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1巻
1-1
しおりを挟むことり、とベッドの隣のテーブルに飲み物が置かれて、本を読みふけっていたリーネははっとした。
カップからは温かそうな湯気と、スパイスのいい香りが立ち上っている。
「ホットワインだよ、体が温まる」
カップを置いてくれたのは、リーネの夫だ。
妻を見つめる彼の目はおだやかでやさしい。
夫は、どんなにさがしても欠点を見いだせないほどの美貌の持ち主で、冴え冴えとしたアイスブルーの瞳には人を寄せつけない凄みがあるが、リーネの前ではその雰囲気もゆるむ。
それも、ふたりきりであればなおさらだった。
「どうかした?」
夫に見とれていたリーネは頬が熱くなるのを感じた。
すでに夜も更けた今、くつろいだ格好をしている夫にあらためてどきりとしてしまう。
「い、いえ、ありがとうございます」
リーネはあわてて本にしおりを挟んで閉じようとするが、夫に止められる。
「ああ、いいよ。そのまま読んでいて。おもしろいところなんだろう?」
「は、はい。でも……」
そう言うと、夫がふっと微笑んだ。
「いいんだ、君が夢中で本を読んでいる横顔はとてもかわいらしいからね」
「え!」
頬を染めるリーネに目を細めながら、夫が隣のベッドに入った。
「僕のことは気にしないで。でも、あまり夜更かしはよくないから、ほどほどにね」
「でしたら、やっぱりわたしももう寝ます」
読書のために点けていたランプを消そうとして、再び夫に止められる。
「気にしなくていいと言ったろう?」
「だけど……」
「いいんだ、本当に。僕は君がページを捲る音をきいていると、不思議とくつろいだ気持ちになって眠くなるんだ」
だから、そのまま本を読んでいてほしい、と言われた。
「ただ、朝まで読むのはだめだからね、明日も仕事だろう?」
「はい、気をつけます」
リーネが素直にうなずくと、夫は安心したように微笑んだ。
「お休み、奥さん」
「お休みなさいませ」
その言葉を合図に、リーネの手元を残して部屋が暗くなる。
夫のことを気にしつつもページを捲っていると、規則正しい寝息がきこえてきた。
リーネは彼の寝息に耳を傾けながら、不思議な気分に包まれる。
なにしろ、隣の小さなベッドで無防備に横たわっているのは、この国の王なのだ。
しかも、ここは王宮ではない。
リーネと夫だけが暮らす小さな家だ。
音を立てないようにそっと夫が置いてくれたカップを手に取った。両手で持つと、温かさが伝わってくる。
ふぅ、と息を吹きかけてからカップに口をつけたところ、はちみつと果物、そしてスパイスの混ざり合った甘くさわやかな味が口の中に広がった。
喉の奥が、じんわりと温まる。
「美味し……」
思わずつぶやいてしまい、はっとして隣のベッドを見るが、夫はよく眠っているようだ。
よかった、と今度は心の中でつぶやき、リーネはカップを片手にまた本のページを捲りはじめる。
うるさくしないように気を遣うなんて、これまでずっとひとりで暮らしてきたリーネからすると信じられないことだった。
だが、わずらわしいとは少しも思わない。
自分以外の人の気配や音がある……それは、しあわせなことなのだ。
夫の寝息、身じろぎした時の衣擦れの音。
気づくと、リーネは夫の立てる音に耳をすましているのだった。
こんなことになるなんて思わなかった。
ただの図書館司書だったリーネが望まれて王妃になったのは、ほんの数ヶ月前。
それも、些細な出来事がきっかけだった――
★ ★ ★
数ヶ月前、リーネはまだ独身で、仕事をしつつたったひとりで生活していた。
ひとり暮らしの気楽さのせいか、朝になって目覚めると、いつも胸の上に本が載っている。
「ん……また読んでいる途中で寝ちゃった……」
リーネは眠い目をこすりながら体を起こし、ベッドから下りて顔を洗い、服を着替えた。
シンプルな白いブラウスと、膝下までの長いスカート。どちらも袖や裾に控えめなフリルがあるだけで華やかな装いとは言えないが、気に入っている。
