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証明
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七緒レイはロボットである。この命題を証明した者はかつていなかった。彼女がロボットであるという確証も、彼女を疑う心すら、誰も持っていなかったのだ。それでも、王寺心は彼女をロボットだと信じて仕方がなかった。
七緒レイは優しかった。誰でも、人でなくても何もかもを慈しみ、愛していた。困っている人を放ってはおけず、いつも誰かを助けていた。そのために周りには常に人がおり、そのために、周りから人は離れていった。愛され、嫌われ、結果として、彼女は孤独だった。
「七緒さんがロボットなわけないだろ」
友人の綾野は、そう言って憚らなかった。肯定されたことは一度もなく、心が妄想を吹聴しているのだと、鼻で笑っていた。
「いや、ロボットだよ。あんなに綺麗で、優しくて、頭の良い人間はいない」
「なんだよそれ。お前、ずっとそればっか言ってんな」
「だって本当なんだもん」むっとして、心は頬を膨らませた。「あんなに素敵な人間はいない」
「……本当、お前は七緒さんのことが好きだよな」
綾野は呆れて心を小突いた。現に、彼も七緒のことが好きだった。とっつきにくい彼女の内面を愛することは難しくとも、その外面を愛することは誰にとっても容易だった。
心は息を吸い、凛と笑って答えた。
「うん。好きです、大好き!」
声はクラス中に響き、他の生徒がくすくすと笑っているのが聞こえた。綾野はまた頭を抱え、ため息をついていた。
心は七瀬レイが好きだった。それ故に、その正体が知りたかった。
だが、知ってどうするのか。理由など、思いつかなかった。ただ彼女のすべてを知りたかった。知識の欲求は止まること無く、彼を突き動かしていた。
七緒レイは、給食を食べていた。
ちぎったパンを口へ運び、ぬるいコンソメスープを飲み、ちいさめに切り取ったハンバーグを咀嚼していた。ごくり、飲み込んでまた、ひとくち頬張った。
「ロボットなら、食事はしないんじゃないのか」
綾野がそう尋ねたが、心は首を横に振った。
「人間に似せるんだから、食事もとれるようにしてなきゃおかしいよ。きっと消化管が特殊な作りになってて、胃に入ったものは後でとりだせるようになってるんだよ」疑うこと無く、心は言った。「それか、ミニ原子炉みたいなのが、全部分解してるとか」
「そんなこと言ってたらなんでもアリになって、結局正体不明になるだろ」
「そんなことないよ。つまりさ、説明のつかないところを見てしまえば、証明できるわけだよ」
「説明のつかないところ」
綾野は小首をかしげた。心の言動が突拍子もないことなのは今更言及するまでもないことだったが、それでも面食らっていた。この友人は、一体何を考えているのか。
「七緒さんの体が、機械なら。それなら、彼女はロボットたりえる証明になるよ」
嬉々として、心は言い放った。綾野は返事に詰まり、ゆっくりと首を横に振った。
「馬鹿だな。そんなの、どうやって見るんだよ。製造過程でも覗くのか?」
「そんなことしなくても、腕の皮をべりっと剥がせばさ。それだけで、七緒さんの中身が見られるよ。彼女がロボットだって、証明になる」
「そんなことできるわけないだろ。あのな、それで七緒さんがロボットでも、傷つけたら破損かなんかで訴えられるし、そもそもロボットじゃないと、傷害罪になるだろ。どのみちやばいんだって、やめとけよ」
「わかってるよ。だから、僕がひどいことするわけじゃない。それに、ダメだったら別の手がある」
「別の手?」
どうせロクでもないことだろう。わかっていながら、綾野は引き込まれるように心の話を聞いていた。
「そう。ロボットはね、人間のことを傷つけられないんだ。そんなことをすれば即座に止まってしまう。【ロボット三原則】ってやつさ」
「それって、昔の小説家が作った造語だろ。そんなもん、架空の話だ。たとえ七緒さんがロボットだとして、それを積んでるって論拠はあんのかよ」
「あるよ。陽電子頭脳ってやつは賢いからさ、人間なんてその気になれば簡単に滅ぼせるんだよ。それをしないってことは、何か制御するシステムが働いてるってこと。だから七緒さんには、ソレが積まれている」
にこりと微笑み、悦に入ったように心は言い切った。
「つまりね、七緒さんは、他人を傷つけることができないんだよ」
そう言った心の表情が、どこか清々しいばかりに晴れやかだったことが、綾野はひどく引っかかっていた。
だが続きを話そうとした途端、始業を告げる鐘が鳴り、心は足早に自分の席へと戻ってしまった。薄気味悪い居心地の悪さが、綾野の心を占めていた。
そして、そのときはやってきた。
放課後の鐘が鳴り、生徒たちは散り散りに教室から出ていった。校庭にも体育館にも、練習を知らせる気だるい声がかかり、心もそれをぼんやりと聞いていた。
手紙を出したのは、朝早く、誰もいない時だった。七緒レイの靴箱にそっと、屋上へと誘い出す文句をしたためた便箋を忍ばせた。彼女は必ずやってくる。彼女は、誰かを傷つけることはできないはずなのだから。
「手紙をくれたのは、貴方?」
七緒レイは、いつから来ていたのか、扉の前に立っていた。伏し目がちに心を見やり、まだ昼の、傾いた太陽の白い光に照らされていた。
心はめいっぱい頷き、子どものように両手を広げた。
「そうだよ。七緒さん、僕は七緒さんが大好きなんだよ。七緒さんほど、素敵な人はいないよ」
「あ、ありがとう……それで、用件は?」
レイは面食らっていた。それにも関わらず、心はウキウキと、夢を見るように語り始めた。
「七緒さんは、どうしてそんなに優しいの? どうして、そんなに頭が良いの? どうしてそんなにキレイなの? ……それって、七緒さんがロボットだからだよね」
「私がロボット? 面白いことを言うのね。私は人間の女子高生よ。冗談でも、面白くないわ」
極めて穏やかに、レイは笑った。陽射しにそれは眩しかった。
「冗談じゃないよ。七緒さんはロボットだから、僕のことも傷つけられない。反論するなら、殴るなり蹴飛ばすなりしてみなよ」
「何言ってるの。そんなのできないわ。私、貴方のこと、ほとんど知らないのよ?」
「知らないからできないの? そんな理由で?」心は、自分が昂っていることに気付かないでいた。「ならやっぱり、七緒さんはロボットなんだよ! ほらね、そうなんだ! やっぱり僕は正しかったんだよ!」
レイは困ったように眉を下げ、口を閉ざした。実際、彼女は困っていた。言うべきでない言葉を抑えながら、心を宥めようと笑顔を続けた。
「違うわよ。貴方に怪我をさせたくないだけなの。だから、わかって。怖いこと言わないで、ね?」
「怪我なんて気にしないよ。だから、やってよ。僕のことを殴って、つねって、転ばせてくれたらそれで済むから。それでもできないのは、ロボットたる証明だよ。それとも、認めるの?」
「……話にならないわね」
レイは表情を曇らせた。そして、まっすぐに、心を見据えた。
「私をロボット呼ばわりするのなら、貴方はどうなの? 私、知ってるのよ。貴方の両腕と両足が、作られたものだってこと」
悲しげに、つぶやくように、レイは言葉を紡いだ。それでも目は逸らさず、その目は煌めきを失わなかった
「去年の夏、貴方、跳び箱から落ちてたわよね。私も熱中症になってしまった子を保健室に連れて行ったんだけど、そのとき聞いてしまったのよ。先生の、「手が折れてる。パーツを変えないと」「足も捻ってるな。接続不良を起こしてるから、一緒に変えるのはどうか」って言葉をね」
「……それが、何? たとえ僕の腕と足が機械でも、僕の心には血が通ってるよ。七緒さんと違ってね」
心は否定しなかった。不機嫌なのをどうにか隠し、レイがロボットだという主張を貫いた。
「血の通った人間なら、他人を思いやることができるはずよ。私に、「お前はロボットだ」なんて、言わないわ」
「本当のことだから言ってるんだよ」
「嘘よ。私は、ロボットなんかじゃない」
なびく髪が、潤う唇が、滑らかな肌が、レイを人たらしめていた。それでも心は、レイをロボットだと信じてやまなかった。盲信的に、執拗に、ある意味では彼女を「信じて」いた。
「埒が明かないな」
心はわざとらしくため息を吐き、屋上の手すりを乗り越えた。金網がかしゃかしゃと鳴り、レイは血の気が引くのを感じた。
「下りてきなさい。何をするつもり」
「飛び降りるんだよ。七緒さんはロボットだから、主たる人間が死の危険に瀕していたら、助けなくちゃならない。たとえ自分がバラバラになってでも、助けるよ」
「やめなさい。今すぐ戻りなさい、危ないわ」
「やめないよ!」
心は笑っていた。嬉しそうに、両手を広げた。証明したと言わんばかりに、恍惚の表情を浮かべていた。それは、大好きな憧れの誰かに、ひどく褒められた子どものようだった。
