好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

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第4章 訴えかける霊

第28話 親会社からの厄介な依頼

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 千夏が八坂不動産管理に異動になってから半年ほどたったある日。
 その日もいつものように、千夏が仕事をするデスクの隣で、元気はタブレットを眺めていた。最近は株のデイトレーディングでも少しずつ儲けが出てきているようだ。

「晴高、見て見て」

 元気は嬉しそうに、向かいの席に座る晴高に声をかける。

「何だ? お前の間抜けなつらしか見えないんだが」

 晴高も相変わらず、自分のノートパソコンから視線をあげることもなく不愛想に応えた。

「お前、見てねぇだろ。ほら、このタブレット。やっと自分の金で、自分のやつ買ったんだ」

 そこまで言われて、晴高はようやく目線をあげると元気の手元に目を向けた。

「……お前、ついに経済活動までできるようになったのか」

「デイトレードでさ、ようやく利益が出るようになってきたんだよね」

 そこに、課長席から晴高へ声がかかる。

「はい」

 晴高は課長に呼ばれて席を立つと、そちらへ行ってしまった。
 彼がいなくなってから、千夏はこそこそっと元気に話しかける。

「私のタブレット借りなくて済むようになったから、私に気にせずなんでも見れるようになったね」

「千夏に見られたら困るようなものなんて見てないからね!?」

 心外だとでもいうように元気はむくれた顔をして、指でタブレットの画面を操作する。
 そんな元気の相変わらずくるくるとよく変わる表情に、千夏はクスリと笑みを漏らした。

「でもよかったじゃない。記念になるよね。幽霊になってから、初めて自分で買ったものなんでしょ?」

 このタブレットは背面に無料で刻印ができる。元気はそこに自分の名前を彫り込んでいた。昨日宅配便で届いたばかりだが、梱包をといたときの元気の目は、いままで見たことがないほど輝いていて嬉しそうだったな。なんて、そのときの情景を思い出してほんわかした気持ちになっていたら、元気はタブレットを操作しながらぽつりと言った。

「初めて買ったものなら、ほかにあるんだけどね。そっちはまだ届かないんだ」

「え? 何を買ったの?」

「ないしょ。届いてからのお楽しみ」

 そこに、晴高が課長席から戻ってきた。自分の席につくなり、千夏と元気に話を切り出してくる。

「いま、課長から新しい案件がきたんだが。……今度の案件は、ちょっと厄介そうなんだ」

 普段から険しい晴高の表情が、さらに険しさを増した。

「どういう案件なんですか?」

 千夏が尋ねると、晴高はぱらぱらとめくっていた資料ファイルをデスク越しに渡してくる。

「八坂不動産からの直接の依頼だ。あるマンション建設予定地でおかしなことばかり起こって工事が進まないから、俺たちに見てほしいってよ」

「八坂不動産からの?」

 千夏はファイルを受け取り、ぱらぱらとめくる。八坂不動産は、千夏たちが勤める八坂不動産管理の親会社であり、千夏が半年前まで勤めていた会社でもある。
 隣から元気も、ひょいっとファイルを覗いてきた。

「まぁ、どうせ建物が建ってしまえばうちの会社が管理を請け負うんだろうし、そうなると遅かれ早かれ俺たちに回ってくる仕事だろうがな。だから、受けることにした」

 と、晴高。
 その物件とは、神田駅近くにある高級マンション建設予定地だった。




 その物件は水道橋支店からさほど遠くない場所にあったため、午後から現場確認にいくことになった。ただし直線距離だと近くはあるのだが、電車で行くとなると一駅乗って御茶ノ水で乗り換え、さらにもう一駅と地味に面倒くさい。

 午前中は晴れていたのに、そのころには空に雲が厚く立ち込めていた。これは、一雨来そうだ。
 いまは夏がすっかりなりを潜め、そろそろ寒さを肌に感じる季節。

「一雨降る前に終わらせたいな」

 そう、晴高がぼそっと言うのに、千夏もこくこくと頷いた。

 そのあたりは古くからの商業地区だった。大小さまざまなビルが立ち並ぶ中に、歯抜けのように工事中のその物件はあった。道路に面して『防音』と書かれたシートが敷地の周りをぐるっと取り巻くように貼られている。しかし、その防音シートは貼られてからそれなりに月日が経つのか、どこか色あせていた。敷地自体は都心にあるにしては広い角地で、約千平米、つぼに直すと三百坪はある土地だった。

