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第1章
彩芽、巨人と飲む
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「おおぉ、これがさっき言ってた……」
「そう! こいつがネヴェル名物、怪物魚の姿焼きだ」
丸テーブルを一皿で占有する巨大な魚の丸焼きが置かれる。
怪物魚と言っていたが、思ったよりは大きくない。
せいぜい一メートルが良い所だ。
そんな彩芽の考えを読んだのか、お約束なのか、ストラディゴスは店の天井から吊るされた五メートルはある同じ種類の魚の骨を指さす。
確かに、あのサイズなら海では絶対に遭いたくない怪物魚と呼ばれるのもうなずける。
形は、鋭い牙を持つ巨大なハゼに見える。
「ほら、熱いうちに食ってみな」
ストラディゴスが豪快にナイフで魚を切り分けていく。
皮を切り開くと内側から一気に湯気が立ち、魚の身と油の濃厚な匂いが周囲を包み込む。
彩芽に気を使っているのだろう、わざわざ取り皿に乗るサイズにまで身をほぐし、大皿の端に寄せてくれる。
「ありがと。いただきま~す!」
目の前には初めて目にする異世界の魚。
大きさや形こそ少し違うが、食べるのに抵抗は感じない。
手づかみで食べる料理らしく箸もフォークも無いので、郷に入っては郷に従え、少し冷まして素手で口に運ぶ。
はむっ、と一口目を頬張る。
「!?」
香草も胡椒も使わず、塩をかけて焼いただけのそれは、身は柔らかく、滴る透明な黄金の油があえて例えるならノドグロ等に似て繊細で、非常に癖になる味だった。
早い話が、めちゃくちゃ美味なのだ。
彩芽が気に入ったのに気付いたストラディゴスは、大きな木製のジョッキで果実酒を二つ頼む。
初対面の時にほろ酔いだったのだ、酒が嫌いという事は無いと踏んだのだろう。
すぐに獣人の店員がやってきて、ストラディゴスが片手で丁度いいサイズの巨大なジョッキに、白濁としたドロリ濃厚な果実酒を目いっぱい注いだ状態で二つ持ってくる。
「さあ、飲め飲め! 好きなだけ食え!」
「乾杯しよ! 乾杯!」
「何にだ?」
「それじゃあ、美味しい魚に!」
「そりゃいい、ここの料理は最高だろ?」
「うん!」
「ほら構えろ! 美味い魚に乾杯!」
「かんぱ~い!」
彩芽の手とはサイズが違い持ちづらいが、哺乳瓶を両手で支える赤子の様な絵面になって両手でジョッキを持ってグビグビと喉に流し込む。
あまりにも良い飲みっぷりに、周囲のテーブルからも注目が集まる。
思いのほか辛い舌ざわりの酒だが、脂っこい魚料理と相性が良い。
「ぷはぁ!」
「驚いたな! また、えらく良い飲みっぷりだな!」
「まだまだこれから!」
そこは、商業都市ネヴェルの裏路地にあるベルゼルの酒場。
広い酒場の全体を見渡せる二階席。
スッキリしてブルローネを後にしたストラディゴスに「せっかくだから、ネヴェルの夜の楽しみ方を教えてやる」と、案内されるままに連れてこられたのが酔っぱらいがたむろする路地裏の酒場で、彩芽は最初、何事かと思った。
しかし、蓋を開けてみれば流石の地元民。
案内人を褒めるしかない程に、酒も食事も美味いし、酒場の雰囲気も入ってしまえばこれはこれで良いものだ。
迷子なのに、今だけ気分は海外旅行である。
焼き色がついた厚い魚皮が見た目に美味そうで試しにかぶりつく。
パリパリの厚い皮は干したスルメイカの様な強度で、中々食べられない。
だが、皮の裏に残った境界の肉はプルプルで、歯でこそぐ様に食べるとこれも美味い。
ストラディゴスを見ると、かなり大きな塊のまま切り分けた先から皮ごとガツガツと平らげている。
彩芽の視線に気づくと、自分の食事を中断して次の部位を切り分ける。
「お、もう食ったのか、じゃあこいつも食え」
そう言ってストラディゴスが切り分けたのは、エラと目玉だった。
どちらも見た目は良くないが、珍味だと思ってとりあえず黙って食べる事にする。
まずはエラにかじりつく。
身とは全然違うコリコリとした歯応えと、少し血生臭い後味。
