超能力「時間停止」を手に入れたのですが、あんまり使い物になってません。

杏里アル

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第1章 決意と意志編

7秒 『偽りの覚悟』

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        ◇    ◇    ◇

 その建物は普通の家ではなかった。一定の距離で置かれた複数の窓が壁に並び、正面扉の上にはシュテッヒ国の紋章がついてある
 端には踊り場までついており、数人の冒険者が会話に夢中になっていた。イリナが扉を開けて続くように中へ入ると、すぐ傍のカウンターに立っていた女性に挨拶をされる。

 酒、まず複数のテーブルに置かれていた大量の酒が目についた。こんな昼間から飲んでいるのはこの街だと冒険者か貴族ぐらいの者だけだろう、生活レベルの違いをネリスは強く心に感じた。

「ネリスくん、こっち」

 イリナがクイクイと手招きをする、さっきのカウンターに立っていた女性だ。よく見ると何やら紙にスラスラと文字を書いていた、ギルドに来た事も無いネリスは困惑しながら近寄ると、

「パーティ名はどうしますか?」

 2人の会話が聞こえた。前分けしたイリナよりも濃い赤色の女性が尋ね、ペンを持ちながら応ずるように首をあげたイリナは答える。

「あー、いいよいいよ! 無しでお願い!」

「畏まりました、では門に通す許可書と、名簿の記入をお願いします」

 名簿欄に名前を書くと、ネリスにペンを渡すイリナ。
 ネリスの書いたその字はとても汚く、一度書いている所を見てしまえば誰が書いたのかすぐわかるほど印象に残る崩し字をツラツラと並べる

「うわー、あんた字きたなっ」

「うるさいなあ、貧民は字を書く習慣がないんだよ」

 書き終わると、受付の女性はどうやったらこんな字を書けるのかと心の中で思い苦笑いをする。
 無事外出の許可書を受け取り、登録が済んだネリスはワクワクして扉に向かおうとしたが、むんずと後ろ襟をイリナは掴んで、

「まあ、待ちなさいよ」

 更衣室の方で着替えてくる。と一言いってイリナは2階の部屋へと向かう。
 ネリスは早く冒険者として活躍したいのだったが、イリナがいなくては外へ出る事すらも許されないのがこの国だ、少しばかり木の壁に片足をつけて待っていると、

「(なんだろう、あの人、ずっとこっちを見ている)」

 テーブルに座っていた1人の男性がじっと見ていた。
 黒い髪をした男、背丈はネリスぐらいだろうか。
 少し遠い距離で見合っていた2人だったが、何も言わず男は視線を外す

 過去に話した事あったかな、と記憶を探っているとイリナが入った扉が開き、目線を上に向ける
 どうやら支度を終えたようで、イリナは背中には大きな大剣を背負い、1つ1つ階段を下りてネリスの前に立つと。

「んじゃ、行こっか」

「ああ……」

 トルム地区から門まで向かうかと思ったのだが、どうやらこの国には出口が2つあり、東の方向へ向かうとバルム地区にある門に辿り着いた。

 2つの扉が開ききっていた門構えはとてもしっかりしており、簡単に魔物が入ってくる事はないぐらい堅牢けんろうな形だった。1人の騎士団が俺達に気付く。

「イリナ副団長、お疲れ様です。外へ出るのですか?」

「うん」

「失礼ですが、副団長と言えどもバルム地区の掟ですので――」

「はいはい許可書ね」

 騎士団員へ手渡すと、いよいよ冒険が始まるのかと胸を鼓動を速くさせた。
 ネリスはイリナから受け取ったダガーをしっかりと握りしめ、街の外へ一歩と足を進める。

「やっべえ……ワクワクしてきた」

        ◇    ◇    ◇

 思わず額の近くに手を当てて遮断しようとするほど、強い光だった。太陽は力強く照らしており、空は青一色に染まっていた。自身の近くには草原が広がっていて、風が吹くと順番に草がなびいていく
 気持ちがせり上がり、高揚したネリスはすぅっと大きく息を吸い込み、

