流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

選べる楽しさ


 揚げ物フェアは予想通りに唐揚げが大人気だ。

ポテトフェアの時は塩だけで三種類用意したように、今回も色々なディップを用意して飽きないように味を変えられるようにしていた。

いつもの味を抑えつつ、変わり種を用意する両輪体制である。

「前の岩塩はモンゴル塩だったけど、今日のは少し違うわね」

「みたいですね。偶々フランス産の塩が手に入ったんで使ってみました。普段使い出来る量じゃありませんでしたが、こういう時くらいならと思いまして」

 なんて会話をしてみるが言う程に二人とも判っているわけではない。

お試しで仕入れた塩の味など朧げにしか覚えて居まい。抹茶塩を作る代わりに仕入れた塩麹との差くらい差があれば別だが。

結局、インスピレーションを刺激する程度でしかないのだろう。

「バター揚げできますか? こちらでは見たことが無くて」

「……申し訳ありませんが、お年寄りが真似したら困るので出来かねます」

「ワシを引き合いに出す出ないわ!」

 世にも恐ろしい血管を詰まらせるレシピを注文した客が居た。

バターを凍らせてからパン粉をまぶして揚げる料理なのだが、健としても興味があるからと言って素直に頷けない。それこそ御隠居が倒れて困るのは店主である健なのだ。

こんな物が流行った事のあるアメリカ恐るべし。

「仕方ありませんね。ではスパニッシュ・フライドエッグをあの鍋でお願いします」

「あいよ!」

 今度の注文は普通の料理であった。

卵を多めの油で揚げ焼きにする料理のことだが、今日に限っては唐揚げ用に使っている油でそのまま揚げてくれという事だ。硬いパンであるバゲットをオーブンで焼きながら、形が崩れないようにして卵を揚げていく。

今回の注文で重要なのは油をたっぷりにすることではない。

「スパニッシュ・フライドエッグとバゲットです」

「ありがとうございます。思った通り良い味が出ていますね」

 卵は半熟でフォークで突くと意味がトロリと溢れる。

付け合わせたフランスパンに残った部分を吸わせても良いし、口の大きさに自身があるならば一口で食べてしまうのも手だろう。卵の味や油の味を楽しみながら食事ができる。そう、油の味である。唐揚げを沢山揚げたことで鶏肉の味が付いているのだ。

要するに即席のアヒージョになったという訳である。

「ふーむ。なんだかお洒落ですねぇ。私も頼んじゃおうかなー」

「それが良いんだが、注文は決まったのかい?」

 美琴の友人である佐官屋さんの娘は頬を掻いていた。

どうやら目移りしたようで、どの料理を頼むか……ではなく、ミニ串揚げの盛り合わせというところまでは決まっているのだ。しかしながら色々な具材を試しても良いと聞いて、基本のセット以外に何を頼むかを悩んでいるらしい。

こういう色々用意している時は悩む人間にとって大変だろう。

「よし、仕方ない! ここは大皿の大盛りでお願いします! 試せるやつは全部! あとさっきの卵も!」

「……あいよ。くれぐれも食べ過ぎないようにね」

 ミニ串揚げの盛り合わせは一口サイズの串揚げではある。

だが、この店での大皿を大盛りで頼むと2000円ほどはいえ、小鉢を単純に六つ頼むよりも量が多いのである。ビールか何かも飲むだろうし、相当な量になるだろう。

成人したばかりの女の子に大丈夫かと思わなくもない。

「そこは大丈夫です あっ。でも一気に食べきる自信はないんで、順次お願いできますか?」

「心配しなくても良いよ。せっかくだし、こうして判り易くしておこうか」

 基本は大皿があまり出る店でもないので、皿の数には余裕がある。

カウンターに座っている事もあり目の前に大皿を一つ。そこに一度全ての具材を載せてから、順次揚げつつ彼女の前にある別の大皿に移動させていうというスタイルにした。この方が豪華というか、注文者の為に揚げているという演出になるだろう。

特にこの子は料理人志望なので猶更だろう。

「ありがとうございます。でも、こうやって食べるとなんだが串揚げのコースって感じですねっ!」

「何言ってんのよ。串揚げって元からこんな感じじゃない」

「そうでもないぞ。呑み屋だと自分が好きな単品だけという方が多いんじゃないか?」

 健はジャガイモやカボチャの様な野菜から順番に揚げていく。

海老の頭や身から始まる魚介類を置いた後は、チーズを休憩に挟んでから肉類に入る。最後はフルーツになる予定なのでコースの様だと言ったのだろう。

普通の盛り合わせだと定番ばかりなので、この辺は健が用意したチョイスと言える。

「まあ本気でコースをやるなら全体のバランスやら酒の方も気を付けないとダメだろうな。今のところそこまで注意してやれないよ」

「でもこうやって目の前に並べてもらえたら、好きなのとか嫌いなのを選べるのはいいですね」

 健としても小鉢の方は定番にするつもりで、色々配慮して並べている。

だがこうやって大皿で一通り頼むと言われたら、何も考えずに次々並べていくしかない。言われてみれば串揚げ屋でもないから数も少ないのだし、リストから苦手な物が無いかくらい聞けば良かったと思った。専門店ならそういう部分に注意が割けるのか、相性の良い酒やデザートにも気を配れるのかと疑問を抱いてしまう。

とはいえ今はこれが精一杯。ひとまずは楽しんでもらえたようで十分だと思う事にした。

「すまんがこのでっかいソーセージを揚げてくれんか? こっちでやるから切らんでいい」

「あいよ。ちょいとお待ちを」

 結果としてこの日は予定通りに終わった。

あえていうならば時々、他人が食べている物を指さして、アレを揚げてくれと興味本位の注文があったくらいである。
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