手の届かない貴方

蕾々虎々

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私にとっての貴方。貴方にとっての私。

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 そう思ったのはいつからだろう。

 初めは、ただの仕事だった。日が昇る頃、貴方の目を覚ましに行き、身の回りのお世話をして。そのことに何の疑問も感情も無かった。
 人当たりの良いお方だなと、他人事のようにそう感じるだけだった。

 それが段々と変わっていったのは、いつからだろう。貴方が私にだけ見せてくれる無防備な表情があることに気付いた、その時かもしれない。
 他の誰も知らない、起き抜けの貴方。朝食を口に運ぶ、それすら面倒くさいという貴方。それを、私だけが知っているのだと気付いた、その時。

 毎日のように顔を合わせて、知ってる表情を数え始めた。知らない表情を数え始めた。いつしかそれが、嬉しくなっていた。

 そして、それがいつの間にか私の中に降り積もっていたのだと気付いたのは、私には見せてくれない表情をあの娘に見せていた、あの時。

 それから、私は駄目になってしまった。貴方が微笑んでくれた時、胸が飛び跳ねるようにトクンと跳ねた。貴方があの子の話をする時、心が泥濘に嵌ったようにドロリと濁った。
 私の心は、貴方の指の動き一つにすら、振り回されるようになってしまっていた。

 でも、気付いた所でどうしようも無かった。私はしがないお世話係で、貴方の周りにはお嬢様。
 住む世界が違ったのだとそう、諦めた。諦めたかった。私の手の届かない人なんだなと、そう割り切ってしまいたかった。

 でも、出来なかった。貴方の傍を、貴方を独占出来るこの位置を、捨てることが出来なかった。私の中に醜く住まう意地汚さが、それを捨てることを拒んだ。
 それでも、そこまでだった。私の中に微かに残った人としての尊厳が、それ以上の深入りを許さなかった。

 だからどんなに胸が弾もうと、喜色を浮かべることはしなかった。どんなに胸が押し潰されようと、悲涙を流すことはしなかった。常に、無関心の仮面を貼り付け続けた。
 私にとっての貴方は決して親密では無いのだと。貴方にとっての私はただの小間使いに過ぎないのだと。そう主張し続けた。

 そして、遅かれ早かれ来ていたであろうその時がやってきた。

 貴方の傍に寄り添うあの娘。あの娘に向けて笑いかける貴方。そうなることは分かっていた筈なのに、そう願っていた筈なのに、私の心には吹雪が荒れ狂い、その奥深くに身を隠していた私の本心は身動きが取れなくなってしまっていた。
 そして、心を直接締め付けるようなその寒さに耐え切れず、私はそれを選んでしまった……。
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