単体で食べるとレバーにも似た癖があるが、これがまた酒に合う。
続いて、彩芽の拳程の大きさもある目玉にナイフを入れる。
ブニブニと弾力があるが、口に運ぶとホロホロと火が通った目玉の組織が崩れていき、最後には崩れ切らなかったカスが口の中に少し残る。
濃厚なコラーゲンスープをゼラチンで固めた様な触感で、最初は塩味しかしないのだが、口の中に残るカスには僅かに渋みがあり、カスも噛むとドンドン崩れて食べる事が出来た。
これも珍味と考えれば十分に美味かった。
酒と食事のローテーションが軌道に乗ってくると、ノリと勢いだけでエンドレスの乾杯が止まらなくなっていく。
すると酒の力で、徐々に二人とも口が軽くなる。
最初は、好きな食べ物や酒の事しか話していなかったが、ストラディゴスは、彩芽がどんな話でも楽しそうに聞いて、一生懸命話すのを見ていて、更に口が軽くなっていく。
彩芽の故郷にあった食べ物で彩芽の好物「豚骨ラーメン」なるものの話をきっかけに、地方の名物の話が始まり、ストラディゴスの故郷はどこだと言う話になっていく。
すると、すっかり気を許してしまったのか、お互いの身の上話を披露する事になった。
まずはストラディゴスの番である。
故郷も分からない戦災孤児だったが、やがて傭兵になり、騎士団の副長にまで成り上がったと言う。
それから、ストラディゴスは自分の過去を、出来るだけ面白おかしく話し始めた。
騎士になって仕事でした大失敗の話や、四股がバレて修羅場になり危うく昔の彼女と浮気相手達に殺されそうになった話。
そのどれも彩芽は楽しそうに聞き、一緒になって笑ってくれる。
小さな話が終わると、そのたびに彩芽は、
「生き残った事に!」
「大儲けに!」
と、ストラディゴスの過去に乾杯し始める。
いくつか話を披露してストラディゴスがもう面白い話を思いつかないとなると彩芽は、自分も後で話すと言っていた事などすっかり忘れ、
「じゃあ、今日の出会いに!」
と、ジョッキをぶつけて乾杯を繰り返し始め、同じくすっかり忘れているストラディゴスも一緒になる。
こうして、しこたま浴びる様に酒と魚を喉の奥に流し込んだのだった。
* * *
そんなこんなで、心地良い汗をかいた彩芽が、手についた魚の油を指の一本一本まで無作法にも猫の様に丁寧に舐め、その艶のある姿に見惚れて周囲のテーブルのむさ苦しい男共が、羨望の眼差しをストラディゴスに送る頃。
皿もジョッキも空になり、彩芽は腹を風船の様にぷっくりと膨れさせて料理を完食していた。
「ごちそうさま~」
夕食が終わり、満足そうに椅子に沈み込む彩芽の姿をストラディゴスが見る。
その飾らない食べっぷりにも驚いたが、控えめに言ってもあまり良い出会いでは無かった自分との食事を、こんなに楽しんでいる事に今更ながら驚いた。
ストラディゴスは、この夕食の席を昼間の謝罪の意味も込めて(待たせた事も含めて)、慣れない接待のつもりで精一杯もてなした。
だが、夕食が終わってみればストラディゴス自身が最高のもてなしを受けた様に、なぜか心が満たされ、救われた不思議な感覚が胸にあった。
普段仲間と飲むのとも、ブルローネの姫と飲むのとも何かが違う。
だが、何が違うのかはサッパリ分からない。
少し眠そうな彩芽がストラディゴスの視線に気づき、とろんとした目で、だが、まっすぐに見つめ返す。
「えへへ、食べすぎちゃった」
気持ちよく酔っぱらって、ほんのりと赤く染まった彩芽の屈託のない笑顔。
シャツをめくり、膨れた腹を見せてポンポンと軽く撫でて見せた。
ただの酔っぱらいのお腹いっぱいアピールである。
ところが、酔っているストラディゴスの目には、別の鮮明な、幸せな夢。
いや、まだ妄想とも呼ぶべき光景が、脳内を駆け巡った。
妄想のせいか、ストラディゴスは、無意識のうちに彩芽の腹を優しく撫でていた。
「え……?」
「あ……」
ストラディゴスが、しまったと手を引っ込めようとすると、彩芽は「っぷ」と吹き出し、無邪気に笑いながら、
「エッチ~」
と悪戯に言葉を浴びせる。
こうして、酔っぱらいは無意識のまま、すっかり巨人をノックアウトしてしまっていた。
