83 / 111
生まれてくる「証」
女王のよろこび
その朝、わたくしは定刻通りに起床することが出来なくて、「レナ様、お支度の時間ですよ」と女中に起こされてしまいました。
この数日、どこか食欲が衰えて昨夜は夕食をあまり口に出来ず。しかし、食欲がないのに空腹を感じていないわけではなかったため、夜になかなか寝付かれず。結果としてこのような粗相をしてしまったわけです。
シホが二十歳になるまで、あと三か月。エリシア様との鍛錬は日々、続いています。本日は予選会の試合がないので、わたくしもそれを見守るつもりだったのですが……。
「ほわぁ~……あら、レナぁ? あんたがあたし達より遅いって珍し~」
エリシア様、だけではなくイルヒラ様も、朝には少々弱い体質みたいです。普段はわたくしが「ごちそうさま」と手を合わせた頃にようやく、食堂にお越しになります。椅子にかけて大あくびをしていたエリシア様が、目尻の水滴を拭いながら不思議そうにわたくしを見やります。目の前のお皿はすでに綺麗になっているので、朝食は済まされた後なのでしょう。
「今日はなんだか顔色も悪くない?」
「申し訳ありません。昨夜は少々、不摂生がちで。寝つきが悪かったみたいです」
「あんたも十分、働き者だし。たまにはすっきりするまで寝足したら?」
「……いいえ。お気持ちだけ、ありがたく頂戴します。わたくしにとっても彼との一日一日が、もはや大切な時期になっていると思いますので……」
「……ふふっ」
エリシア様が含み笑いをしたのち、立ち上がってわたくしの頭をほんの軽い力で二度、手のひらで叩きました。
「あの、エリシア様。どうかされましたか?」
「ほら、あたしって一応、感情を司る神ってことになってるじゃない? でもなんでか今のところ、そっち方面の感情にぜ~んぜん無縁でさあ。憧れてるとかそういうのもま~ったくないからいいっちゃいいんだけど。レナみたいに、ちっこい頃から育ってくところを見て来た相手にそういう感情があるとこを見てると、なんとなく浮き立つのよね」
ま、あんたとあいつの場合は単純に浮かれて見てるだけってわけにゃいかないんだけどね。そうおっしゃるエリシア様は、本当に僅かながら、済まなそうなお顔をしています。いついかなる時も豪胆無比なエリシア様が、このような表情をされるのは本当に珍しいことでした。
季節は秋も深まっており、少々肌寒くなりつつあります。わたくしはシホとエリシア様が鍛錬している姿を少し離れた場所で、邪魔にならないように、薄布を肩に被って寒さを凌ぎながら眺めていました。熱があるわけでもないのに、思考は少し、ぼやけていました。
この数日、どこか食欲が衰えて昨夜は夕食をあまり口に出来ず。しかし、食欲がないのに空腹を感じていないわけではなかったため、夜になかなか寝付かれず。結果としてこのような粗相をしてしまったわけです。
シホが二十歳になるまで、あと三か月。エリシア様との鍛錬は日々、続いています。本日は予選会の試合がないので、わたくしもそれを見守るつもりだったのですが……。
「ほわぁ~……あら、レナぁ? あんたがあたし達より遅いって珍し~」
エリシア様、だけではなくイルヒラ様も、朝には少々弱い体質みたいです。普段はわたくしが「ごちそうさま」と手を合わせた頃にようやく、食堂にお越しになります。椅子にかけて大あくびをしていたエリシア様が、目尻の水滴を拭いながら不思議そうにわたくしを見やります。目の前のお皿はすでに綺麗になっているので、朝食は済まされた後なのでしょう。
「今日はなんだか顔色も悪くない?」
「申し訳ありません。昨夜は少々、不摂生がちで。寝つきが悪かったみたいです」
「あんたも十分、働き者だし。たまにはすっきりするまで寝足したら?」
「……いいえ。お気持ちだけ、ありがたく頂戴します。わたくしにとっても彼との一日一日が、もはや大切な時期になっていると思いますので……」
「……ふふっ」
エリシア様が含み笑いをしたのち、立ち上がってわたくしの頭をほんの軽い力で二度、手のひらで叩きました。
「あの、エリシア様。どうかされましたか?」
「ほら、あたしって一応、感情を司る神ってことになってるじゃない? でもなんでか今のところ、そっち方面の感情にぜ~んぜん無縁でさあ。憧れてるとかそういうのもま~ったくないからいいっちゃいいんだけど。レナみたいに、ちっこい頃から育ってくところを見て来た相手にそういう感情があるとこを見てると、なんとなく浮き立つのよね」
ま、あんたとあいつの場合は単純に浮かれて見てるだけってわけにゃいかないんだけどね。そうおっしゃるエリシア様は、本当に僅かながら、済まなそうなお顔をしています。いついかなる時も豪胆無比なエリシア様が、このような表情をされるのは本当に珍しいことでした。
季節は秋も深まっており、少々肌寒くなりつつあります。わたくしはシホとエリシア様が鍛錬している姿を少し離れた場所で、邪魔にならないように、薄布を肩に被って寒さを凌ぎながら眺めていました。熱があるわけでもないのに、思考は少し、ぼやけていました。
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
【奨励賞】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。
死ぬ瞬間にだけ、愛してほしい
しょくぱん
恋愛
「代わって。死なない程度に、ね?」
異母姉リリアーヌの言葉一つで、エルゼの体は今日もボロボロに削られていく。
エルゼの魔法は、相手の傷と寿命を自らに引き受ける「禁忌の治癒」。
その力で救い続けてきたのは、初恋の人であり、姉の婚約者となった王太子アルベルトだった。
自分が傷つくほど、彼は姉を愛し、自分には冷ややかな視線を向ける。
それでもいい。彼の剣が折れぬなら、この命、一滴残らず捧げよう。
だが、エルゼの寿命は残りわずか。
せめて、この灯火が消える瞬間だけは。
偽りの聖女ではなく、醜く焼けた私を、愛してほしい。
【完結】今さら執着されても困ります
リリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」
婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった――
アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。
いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。
蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。
ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。
「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」
ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。
彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。
一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。
・全体的に暗い内容です。
・注意喚起を含む章は※を付けています。
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。