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会議室にて

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ハチBOON が所属する芸能社。
(有)幻影芸能が設立されてから、
もう七年になる。
社長の長門が大手芸能社から独立し、
広報の平田らとともに
会社を育ててきた。
もっぱら、
若手ミュージシャンをスカウトし、
彼らを売り込むことで成り立っている。
都内の小さなビルの部屋を
いくつか間借りしてつなげ、
事務所、応接室、収録室、
などに分けてある。

その一角の会議室に、
長門社長、広報の平田、
そしてハチBOON のメンバーが集まっていた。
長「大成功だった。ユウマ、よくやった!」
少し興奮しながら、長門はユウマの肩を叩いた。
ユ「あんなんで…良かったんですか?」
長「いいよ、もう最高だった。」

ガサッ

広報の平田が束になった新聞をテーブルに広げる。
平「みんなこれ見て。」
一般紙、スポーツ紙…
どれも今回の会見の様子を紙面に取り上げていた。
ハチBOON のギタリスト・テツが
その一つを手に取る。
テ「必ず話題になる…という社長の読みが当たりましたね。」
長「そりゃそうさ。」
今度はボーカルのケンが言葉をはさむ。
ケ「実力派ロックバンド…って書いてますね!」

しかし、話題の中心であるはずのユウマは
暗く…重苦しい表情だった。

ハチBOON のメンバー四人は、
すべて社長の長門自らがスカウトしてきた人間だ。
地方のライブハウス
そこで歌っていたアマチュアバンド、
そのバンドからボーカルのケン、
ギタリストのテツを

デビューさせても
まったく売れなかった自社のバンドを解散させ、
いちばんの実力派だった
ベーシスト・ノブを

そして最後に、
音楽留学をしていた腕がありながら、
他社で音楽スタッフとして働いていた
ドラマーのユウマ

ケン・テツ・ノブの三人にユウマを加え
見た目ではなく、
本物の実力派グループを結成させた。

長「最初に相談された時はどうしようかと思ったよ。」
長門が言う。
女優・水川美佳とともにいるところ
それを写真に撮られたユウマは、
そのことを真っ先に長門に相談した。
事務所、そしてメンバーに迷惑はかけられない。
そう思ったからだ。
しかし、その意に反して長門は喜んだ。
長「よくやった!大手柄だ!」
ユ「え…?」

常々、長門は考えていた。
実力は確かなはずのハチBOON 
彼らが世間になかなか認められないのは、
パンチが足りないからだと。
しかし、そのパンチを
造り出すことができる。

写真を撮ったのは、
それほど有名な雑誌社ではない。
長門は大手週刊誌に、
先にその情報を自らがリークした。
あとはその大手週刊誌と連絡を取りながら、
水川美佳の引退の意向をかぎつけ、
彼女の会見の翌日に、
手際よくユウマの会見をお膳立てした。

ベーシストのノブがおずおずと尋ねる。
ノ「でも、叩かれませんかね、彼らみたいに。」
彼らとは、
同様の不倫問題で評判を一気に落とした
ロックバンド「ザコの巧みオナゴ」のことだ。
広報の平田が言う。
平「彼が反面教師さ。」
長「ごまかすのではなく、誠意を持って会見する。」
社長が誇らしげに続ける。
長「世間は、その違いに驚き、称賛する。」
平「批判なく、ハチBOON の名前だけは知れ渡る。」
ボーカルのケンが頭を下げる。
ケ「ありがとうございます!」
ギタリストのテツも言う。
テ「あとは俺たち次第っスね。」
長門は二人の手を交互に握ると
長「おまえたちは俺が見つけてきた最高のメンバーだ。一度、音楽さえ聴いてもらえば必ず評価される!」
広報の平田がうなずきながら言葉を添える。
平「これから忙しくなりますな!」
四人が
どっ
と笑った。

しかし、ベーシストのノブは
その雰囲気に乗り切れなかった。
以前に彼が所属していたバンドも
この会社の世話になっていた。
もちろん恩はあるが、
マネジメント能力には不安を感じている。

広報の平田の声が聞こえた。
「取材要請の報道陣が外に…。たいへんだよ!」
しかし、その声は
これからの仕事が増えること、
その悦びで満ちていた。
メンバーはしばらく
会社に待機することになる。
取材は主にこの会社で受けることになる。
社長の長門はイスから立ち上がると言った。
長「いつでもマスコミが来たらチェックできるように、玄関や駐車場に、監視カメラを設置しとかなきゃな。」
そういって
バタバタと駆け出して行った。

事務所が大騒ぎする中で
張本人のユウマは
終始、浮かない表情だった。
不安と、そして別の考えごとがあった。
一つは妻のこと。
謝罪、説得に応じてくれず、
婚姻関係を続けられるかどうか。
そしてもう一つは。
不倫相手の美佳のこと。

美佳は、
会えばいつも言っていた。
もう疲れた、仕事を辞めたい、と。

彼女は自由になれるのかな。

新聞を取り上げて、
記事の隅に見つけた。

水川美佳さんの所在は
まだわかっておりません、の文字を。

自ら死を選ぶような
そんな人間ではないとわかっているが、
美佳は
俺の女神は
今どこで
何を感じているんだろう。

美佳は
都内から遠く離れた星空の下にいた。

 ー続くー
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