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美菜
しおりを挟む0. 安堵
それは、月の光を浴びて乳白色に輝くシルクの織物のような光沢を持って魅惑の曲線を描き、厳かにそびえていた。そして、そのふたつの膨らみの頂にはピンクに染まった乳首が女の高まり具合を示すように固く膨らんでいた。
俺は神聖なものに触れるかのように恐る恐る両手を出した。
「はあッ!」
女は俺の掌が膨らみに触れた瞬間、ビクッと震え吐息をついた。柔らかい! 膨らみが少し変形して、もっちりした滑らかな肌が俺の指に抵抗するかのように張り付いてくる。
「はぅッ!」
女の唇がわずかに開いて喘いでいる。
たまらず、女のしなやかな身体を力いっぱい抱きしめた。俺はこの女さえいればいい。他は何もいらない。
1. 再会
ある日、高校時代の同級生から同窓会開催の案内状が送られてきた。そこには卒業後10年目の区切りの年を記念して同窓会開催を計画したと書かれてあった。
あれからもう10年も経ったのかと感慨にふけっていると、突然ある人物の姿が脳裏に鮮明に蘇ってきた。その女のことは今の今までほとんど記憶の底に深く沈んでいたのにもかかわらずだ。その女は当時の制服姿でにっこり微笑んでいた。
逢いたい! もう一度生の笑顔を見たい!
無性にその女に逢いたくなった俺は、直ぐに同窓会に出席する旨の返事を出した。そして、同窓会が開催される日を指折り数えて待ち、高校卒業以来初めて青春時代を過ごした街に戻ってきたのだった。
俺の名前は藤田宗介。高校卒業後、都会の大学に進むと間もなく父親の転勤で家族揃って他の県に引っ越したので、それ以来この街にやってくることはなかった。
10年ぶりに懐かしい駅に降り立ち、同窓会が開かれるシティホテルに着いたところで、とりあえず宿泊のチェックインをした。その女が同窓会に出席するかどうかもわからないのに、一夜を共にすることを確信してダブルルームを予約していたのだ。
間もなく同窓会の開催時刻になったので会場のパーティルームに移動すると、すでに大勢の同窓生が集まっていた。そこには見覚えのある顔があふれていて、悪友たちと再会すると懐かしさがジワッとこみ上げてきた。しかし、そんなところで落ち着いている場合ではない。彼らと旧交を温めるのは二の次で、俺がわざわざやって来たのは、かつて付き合っていた女久保山美菜に逢う為なのだ。
その女の姿を求めて、旧友たちとの会話をそこそこにして立食形式の会場内をウロウロしていたら数人の女子の輪の中に待望の美菜の姿を見つけることができた。やっぱり来ていた。良かった。目立たないよう小さくガッツポーズをした。
早速美菜に近寄り、さも偶然見かけたかのように装って声をかけた。
「やあ、美菜さんじゃないか、久しぶり」
「あら、藤田君も来ていたのね」
美菜は俺の姿を見て満面の笑みを浮かべた。
「うん、美菜さんに逢いたくてね」
10年ぶりの美菜の顔が眩しく、照れ隠しに冗談めかして言ったのだが、ずばり本心だった。ストレートに口から出てきたのだ。
「ふふっ、ウソでも嬉しいわ」
「いやほんとだよ」
久保山美菜は短大を出て地元で就職したという事は風の便りで聞いていた。もともと活発でかわいかったのが、さらにきれいになって洗練された大人の雰囲気を醸し出している。
俺は高校時代に美菜と一時期付き合っていたけれども、3年生になって受験勉強が本格化してきたところで逢う機会が少なくなり、なんとなくうやむやのうちに疎遠になっていたのだった。
「藤田君と会うのは卒業以来初めてだったわね」
「そうだね、俺が卒業したのと同じタイミングで父親が転勤になって家族みんなでよその土地に行っちゃったから俺もここに戻ってくることがなかったんだよ。美菜さんも元気にしてた?」
「うん、私は元気だけが取り柄なの」
「羨ましいな、俺は仕事に追い回されて忙しくてちょっと疲れ気味なんだ」
「仕事が忙しいのはいいことだけど、身体には気をつけてよね」
とりあえずお互いの近況を尋ね合った。
「美菜さん、一段ときれいになったんじゃないか? それに大人の色気もたっぷりだし、ゾクゾクするよ」
「あらぁ、ほんとにお上手だこと。いつもそんな風に女性をナンパしてるの? でも“大人の色気”ってことは私もおばさんになったってことかしら?」
「はははっ、なんか僻みっぽく聞こえるなぁ」
「そうよ、おばさんは僻みっぽいのよ」
いたずらっぽい顔をして言う。10年前と変わらない表情だ。
「おばさんって、俺も同じ年令なんだけど」
「ホントに女は損だわね。私、勤め先の会社の女子社員の中では、もうベテランのくくりに入れられちゃってるんだよ」
「女子社員は職場の花って考えてる中年おじさんはまだまだ多いからね。若い娘がチヤホヤされるんだよな」
「そう、そういうおじさんに限っていつもは私達を厄介者扱いするくせにややこしい仕事は全部こっちに回してくるのよ。それもベテランなら、できて当たり前って顔して言ってくるんだから」
「仕事はできる人のところに沢山まわってくるもんだよ」
「そうかしら」
「いや、そう言われるんだけど。なんというか、俺も上司から『お前ならできると思うから仕事を回してるんだ、忙しいのは喜べ』なんて言われて、以前は張りきってやってたんだけど、実際は他の人も皆同じように言われてるらしいんだよね」
「ほほほほっ、みんないいようにこき使われてるってことね」
ここで一番知りたかったことを聞いてみた。
「それはそうと、美菜さんの姓が変わってないのはまだ独身生活を楽しんでいるってことなのかい?」
美菜が付けていた名札は当時と同じ久保山だった。
「ええ、そう。いい人に巡り合えなくって。選り好みしてるうちにもう誰も振り向いてくれなくなったわ。そう言う藤田君はどうなの?」
「うん、俺もまだ1人なんだ。そういえば、俺たち学生時代に付き合っていた時期があったのになんで別れちゃったんだろうなぁ」
「あら、私は別れたつもりはないわ。まだ続いてるって思ってるわよ」
美菜の瞳がキラリと妖しく光ったのには気が付かなかった。
「あぁ、そうだったよね。べつに嫌いになって別れようなんて言ったわけじゃなかったよなぁ」
「そうよ、ちょっとお休みしてるだけ」
「じゃ、この同窓会を機に俺たちシングル同士の付き合いをまた始めようか」
「私で良いの?」
「もちろんだよ。美菜さんこそ俺で良いの?」
「だから、私は別れたつもりはないって言ったじゃないの」
ほとんど忘れ去られて消えかかっていた残り火が、ふたたび大きく燃え上がった瞬間だった。
「そういうことなら他の連中に用はないからここを抜け出して、このホテルのバーで2人になろうよ。何度も言うけど今日は美菜さんに逢いたくて来たんだから」
「うれしいわ、行こう」
「でも、2人一緒じゃ目立つから、時間をずらしてトイレに行くふりをして別々に出て行くことにしよう」
「ふふっ、おもしろそう」
俺と美菜は示し合わせて別々に同窓会場を抜け出して、同じシティホテルの中にあるしっとり落ち着いたバーの片隅にひっそりと腰を落ち着けてカクテルで乾杯した後、高校時代の思い出話と卒業してから10年間の積もる話を交わしたのだった。
そして、十分に打ち解けた頃合いを見計らって言った。
「2人っきりでもっと仲良くしたいんだけど、どうかな?」
「今も2人きりなんだけど?」
美菜の瞳にまた妖しい光が灯り、俺の目を見てかすかに微笑んで言った。
「もっと美菜さんのことを知りたいんだ。上の部屋に行って朝まで付き合わないか?」
「私の何を知りたいの?」
「全てだよ」
「全てって、例えば?」
「美菜さんの身体にホクロがどこにいくつあるかとか…」
「身体中全部見たいの?」
「うん、見たい」
「いいわよ、見せてあげる。他に知りたいことは? 申告制よ」
相変わらず俺の目をじっと見つめたまま、ふっくらしてキラキラ輝く唇に妖艶な笑みを浮かべている。その色っぽさにゾクッとして一瞬たじろいだ。
「う・うん、そうだね。美菜さんの口紅が何回のキスで落ちるか試してみたいし」
「それから?」
美菜の頬が紅潮してその瞳から妖しい光が輝きを増した。
「それから…俺の身体との相性がどうか試してみたいし」
「いいわよ」
「美菜さんのアクメの表情も見てみたいな」
「ふ~ん、イかせてくれるってことなのね」
「う・うん」
「いいわよ、全部あなたの好きにして」
美菜の眼差しが一層妖しくキラキラと輝いて、俺を射すくめる。その威力に圧倒された。
「ありがとう、うれしいな」
俺は押され気味の態勢を立て直そうとグラスの水をゴクリと飲んで一息つき、ルームキーをポケットから取り出して見せた。
2.待望の夜
美菜にルームナンバーを教え、旧友たちの目に触れることのないようこっそりと別々にエレベーターに乗って客室フロアに上がり、部屋に入るとごく自然に固く抱き合って熱い口づけを交わした。
美菜から何とも言えない優しい懐かしい香りがした。
「はあっ、やっと願いがひとつ叶ったわ。あの頃からこうなりたくって、ずっと待っていたのにあなたは知らんぷりして都会に行って、10年間も放っておいたのよ」
唇を離すと抱き合ったまま美菜はうわごとのように言った。美菜が結婚しないのはそういうことだったのか。先程の言葉がずっしりと重くのしかかってくる。
「長いこと待たせちゃってごめんね。あの頃は度胸がなくて嫌われるのが怖くて言えなかったんだ」
「ううん、私のこと忘れないでいてくれただけでうれしいわ」
美菜を忘れていたことで胸がチクリと傷んだが、続けた。
「一緒にシャワーを浴びようか」
「恥ずかしいから、あなたが先に浴びてきて」
「うん」
俺が先にシャワーを浴びた後、バスタオルを腰に巻いて浴室から出てくると、既に服を脱いで素肌にバスタオルを巻いて待っていた美菜はすぐに浴室に消えた。窓から懐かしい街並みを見下ろして、学生時代の甘酸っぱい思い出にふけっていると、しばらくして美菜は入ったときと同じようにバスタオルを巻いて浴室から出てきた。
腕といい脚といい、ほんのりピンク色に染まった肌が艶かしくそそられる。その肉体は十分に引き締まって均整がとれていた。
「きれいだ、全部見せてくれよ」
美菜は恥ずかしそうに頷いて、巻いていたバスタオルをはらりと床に落とし、その場でくるりと1回転して全身をくまなく俺の目にさらした。
う~ん、見事だ。豊かに盛り上がった胸の2つの膨らみ、たるみのないウェストとはち切れそうな腰回り、日焼けした肌にビキニ水着の形が三角形に白く残って艶めかしい。思わず目が釘付けになった。
そういえばもう主婦業をしている他の女子たちと並んでいた時、日焼けした肌が目立っていたな。
「美菜さんは案外アウトドア派だったんだね」
「そうね、主婦じゃないから、休みには1人でいろんなところに出かけていたの。それに私、下の茂みが濃い方だったから水着からはみ出さないよう処理するのが面倒なので全部なくしちゃっていたのよ」
「すてきだよ」
オレ自身はその時点で最大限に勃起して窮屈そうに脈打っていた。俺も腰に巻いていたバスタオルを剥ぎ取って、美菜を俺のほうに引き寄せ、抱き合ってベッドに倒れこんだ。そして美菜に覆いかぶさり、口づけして唇を次第に胸のほうへ移動していく。見事に盛り上がった胸のふくらみの頂上まで舌をはわせて乳首を唇で挟んで転がすとコリコリと固くなった。
「う~ん、ハアアァッ!」
美菜が大きく息をもらす。両方のふくらみを俺の両掌で支えて、唇を左右行ったり来たりさせる。美菜の体がゆっくりとうねり始めた。
「ん~~っ!」
俺はさらに唇を腹部からデルタ地帯まで移動させ、2枚の花弁の間の突起にたどり着いた。舌でころがし甘噛すると美菜の体のうねりがさらに大きくなった。
「くっ、あ~~~っ!」
すると不意にオレ自身がしっとり温かくて柔らかい感覚に包まれた。美菜の口の中に納まったのだ。
「ううっ!グッ!」
不覚にも声を漏らしてしまった。俺の腰が浮き上がったところに美菜が頭を持ち上げて自然にシックスナインの体勢になっていたのだ。鋭い快感が走る。俺も負けずに唇と舌を使った。
「んぐっ、ふっ、う~」
オレ自身を含んだまま美菜の口からも喘ぎ声が漏れる。美菜の腰のうねりが大きくなり、俺は美菜の太ももを押さえつけて束縛する。次第に美菜の口の動きが早くなった。
「んぐっ、ハァッ・あーーっ!」
美菜の叫び声とともにオレは押し出され、美菜は到達した。美菜は胸と腹で大きく息をしていた。
大きく上下する胸が落ち着く間もなく、美菜は小さな声で言った。
「来て」
オレ自身は今にも張り裂けそうなほど特大サイズに変貌していたのだが、頭の部分を愛液が溢れている美菜の花びらの間にあてがうとすうっと美菜の体に抵抗なく吸い込まれた。
「はああぁーっ! くぅ~~っ!」
美菜の腰のうねりが前後左右に激しくなった。オレは根本まで全体がしっかり包み込まれていて、オレの周りでは美菜自身がうごめいており、何とも言えない快感に包まれていた。オレは美菜の中を大きく絶え間なく動いてかき回し、美菜もそれに応えた。
「ハァッ、そこ良いっ、もっと!」
「素敵だよ、ウグッ、あぁっ!」
「うぅっ、もうダメ、い・いくっ!」
「俺ももうダメだっ。アァッ!」
「くうっ~!」
2人同時に果てたのはまもなくだった。
俺たちはしばらくつながったままで重なり、呼吸を整えた。
美菜はその間ずっとうごめいてオレ自身を刺激し続けており、まもなくオレは元気を回復して2回戦が始まった。
美菜はさらに激しくあえぎ、悶えてけいれんし、何度も到達して果てたのだった。時間を忘れて愛を交換した後2人ともぐったりとベッドに並んで横たわり、しばらく静寂が支配していた。
3.見合い
荒い息遣いが落ち着くと、美菜はうっとりした顔で俺を見つめて熱い口づけを何度も交わした。
「アクメの表情は一段ときれいで素敵だったよ」
「いやだ、ほんとに見てたの?」
「うん、しっかりとね」
「恥ずかしい。でも最後にあなたとこうなる夢が叶ってうれしいわ」
「えっ?『最後』って夢が叶ったからこれで終わりってことじゃないだろう?」
「あぁ、でも困ったな」
俺の質問に答えずつぶやいた。
「どうして?」
「実は親からお見合いをするように言われているのよ。孫の顔を早く見たいんだって」
「えっ、見合い!?」
「ちょっと義理のある人からの話で両親も乗り気なの。無下に断るのもかわいそうだし。私は1人娘だからこの先両親の近くで面倒を見なくちゃいけないしね」
「え・え~っ、そういう事? 付き合いが復活したと思ったら、もうおしまいなのかい?」
「同窓会であなたと逢うことができて、こんなふうに青春時代の思いを遂げることができたらきっぱり過去を忘れてお見合いしようと思っていたのに、実際そうなったら逆にあなたのことが忘れられなくなってしまった。どうしよう」
「そんなぁ~、なんとかならないかなぁ」