直後。
「うっ、気持ち悪っ……」
笑顔から一転、突然の彩芽の言葉にストラディゴスは……
「そう! こいつがネヴェル名物、怪物魚の姿焼きだ」
丸テーブルを一皿で占有する巨大な魚の丸焼きが置かれる。
怪物魚と言っていたが、思ったよりは大きくない。
せいぜい一メートルが良い所だ。
そんな彩芽の考えを読んだのか、お約束なのか、ストラディゴスは店の天井から吊るされた五メートルはある同じ種類の魚の骨を指さす。
確かに、あのサイズなら海では絶対に遭いたくない怪物魚と呼ばれるのもうなずける。
形は、鋭い牙を持つ巨大なハゼに見える。
「ほら、熱いうちに食ってみな」
ストラディゴスが豪快にナイフで魚を切り分けていく。
皮を切り開くと内側から一気に湯気が立ち、魚の身と油の濃厚な匂いが周囲を包み込む。
彩芽に気を使っているのだろう、わざわざ取り皿に乗るサイズにまで身をほぐし、大皿の端に寄せてくれる。
「ありがと。いただきま~す!」
目の前には初めて目にする異世界の魚。
大きさや形こそ少し違うが、食べるのに抵抗は感じない。
手づかみで食べる料理らしく箸もフォークも無いので、郷に入っては郷に従え、少し冷まして素手で口に運ぶ。
はむっ、と一口目を頬張る。
「!?」
香草も胡椒も使わず、塩をかけて焼いただけのそれは、身は柔らかく、滴る透明な黄金の油があえて例えるならノドグロ等に似て繊細で、非常に癖になる味だった。
早い話が、めちゃくちゃ美味なのだ。
彩芽が気に入ったのに気付いたストラディゴスは、大きな木製のジョッキで果実酒を二つ頼む。
初対面の時にほろ酔いだったのだ、酒が嫌いという事は無いと踏んだのだろう。
すぐに獣人の店員がやってきて、ストラディゴスが片手で丁度いいサイズの巨大なジョッキに、白濁としたドロリ濃厚な果実酒を目いっぱい注いだ状態で二つ持ってくる。
「さあ、飲め飲め! 好きなだけ食え!」
「乾杯しよ! 乾杯!」
「何にだ?」
「それじゃあ、美味しい魚に!」
「そりゃいい、ここの料理は最高だろ?」
「うん!」
「ほら構えろ! 美味い魚に乾杯!」
「かんぱ~い!」
彩芽の手とはサイズが違い持ちづらいが、哺乳瓶を両手で支える赤子の様な絵面になって両手でジョッキを持ってグビグビと喉に流し込む。
あまりにも良い飲みっぷりに、周囲のテーブルからも注目が集まる。
思いのほか辛い舌ざわりの酒だが、脂っこい魚料理と相性が良い。
「ぷはぁ!」
「驚いたな! また、えらく良い飲みっぷりだな!」
「まだまだこれから!」
そこは、商業都市ネヴェルの裏路地にあるベルゼルの酒場。
広い酒場の全体を見渡せる二階席。
スッキリしてブルローネを後にしたストラディゴスに「せっかくだから、ネヴェルの夜の楽しみ方を教えてやる」と、案内されるままに連れてこられたのが酔っぱらいがたむろする路地裏の酒場で、彩芽は最初、何事かと思った。
しかし、蓋を開けてみれば流石の地元民。
案内人を褒めるしかない程に、酒も食事も美味いし、酒場の雰囲気も入ってしまえばこれはこれで良いものだ。
迷子なのに、今だけ気分は海外旅行である。
焼き色がついた厚い魚皮が見た目に美味そうで試しにかぶりつく。
パリパリの厚い皮は干したスルメイカの様な強度で、中々食べられない。
だが、皮の裏に残った境界の肉はプルプルで、歯でこそぐ様に食べるとこれも美味い。
ストラディゴスを見ると、かなり大きな塊のまま切り分けた先から皮ごとガツガツと平らげている。
彩芽の視線に気づくと、自分の食事を中断して次の部位を切り分ける。
「お、もう食ったのか、じゃあこいつも食え」
そう言ってストラディゴスが切り分けたのは、エラと目玉だった。
どちらも見た目は良くないが、珍味だと思ってとりあえず黙って食べる事にする。
まずはエラにかじりつく。
身とは全然違うコリコリとした歯応えと、少し血生臭い後味。
単体で食べるとレバーにも似た癖があるが、これがまた酒に合う。
続いて、彩芽の拳程の大きさもある目玉にナイフを入れる。
ブニブニと弾力があるが、口に運ぶとホロホロと火が通った目玉の組織が崩れていき、最後には崩れ切らなかったカスが口の中に少し残る。
