ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲

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第7章

第?章:ブルローネの新人10(ifルート)

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 彩芽は、アコニーにイシャーラの事を聞き、様々な場所を巡っていた。

 イシャーラの行く場所に見当がつかなかった彩芽は、まずボルドレットに会いに城に乗り込んだ。
 闇雲に探すより良いと思ったからだ。

 イシャーラはどこだと聞くと、イシャーラの母が住む家の場所を聞き出し、行ったが話も出来ずに追い返された。
 それから文書保管所に一応寄ってから、バトラの住む屋敷に行き、そこでも何も分からないと、またボルドレットの所に戻っていた。

 そこで、ボルドレットがもしかしたらと、昔住んでいたイシャーラの屋敷の場所を教えてくれたのだ。

 方々走り回った彩芽の服は、雨で濡れてグチャグチャになっていた。



「あなた……何しに来たの。私を……追い出された私を笑いにでも来たの?」

「バカッ!!」

 彩芽は、この期に及んでバカな事を言うイシャーラの頬を引っ叩いた。
 人を叩き慣れておらず、手の方が痛い。

「迎えに来たに決まってるでしょ!!」

「追い出されたのよ! もう、あんな所、戻れない! 戻りたくない!」

「イシャーラ!」

「私には何も無い! 家族も恋人も友達も仕事もお金だって! 戻る家も!」

 彩芽は、もう一発反対の頬を引っ叩いた。

「痛いじゃない!」

「いまさら甘えるな! 甘えるならもっと早く甘えなさい! 持ってない物の話なんか、今してどうするの!」

「持ってない物? 何も無いって言ってるでしょ!」

 彩芽は、さらにもう一発引っ叩く。

「目標は?! 夢も希望も無いの?! 自分でしたい事は?! イシャーラはどうなりたいの?!」

 イシャーラは、ビンタと言葉で自分を追いつめる彩芽の髪を引っ張り、掴みかかった。
 プツプツと髪の毛が抜ける感触が彩芽の頭皮を襲う。
 彩芽の頬に、爪が食い込む。

「どうなりたいかっ……言えっ!」

 彩芽はイシャーラに頭突きをかました。

 彩芽は額を痛みを手で押さえ、イシャーラは鼻血を出して泥の水たまりの中に倒れ込む。
 イシャーラの上に彩芽が馬乗りになってマウントを取ると、襟首を掴んだ。

「イシャーラ!」

 イシャーラは、鼻血をドクドクと流したまま、頬を切って血を流す彩芽の顔を睨みつけて憎々しげに言った。

「……私は……幸せだったあの頃に戻りたかった、それだけ……どいて……放っておいて」

 彩芽は、どかない。

「あの頃って、貴族だった頃?!」

「そうよ! お父様が生きてて、借金なんか無くて、お母様は優しくて、ボルドレットが私だけを愛してくれた! あの頃に戻りたい……」

「その為に、イシャーラは、ずっと我慢してきたの?!」

「そうよ! ボルドレットと結婚さえ出来れば! それだけで……なのに……」

「結婚しなくちゃいけないのは、好きだからなの? それとも貴族に戻りたいから?! どっち?!」

「……」

「貴族を諦めるなら、ボルドレットの言う様に愛人になれば良いんじゃないの?!」

「もう、無理よ」

「なんで?!」

「だって、彼には振られたし……私には借金が……」

「こんな状況で、カッコつけてどうするの?! イシャーラは何?! いつまで貴族様でいるつもりなの?!」

「私はっ……!」

「今のイシャーラは何?!」

「私は……」

「何か言え!」

「私は……」

「言いなさい!! 貴族でも娼婦でも無いあなたは何?! 何なの?!」

 イシャーラの頭の中に、色々な言葉が渦巻く。

 借金をかかえた、没落貴族の令嬢。
 元、姫娼婦の見習い。
 恋人に捨てられた、哀れな女。

 そのどれもが、マイナスな説明が必要な肩書ばかり。
 何者でも無い自分を俯瞰して分かる。

 何も無いのでは無い。

 無いどころか、負債を抱えて身動きが出来ない。
 負債を抱えているどころか、どこまでも無能である。

 教養も技術も容姿にも恵まれているのに、何一つ成し遂げた事が無い、役に立たない操り人形。

「クズ……」

 そして、何よりも、今となっては何の意味の無いプライド大事さに、ただ一人追ってきた人間を傷つけて遠ざけようとした。

「私は……クズよ……」



 * * *



 雨が降る中、窓の雨戸の蝶番を壊す音が響いた。
 手入れされていない風化した屋敷の窓は簡単に壊れ、そこから彩芽とイシャーラは、イシャーラの懐かしのわが家へと不法侵入したのであった。

 家の中には、ほとんど物が無い。
 そこら中に蜘蛛の巣があり、雨漏りもしていて家が死んでいるのが分かった。

「入れて良かった……」
 彩芽は蝶番を壊した石を捨てて言う。

 雨宿りをしながらも、イシャーラは家の中を見て回る。
 懐かしいが、そこには、もう戻れない事を嫌でも分からせてくれる。

「イシャーラ、鼻血」

「もう止まってる……平気よ。髪の毛引っ張ってごめん。頬も……」

「こっちも叩いてごめん……」



 イシャーラは、自分をクズだと認めた後、雨の中、水たまりに浸りながら大声で泣きわめき、ようやく自分の置かれた状況を受け入れる準備が出来た。
 負債ばかりで、何も無い上に、性格まで悪い。
 救いようの無いクズだと認めざるを得なくなり、本心から受け入れた事で、目が覚めた。

 彩芽の前で格好つける必要はもうない。
 全てを吐き出させられ、もはや守るべき自分などいないのだ。

 ここまで追ってきた上に、クズだと分かっていても自分の傍にいようとする彩芽を、これ以上拒否する理由も無い。

「……きっと、好きな自分になれるから、私がついてるから」

 彩芽は泣くイシャーラを抱きしめ、クズである事を否定せず、振り続ける雨から守ってくれた。

 彩芽に、雨が止んだらアコニーに土下座でも何でもして、もう一度チャンスを貰おうと言う話をされ、イシャーラはそれを受け入れる事が出来た。

 憑き物が落ちた様に、あれだけ拒否していた状況が受け入れられたのだ。



 帰る家が無いなら、戻ればいい。
 戻る為に頭を下げて、減るのは無意味なプライドだけだ。
 そのプライドを捨てた今、失う物は無い。

 彩芽がいつか言っていた、どうしようもない事を考える事を止める意味が、急に分かった。
 逆立ちしようが死のうが、過去には戻れない。
 ずっと、不可能な事を目標に生きて来た様な、空しさを感じるが、今は気付かなければ良かったとは思えず、気付けて良かったと思えた。

 今となっては、ボルドレットの事が好きだったのか、貴族に戻りたかったのかさえ、さっきよりも曖昧となっていた。
 ただ、ボルドレットにフラれてもしょうがない自分であったと思った。

 借金があり没落したからでも、大仕事が舞い込んだからでも、結婚したからでも、どれもボルドレットは身を引いた理由の一つでしかない。

 自分の事ばかり考え、分不相応なプライドを守っているだけの嫌な女に、嫌気がさした。

 それ以上の大きな理由は無いのが、今なら分かる。

 イシャーラは、母親を思い出し、自分はそっくりだと思った。
 他人を利用して、我慢しながらも、どうにか自分の願いを叶えようと動いている。

 卑怯で卑屈で最低の人間。



 イシャーラは、隣に座る彩芽を見た。
 彩芽は濡れた髪の毛を肌に張り付かせ、グチャグチャの服のまま、イシャーラに「どうしたの?」と笑いかける。

 全てを失っても、どんなにクズでも、唯一手元に残った笑顔。

 今までは、煩わしくて、構って来れば可愛いが、どちらかと言えば苦手であった。
 バトラと似た所のある、愛嬌で他人の心に踏み込もうと、虎視眈々と狙う、ウザい後輩。

 その筈だったが、イシャーラは思い出が詰まった自分の部屋で、彩芽と二人っきり、雨の音を聞きながら見たその笑顔が、初めて心地良い物に思えた。

 こんなに自分の事を考えてくれたのは、亡くなった父親以来である。



「イシャーラ、風邪ひいちゃうから、服乾かそう」
 そう言って、彩芽は服を脱ぐと、続いて下着も脱いだ。

「あなた、こんな場所で!?」

「誰も見てないから」
 彩芽はそう言うと、服を絞る。

「イシャーラ、ほら、身体冷えてる。服脱いで! ほら!」
 彩芽がイシャーラの服を無理やり脱がすと、裸にされ、イシャーラはそのまま床に座り込んで足を立てて組んだ。
 彩芽が服を絞ると、泥水が床板にビチャビチャと滴る。

「暖炉ある?」

「ダメよ、煙で人が」

「誰も見て無いって」



 裸の二人は、服を乾かす為に暖炉のある居間に移動した。
 火打石は無いが、彩芽は、いつだってジッポライターを持っている。

 薪は湿気てしまっているが、壊れた椅子やテーブルの足や、腐った床板を彩芽は暖炉にくべ、布に火をつけて大きくしてから腐った木のクズを火種にして火をともした。

 暖炉に火が宿ると、家が少しだけ生き返った様な錯覚に陥る。

 服を暖炉の前に干し、二人は肩を並べて暖炉の前で温まる。

「……なんで、来てくれたの? もう、姉でも何でも無いし、あなたには、酷い事を……」

「酷いって自覚あったんだ……ひどいなぁ……でも、イシャーラが心配で、気が付いたら来ちゃっただけじゃ、ダメ?」

「……そんな、そんな事して、あなたにどんな得があるの……」

「私がそうしたかったから、迎えに来たの」

「おかみさんに、許して貰えなかったら?」

「どうしたら許して貰えるか考えよう」

「どうして、そんなに、私を……」

「誰かに何かしてあげたいのは、変かな?」

「ごめん……私、たぶん、本当に……そんな事、真面目に考えた事も無かった……褒められるから言う事を聞いて、ボルドレットには、ずっと甘えてたんだと思う……」

「誰かを喜ばせたくなったり、喜んでもらったのが嬉しかった事は?」

「あ……あるわ」

「誰?」
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