7 / 9
妖 狐子
しおりを挟むちちち、と聞こえる鳥の声が、どこか僕をあざけっているようにも聞こえてくる。割れている石畳から出ていき、雑草が伸び放題になっている傍で立っていた。
「さてと、話も終わった事であるし……、観光とでもしゃれ込もうか、土御門殿」
狐子が出てくる。拝殿と外にかけられた欄間を手で持っていた。僕の見立てではこの拝殿は少々彼女には狭すぎる気もする。ただでさえ二メートルを超える巨躯の持ち主だ。
「見るべきところじゃないんだろ?それなのに観光?」
「まあまあ、そういうな土御門殿。どうせ明日まで船もない。連絡手段もない。日もこんなに高いのだぞ。苔むした神社におっても仕方なかろう」
「そりゃそうだが……、ここ、苔むしるんだな。こんな山の上で、水気もないのに」
「水なら手水にあるけどの」
「いやそうじゃなくて」
変にまぜっかえさないでくれ。
「冗談じゃよ。壁面の岩屋があるじゃろ?そこから潮風が来る。大雨の時などは排水溝みたいになるんじゃが、そうでないときは潮風が来て、建物が傷む。木陰で天日に晒されないと、苔むしるほどに湿気るのよ」
なるほどと思った。天然物の岩屋も痛しかゆしというべきか。人の手が加わっていない分、利便性があるわけでもないらしい。
「ただのう」
「ん?」
「お主の建っとる場所から少し行くと、落とし穴みたいな岩屋が何個かある。だから参道以外は歩かぬ方が良いぞ」
「早く言え!」
おっかなびっくりだ。僕はすぐさま石畳の上に戻った。
石段を下り、下に向かう。何の変哲もない田舎の島だ。瀬戸内海の島を巡れば、似通った島はいくらでもある。自動車がよく通る割には整備の遅れた片側一車線の道路。ガードレールの向こう側は山ではなく、海。太陽に照らされた浜辺には何の貝だか分からない貝殻がずらずらと落ちていて、沖合ともいえない距離に牡蠣の養殖筏が見える。瀬戸内海ではよほどありきたりな光景なのだそうだ。
まあ、なるほど。美しい景色であるのは異論がない。僕は目の前を行く大きな巫女にくっついていた。巫女は勝手知ったる島だからいいが、僕の場合、携帯が圏外のこの島ではすぐに迷ってしまう。
「なかなかであろ。この光景」
「悪くはないね」
「素直じゃないんじゃから。少しはええと言わんか。陰陽寮のある東京では見れぬ景色だろう。あそこの海は経泥まみれ。神様は祟り神ばかりなり、なんて有様らしいの」
将門公のことを言っているのだろうか。なら、あては外れている。僕はくすくすと笑った。その様子がおかしいと思ったのか、狐子はぺしぺしとアスファルトに打ち付けていた草履の音を無くして僕を見下ろした。
「なんじゃ、その笑いは。まるで田舎者を覗くかのような笑いではないか。お主、ちびのくせしてその笑いは似合わんぞ」
「失礼。田舎者の無学さに笑っていた。他意はないよ。許したまえ」
「お?なんぞ、お主。ずいぶんとご機嫌な態度じゃなあ。将門公に呪ってもらえば、日本の侍美学でも分かるかもしれんぞ。サンピン」
誰がサンピンだ。
「将門公と陰陽寮は仲がいいよ。あの人もさすが新皇と呼ばれた傑物だ。時折祟りめいたことを起こすから尊敬されてますよ。我々もそれでいいと思ってます。あんたとは器が違うね」
「くっ、所詮人の子であろう!儂は由緒正しき――」
そこまで言って口をつぐんだ。由緒が正しい。それは大ヒントだ。陰陽寮の仕事の一つに神籍管理がある。要するに神様や妖にも人と同じような人別帖ならぬ神別帖とも呼ぶべきものがある。人にとっての由緒がへその緒での繋がりならば、神様のそれは依り代。そして妖ならば、一族だ。もし一族が由緒正しき大家族ならば、そっちを当たった方が早い。広いようで狭い業界なのだ。芋づる式である。
狐子はさっと襦袢に手を通して知らぬ顔をした。
「由緒正しき、なんだ?」
「知らぬ知らぬ。なーんにも知らぬぞっ!……なんだその目はっ!それが大巫女たる儂を見る目か!」
「大巫女ねえ……」
外見だけのことだろう、それは。みゃあみゃあとウミネコが鳴いた。まあいい、ごまかしたところでローラーをかけてしまえば分かる話だ。今日の夜にでも陰陽寮に式神を送ろう。
「そんなことはどうでもよかろう!それよりもだっ!」
何がだ。それよりも大切なことは今のところ僕にはない。だが、狐子はひゅっと襦袢から手を出し、のぼりを指さした。そういえば、先ほどからいやに登りの数が目立つ。白に黒い達筆の文字が並んでいるそれは、僕の故郷でもよく見たものだ。
祭りを知らせる登り。竹細工の旗竿はどこかくすんでいる。長く使われてきた証拠のようにも見えた。
「これだ、これっ!」
「これがどうしたんだ?」
「分らぬのか!祭りじゃ!祭り!儂に感謝する祭りじゃ!」
登りをしげしげと見る。くすんでいるのは旗竿だけではなく、旗そのものも、だ。なんというか手入れ不足だなと思わせる。妖と神様の線引きは色々あるが、結局のところは一つに落ち着く。信仰があるやいなや、だ。信仰も色々ある。
「つまり?」
「ぐぬうっ!儂が神様の証拠にならぬか?神殺しは大罪だというであろう!」
「あんた神様じゃないだろ?神別帖に乗っているのか?」
襦袢に手を突っ込んだ。都合が悪いとそこに手を引き込ませるのが癖らしい。
「あ~、その~、うむ。載ってはおらぬ……」
「え、何、聞こえないな」
さっきから会話の主導権をとられてばかりだから、少し言い返したくなった。実際声も小さく、聞こえづらかったのも確かだ。
「ああ、もうっ!載っておらぬ!大体だな、神別帖に載っておる中に土着の神など幾柱もおるまいがっ!管理も出来ておらぬではないかっ!」
大声で唾が飛ぶ。潮騒に負けないために大声になったのか、それとももともとからしてそうなのかは知らないが、狐子の声はデカい。身体につられて肺活量まで大きくなってしまっているのではないだろうか。真上から飛ぶ声をいったん無視した。どうせ、このままああでもないこうでもないと喋り倒すに違いないからだ。初対面からまだ四時間くらいだが、その間喋りったおし。こいつ、何かに飢えていたんだなと思わせられる。
それにしても、祭り、ねえ。
幟は神社周りの道に、五メートル間隔で立っている。海側のガードレールにもだ。電柱が少ないから、その代わりといった感じ。山と海に挟まれている狭い一車線は、そのモノトーンの幟があるだけでいつもと違うと明白に伝えているようだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる