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傷だらけのシホ sideシホ

愛してるⅡ

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 太陽竜の指先は、細かった。数百年に渡る戦いの中で、やつれて疲れ切っているみたいに見えた。

 その手のひらが、自分の吐き出した赤いのと、太陽竜を散々に切りつけた返り血で汚れたオレの頬を挟んでいた。


傀儡竜ミラー=ノア……君を苦しめる痛みも、それ以外の全ても……何もかも、俺のせいだ」

 太陽竜は、涙こそ流していないが、青い瞳は悔恨と苦悩に揺れていた。

 間近にその言葉を聞いている時だけは、オレの全てを蝕む神罰の苦痛が、遠のいているように錯覚した。


「君達を生み出したことなのか、それとも最初からなのか……一体、どこから間違っていたのか。間違っていなかったのか。何度も繰り返し、考えてきたけど……俺には、もう、わからないんだ……」


 今のオレは、傀儡竜だから……遥か彼方、神話の時代。傀儡竜ミラー=ノアが聞いた、神々の声がどこかから聞こえてくる気がした。何を言ってるかまではわからないが……。


 傀儡竜……オレ達の見舞われた全てには、因果があって……この世界を作った最高神さえ、後悔の中で、苦しんでるんだなぁ……。


 オレは、疲れ果てていた。もう、何の抵抗もしないで、ただただ休みたかった。

 その気持ちが通じたのか偶然なのかはわからないが、太陽竜はオレを神器から離して、背中を腕で支えて、血だまりのない地面に仰向けに横にした。

 今夜は月が細すぎるから、満天の星空が見えて……暗い空の中にぼんやりと、レナの姿が見えた。傀儡竜になったから、神竜だったらみんな持ってる、千里眼。そいつが、今現在のレナを見せてくれたんだろう。

 オレのために祈らなくていいって言ったのに、寝台の上で、熱心に……手を組んでいた。レナはオレの頼みを聞かなかったが、オレだって、戻るって約束を守れなかった。お互い様だな……、お互い……。



 ……いや、レナはオレに「愛してる」を伝えてくれた。何度も。オレは同じ言葉を返せなかった。お互い様じゃ、なかった。


 今になって、後悔に苛まれた。目からはますます赤いものが流れ出て、顔を汚しているんだろう。

 伝えておけば良かったなあ。オレも、おまえを誰より愛してるって。

 オレのいなくなった後にレナがどうするかなんて、本人に任せればいいんだから。なりふり構わずに伝えておけば良かったって……。



 血に濡れた赤い手が、オレの瞼をそっと下ろして……何も、見えなくなった。それがオレの、二十年っきりの人生の終わりだった。
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