柔らかな日の中を、心は落ちた。金網から手を離し、真っ逆さまに、落ちていった。
レイはそこにいた。校庭から甲高い金切り声がいくつも沸き起こり、騒ぐ声が大きくなっても、屋上に一人、佇んでいた。
「……助けられないなら、私は、我が身を大事にするわ」
レイはそう呟き、その場を後にした。
七緒レイは優しかった。誰でも、人でなくても何もかもを慈しみ、愛していた。困っている人を放ってはおけず、いつも誰かを助けていた。そのために周りには常に人がおり、そのために、周りから人は離れていった。愛され、嫌われ、結果として、彼女は孤独だった。
「七緒さんがロボットなわけないだろ」
友人の綾野は、そう言って憚らなかった。肯定されたことは一度もなく、心が妄想を吹聴しているのだと、鼻で笑っていた。
「いや、ロボットだよ。あんなに綺麗で、優しくて、頭の良い人間はいない」
「なんだよそれ。お前、ずっとそればっか言ってんな」
「だって本当なんだもん」むっとして、心は頬を膨らませた。「あんなに素敵な人間はいない」
「……本当、お前は七緒さんのことが好きだよな」
綾野は呆れて心を小突いた。現に、彼も七緒のことが好きだった。とっつきにくい彼女の内面を愛することは難しくとも、その外面を愛することは誰にとっても容易だった。
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「うん。好きです、大好き!」
声はクラス中に響き、他の生徒がくすくすと笑っているのが聞こえた。綾野はまた頭を抱え、ため息をついていた。
心は七瀬レイが好きだった。それ故に、その正体が知りたかった。
だが、知ってどうするのか。理由など、思いつかなかった。ただ彼女のすべてを知りたかった。知識の欲求は止まること無く、彼を突き動かしていた。
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「ロボットなら、食事はしないんじゃないのか」
綾野がそう尋ねたが、心は首を横に振った。
「人間に似せるんだから、食事もとれるようにしてなきゃおかしいよ。きっと消化管が特殊な作りになってて、胃に入ったものは後でとりだせるようになってるんだよ」疑うこと無く、心は言った。「それか、ミニ原子炉みたいなのが、全部分解してるとか」
「そんなこと言ってたらなんでもアリになって、結局正体不明になるだろ」
「そんなことないよ。つまりさ、説明のつかないところを見てしまえば、証明できるわけだよ」
「説明のつかないところ」
綾野は小首をかしげた。心の言動が突拍子もないことなのは今更言及するまでもないことだったが、それでも面食らっていた。この友人は、一体何を考えているのか。
「七緒さんの体が、機械なら。それなら、彼女はロボットたりえる証明になるよ」
嬉々として、心は言い放った。綾野は返事に詰まり、ゆっくりと首を横に振った。
「馬鹿だな。そんなの、どうやって見るんだよ。製造過程でも覗くのか?」
「そんなことしなくても、腕の皮をべりっと剥がせばさ。それだけで、七緒さんの中身が見られるよ。彼女がロボットだって、証明になる」
「そんなことできるわけないだろ。あのな、それで七緒さんがロボットでも、傷つけたら破損かなんかで訴えられるし、そもそもロボットじゃないと、傷害罪になるだろ。どのみちやばいんだって、やめとけよ」
「わかってるよ。だから、僕がひどいことするわけじゃない。それに、ダメだったら別の手がある」
「別の手?」
どうせロクでもないことだろう。わかっていながら、綾野は引き込まれるように心の話を聞いていた。
「そう。ロボットはね、人間のことを傷つけられないんだ。そんなことをすれば即座に止まってしまう。【ロボット三原則】ってやつさ」
「それって、昔の小説家が作った造語だろ。そんなもん、架空の話だ。たとえ七緒さんがロボットだとして、それを積んでるって論拠はあんのかよ」
「あるよ。陽電子頭脳ってやつは賢いからさ、人間なんてその気になれば簡単に滅ぼせるんだよ。それをしないってことは、何か制御するシステムが働いてるってこと。だから七緒さんには、ソレが積まれている」
にこりと微笑み、悦に入ったように心は言い切った。
「つまりね、七緒さんは、他人を傷つけることができないんだよ」
そう言った心の表情が、どこか清々しいばかりに晴れやかだったことが、綾野はひどく引っかかっていた。