俺としては美菜と再会したばかりで、今の仕事を辞めて美菜のところに転がり込むということはまだ考えられない。
「とにかくそういうことなの。もう少し時間があるから、私のことをどうにかしたいって気があるのなら何かいい方法を考えてよ」
「わかった、美菜さんとはこれで終わりにはしたくないから何か考えてみるよ。」
このまま美菜を手放すなんてもったいない。何かうまくまとまる方法はないだろうか。しかし何事にも楽天的な俺は、それは今後の課題としておいてとりあえず今を楽しもうと、翌日はチェックアウトぎりぎりまでベッドで2人戯れていた。そして美菜から見送られて列車に乗り込んだのだった。
典型的な遠距離恋愛となって頻繁にメールのやり取りをしていたのだが、同窓会から2ヶ月ほどして美菜が俺のところにやってきた。俺はターミナルまで迎えに行き、アパートまで美菜を連れて戻ってきた。
「よく来たね、待ってたよ」
抱き合って唇を重ねた。
「ずっと逢いたかった」
「俺も」
「『俺も』なんて簡単に言わないで! 私は当てもなくあなたのこと10年間待ってたのよ。こんな気持にさせておいて、憎い人!」
再び熱い抱擁を交わす。俺も美菜をしっかり抱きしめて言った。
「ほんとに逢いたくてたまらなかったんだぞ」
「あぁ、どうして頻繁に逢えないの?あなたと逢えないと思うと余計逢いたくなるのよね」
「俺だって同じだよ」
「うまいこと言って、誰か身近な人と適当に遊んでいるんじゃないの?」
「あれ以来、俺は美菜一筋だよ」
「ふ~ん、ホントにぃ? でもたとえウソでもうれしいわ」
「そういう美菜こそ、男が掃いて捨てるほど言い寄ってくるだろう」
「そりゃあ最初の頃はそんな男がいたわよ。でもひたすらあなたと再会する日を思ってつれなくしていたから、もう誰からも見向きもされなくなったわ。今じゃ私のこと見てくれるのはあなただけなのよ」
「その責任を俺が取らなきゃいけないってことなんだな?」
「そうね。10年間ひたすらあなたの愛だけを待ち続けていたのよ。私が勝手に待ってただけだって言われればそうなんだけど、そうさせたあなたもちょっとは責任を感じてくれてもいいと思うわ」
「それならずっと前から責任を感じてるよ。それでも見合いをするんだろう?」
「ええ、そう。見合いの日取りが決まったの。再来週の土曜日。今日はそれを言いに来たのよ」
「そうか、やっぱり見合いするのか」
タメ息が出る。
「ええ、あまり気分が乗らないんだけどするわ。それよりあなたはなにか対応策を考えてくれたの?」
「…」
「やっぱり口だけなんだから。あなたがいけないのよ、私を誘惑してあんなことをしたから迷いが出てしまったんだわ。それなのに…」
「自分だって『待ってた』って言ったくせに」
「だってぇ、待ってたのは事実だけど、あなたを忘れられなくなるほど喜ばせたからいけないのよ。あなたが下手だったら簡単に諦められたかもしれないのに、上手すぎて待ちくたびれて寝た子を完全に起こしてしまったんだわ」
「じゃ、今日もまた目が覚めるような濃厚なセックスで見合いをやめるようにさせようか」
「エッチ!悔しいけど今日はそれも欲しくてきたのよ。惚れた弱みってことね」
「そんなに俺とセックスしたかったのか?」
「ぃやだ、恥ずかしいからそんな言い方やめて! したいに決まってるじゃないの」
その日は俺のアパートで寝る間も惜しんで愛し合い、美菜は翌日午後の列車で名残惜しそうに帰っていった。
同窓会の時と同じ様に美菜の肉体はオレとぴったり合致して十分に堪能させてくれたのだった。
改札口で見送る俺を何度も振り返って行ったのだが、果たして見合いをしても踏みとどまれるだろうか。不安は募るけれども問題解決の妙案はなかなか浮かんでこなかった。
4.モテ期?