それから長い髪をブラシで丁寧に梳き、絡まりやすい猫っ毛をなんとかまとめ、背中に流す。
窓から見える空は今日もよく晴れていて、気持ちがいい。
窓辺に置いてある小さな鉢植えに水をやり、部屋を掃除する。
ひとりがやっと暮らせるこぢんまりとした部屋。家具はベッドと小さなタンス。
そして、生活に必要な細々したものが少し。
リーネの持ち物は、それだけだった。
だけど、不満はない。
なぜならこの部屋は、レニスタ王国王宮の広大な敷地内に建つ王立図書館の倉庫の一角にあり、本好きにとってはこれ以上ない環境だからだ。
リーネの部屋に本棚がないのもこれが理由だった。
なにしろ本はいつでも好きなだけ借りて読めるし、棚がいっぱいになって部屋が本で埋まることもない。
それ以外は特に心躍るようなこともないが、リーネとしては毎日楽しく暮らしている。
「あ、もうこんな時間」
窓越しに時計塔を見たリーネは、あわてて部屋を出ようとし――すぐに引き返す。そして制服である紺青色のローブを纏い、鏡でもう一度身なりを確認してから仕事へ向かった。
リーネは、この王立図書館の司書だ。
主に本の整理と修復を任されている。
「おはよう、リーネ」
図書館へ向かう途中、リーネは声をかけられて足を止めた。
「おはようございます」
声の主は先輩司書のトリスタンだった。彼はこの王立図書館の東館にある蔵書二十万冊すべてを把握していると言われていて、まだ若いが皆に一目置かれている。
将来の図書館長候補と目されている彼は、聡明そうな顔立ちに、ゆるやかに波打つ金髪を肩で整えている。あまり身なりにかまわない司書たちの中で際立った容姿の持ち主だ。
よく気難しそうな顔をしているが、意外と気さくでいつもリーネに挨拶してくれるのだ。
「なんだ、寝不足か?」
「え、どうしてわかるんですか?」
リーネは目の下に隈でもできていたかとあわてた。
「眠そうな顔をしているぞ。どうせまた遅くまで本を読んでいたんだろう?」
「はい。修復依頼で預かった本がおもしろくて、つい」
傷みがひどいものは本職の製本職人が修復するが、ささやかなものは比較的手先が器用な司書がやることになっていて、リーネが担当する機会も多かった。そして、修復をしているとついつい読みふけってしまうのだ。
「その本がおもしろいのも当然だろう。傷んでいるということは、多くの人が手にとってくれているということだからな」
「そうですね。まだまだたくさんの人に読んでもらいたいですから、丁寧に修復します」
がんばるようにと励まされ、リーネはうなずいてトリスタンと別れた。
それからも職場へ向かうまでに何人もの司書とすれ違ったが、挨拶を返してくれる者もいれば、手元の本を読みながら歩いていて無言の者もいる。
どちらかと言えば後者の方が多い。しかし、リーネとしてはそんなところもこの図書館を居心地よく感じる理由のひとつだった。
ここで働く司書はとにかく変わり者だらけで、リーネが若い娘の身で、王立図書館の隅っこの小さな倉庫を改築して住んでいても特に詮索しない。
そうやって放っておいてもらえると気が楽だった。
なにしろ、これまでのリーネの人生は一言では言い表せないほど複雑だからだ。
まず、リーネは幼くして母を亡くしていた。
さらにその数年後、後妻を迎え妹が生まれた途端、父が急死してしまったのだった。
しかも、それだけでは終わらない。
リーネは、父の後妻であった継母に疎まれ、貴族の家に生まれたというのに淑女としての教育を受けさせてもらえなかった。しかも、社交界へのお披露目どころか、年頃になっても結婚話のひとつもすすめられず捨て置かれたのだ。
家に居場所もなく、毎日図書館で本を読んでいたリーネを見かねた親戚が引き取ってくれたのだが、その親戚も老齢で病に倒れてしまった。そこに長年放蕩していた息子が戻ってきて、リーネは財産目当てだと疑われ、身ひとつで追い出されたのだ。
いまさら家には帰れず、父から遺された財産も受け取れないまま、リーネは路頭に迷うところだった。その寸前で、親戚の知り合いだった図書館長が境遇に同情し司書として雇ってくれて、図書館に住むことが許されたのが二年ほど前のことだ。