「うおおおおおおおお!! 外だあああああああッッ!!」

 思い切り叫んだ。身体は開放感に満ち溢れ、自由にここを歩いていいのだと思うと、真っ直ぐに走り出していた。

 玩具を与えられた子供のように走るネリスを心配し、追いかけながらイリナは思うと、

「一応聞いておくけど、初めての外だよね?」

「そうだよ!! 街の外って辺りに草原が広がってて、山もあるんだな!!」

「そうね……」
「(この街から……出た事が無い? じゃあ私が覚えてるは――?)」

 興奮したネリスを見て、一度落ち着くようイリナは注意すると、ネリスは深呼吸をして何度もリラックスを行う。それもそのはずで魔物がいつ2人を襲ってきてもおかしくはない。

 油断しないようにとイリナは何度も言い聞かせ、ネリスはその度に軽い返事をする。
 イリナは冷静だった、ネリスの近くに敵が来ないよう常に武器の柄に手をかけ、キョロキョロと視線を動かしながら魔物を警戒する。

「ねえ、

「ん?」

 真剣な表情で尋ねるイリナ、なぜ冒険者になりたいのかとネリスに尋ねると、

「自分の好きなように自由に行動を決めれるなんて、最高じゃないか」

 それを聞いて、何かを悲しい事を思い出したのか、心が沈み暗い気持ちで萎えるように話すイリナ

「……命を落として、その場で悲しむ人間は1人もいないよ。物のように武器は剥ぎ取られて、死体は魔物のエサや動物のエサになる、そんな冒険者が憧れなの?」

「それでも俺は自由である事はいい事だと思うけどなあ、イリナだって金いっぱい持ってるじゃないか。冒険者にならなきゃ金持ちにはなれなかっただろ?」

「――なの」

 よく聞こえなかった。聞き返した俺は今度はきちんと耳を傾ける。

「冒険者の装備なの、それが私が金を持っている理由」

 死んだ冒険者から剥ぎ取った装備。
 毎日持ってきては、俺や誰かに売りつけるイリナ、人が魔物に襲われては死んだ装備を回収する。どんな気持ちを抱いていたんだろう。

「(人の死なんて、まともに見た事がない俺にはわからない……)」

 話していると、目的であるダンジョンへと辿り着いた2人
 洞窟の中はとても暗く、松明たいまつでも使わない限り見えなかった。それに何だか人工物のような外見をしており、鍾乳石しょうにゅうせきの1つも天井には張っていない。

 きっと多数の冒険者が通ったからだろう、とネリスは納得し石が張り巡らせた地面を歩き始めた
 出発前に支度をしていたイリナから松明を受け取ると、その後ろへピッタリとついていく。

「暗いから気をつけてね」

 イリナが言った言葉にネリスが頷くと――

 グルルルッ……!!

 突然、犬のような声が聞こえた。
 一瞬の出来事にネリスは棒立ちし、イリナは素早く大剣を抜き

かがんでて!」

 目線は合わさずネリスの肩を掴んでは下へとグッと押すイリナ
 その力を感じ、ネリスはよくわからず膝を折りたたんでその場に座り込むと、

「はぁっ!!」

 飛びかかる魔物を横へ一閃。見えない斬撃に目をパチパチしていると、魔物は横に真っ二つになり、肉体に収まっていた大量の血が外へと噴き出した。

 ネリスは驚き、イリナが近くにいるよう叫ぶと、見慣れた事のない状況に全く言葉が出ず、頭の中が真っ白になりながらコクコクと縦に頷いて従う

 この暗闇の中、2人は魔物の形など認識出来るはずもなかった。
 せいぜい確認出来たのはコウモリのような形をしたやつか、ゴブリンらしき存在。
 人とも動物とも違う、常識外れの形をした化け物、それが魔物――

 グァアアアッ!!

 再度数匹の魔物が襲ってくる。イリナは歯を食いしばり横へ縦へと小枝を持ったように軽く大剣を振りまわす。それをネリスは真っ二つに斬れた音を何とか耳で拾うのがやっとで、イリナはもちろん、魔物の動きなど目で追うことは出来ず、ただ屈んだままジッと大人しくしていた。

 ゴロッ――
 頭、目を見開いたまま魔物の頭が目の前に転がってきた。具合が悪くなるような、血なま臭いニオイ。壁には血がベッタリとついては地面へと垂れていく、急に激しい吐き気を感じたネリスは大量に嘔吐する。

「(これが先ほどまで……んだ。死って、生から物へと変わる事……)」

 言葉で考えるのは簡単だった、ただ実際に肉の中にあった内臓や腸、それを見るとどうしても吐き気を催してしまう。とても不快な気持ち、冒険者はこんな経験もするのだと思うと、少しの嫌悪感抱き始めていた。

「じゃあね」

 イリナが突き上げるように魔物の喉に大剣を突き刺すと、一言別れを言っては剣を抜く。

 ガアアアア――。
 絶叫の声をあげながら、大量の血がシャワーのように吹き出した。
 それを身体中にイリナは浴びるが、表情1つ変えずネリスに近寄る

「……大丈夫?」

 起き上がらせようと手を差し伸べるイリナ、俺は……喋る事が出来なかった。
 イリナを化け物として見ていたのかも知れない。足がガクガクと震え、カチカチと歯を何度も組み合わせたような音が聞こえた。

 足が竦み、恐怖の糸に絡まっていたネリスをゆっくりと解くようにイリナは腰を落とし、ネリスを包むように抱きしめた。

「……怖い?」

 呟いた一言にネリスは最後の意地があったのか、首を横に振る。
 無数の魔物達は既に息を引き取っており、2人だけの空間が広がっていた。静寂の中、静かに鳴り止んだ状況でネリスはイリナの温もりを感じていた。

 ありがとう、ネリスはその一言をいって震えを落ち着かせる。
 イリナは無言で立ち上がり、さらに奥へと歩き始めた。

 途中、店で売れそうな剣を1本拾ってはその場に置くイリナ、すぐ近くには白骨になった死体が転がっていた。
 ここで倒れた冒険者だろう、後で戻る時に回収すると言ってイリナは両手を合わせて祈る。

 ネリスはこれほどまでにイリナの印象が変わった事はない、と感謝と関心を入り混じった気持ちに溢れていると、立ち上がってさらに奥を目指すと、天井が高すぎて全く見えない広場のような場所へと出た。

「見て」

 ――先に気付いたのはイリナだった。ネリスは真っ直ぐに指した指の先を見て、思わず口を開け叫ぶほどの光景を目の当たりにした。

 すぐにネリスの口を塞いだイリナは、恐怖からか汗1つ垂らした。
 それは遠くから見えるほど、でかく、今までの敵とは違うほど強く見える。

 物体の正体はゴブリン、しかしあれは先程イリナが斬り殺したゴブリンとは一回りも二回りも違う。
 身長は3メートル近くはあるだろうか、手には木の棒を持っており、もしあれが身体に直撃すればさすがのイリナでも無傷では済まないだろう。

 ネリスはさっきの失敗からか少しでもイリナの役に立とうと、小声で策を提案した。

「イリナ、俺が囮になる。その間後ろから斬るのはどうだ?」

 作戦と呼ぶにはあまりにも安直な策に首を振ってイリナは否定する

「ダメ、とてもじゃないけど危険過ぎる」

「大丈夫だ、俺やるよ。冒険者として必要最低限の事はしたいんだ。もう、失敗は嫌なんだ」

「……ネリスくん、死ぬかも知れないんだよ? 本当に出来るの?」

 ネリスは無言で頷いて覚悟を決めると手を上に掲げる。
 それを見てわかった、とイリナは目を閉じると、ネリスが囮となって敵を引きつけるのを了承した。

「(世界よ止まれ、ダイヤルウォッチ――!!)」

 時間停止が発動し、全ての時が止まった。
 ネリスは魔物ボスに気付かれないように宝箱へ一歩ずつ、ゆっくりと近づく

 今度こそ役に立つ、上手くいくはず、ちゃんと出来るはずだ。ネリスは頭の中でその言葉を浮かべる
 それはまるで、恐怖に怯えた獣が威嚇をする為に何度も吠えるかのように、どうにかして自分を奮起させていた――。
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