数日後のことだった。そろそろ昼休みが終わろうとする頃、会社の休憩コーナーでコーヒーを飲んでいると同じ課の辛島佑梨がやって来た。
「藤田さん、ここにいたんですね。良かった」
「ああ辛島さん、今日が最後だってね」
「はい、色々お世話になりました」
「いやいや、こちらこそ。それより寂しくなるね」
佑梨は今日で退職だと朝礼で発表があったのだ。短大を卒業して2年間勤め、今どき珍しく花嫁修業するんだそうだ。
「ほんとに寂しく思ってくれるんですか?」
やや媚びるような拗ねたようななんとも言えない色っぽい顔をして言った。
佑梨とはグループが違うものの時々親しく話をする事があったのだが、今までこんな顔を見たことがなかった。ゾクッとした。
「勿論だよ」
「ふふっ、心にもないことを言って眼が泳いでますよ」
「い・いや、ほんとだよ」
「ふふっ、いいんですよ。それより藤田さん、いまお付き合いしている人はいるんですか?」
「えっ?いやその…。うん…」
「そうですか、残念~。それじゃ最後にひとつお願いしてもいいですか?」
「う・うん、どうしたの?」
「私の送別会してもらえませんか」
「送別会?うん、送別会くらいお安い御用だ」
今日送別会があるから俺にも出てくれということなのか?
「うれしいっ!ありがとうございます」
「場所はどこ?」
「仕事終わったら待ち合わせて一緒にいきましょう」
「うん、わかった」
「それじゃまた後で」
「う・うん」
夕方になった。佑梨が先にオフィスを出て、少し遅れて俺も待ち合わせ場所に向かった。
「お待たせ」
「いいえ、無理言ってすみません」
「他の人は?」
「藤田さんと2人きりですよ」
「えっ、そうなの?」
「ダメですか?」
「い・いや、問題ない」
「今日は特別な日にしたいんです。ね?」
また色っぽい甘えた口調になった。
「う・うん」
「行きましょう」
「う・うん」
佑梨が俺の腕を取って歩き出した。佑梨はこんなに積極的だったのか?佑梨の知られざる一面を見た気がした。
少し歩いて佑梨の馴染らしいバーのドアを押してカウンターの隅に2人並んで椅子に腰を下ろした。開店直後ということで客はまだ他に1組しかいなかった。佑梨との間に共通の話題は少なかったが、カクテルを飲みながら1時間ほど他愛のないことを話していた。
そして、会計を済ませて店の前に出た。
「今日はありがとうございました」
「ううん、こんなことしかできないけど元気でね」
「はい」
向かい合ったまま名残惜しそうにじっと俺の顔を見つめている。しばらくして佑梨が口を開いた。
「もうこれ以上は無理なんですね?」
「えっ!?」
「今日は帰りたくないって言っても…」
「い・いや、あの、その、何を…」
思いがけない佑梨の言葉に驚いて言葉が出てこない。
「藤田さんのハートには私が入り込む余地はないですか?」
「いや、その、そんなことは…」
佑梨がこれだけ積極的に誘ってるのに無下に断ることはできないなと思って佑梨の肩を抱こうとした瞬間、俺の脳裏ににふっと寂しそうな美菜の顔が浮かんだ。
「み…」
つい腰が怯んでオタオタしていると、佑梨がゆっくり顔を寄せてきて唇を俺の唇に重ねた。ふっくらして柔らかい唇だった。
「藤田さんの恋人が羨ましい。寂しいけど、私のファーストキス、思い出にします」
佑梨は俺を見つめてそれだけ言うと後ろを見ずに走り去った。俺は呆然としてその後姿をただ見送るだけだった。
5.エンゲージリング
そうこうするうちに打開策を何も見出せないまま、美菜の見合いの日になった。
“これから見合いの席に行きます”
美菜からメールが来た。
“邪魔しに行ったほうが良いか?”
と返信したが、美菜から返信は何もなかった。1人で美菜から遠く離れた自宅にいても落ち着かない。いても立ってもいられなくなってアパートを飛び出して駅まで急ぎ、列車に飛び乗ってしまった。
”そちらに向かっている”
やっぱり返信がない。
”どんな様子なんだ?”
梨の礫だ。いらいらする。意気投合してふたりの世界に入ってしまったのか?
”何か言ってくれ!”
