流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

問題は一つ直せば一つ増えるモノ

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 まずは豊の用意したライバル的メニューを健の腕で上書きしてみる。

同じ物を独自のこだわりで作り直して早くも挫折した。正確にはそれなりに良い物を作るまではできるのだが、予算がオーバーしたり分量が足りなくなるのだ。

こだわり以外は妥協しているので全く実用性はないだろう。

「判ってはいたが、これだと本物の店に行けば良いしな。ワザワザこんな場所で食べる必要はない」

 残り物の肉を使って牛丼を作り発泡酒を空けて晩酌にした。

味や満足度を抑えれば今回の目的が損なわれるし、どう考えてもコレを500円以内に抑えるのは無理だと実感させられる。

つくづく大手の凄さを見せつけられた気分だ。

「まだマシなんじゃない? 私がレアチーズケーキ見せられた時は不可能だと初見で判ったわよ」

「真似するとしてもその時点で無理だからな。最後は業務用のアラカルトになったっけか」

 前に美琴が相談した時に、豊は業務用のレアチーズケーキを用意した。

他にもチョコブラウニーや杏仁豆腐があり、単品でソレを超える自作は不可能だと判断したのだ。そこで豊が『駄菓子の盛り合わせなら行ける』とか言った言葉をヒントに、業務用菓子のアラカルトで『一応は魅力的に見せる』事を考え付いたのが精々であった。その案が問題なのはこの辺りには気の利いたファーストフード店も大型スーパーもないが、車を出すなら適度な位置に存在する。真似た所で本業を超える魅力が無ければ、この店で代用品を食べていく必要はない。

それに居酒屋で食べれば不要なものまで食べてしまうのだろう。

「まあ、こっちは無理だと判ってたからいいんだ。そっちはどうだ?」

「そりゃ兄貴の料理だしね。美味しいとは判っちゃいるわよ……」

 美琴に食べさせているのは、小鉢のセット内容を意図的に固めた物だ。

常連の女性客が頼んでいる温野菜の盛り合わせに溶かしたチーズを掛けた物・スライスしたチョリソ・スープ。複数人で別け易いこの組み合わせから量を少しずつ減らして、四品目としてバゲットを加えてある。セットは三つで1000円にしているお得商品だが、四品にすることで追加するか悩むパン類を最初から加えてみたのである。

どうやらこのアイデアも駄目なようだ。

「ダメか?」

「さっきと同じね。普通のよりはセット感が出るけど、これならスペイン料理……はこの辺にないけどイタ飯屋にでも行けばいいわ。それか業務用を買って自分の家でゆっくり。むしろその方が自分が好きな物を食べられるかも」

 判っていた事だが、少し味を良くする程度では意味がない。

他の料理でも良いがあえてこの組み合わせにしたのは、豊が用意したモデルケースと比べ易くするためだ。同じ傾向なので粗がハッキリと判る。牛丼の場合と違って良い点は、味と値段の問題が解決されている程度か。『専門店に行けばよい』とか『車を出す時に一緒に買って来ればよい』という点を越えられないのである。

真似すれば内包されている需要を掘り起こすことは可能かもしれないが、専門店や家庭での自由さには叶わないのである。

「確認するがスープを季節限定の物、バゲットの代わりにパエリアにしたらどうだ? それなら業務用では用意し難いだろ?」

「うーん。それでもイタ飯屋でいい気はするけどね」

 選ぶ内容を変えることで業務用スーパーに関してはクリアできそうだ。

だがやはりというか専門店という壁は越えられない。車を持っていない人には良いかもしれないが、そういう人が市街地の中心に行った時に有名店に行く可能性の方が大きいだろう。

その案でも僅かに需要を掘り起こす程度に収まってしまうと思われた。

「まだ駄目か。……ただ季節物と手間が居る物は悪くない気がするんだよな。となると固定セットが駄目なのか……」

 業務用スーパーでも季節物は売っているだろう。

しかしその手の需要は気分で変わり易い。車を出して念の為に買っておいた時と、封を開けて温めて食べる時では同じ気分とは限るまい。その点は居酒屋でリアルタイムに欲しい物を選べるという点が勝ると思われた。

ひとまず固定セットに問題があるとして考えてみる。

「業務用では難しい物で、この場で好きな物と組み合わせることが出来る自由度ってか?」

 そしてパエリアという物は料理し難い物だ。

米料理という点はまだしも、魚介を準備して焼き上げるのに時間が掛かる。作り置きして冷凍した物を解凍できなくもないが、適温に調整するのは面倒だろう。また内容も業務用では画一的な物になり易いが、この店ならある程度の注文で具材を調整できる。魚市で手に入れた物なのでどうしても偏るが、好みで嫌いな魚介を減らしたり好きな物を足せるのは大きいだろう。

愉しむための注文ならば、健もある程度は応えてあげたいとは思う。

「念の為に少しセット内容を変えてみるか」

 そしてメモに向かっているかの傾向を書き始める。

先ほどはスペイン料理だったので、中華や和食で固定セットを考えてみたのだ。今のままだと怪しい気もするが、他の傾向で判断してみて駄目だと思えてから考え直すことにした。

誰もが頼み易く、そして腹持ちの良いメニューを中心に。

「餃子は中華屋じゃ出さないサイズとして、チャーハンとエビチリ。トンポーローというところか? 和食で攻めても……駄目だな。やはり固定セットは止めておこう」

 固定セットにこだわるのは、どちらかといえば原価管理と宣伝のやり易さだ。

ある種プチ・フェアの様な売り方をすれば宣伝し易いし、三品目の値段のまま四品選べたり原価率の高い良品を混ぜても元が取り易いからだ。だがこのままでは人呼ぶのは難しいと思われた。元よりこの店では手間暇を惜しんで居ないので、『好きな料理二品と店長のお勧め』という路線に戻す方が良いだろう。

軽く抑えるならオマケ品、重くやるなら逸品として攻める感じだろうか?

「和食も洋食も中華も選べるなら専門店とは違うとはいえ、手間のかかる料理じゃないと業務用と差別化できん……加えて腹持ちを考えるとこうするしかないか」

 健はまず『セットメニューまたは大皿のみ』という言葉をメモに書き加える。

これならば手間暇の掛かる料理を作っても問題はないし、腹にたまるメニューを用意しても問題が無い。現状の客数では複数客が居座っても困らないので、最低限の利益をセットなり大皿で確保してしまえば良いだけだ。

ではどうして最初からやらなかったかというと、この方針には致命的な欠陥が存在する。

「いかんな。これだと複数客は満足するだろうが、特に目を付けたりはしなさそうだ」

 問題はいくつもあるし相互に絡むので、一つ解決すれば別の問題が出る。

複数客にとってお得なメニューが増えるとしても、それが『別に複数客が目を付ける要素にはならない』ということである。お得感だけでどれだけ呼べるかというと、選べるメニューが多いだけでは難しいだろう。

今度は宣伝文句が無くなってしまうのだ。
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