思い出すのもつらい過去で、誰かに話すつもりはなかった。
せめて仲がよかった妹にまた会うことができれば、と思いつつも、なかなか機会は巡ってこない。寂しくはあるが、いまはこうして静かに暮らしていきたい……それがリーネのささやかな望みだった。
「あ、こんなところに……」
そうして仕事にとりかかったリーネは、ふと目をやった棚に、場違いな本があることに気づいた。
「古地図は西館の所蔵なのに」
植物図鑑の棚に、この国の古い地図をまとめた本が紛れ込んでいるのを見つけたのだ。
リーネは古びたその本を取り出し、まず傷んだところがないか調べた。
適当に棚に戻されている本は、手荒に扱われていることが多い。
本を読んでいて破ってしまった利用者が、その後ろめたさからこっそり目立たない棚に戻していたりする場合もあるのだ。
「よかった、大丈夫みたい」
リーネはこの古地図を戻しに西館へ向かうことにした。
王立図書館は、昔から蔵書が増えるたびに増築を重ねていて、とても広い。元は中央館だけだったものが東西南北に建て増しされ、さらにそこからも建て増しされているのだ。その複雑な構造は、慣れていないとすぐ迷ってしまうほどだった。
だが、リーネにとってここは家であり、迷うことはない。
真っ直ぐ西館へと続く螺旋階段を上ろうとしたところ、本棚の陰でうずくまっている人影を見つけ、リーネは驚いた。
「どうしました?」
あわてて声をかけてみると、リーネの上司であり西館の筆頭司書であるエウロだった。
「リーネか……こ、腰をやってしまった……」
「ええ!?」
エウロの足元には分厚い辞典が三冊重ねられている。もしかしたら一度に三冊まとめて運ぼうとしたのかもしれない。
「だ、大丈夫ですか?」
顔を上げようとしたエウロが悲鳴を上げる。
「だめだ、動けん」
「待っててください。すぐに誰か呼んできます」
こうなってしまうと歩いて医務室へ向かうのは無理だ。司書の悩みは本の埃と紙魚、そしてなにより腰痛だった。慢性のものから、魔女の一撃とも呼ばれる突然の激痛まで、司書と腰痛は切っても切り離せない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、リーネ」
人を呼びに行こうとしたリーネをエウロが引き止める。
「約束があってこれから館長室を訪ねる予定だったのだ……すまないが、人を呼んだ後、おまえは急いでこのことを館長に伝えに行ってほしい。時間がないんだ。事情が事情とはいえ、館長を待たせるわけには……痛ててて」
わかりました、とリーネは請け負った。
「館長に、事情があって行けなくなったとお伝えすればいいんですね?」
「そうだ……動けるようになり次第うかがうと伝えてくれ、うう、悪いな」
責任感の強いエウロのこと、這ってでも行きたいはずだ。
だが、その痛がりようでは……心から気の毒に思う。
「無理なさらず、お大事にしてくださいね」
そう言ってリーネは急いで人を呼びに行き、エウロのことと古地図のことを頼んで、自分は館長室へと向かったのだった。
この図書館の最高責任者である館長の部屋は、見晴らしのいい最上階……ではなく、意外にも薄暗い地下にある。
館長室の奥に、決して陽の光に当ててはならない貴重な蔵書の部屋の扉があるからだ。
地下への階段を下ると、細い通路がいくつも枝分かれしていて迷路のようになっている。その内のひとつを辿っていくと館長室の前にある小部屋が見えてきた。
「おはようございます」
声をかければ、館長の秘書カレヴィオが机から顔を上げる。
「おや、こんなところにめずらしい。どんな用ですか?」
訪問の理由を告げると、リーネは館長室へ通された。受付の奥にもうひとつ扉があり、そこが館長室になっている。
「おはようございます、リーネです」
樫材の重厚な扉を叩くと、中から入室を許可する声がした。
「失礼します」
館長室の中は、堆く積まれた本の山がいまにも崩れそうになっている。
