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第6章

ストラディゴス、過去に追われる

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 彩芽がさらわれた一方、その頃ネヴェルでは。



 領主誘拐未遂と、領主の客人誘拐事件が起きたとして大きな騒ぎとなっていた。

 マルギアス王国と戦争状態に突入するカトラス王国は、東西で隣接する国である。
 大陸最西端のマルギアス王国では、敵は東からやってくると言うのが常識だ。

 地理的な問題だけでなく、最西端の商業都市ネヴェルを守る騎士団が優秀ゆえに、敵もすき好んで最初に攻めて来ることが無いと言う今までの経験則が、この常識の根拠である。
 東から攻めれば、ネヴェル騎士団は到着には時間がかかり、移動の消耗も合わさって敵からすると良い事尽くめなのだ。

 しかし今回は、その盲点を突かれた事に間違いは無かった。



 状況を更に悪化させているのは、首謀者が分からない事だった。
 戦争状態に突入予定のカトラス王国が犯人だとしても、証拠が無ければ戦争以上の事は何も出来ない。
 証拠があっても、周辺の国に卑怯者国家のレッテルを張られる以上のデメリットは今回の戦争に限って言えば無く、カトラス王の命令なのか、六人いる王子の誰かが犯人なのかも分からない。

 分からなければ、相手から接触があるまで待つしかないのが現状である。

 さらに都合の悪い事に、ネヴェルに三人いる魔法使いのうち二人は王都の会議に出ていて不在な上、誘拐犯の一人が竜人族だと分かり、兵士達には動揺が広がっていた。



 * * *



 事件の直後エルムは、ストラディゴスに対して、対応の不手際と犯人と知り合いである事に憤っていたが、それ以上に小娘に出し抜かれた自分の不甲斐なさに腹が立ち、オルデンの為、さらわれた彩芽の為に、救出の準備を進め始めていた。

 その中で、ネヴェル騎士団副長のストラディゴス・フォルサは、玉座の間にて領主オルデン公爵と騎士団長エルムによって直々の事情聴取を受けていた。
 その場には、フォルサ傭兵団出身の騎士、兵士、使用人にメイドと、全員が傍聴に集められ、さながら裁判である。
 しかし、ストラディゴスの過去の過ちを今責めている暇など無く、犯人に繋がる情報の収集が最優先に行われるのだった。

 オルデンは、家臣達にこれ以上の動揺が広がらないように平静を保っているが、彩芽の事が気がかりでならないのは皆にも分かっていた。



「フォルサ、では、犯人はその二人は間違い無いんだね?」
「恐らくは……」

 自身の犯した過去の罪が追ってきている。
 ストラディゴスは、力なく答える事しか出来ない。

 直接的には、ストラディゴスに非は無いと言える。
 だが、間接的に考えると、自身が全ての原因に思えてならない。



 竜人族のフィリシス、猫人族のアスミィ。
 アスミィがハルハルと言っていたのを素直に受け取るなら、恐らく、裏にはダークエルフのハルコスがいる。
 もしかすると兎人族のテレティもいるかもしれない。

 そうストラディゴスが伝えると、その四人を知っている元傭兵団員達から、現在彼女達がどこに所属しているのか、何者なのか等が聞かれ、活発な意見交換が行われる。

 そうすると、どうしても過去の事件に触れざるを得なくなり、ストラディゴスは衆人環視の前で自身がどんなに愚かな事を行ってきたのかを、仲間達の口から客観的に聞かされる事となった。

 これは、彩芽と出会ってしまった今のストラディゴスには、相当に堪える拷問に等しい事であった。



 * * *



 カチカチカチ……



 カトラス船団の旗艦。
 その中にある小さな客室で軟禁される事になった彩芽は、簡素なベッドの上にドレスのまま寝っ転がり、天井を見つめていた。

 誘拐されるのは、初めての経験である。
 彩芽の身柄はオルデンとの交渉の材料に使うと言っていたが、自分に人質としてそれ程の価値があるとは思えない。
 そうなると、ここで黙って捕まっていて状況が好転する事は無いと考えて、自ら行動を選択せねばならない。

 価値が無い人質が最後にどうなるのかは、ポポッチ達を見ていても予想もできないが、希望的観測で動くのは良くない。

「常に、最悪の事態に備えてこそ、いざと言う時に道が開ける」

 とは、件の先輩(女)の言葉であり、彩芽が長らくおざなりにしてきた言葉でもあった。
 リスクマネジメントなんて難しい話ではなく「保険は、常にかけておけ、備えよ常に」と言う事だ。

 必要に迫られ、忠告の意味が初めて分かる時もある。



 カチカチカチ……



 窓の外を見ると水平線の向こうを見ても陸地は見えず、半径数キロ圏内に島が無い事が分かる。
 泳いで逃げるのは不可能だし、何よりも怪物魚がいる海を泳ぐのは避けたい。
 ボートを奪ったとしても、素人が手漕ぎで陸地に辿り着けるかは疑問が残るし、相手には空を飛べる竜人がいるので、逃げ切れるとは思えない。
 そうなると、自力での脱出は、ほぼ不可能と考えて良いだろう。

 となると、別の生存戦略が必要となる。

 それはつまり、味方に居場所を知らせるか、味方を作ると言う事である。

 自分の位置を知らせる事は部屋から出られない以上出来ないが、味方を作る事なら相手がいれば出来るかもしれない。

 最も可能性がありそうなアスミィは、彩芽の事を気に入っていたようだが、あまりにも行動が読めず、下手をすると悪気なくポポッチに報告してしまいそうな危うさを感じるので最後の手段だ。

 他に三人いた彼女達なら、攻略のヒントがあるのでは無いか。



 船室の扉がノックされ、彩芽は「どうぞ」と返事をした。

 そこに訪ねて来たのは、ダークエルフのハルコスだった。

「居心地はどう? 不便は無い?」
「平気です、けど……」
「もしよろしければ、少しお話をしませんか?」

 ハルコスは、彩芽がベッドの淵に座ると、向かい合う様にして椅子に座った。

「アスミィが連れてきてしまって、本当にごめんなさい」
「それなら、とりあえずネヴェルに戻りたいんですけど」
「すぐに、と言う訳にはいかないわ。でも必ず無事に帰してあげるから」

 ハルコスの常識的対応に、彩芽は目を丸くした。
 カトラス王国の面々の中で一番まともなのは、間違いなくハルコスだろうと思う。

「あの、聞いても良いですか?」
「何でも聞いて」
「どうしてマルギアス王国とカトラス王国は戦争をするんですか?」
「あなた、マルギアスに来て日は浅いの?」
「一昨日来たばかりです」

 彩芽の答えに、ハルコスはなんて不運な人がこの世にいるのだろうという目で彩芽を見た。

「それは災難だったわね。そうね、マルギアスとカトラスは昔からとても仲が悪いから、と言うのが主な理由ね。ほら、この地図を見て、二つの国の間に大きな空白があるでしょ? 何百年も前から、お互い奪い合っている土地で、戦争の最初の理由なんて誰も覚えていないわ。でも、ここを奪い合ううちに次の争いの理由が出来て、それを繰り返して今がある、これで伝わるかしら?」

「今回の戦争も?」

「そうね、もう少し詳しく言うと、どちらの国もあまり中央の内政が上手く行っていないの。だから、王家以外に敵を作って、隣から奪うのが今回の戦争の大きな理由よ。そう言う意味では、両方の王家で利害は一致しているわね」



 * * *



 ハルコスから、マルギアスとカトラスの両国が置かれている状況を聞かされ、彩芽は聞きながら考える。
 どの戦争でも言える事だが、歴史と権力が関わると、途端に解決不能に思えてくる。

「ねぇ、私も気になってたんだけど……あなた、結局のところは領主様の何なの?」
「友達です」
「付き合いは長いの?」
「昨日会ったばかりです」

 ハルコスは、彩芽の答えで疑問が増えていくのを感じた。

「……あなた、貴族? それとも王族?」
「え? 平民かな?」
「……どうやったら領主様からそんなドレスをプレゼントされる様に、たったの一日でなったの? 是非聞きたいわ。そう言えばあなた、ディーとも友達なんですって?」
「ディーって、ストラディゴスさん、ですよね?」

 彩芽は、これこそがチャンスだと思った。
 どんな些細な事でも、共通点は情報を引き出す入り口になる。
 それが個人的であればあるほど、深い所まで踏み込むチャンスが生まれる。

「今もディーは、変わらない?」
「変わらない?」
「女好きかって事」
「はい。と言っても、一昨日、初めて会ったばかりなんだけど……」
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