だが続きを話そうとした途端、始業を告げる鐘が鳴り、心は足早に自分の席へと戻ってしまった。薄気味悪い居心地の悪さが、綾野の心を占めていた。
そして、そのときはやってきた。
放課後の鐘が鳴り、生徒たちは散り散りに教室から出ていった。校庭にも体育館にも、練習を知らせる気だるい声がかかり、心もそれをぼんやりと聞いていた。
手紙を出したのは、朝早く、誰もいない時だった。七緒レイの靴箱にそっと、屋上へと誘い出す文句をしたためた便箋を忍ばせた。彼女は必ずやってくる。彼女は、誰かを傷つけることはできないはずなのだから。
「手紙をくれたのは、貴方?」
七緒レイは、いつから来ていたのか、扉の前に立っていた。伏し目がちに心を見やり、まだ昼の、傾いた太陽の白い光に照らされていた。
心はめいっぱい頷き、子どものように両手を広げた。
「そうだよ。七緒さん、僕は七緒さんが大好きなんだよ。七緒さんほど、素敵な人はいないよ」
「あ、ありがとう……それで、用件は?」
レイは面食らっていた。それにも関わらず、心はウキウキと、夢を見るように語り始めた。
「七緒さんは、どうしてそんなに優しいの? どうして、そんなに頭が良いの? どうしてそんなにキレイなの? ……それって、七緒さんがロボットだからだよね」
「私がロボット? 面白いことを言うのね。私は人間の女子高生よ。冗談でも、面白くないわ」
極めて穏やかに、レイは笑った。陽射しにそれは眩しかった。
「冗談じゃないよ。七緒さんはロボットだから、僕のことも傷つけられない。反論するなら、殴るなり蹴飛ばすなりしてみなよ」
「何言ってるの。そんなのできないわ。私、貴方のこと、ほとんど知らないのよ?」
「知らないからできないの? そんな理由で?」心は、自分が昂っていることに気付かないでいた。「ならやっぱり、七緒さんはロボットなんだよ! ほらね、そうなんだ! やっぱり僕は正しかったんだよ!」
レイは困ったように眉を下げ、口を閉ざした。実際、彼女は困っていた。言うべきでない言葉を抑えながら、心を宥めようと笑顔を続けた。
「違うわよ。貴方に怪我をさせたくないだけなの。だから、わかって。怖いこと言わないで、ね?」
「怪我なんて気にしないよ。だから、やってよ。僕のことを殴って、つねって、転ばせてくれたらそれで済むから。それでもできないのは、ロボットたる証明だよ。それとも、認めるの?」
「……話にならないわね」
レイは表情を曇らせた。そして、まっすぐに、心を見据えた。
「私をロボット呼ばわりするのなら、貴方はどうなの? 私、知ってるのよ。貴方の両腕と両足が、作られたものだってこと」
悲しげに、つぶやくように、レイは言葉を紡いだ。それでも目は逸らさず、その目は煌めきを失わなかった
「去年の夏、貴方、跳び箱から落ちてたわよね。私も熱中症になってしまった子を保健室に連れて行ったんだけど、そのとき聞いてしまったのよ。先生の、「手が折れてる。パーツを変えないと」「足も捻ってるな。接続不良を起こしてるから、一緒に変えるのはどうか」って言葉をね」
「……それが、何? たとえ僕の腕と足が機械でも、僕の心には血が通ってるよ。七緒さんと違ってね」
心は否定しなかった。不機嫌なのをどうにか隠し、レイがロボットだという主張を貫いた。
「血の通った人間なら、他人を思いやることができるはずよ。私に、「お前はロボットだ」なんて、言わないわ」
「本当のことだから言ってるんだよ」
「嘘よ。私は、ロボットなんかじゃない」
なびく髪が、潤う唇が、滑らかな肌が、レイを人たらしめていた。それでも心は、レイをロボットだと信じてやまなかった。盲信的に、執拗に、ある意味では彼女を「信じて」いた。
「埒が明かないな」
心はわざとらしくため息を吐き、屋上の手すりを乗り越えた。金網がかしゃかしゃと鳴り、レイは血の気が引くのを感じた。
「下りてきなさい。何をするつもり」
「飛び降りるんだよ。七緒さんはロボットだから、主たる人間が死の危険に瀕していたら、助けなくちゃならない。たとえ自分がバラバラになってでも、助けるよ」
「やめなさい。今すぐ戻りなさい、危ないわ」
「やめないよ!」
心は笑っていた。嬉しそうに、両手を広げた。証明したと言わんばかりに、恍惚の表情を浮かべていた。それは、大好きな憧れの誰かに、ひどく褒められた子どものようだった。
柔らかな日の中を、心は落ちた。金網から手を離し、真っ逆さまに、落ちていった。
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