないことを示す程度に新しい試みを試せばよい。
今までの苦労はそのための時間であるのだと思えてきた健たちであった。
とても厳しい現実が目の前にあった。
業務用スーパーで売ってる『メガ盛りパック』の味付け焼肉一つで大人三人が満足してしまう事実である。
甘辛く味付けられた牛肉は判り易く美味しい。
「あたしはもう無理。お腹いっぱい」
「いや、最近の業務用は凄いね。お前さんのアレンジもあるんだろうがさ」
「殆どそのままだぞ。後味とかは変化させたがな」
早々と美琴がリタイヤし、男共はレタスに肉を挟んで片付け始めた。
メガと呼称するだけに量があるというのもあるが、あまり食欲が回復していないことも大きい。それほど食欲がないのにこの有様である。分量からくる満足感と、秋口の腹具合という物は侮れまい。
普通ならば飽きる味付けも、プロだから味変材料を無数に用意できる。
「と、言う訳でこのレベルがライバルになるわけよ。対策とか何かしてる?」
「それなんだがな。……一応は考えはした」
食後のデザートにフルーツのゼリー寄せ。
美琴が作ったやつの残りだが、保ち易い甘味漬けではあるがそろそろ処分しないと厳しいのでさっさと始末する。とはいえそろそろ飽きて来たので、お試しに買った梅シロップで酸味を施して一度凍らせたものだ。それを考えればゼリーというよりはシャーベットとでも言うべきか。
甘酸っぱい冷たさで舌を洗った所で重要な話に入る。
「揚げ物フェアはこないだ話した通りなんだがな。一度完成させた物が最初は微妙に思えたんだ。そしてこいつを追加する事にした」
「おっ。串揚げを小さくしたのか。こいつは考えたな」
食事に満足した所で追加で揚げ物を始める。
この状態で食事したいとは思えないが、海老の頭やチーズを揚げ始めれば気分が変わってくるから不思議だ。もう何本かくらいならば食べても良いかもしれないと思え始めて来た。
腹の虫こそならないが、耐えるために腸が動いたような気分になる。
「今までと明らかに毛色の違う味だし、欲しいだけ選んで食べられる。甘い物があればくれよ」
「今日はこんな所だな」
海老の頭は軽くて触感がサクリとし、チーズは逆にトロリとしてる。それを食べている間に追加して、サツマイモの欠片と果実の欠片を揚げた物を追加してビールで流し込んでいった。
荒い塩味の後で甘さを味わうこのバランスはスナック菓子を思い出させる。
「何が良いかって、お前さんなら味の保証があると判った上で、どんなのがあるか試しながら行けるのがいいぜ」
一口大だから食べ易い。
物足りないかもしれないが値段も手ごろだし、そもそもお酒のアテなので困らない。試したいだけの客なら小さ目で良いし、がっつり食べたい客が居るなら大きにするとして、サイズを調整すること自体はそう難しくもないだろう。なんだったら小さいのを複数にする場合はサービスしても良い。
その辺りの調整がし易い工夫だと言えた。
「一応はポテト祭りの時を参考にしたよ。バリエーションはないがこちらの方が種類は多いしな」
工夫と言えば別に切り方はぶつ切りだけである必要もない。
ポテト祭りの時はメインは素材の切り方の差であり、皮つき・細切り・太切り・丸のままくらいだった。揚げ物の場合は素材に合わせた切り方は幾らでもあるので、そこからお勧めの方法を幾つかピックアップしておけば良いだろう。
料理教室をしているわけではないから、その辺りは店主のお勧めだけあれば良いのだ。
「そのくらいで良いんじゃねえか? こいつも揚げ物のバリエーションだ、そこから派生する必要はねえさ」
サイズを変えると調味料で困るが、今回はディップ型にしている。
塩コショウやケチャップ・マヨネーズなどの各種ディップを用意し、自分で好みの味を選び、必要なだけ浸せるようにしたのだ。一応は他のポテト系の料理も一時的に増やしたが、一番売れたのはやはりフライドポテトであった。今回も基本的には唐揚げが一番売れると思われている。ゆえに串揚げの盛り合わせは余技であり、唐揚げの延長線にあるものだ。
用意した素材を一口大に切って、様々なお試しができるだけに過ぎないとも言えたのだから。
「もう気が付いてるとは思うが、世の中はモノ消費じゃなくてコト消費に成ってんだ。お前さんの料理なら保証できる、この店ならば愉快な思い出が作れる。その一環なら問題ないと思うぜ」
「そうだな。段々と判ってきた気もするよ」
居酒屋で凄い料理を出す必要はない。
美味しく食べられる料理があり、酒がある。その保証があって安心して店を訪れる事が出来て、この店ならば楽しんで酒が飲めると判っているから来るのである。ここは料理と酒というモノを消費する場所ではなく、楽しい時間を共有するというコトを消費する場所に成りつつあるのだ。冒険というのはその延長上であるべきなのだろう。新しい料理のお試しをするとしても奇妙な料理でもない。
今回みたいに、いつもと変わった作り方や味わい方なら安心できるのだから。
「今更だが、そうだと判ってればフェアは二カ月か三カ月に一回で良かった気もするな」
「まあそうだがよ。お前さんがどんな奴か判るにゃ必要だったんじゃねえか? まあ来年からは好評な内容は残して、一部上書きにしとけば良いさ」
重要なのは健が活気のある店を作る為の材料だ。
普段はいつも通りの店であり、新しい試みはフェアで行う。今のところ毎回毎回、何をするか苦労している。だが一年も経てばみんなフェアに慣れて来るだろう。そしてそのフェアも新定番で組み直し、惰性で料理してないことを示す程度に新しい試みを試せばよい。
今までの苦労はそのための時間であるのだと思えてきた健たちであった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる