1 / 1
アルバムとカフェラテ
しおりを挟む
僕は個人経営の小人の部屋のような小さなカフェで働いている。
あいつは常連だった。あいつというは、この店に火曜日の17時にきて、カフェラテにショット追加、スチームミルク少なめ、温度は65度で注文するのだ。
初めて見た時のことを今でも忘れない。男性でありながら、長髪で髪を一つにまとめて、背の高く、眉毛の濃い男だった。
どこか悲壮感漂う彼の雰囲気と相まって、ミステリアスな印象を与えた。だが話してみると、綺麗な歯並びの笑顔でとても気さくでどこか飄々とした男だった。
別に嫌いではないし、好きでもないが、店員としてはとてもいい客だった。混んでいてもイライラせず、注文するときの確認の復唱もしっかりと聞いてくれる。そんな客だった。
だが僕はあいつと呼ぶ。客の顔を覚えるときは、少しディスったあだ名の方が覚えやすい。だからあの人のことはあいつという。僕なりにはいい方のあだ名だよ。だってあいつの方が、憎たらしくも少し愛着があるみたいだろ。
あるとき、彼は珍しくカフェラテにヘーゼルナッツシロップとホイップを追加した。彼には甘すぎたようだ。少し残して帰った。
みんな色んなドリンクのカスタマイズをする。ベーシックなカフェラテにシロップやショットなど加えると、全然違った味わいになる。だから魅了されるのだけれど、結局また何の変哲もないカフェラテに戻るんだ。
あるとき、彼女と思われる女性を連れていた。見た目ではよく性別すらもわからなかった。だが声で何となく女性なのかなと思われた。
そしてまた、彼は一人で来てカフェラテを注文した。
よく晴れた月曜日にあいつはやってきた。いつも火曜日に来るのに珍しいと思いながらレジに立った。「こんにちは、お伺いいたします」
「あ、あの。突然こんなお願いをするのは大変申し訳ないのですが、誰にもお願いできなくて」
僕は目を真ん丸にしながら彼の方をまじまじと見つめた。
「どういったお願いでしょう?」
「わたしの質問に答えてほしいのです。でも全く難しくないので」
僕は無意識にうなずいた。
「これを捨ててほしいのです」といって取り出したのは小さなアルバムだった。
「ええ、大丈夫ですよ」
あいつはとても嬉しそうに「ああ、よかった。思い出が詰まり過ぎて捨てられなかったので」そして僕はそのアルバムを受け取った。僕は適当に店の裏の休憩室に置いておき、あとで分別して捨てようと思った。
そして休憩時に、ふとアルバムの中を見ると、あいつの家族や恋人などの写真が入っていた。
その時、僕は鳥肌が立った。
あいつの顔だけタバコで燃やしたり、ちぎったりしてあった。
これは確証がないけれど、あいつ本人がしたのではないだろうかと思った。なぜだかわからないけれど、いつもあうあいつの苦しさのようなものが幸せな写真からでも伝わってくるのだ。
夏も過ぎて涼しくなった秋の夕暮れ、地元のニュースで彼の自殺を知った。あいつは彼女の墓の前で死んだ。睡眠薬を大量に胃に送り込んだせいだ。
あいつは彼女が亡くなった時、後を追うことを決めたようだ。
ブルーシートを敷いて、身分証と遺書は墓のところに置いてあった。どこまでも他人のことを考えてそうな奴だった。だから家に残された彼の遺品は少ない。仕事もきれいに契約が切れていたらしい。ある日ふと消えてしまった。
彼の訃報を知り、僕の何かがすっぽりと消えてしまったように感じた。
何も考えることができず茫然と出勤すると、彼のふと香る煙草のにおいと店のエスプレッソの不思議な香りが僕の中に残る彼を引き留めた。
なぜあいつは死んだのかはわからない。
ただなんとなく思うのは、生きることは過去の感情にとらえられ、人々のつながりにとらえられ、いろんなものに繋がっているということだった。
恥かしいこと、辛いことがあった時、消えたくなる。それは、いろんな繋がりをなくして、生きようとしていると思うのだ。
僕はまた、カフェラテを作りながら、彼の存在を思い出す。
だから彼は確かに存在したのだ。モノや記録がなくなっても、記憶の中に存在し続けている。
だから彼は存在していたし、僕と縁があった。
みんなひとりひとり日常は流れていて、でも突然日常がなくなる人がいる。その周りでみんなには日常が流れている。
ぼくは豆を挽き、エスプレッソを抽出する。そしてミルクをスチームし、カップへと注ぐ。いつものようにカフェラテを作り続ける。