奥には太い鎖と大きな錠前で厳重に鍵がかけられた錬鉄製の物々しい扉があり、その扉を背に、館長は番人のように座っていた。
「なんだ、リーネか。エウロはどうした?」
館長は、すでに壮年といっていい年のはずだが、いつまでも若々しい。しかも図書館の館長らしからぬほど筋骨逞しく、本よりも剣を手にしている方が似合うと言われていた。
「それが……」
リーネが事情を説明すると、館長の顔が曇った。
「なるほど気の毒にな。後でよく効く膏薬を届けさせよう」
それから少しの間、今朝の館内の様子などの質問に答えたリーネは、これで用は済んだと館長室を辞そうとする。
「待て、リーネ」
「はい?」
今日はなんだかよく呼び止められる日だと思いながら、リーネは振り返った。
「なんでしょう?」
わざわざ呼び止めたのに、館長は黙ってリーネを見つめている。
「あの……?」
リーネは首を傾げた。館長の様子がいつになく深刻そうだったからだ。
「……エウロの代わりに、おまえに頼みがある」
館長はぐっと机に身を乗り出した。
「実は、エウロにはある方に本を届けてもらおうと思っていたんだ」
それをリーネに頼みたい、と館長は続ける。
「本をですか? はい、わかりました。どちらにお届けしましょう?」
本を届けるなんて図書館で働いていればめずらしいことではない。なのに、なぜこんなに言い出しにくそうにしているのか不思議だった。
リーネが躊躇せず引き受けたからか、館長は少し拍子抜けした様子で言う。
「届け先は、きいて驚くなよ……翡翠の塔だ」
リーネはきょとんとして館長を見る。
「翡翠の塔って……どこだったでしょうか?」
王立図書館が建っているのは王宮の広大な敷地の中で、敷地内には王立大学など、他にもいくつも建物がある。その中に、なんとかの塔と呼ばれるものがあったような気がするが、普段、あまり出歩かないリーネにはどんな建物なのか思い当たらなかった。
「そうか、知らんのか。そこは、あのネイラス王子殿下が幽閉されている塔だ」
「……ネイラス王子殿下? 幽閉?」
あまりに馴染みのない言葉に思わずきき返すと、頭を抱えられてしまう。
「まったく、おっとりしているのも考えものだな。世情に疎いなんてもんじゃないぞ……よくおぼえておくがいい。ネイラス殿下は、先代の国王陛下が身罷られた時、王太子である兄君を暗殺しようとした咎で翡翠の塔に幽閉されて……もう二年になる」
そういえば、数年前に王宮でなにか大きな事件があったような、とリーネは思い出した。
だが、同じ敷地内とはいえ、下っ端司書のリーネからすれば王宮は遥か遠い場所だ。そこで暮らす王族なんて住む世界が違いすぎて、特に興味を持ったこともない。
さすがの司書たちもその事件に関してはなにやら噂していたが、リーネは話に加わらなかったため、詳しい事情は知らなかった。
館長は椅子に座り直して腕を組む。
「ネイラス殿下は大変な読書家でな。幽閉されている不自由な身の上ということもあって、この図書館から定期的に本をお届けしている。だが、殿下はご自分ではどんな本が読みたいのか滅多におっしゃらない。なので、私や副館長が選んだ本を届けていたのだが、やはり同じ者が選んでいるとどうしても傾向が偏ってしまってな、少々ご不満らしいのだ」
「それでエウロさんにですか」
そうだ、と館長がうなずく。
「いろんな司書に選ばせれば偏らなくていいだろうと思ったのだ」
なるほど、いい案だとリーネも思った。
自分で本を選ぶのはもちろん楽しいが、似た傾向のものばかり読んでしまうことも確かに多い。たまには人がすすめる本を読んでみると意外な発見があって、また楽しいものだ。
そんなことを考えていて、リーネははたと気づいた。
「え……もしかして、それをわたしが選ぶんですか?」
「そうだ」
やっと気づいたのかとばかりに館長がため息をつき、リーネはうろたえた。
「そ、そんな……わたし……わたしが?」
まさか、と館長の顔を見るが、その表情は至って真面目でとても冗談を言ってるわけではなさそうだった。
とんでもない! とリーネは叫んだ。