するとかなり経って美菜からやっと返信が来た。
“ !(^^)! ”
顔文字だけだ。喜んでいるのはわかったが、何がうれしいんだ? 俺よりもずっといい男だったからなのか? よくわからない。そうこうするうちに故郷の駅に着いて、とりあえず同窓会が開かれた前回のホテルにチェックインして美菜にメールを送った。
“着いたけど、見合いはどうだった? 頼むから教えてくれ”
やきもきしながら美菜からの返事を待った。夕方になって美菜からやっとメールが送られて来た。
“7時にホテルのレストランでね”
俺は早く様子を聞きたくて6時半ごろからレストランで待っていたのに、美菜は7時間近になってやってきた。それもうれしそうに軽やかに歩いてきたのだ。
「来てくれたのね」
「ふんっ、めっちゃうれしそうに見えるけど、そんなにいい男だったのか?」
俺は半分不貞腐れて尋ねた。
「ふふっ、妬ける?」
美菜はそれには答えずに焦らして言った。
「当たり前だろ」
「ふ~ん、どんな男だったか聞きたい?」
うれしそうに勿体ぶって言う。
「早く教えろよ」
「ここに、こんなにうれしそうに来たっていうことは?」
「俺なんか目じゃない位いい男だったのか?」
わざとぶっきらぼうに聞いた。
「ブブーッ、正反対・真逆、とんでもないマザコンで私の大嫌いなタイプだったわ。母も『あれじゃぁね』て言ってたわ。行き遅れ同士をくっつけようと思ってたみたいなの。とんでもない話だわ。バカにしないでって思った」
「そうか、よかった。じゃあ当分大丈夫だな」
とりあえずほっとした。一安心だ。一気に肩の力が抜けた。
「母も懲りたでしょうね」
「それじゃ今日は美菜と俺の将来が開けた祝杯をあげよう」
「それはいいんだけど、あなたもこれからのこと何か考えてくれたの?」
「うーん、それを言われると弱いんだよ」
「そんなんじゃダメ、はっきりさせるまでお預けよ!」
「えぇ~、美菜のことが心配でわざわざ来たんだぞ。それで十分じゃないか」
「だめったらだめっ! 私はそんなに安くないのよ。そんなことでごまかされないわ」
「目の前においしそうな餌をぶら下げておいてお預けなんて殺生だよ」
「じゃあどうするの? 私が欲しいんでしょう?」
「あたりまえだよ、美菜を欲しいに決まってるじゃないか」
「それなら選択肢はひとつしかないんじゃないの?」
「う~、わかったよ。明日、美菜の家に挨拶に行けばいいんだろ」
「うれしい!ほんとに?その場しのぎで適当に言ってるんじゃないの?」
「本当だよ。今朝からのことで、美菜をどれだけ好きか思い知ったよ。今の今まで他の男に美菜を横取りされるんじゃないかと不安でやきもきしていたんだ」
「ホントにホント?」
「うん、ほんとうにほんとうだよ」
「ああ、やっと望みがかなったわ。嬉しいっ! 今だから言えるけど、私は高校生の頃からほんとにあなたのことだけをず~~っと思っていて、この10年間あなたの奥さんになることだけ考えて生きてきたのよ。だから他の男の人は眼中になかった。あの同窓会が最後のチャンスだと思って、あなたが出席して私を誘ってくれることを一生懸命念じていたのよ」
「そうだったのか、待たせたね。悪かった。それじゃ、これを受け取ってくれる?」
「なあに? え、この箱はひょっとして」
「うん、婚約指輪だよ」
「うれしぃー、ありがとう! 夢みたい」
「美菜の気持ちが見合いの相手に移った時に、美菜を取り戻すとっておきの切札にできないかなと思って買ってきたんだけど、まあ無駄にならなくてよかったよ」
「じゃ、祝杯の後はた~っぷりサービスしてあげる」
「ありがとう、楽しみだ。でもこれから先が思いやられるなぁ。何もかも美菜のペースで美菜の思惑通りに進んでるんだから」
「ふふっ、愛の力よ」
「…!」
おわり
12
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