あいつは常連だった。あいつというは、この店に火曜日の17時にきて、カフェラテにショット追加、スチームミルク少なめ、温度は65度で注文するのだ。
初めて見た時のことを今でも忘れない。男性でありながら、長髪で髪を一つにまとめて、背の高く、眉毛の濃い男だった。
どこか悲壮感漂う彼の雰囲気と相まって、ミステリアスな印象を与えた。だが話してみると、綺麗な歯並びの笑顔でとても気さくでどこか飄々とした男だった。
別に嫌いではないし、好きでもないが、店員としてはとてもいい客だった。混んでいてもイライラせず、注文するときの確認の復唱もしっかりと聞いてくれる。そんな客だった。
だが僕はあいつと呼ぶ。客の顔を覚えるときは、少しディスったあだ名の方が覚えやすい。だからあの人のことはあいつという。僕なりにはいい方のあだ名だよ。だってあいつの方が、憎たらしくも少し愛着があるみたいだろ。
あるとき、彼は珍しくカフェラテにヘーゼルナッツシロップとホイップを追加した。彼には甘すぎたようだ。少し残して帰った。
みんな色んなドリンクのカスタマイズをする。ベーシックなカフェラテにシロップやショットなど加えると、全然違った味わいになる。だから魅了されるのだけれど、結局また何の変哲もないカフェラテに戻るんだ。
あるとき、彼女と思われる女性を連れていた。見た目ではよく性別すらもわからなかった。だが声で何となく女性なのかなと思われた。
そしてまた、彼は一人で来てカフェラテを注文した。
よく晴れた月曜日にあいつはやってきた。いつも火曜日に来るのに珍しいと思いながらレジに立った。「こんにちは、お伺いいたします」
「あ、あの。突然こんなお願いをするのは大変申し訳ないのですが、誰にもお願いできなくて」
僕は目を真ん丸にしながら彼の方をまじまじと見つめた。
「どういったお願いでしょう?」
「わたしの質問に答えてほしいのです。でも全く難しくないので」
僕は無意識にうなずいた。
「これを捨ててほしいのです」といって取り出したのは小さなアルバムだった。
「ええ、大丈夫ですよ」
あいつはとても嬉しそうに「ああ、よかった。思い出が詰まり過ぎて捨てられなかったので」そして僕はそのアルバムを受け取った。僕は適当に店の裏の休憩室に置いておき、あとで分別して捨てようと思った。
そして休憩時に、ふとアルバムの中を見ると、あいつの家族や恋人などの写真が入っていた。
その時、僕は鳥肌が立った。
あいつの顔だけタバコで燃やしたり、ちぎったりしてあった。
これは確証がないけれど、あいつ本人がしたのではないだろうかと思った。なぜだかわからないけれど、いつもあうあいつの苦しさのようなものが幸せな写真からでも伝わってくるのだ。
夏も過ぎて涼しくなった秋の夕暮れ、地元のニュースで彼の自殺を知った。あいつは彼女の墓の前で死んだ。睡眠薬を大量に胃に送り込んだせいだ。
あいつは彼女が亡くなった時、後を追うことを決めたようだ。
ブルーシートを敷いて、身分証と遺書は墓のところに置いてあった。どこまでも他人のことを考えてそうな奴だった。だから家に残された彼の遺品は少ない。仕事もきれいに契約が切れていたらしい。ある日ふと消えてしまった。
彼の訃報を知り、僕の何かがすっぽりと消えてしまったように感じた。
何も考えることができず茫然と出勤すると、彼のふと香る煙草のにおいと店のエスプレッソの不思議な香りが僕の中に残る彼を引き留めた。
なぜあいつは死んだのかはわからない。
ただなんとなく思うのは、生きることは過去の感情にとらえられ、人々のつながりにとらえられ、いろんなものに繋がっているということだった。
恥かしいこと、辛いことがあった時、消えたくなる。それは、いろんな繋がりをなくして、生きようとしていると思うのだ。
僕はまた、カフェラテを作りながら、彼の存在を思い出す。
だから彼は確かに存在したのだ。モノや記録がなくなっても、記憶の中に存在し続けている。
だから彼は存在していたし、僕と縁があった。
みんなひとりひとり日常は流れていて、でも突然日常がなくなる人がいる。その周りでみんなには日常が流れている。
ぼくは豆を挽き、エスプレッソを抽出する。そしてミルクをスチームし、カップへと注ぐ。いつものようにカフェラテを作り続ける。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる