流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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黒字への道

試行錯誤は続く

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 複数客対策に関しては改良して行くとして、当面は十一月のフェアだ。

幸いにもポテトフェアの二回目と煮物フェアを同時開催という事なので、急遽、複数人対策を同時に兼ねたとしてもやるのは難しくないと思えた。むしろこの機会に常連に尋ねて実験する時かもしれない。

なのでひとまず仕上げてしまえばよいのだが……。

「そんなに気になるなら、煮物なんかやることないんだし終わらせちゃったら?」

「そうもいかんだろう。基本となる味は同じだからこそ調整が重要なんだ」

 複数客向けの料理が気になっている健に、美琴はそう主張してみた。

だが健の方は難しい顔で残り物を煮付けている。一般家庭と違うとすれば『片手鍋』で煮ているというくらいだろうか? 一から全て煮込むわけにはいかないので、どうしてもある程度の量を先に煮込んでおく必要がある。軽く煮て置いて、注文が入った分だけ片手鍋で煮直して調理するのだ。

仮定でもラーメンに半熟卵を入れたりカレーにチーズという時は便利だ。

「でも淡口か再仕込みかの差でしょ? あとはデミグラスソース系くらいで。サイズの最適解とかもないしさ」

 世に煮物は無数にあるし、繊細な味付けも多い。

しかしながら居酒屋で用意可能な品目というのは限られているし、その中でも人気があるのは一握りだ。店としてもどの料理を推すか絞っていた方がやり易いので、どうしても品数が限られてくる。最終的に考慮する料理は消去法であると言えた。後はその中から何を推すかを決めるだけなのだ。ちなみにサイズの最適解というのは、料理の大きさや一口でどの程度を口に含むかの事である。味の染み込み方や舌の当たり方によって微妙な差が出る為、料理によっては大きくてはいけない物やや逆に小さくては最大限味わえない物も存在する。

ただ煮付けになると均一化してしまうので殆ど同じになってしまう訳だ。

「今のところ苦労してるのは通常メニューやフェア同士のバランスだよ。いつものと被っても困るし、フェアで出した物はそのままじゃ使いにくいからな。かといって要望されたら出さない訳にはいかない」

 こう言っては何だが煮物にし易い料理という物は内容が決まっている。

淡口醤油を使った色合いを残す料理よりも、味を濃く甘く煮付ける料理の方が人気が高い。ただ普段は山賊焼きを提供しているし、トンポーローあたりを出すと甘辛い味付けがとてもよく似るのだ。幸いこの二つは触感がまるで違うので差は出せるが、日本酒で一杯やるときなどほぼ同じシチュエーションになってしまう。それこそ豆腐や大根を一緒に煮る魚の煮つけなども同じ枠になってしまう。

みんな醤油の味と言えなくもない。これで食材まで同じなら?

「あー。来月は鍋のフェアだっけ」

「それも大きいな。味噌はともかく醤油で煮込む鍋だ。来月も今月も同じ魚というわけにはいかんだろう」

 理論的には別の魚を出せばいいだけのことだ。

しかしながらこの居酒屋では朝の魚市で安く仕入れられる魚を選ぶため、近隣の漁港で水揚げされる魚はどうしても似通ってしまうのだ。薄味である水焚きと甘辛い煮つけは違うものだが、流石に同じ魚で同じ醤油味となれば気になる人もいるだろう。その辺もあって、ある程度の味の差であったり、煮込むときの形状を分けておきたいのである。

出来れば色合いにも差を付けたいところだ。

「加えてポテトフェアも同時開催だからな。流石に芋の煮っころがしを頼む人は居ないと思うが」

「頼まれても出来ません。で良いと思うんだけどねえ」

 煮物はある程度を煮込んでおいて、後から煮直すとはいった。

しかしながら出ない可能性の芋の煮物など用意しておけるわけがない。ゆえに頼まれたら最低限、どのくらいの時間がないと味が落ち着かないかを説明出来ないのである。

最初から断るのも手だが、それでも説明だけは必要だろうと健は思った。

「それはそうと、複数客の方はサービス料金にするとかじゃダメなの?」

「既に引いているからな。これ以上、料金面でサービスすると材料の質が問題になる」

 この店では酒を頼むと、お通し200円が無料になる。

これに加えて小鉢のセットも400円が三つで1000円になるようにしている。しかも最初に小鉢一つで頼んで、後からやっぱり追加する場合もセットに含めて良いと細かいところでサービスしていた。もちろん飲食業なので廃棄ロスを考えて原価率は低く抑えているが、それだって限界がある。となると材料を共通化させて用意できる料理と用意しない料理を分けるか、あるいは質の悪い材料を仕入れて調理する羽目になるだろう。

いや、そうでなくとも客の方がそう思ってしまうかもしれないのだ。

「まあボトルキープやら酒の発注やらで優遇するとかそのくらいかな? 予約なら過去のフェアでやった料理を出しても良い気もするが」

 そう言いながらフェアに向けたお通しとしを用意してみた。

インゲン豆を淡口醤油で煮た物と、大根を魚と共に煮た物を盛ってみる。色合いの良いインゲンと醤油の色に染まった大根が対照的で、触感もだいぶ差をつけた。後は当日を待つだけだと思いながら悩み続ける健であった。
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