濃厚なコラーゲンスープをゼラチンで固めた様な触感で、最初は塩味しかしないのだが、口の中に残るカスには僅かに渋みがあり、カスも噛むとドンドン崩れて食べる事が出来た。
これも珍味と考えれば十分に美味かった。
酒と食事のローテーションが軌道に乗ってくると、ノリと勢いだけでエンドレスの乾杯が止まらなくなっていく。
すると酒の力で、徐々に二人とも口が軽くなる。
最初は、好きな食べ物や酒の事しか話していなかったが、ストラディゴスは、彩芽がどんな話でも楽しそうに聞いて、一生懸命話すのを見ていて、更に口が軽くなっていく。
彩芽の故郷にあった食べ物で彩芽の好物「豚骨ラーメン」なるものの話をきっかけに、地方の名物の話が始まり、ストラディゴスの故郷はどこだと言う話になっていく。
すると、すっかり気を許してしまったのか、お互いの身の上話を披露する事になった。
まずはストラディゴスの番である。
故郷も分からない戦災孤児だったが、やがて傭兵になり、騎士団の副長にまで成り上がったと言う。
それから、ストラディゴスは自分の過去を、出来るだけ面白おかしく話し始めた。
騎士になって仕事でした大失敗の話や、四股がバレて修羅場になり危うく昔の彼女と浮気相手達に殺されそうになった話。
そのどれも彩芽は楽しそうに聞き、一緒になって笑ってくれる。
小さな話が終わると、そのたびに彩芽は、
「生き残った事に!」
「大儲けに!」
と、ストラディゴスの過去に乾杯し始める。
いくつか話を披露してストラディゴスがもう面白い話を思いつかないとなると彩芽は、自分も後で話すと言っていた事などすっかり忘れ、
「じゃあ、今日の出会いに!」
と、ジョッキをぶつけて乾杯を繰り返し始め、同じくすっかり忘れているストラディゴスも一緒になる。
こうして、しこたま浴びる様に酒と魚を喉の奥に流し込んだのだった。
* * *
そんなこんなで、心地良い汗をかいた彩芽が、手についた魚の油を指の一本一本まで無作法にも猫の様に丁寧に舐め、その艶のある姿に見惚れて周囲のテーブルのむさ苦しい男共が、羨望の眼差しをストラディゴスに送る頃。
皿もジョッキも空になり、彩芽は腹を風船の様にぷっくりと膨れさせて料理を完食していた。
「ごちそうさま~」
夕食が終わり、満足そうに椅子に沈み込む彩芽の姿をストラディゴスが見る。
その飾らない食べっぷりにも驚いたが、控えめに言ってもあまり良い出会いでは無かった自分との食事を、こんなに楽しんでいる事に今更ながら驚いた。
ストラディゴスは、この夕食の席を昼間の謝罪の意味も込めて(待たせた事も含めて)、慣れない接待のつもりで精一杯もてなした。
だが、夕食が終わってみればストラディゴス自身が最高のもてなしを受けた様に、なぜか心が満たされ、救われた不思議な感覚が胸にあった。
普段仲間と飲むのとも、ブルローネの姫と飲むのとも何かが違う。
だが、何が違うのかはサッパリ分からない。
少し眠そうな彩芽がストラディゴスの視線に気づき、とろんとした目で、だが、まっすぐに見つめ返す。
「えへへ、食べすぎちゃった」
気持ちよく酔っぱらって、ほんのりと赤く染まった彩芽の屈託のない笑顔。
シャツをめくり、膨れた腹を見せてポンポンと軽く撫でて見せた。
ただの酔っぱらいのお腹いっぱいアピールである。
ところが、酔っているストラディゴスの目には、別の鮮明な、幸せな夢。
いや、まだ妄想とも呼ぶべき光景が、脳内を駆け巡った。
妄想のせいか、ストラディゴスは、無意識のうちに彩芽の腹を優しく撫でていた。
「え……?」
「あ……」
ストラディゴスが、しまったと手を引っ込めようとすると、彩芽は「っぷ」と吹き出し、無邪気に笑いながら、
「エッチ~」
と悪戯に言葉を浴びせる。
こうして、酔っぱらいは無意識のまま、すっかり巨人をノックアウトしてしまっていた。
直後。
「うっ、気持ち悪っ……」
笑顔から一転、突然の彩芽の言葉にストラディゴスは……
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