「王子さまがどんな本をお好きかなんて、ぜんぜんわかりません!」
ここまでの話をきいていたのか、と館長が呆れる。
「わからなくていいのだ。殿下のお好みではなく、おまえが好きな、誰かに読んでほしい本をお届けするのだからな」
リーネは頭が真っ白になった。
「殿下は二年もの間、塔の一室でずっと過ごされている。そのお心を我らのような者が推し量っていいものではないが、変化のない……退屈な日々だと思う。図書館からお届けする本のように、望めばある程度のことはきき入れられるらしいが、なにか思ってもみないものが届く。そんなささやかなことでもそれが殿下の日常には変化となり、慰めになるのだ」
想像のつかないものが起こす、小さな変化。
それが、代わり映えしない日々に色を添えることもある。
リーネにはよくわかった。
窓辺の小さな鉢植えに花が咲く、それだけでもうれしいものだ。
「……でも、わたしが選んだものなんて、お気に召すわけがないと思うのですが」
「それは王子がお決めになることだ。いいな、今日の午前中、いつもの仕事は置いておいて、殿下にお届けする本を選んでくれ」
そして、午後になったらリーネが塔まで届けるように、と。
「ほ、本当に、わたしが?」
そうだ、いいなと強く念を押され、リーネはそれ以上なにも言えず、館長室からとぼとぼと職場へと戻ったのだった。
館長に言われた通り、リーネは午前中いっぱい悩みに悩んで選んだ本を三冊抱え、翡翠の塔へ向かった。
そして、道に迷いながらなんとか辿り着いた翡翠の塔は、なぜそんな美しい名がついたのかわからない石造りの暗い建物だった。
中へ入るための扉はひとつだけで、衛兵がふたり物々しい様子で両脇に立っている。訪問の理由を告げると、じろじろと見られてから中へ通された。
「図書館の人ね?」
薄暗さに目が慣れない内に声がかけられる。その声の主は意外なことに女性だった。
「は、はい。王子さまに本を届けに参りました」
ようやく目が暗さに慣れると、軍服を着た女性が立っているのがわかった。リーネより少し年上で生真面目な顔つきをしている女性兵士だ。
「あらかじめ連絡は受けているわ。こっちへ来て」
広間の横の小部屋に通されるが、狭い室内には簡素なテーブルがあるだけだった。どうしてこんなところに? と思っていると扉が閉められる。
その音にどきりとして振り返れば、女性がリーネに近づいて手を伸ばしてきた。
「決まりだから、ちょっとごめんなさいね」
そう言うなり女性はリーネの体をあらためはじめた。
「きゃ……な、なんですか?」
女性は問答無用とばかりに上から下までリーネの体を手で軽く叩き、確認していく。
「身体検査よ。あなたが女性だから非番の私がわざわざ呼ばれたの。男の衛兵にやらせるわけにはいかないでしょう?」
だとしても、説明してからはじめてほしかったと思いつつ、リーネはじっと終わるのを待った。
「うん、本の他にはなにも持っていないわね」
本をテーブルに置いて、と言われその通りにすると、女性が本を三冊ともパラパラと捲って確かめる。
「はい、これも問題なし」
持ってきた本をまた手渡されてリーネはとまどった。
「あの、わたしは本を届けにきただけなのですけど」
「わかっているわよ。さあ、どうぞ」
女性が扉を開け、手で退室を促す。
「あの方の部屋は最上階よ。そこの階段を上ってね」
広間から続く階段が見えたが、リーネは足を動かさずに女性を振り返った。
「ですから、わたしは本を届けにきただけなんです」
女性兵士が腰に手をやり首を傾げる。
「だから、どうぞ」
ふたりはしばし無言で見つめ合った。
「……あの、もしかして、わたしが直接手渡すのでしょうか?」
「もしかしてじゃなくて、そうよ」
あっさりと不安が的中し、リーネはうろたえる。
「そ、そんなこときいてないんですけど」
自分で手渡すなんて想像もしていなかった。
届けるようにとは言われたが、彼女のような衛兵に渡せば済むと思っていたのだ。
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