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第3章

彩芽、カードゲームをする

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「勝者は一人。一位の全どりだ。勝者は敗者から一千フォルト分の働きと、言う事を何でも一つきいてもらう権利を与えられる」

「はい」
「それでいい」

「あと、このルールは後で正式な契約として魔法で刻む。つまり、踏み倒しは、俺も含め誰にも出来ない。特にお前だが、わかってるよな?」
「ちっ、わかってるよ」



 エルムは、彩芽とストラディゴスが同意した事を確認すると、満足そうにマントの下を弄り始めた。

「ゲームはカード。要するに運の勝負だ。問題あるか?」

 エルムは服の下からカードの束を取り出した。
 それを見て、ストラディゴスは口を出さずにはいられない。

「お前……まさかそれ、わざわざ持ってきたのか?」
「趣向は凝らすべきだろ? さあ、アヤメ、これのルールは知ってるか?」

 そう言うとエルムは絵の書かれたカードの束を、扇状に広げて彩芽に見せた。
 彩芽は首を横に振る。

「ふむ、なら簡単だから説明するぞ。カードをシャッフルして、それぞれ三枚配る」

 エルムはカジノのディーラーの様な慣れた手つきでカードを切り、さっさと配り始めた。

「お互いカードは表にして説明するぞ? 見りゃわかるが二十一枚のカードには、それぞれ『1』から『5』までの数字が書かれている。数字は四色の四セットあって、この太陽のカードは一枚だけあるって事だ」

「うん」

 カードを見ると、星が星座風に数字の数だけ並んでいる。
 星と太陽の柄のカードは、ペン画で印刷されているが印刷精度が低いのか手作り感があり、独特の味があった。

「太陽は、どのカードとも対になれる。数字は小さい程強く、色は白・黄・赤・青の順で強い。これを本番では相手に見せずに、一回だけ二枚まで山札から交換が出来る。交換したカードは、墓場に表にして重ねて置いていく」

 彩芽は、要するに『5』までのトランプでやる三枚ポーカーかと思いながら、うなずいた。
 トランプを知っていれば、確かに何も難しい事は無い。

「あとは、お互いカードを並べて数字を一番小さくして見せ合うだけだ。簡単だろ? すぐに終わる」

 エルムの説明で、ポーカーとは役の作り方が違うのは分かるが、それでも単純なルールだと思った。
 彩芽は自分の理解が正しいか、確認の為に質問する。

「並べるって、『111』が一番強くて『555』が一番弱いって事で良いんですか?」

「おっと、それを今から説明しようと思っていたんだが、同じ数字は重ねる事が出来る。つまり、1を三枚重ねて『1』にするのが一番強い役だ。一種類でも同じ数字が揃えば二桁の数字に出来るって言う事だ」

「なるほど」

「この勝負を一位に三回なる奴が出るまで繰り返す。三連続で一位になれば、その時点で終わりだ」

 エルムはカードを回収すると再びシャッフルし、テーブルの上に配り始めた。
 カードゲームに慣れている様子で、その動きだけで運のゲームの筈なのに強そうに見えるのだから不思議である。



「あと一つ、最初に数字のカードを一枚表で出して、数字が一番小さい奴から右回りにカードチェンジだ」
「一枚見せたカードは、手札に戻すんですか?」
「そうだ」

 彩芽は、手札プラス他の人の見せたカードで引きやすいカードを推測するのかと、ルールを理解し始めた。
 引く順番では無く、捨てる順番の取り合いである。

 大きい数字を選んでカードチェンジの順番を後にした方が、墓場に置かれるカードを見てから選択出来るが、相手に渡していい数字情報がどれかを考えつつ、良い役が揃う確率を考えてプレイしなければならない。

 なるほど、どうしよう。
 彩芽は、内心、少しだけ不安になった。
 実は、こういうゲームが昔からあまり強く無いのだ。
 はっきり言ってしまえば、賭け事においてだけ、ここぞと言う時の引きが弱いタイプであった。



 一回戦。

 彩芽の手札は、『245』で順番決定の際は『5』を出した。
 エルムは『1』、ストラディゴスは『2』だった。

 そうなると、山札には『2』のカードが多くても二枚しかない事になり、確率で考えるとストラディゴスも『2』を捨てる可能性がある。
 しかし、『2』は手持ち最小のカードで、残したいと言う心理も働く。
 エルムは『1』以外が揃っていない限り『1』は交換に出さない筈だ。

 彩芽はエルムの二枚チェンジの後に、やはりと思いながら捨てられたカードを見てから二枚チェンジ。
 ストラディゴスは悩みながら一枚チェンジした。

 彩芽の手札は『123』。
 三人がテーブルにカードオープンすると、エルムが『145』、ストラディゴスは『2』が二枚の『24』となっていた。

「よし!」
 と、ストラディゴスがエルムに勝ち誇るが、エルムは勝負は始まったばかりと楽しそうである。

 一回戦の成績を、エルムが持ってきていた小さな黒板(エルムがマントの下から出した)にチョークで書き、一位になったストラディゴスが今度はカードを配り始めた。



 二回戦。

 彩芽の手札は『345』。
 最弱の役である。
 不安を悟られまいとポーカーフェイスを作り、順番決定のカードオープン。
 彩芽『5』エルム『5』ストラディゴス『5』。

 エルムの『5』が白で、一番となる。
 『5』が揃う確率が低いのは明らかだ。

 エルムが二枚チェンジ。
 彩芽が『3』残しの二枚チェンジをすると、役が『135』となった。
 エルムが墓場に捨てたカードもちゃんと見て推測したのに、なぜ『5』が来てしまったのかと、読み違いにポーカーフェイスがゆがむ。

 運のゲームだから仕方が無いが、こういう経験の蓄積が賭けに弱いと思い込む原因である。
 エルムとストラディゴスは、何ともいえない百面相をしている彩芽の顔色を、お手本の様なポーカーフェイスで見ていた。

 ストラディゴスが二枚チェンジすると、全員がカードオープン。

 エルムは『1』が二枚の『12』、ストラディゴスは『4』が二枚の『34』。
 今度はエルムが一位となる。



 三回戦。

 エルムが配り、彩芽の手札は『455』。
 順番決定では彩芽が『5』、エルムは『4』、ストラディゴスは『1』を見せる。

 ストラディゴスが二枚、エルムが二枚チェンジ。
 彩芽は墓に『5』が無いのを見て『5』が来ることを祈り、『4』を捨てる。

 全員オープン、エルムはまたしても『1』が二枚の『12』、ストラディゴスは『2』が二枚の『12』だった。
 同じ役の場合、三枚並べて小さい方が勝つ。

 エルムがストラディゴスに勝ち誇ると、彩芽が笑いをこらえられない様子でカードを一枚ずつテーブルに重ねていく。

「ふっふっふっふ~」

 『5』が三枚の『5』で彩芽が三回戦を制する。
 だが、勝ち誇った笑いを遮るように、彩芽の腹から「ぐるる」と腹の虫が鳴き始め、彩芽は固まり、顔が赤くなっていった。

 虫の音を聞いたエルムは、仕方が無いと、何とも言えない薄ら笑いを浮かべながら提案してくれる。

「ふはは、そうだったな、一千フォルトを賭けたゲームだった。緊張して腹も減るさ。それに、すぐに終わらせては勿体無いしな。食後に続きをやろうじゃあないか。どうだ?」

「……はい」と、小さな声で返答する彩芽。
 ストラディゴスはエルムの気遣いに内心感謝するが、表には出さず首を縦に振って同意するにとどめる。



 いつの間にか大食堂の厨房から良い匂いが漂い始め、使用人達がひっきりなしにテーブルのセットを始め出していた。
 準備の規模を見るに、どうやらかなり大勢で一斉に食べる形式の様である。

 全ての長テーブルに全く同じように皿と料理がセットされていき、まだ温かい料理は運ばれてきていないが、固いパンが取り皿と兼用で椅子の前に置かれている。
 慌ただしくなると、ボチボチ食事をする使用人や兵士が大食堂に集まり始めた。

 彩芽は、どの様は区分けで、この城の人達が夕食を共にしているのかが気になった。
 職業毎か、階級毎か、働く時間毎なのか、それとも、この時間に外せない仕事がある者以外、全員が一堂に会しての食事となるのか。
 強制なのか自由参加なのか、とにかく目につく全てが新鮮で、興味をそそられ、社会を動かすルールが知りたい。

 彩芽が何の変哲もない城の日常風景を、面白そうに眺めていると、エルムはカードをまとめて服の下にしまい込み、ゲーム中に醸し出していた空気をカラッと切り替えた。

「夕食の準備までは、まだ少し時間がかかる。それまで二人の馴れ初めでも聞かせてくれよ。会ったのは昨日なんだろ? 是非、詳しく聞きたいものだ」
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