上 下
73 / 111
愛しているから、言えない

突然の待ち合わせ

しおりを挟む
 そう言いながら、イルヒラ様はわたくしの身長に合わせて、ほんの少し身を屈めます。わたくしの耳元に、ご自身の口元を近付けました。


「宴の夕餉が終わって解散したら、身を清めて、七番大通りの広場に行って。誰かに見られても別に問題ないけど、念のため、砂漠の旅装でもして顔を隠すといい」

「……えぇと、何のお話ですか?」

「少し前から、シホと相談してあったんだ。レナちゃんとのことをどうするかって」

「どうする、って……わたくしは彼から、何もうかがっておりません」

「だから、今日、その話をしたらいいって俺から言ったんだよ。あいつ、何のきっかけもなしにどう切り出したらいいんだかわからねぇとかぼやいてたからさぁ。レナちゃんだって、せっかくの誕生日、良い一日にしたいだろ?」


「イルヒラ様……ありがとう、ございます」

「明日は一日、どの時間に帰ってきてもいいように根回ししてあるから。お互いに悔いのないように過ごしてくるんだよ? これを逃したらもう、あいつの無事でいる内に、次のきっかけは作れないかもしれないからね」

「はいっ!」



 一年以上も前から気持ちを伝えて、受け入れて下さらなかった相手からのお誘いだというのに。指定された場所へ向かうわたくしの心はさっぱり、「高揚」とは言い難い有様でした。

 我ながら図々しいのでは? とは思うのですが……「恋人」という括りをとっくに超えて、わたくしはもはや「夫婦」であるかのような心地でした。

 彼からの愛がわたくしに向かなくたって、もはや構わない、わたくしの心も体も、すでに彼のためのもの。そう、心に決めていましたから。


 七番通りの広場には、船の形を模した噴水があります。すでに日暮れだというのに、父親らしき大人に見守られながら遊ぶ兄弟がふたり、水辺の周りを駆けまわっています。シホは、少し離れた場所からその光景を眺めていました。心ここにあらずといった眼差しで……今ではない、ここではない、過ぎ去ったどこかを見通しているかのように。

 なんだか横槍を入れるのが憚られる気がして、なかなか声をかけられず。わたくしは、気配を隠すように慎重に、彼に近付いていきます。もうじき背中に手が届きそうな距離感になったところで、

「よお、レナ。来たのか」

 彼も、「戦士」ではなく「選手」とはいえ、戦いを生業とする人です。隠そうと心掛けたところで、人の気配を察知出来ないようでは務まりませんよね。……せっかくの機会だから、後ろから「だ~れだ」とか、悪戯してみたかったのに。なんて企んでいたわたくしとしてはがっかりなのですが。


しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...