 入り口付近に設置されている白い工事掲示板に書かれたマジックの文字は消えかけている。目を凝らしてよく見ると、工事終了予定はいまよりも一年前だった。

「ずいぶん長い間、工事が進まないみたいですね」

 千夏は道路から見た現場写真をスマホで撮りつつそんな感想をもらした。ふと隣を見ると、元気がその工事現場をぼんやりと眺めている。

「元気、どうしたの?」

 千夏が声をかけると、元気は我に返ったように目の焦点を千夏に合わせて小さく笑む。

「いや、なんか既視感あるなと思ったら、この現場、前に来たことあるや」

「え?」

「俺、生きてた頃は銀行で不動産融資担当やってたんだ。この物件、俺が死ぬ直前まで担当してた案件の一つだよ。そっか、売れたんだな」

 そう言って、元気は懐かしそうに目を細めて物件を眺める。

「ここの売買に、お前がかかわってたのか?」

 と、これは晴高。
 こくんと、元気は頷く。

「直接売買にかかわったというより、買い手さんがうちの銀行の不動産ローンを使う予定になってたから、その査定とかやってたんだ。三年前は、ここは立派な生垣のある広い一軒家でさ。たしか、料亭があったんだよ。中に小さな池があって、錦鯉が泳いでたっけな」

 そう、かつての光景を思い出しながら元気は話してくれた。

 敷地の入口には、ジャバラになった金属製の簡易門が設置されており、南京錠がかかっている。八坂不動産から預かったというキーで南京錠を開けると、晴高は門を開けて中に入った。

 防音シートに目隠しされた内部には、現在は一台の重機も置かれておらず、まっさらな土地があるだけだった。

「なんだ。まだ基礎すらできてないのか」

 晴高に続いて、千夏も敷地の中に足を踏み入れる。建物が撤去されているからだろうか、がらんとしていてとても広く感じた。ここに地上五階、地下駐車場完備の高級マンションが建つ予定なのだという。

「ここ。このあたりに池があってさ。そうだ、あのあたりには石畳があって、その先に二階建ての古風な日本家屋があったんだよ」

 なんて元気は指さしながら、教えてくれた。

 晴高が八坂不動産から渡された報告ファイルによると、基礎を建てようと重機を持ち込んだところ、重機が動かなくなったり、逆にありえない誤作動をしたり、さらには工事関係者が怪我や病気になるなどして一向に工事が進まなかったのだという。

 もちろんお祓いもしたらしいのだが効果はなく、逆に怪異現象は悪化の一途を辿り、人影が夜な夜な這い回るのを見かけるようにまでなった。

 その霊は昼間に現れることすらあり、気味悪がった工事業者はここの工事を辞退。
 災害復興などで全国的に建設業界は需要過多になっていることも重なり、こんな厄介な工事を請け負う業者は現れず、工事は宙に浮いたままとなっていた。

「勿体ないですね。こんな一等地にある、広い物件なのに」

 これだけの立地と場所だ。平米あたり五百万はいくだろう。近年、都心の地価は都心回帰のあおりをうけて上がり続けている。この広さだと、ざっと計算しても五十億はくだらないんじゃないだろうか。

「元気。何か視えるか?」

「晴高は、なんか視えてる?」

 逆に元気に尋ねられ、ゆるゆると晴高は首を横に振る。

「何かいるのは感じる。さっきから、うろうろしてるな」

 それを聞いて、千夏はヒュッと肩を縮めた。

「……やっぱ何かいるんですね」

 千夏自身も、何かいるのは感じていた。でも、拒絶されているというよりは、むしろあちらからじろじろ視られているような、そんな視線のようなものを感じるのだ。
 それでさっきから視線を感じるたびに後ろを振り返ったりするのだが、変わらず更地があるだけ。遮蔽物すらないここには、誰かが潜む場所すらない。

「元気には何が視えているの?」

 千夏に聞かれ、元気はぐるっと土地を見回したあと、小首をかしげた。

「なんかじっとこっち見てるのは感じる。さっき一瞬見えたけど、たぶん男性の霊かな。五十代くらいだと思う。だけど、こっちが視線を向けるとスッと消えちゃうんだ。なのに視線を逸らせるとまたあっちから視てるのを感じる。相当、慎重なタイプなんじゃないかな」

「その割には派手に重機を故障させたりしたみたいだけどな」

 と、晴高。
 引っ込み思案なのか、大胆なのか、よくわからない霊だ。
 そのとき。千夏の肩にポツリと大粒の雫があたった。

「あ、降り出してきた」

 上向いた顔にもポツッポツッと大粒の雫が落ちてくる。

「必要な写真撮ったら、一旦会社に戻るぞ。雨があがったら、夜にでももう一度来るしかないだろうな」

 晴高の提案に千夏と元気もうなずいた。
 じろじろとこちらを見定めるかのような視線は、ずっと感じたままだった。
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