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17 魔王という存在
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魔王さんの言葉に、弾かれたようにロイドは飛び退った。
「そう慌てずとも、私は君を襲いはしない」
笑みを浮かべたまま魔王さんは言った。
「人間との余計な争いは避けたいからな」
「……本物?」
「疑うならこれでどうだ」
魔王さんは右手を上げると、パチンと指を鳴らした。
ドサ、と何かが地面に落ちる音がする。
「――え?」
ロイドが慌てて足元を見た。
そこには剣の柄だけと、鞘が別々に落ちている。
「刃が消えた!?」
鞘を逆さまにして振ると、サラサラと銀色の粉が落ちてきた。
「ばかな……粉々に……?」
「魔王さんすごーい!」
勇者の剣はどんなものでも斬れるし決して傷ひとつつかないって、教会にいた時に聞いたことがあったけど。
「勇者。確かに君の剣は特別だが、そんなものでは私は斬れない」
笑みを浮かべたまま魔王さんは言った。……普段穏やかで、正直「魔王」というイメージとは違うなと思っていたけれど。
やっぱりすごいひとなんだ。
「そんな……」
腰の力が抜けたようにロイドはがっくりと膝をついた。
「世界に一本だけだって……どんな宝石や王冠より貴重だって……」
ポロポロと大粒の涙がその青い目からあふれ出した。
「勇者になって……父さんや……村の皆が喜んでくれたのに……」
「閣下。少しやり過ぎでは」
ブラウさんが魔王さんを見た。
ロイドはリンちゃんよりも少し幼く見えるから、十五、六歳だろうか。元の世界でいえばまだ高校生だ。
(そう思うと、ちょっとかわいそうかも)
魔物たちを殺してきたことは許せないけど、まだ子供だし、今の言葉から察するにどこかの村出身の平民で。
偉い人たちには逆らえないんだろう。
「そうか」
もう一度魔王さんが指を鳴らすと、ロイドの前に散らばった柄と刃の残骸が光に包まれた。
「……剣が」
光が消えると元の姿に戻った剣が現れた。
その剣を手に取り、ロイドはのろのろと立ち上がった。
「お茶どうぞ」
余っていたコップにお茶を入れてテーブルに置くと、のろのろとした動きのままイスに腰を下ろして、ロイドはコップを受け取りそれを一口飲んだ。
「――これは……」
コップから口を離すとロイドは驚いたように目を見開いた。
「疲れが取れるでしょ」
温泉で作ったお茶なので、飲んでも温泉に入るのと同じ効果があるのだ。
「……美味しい」
「おかわりあるよ」
あっという間に飲み干したコップにお茶を注ぐと、ロイドはそれも一気に飲み干した。
「僕は……幼い時から騎士に憧れていて。だから勇者の資格があるって……分かって、とてもうれしくって」
三杯目のお茶を飲みながらロイドが言った。
「勇者であることに夢中で……とにかく……魔物を倒さなくちゃって……魔物側の事情とか……そんなの知らなくて……」
「――こいつ、酔ってないか」
鼻をグズグズさせながらブツブツ言っているロイドを見てエーリックがつぶやいた。
「え、お酒なんか入ってないよ?」
香りのいい葉を乾燥させて作ったハーブティーだ。
浄化魔法を掛けたから安全だし、むしろすっきりするのに。
「魔力酔いかもしれないな」
ブラウさんが言った。
「魔力酔い?」
「この茶にも湯にもヒナノの魔力が込められているだろう。それを直接体内に取り込んだから酔った可能性がある」
「直接取り込むと酔うんですか?」
「場合によってはな。魔力には相性というものがあるから彼の身体には合わないのかもしれない」
温泉に視線を送ってブラウさんはそう答えた。
「それにあの温泉の効果には分からないことが多いからな、人間には強すぎるということもあるだろう」
「そうなんですね……」
それは悪いことをしちゃったかな。
「ぼくはぁ、村のみんなのためにもぉ、がんばってえ」
魔王さんの隣で突っ伏しながらうめくロイドの姿は、確かにバイト先の居酒屋でよく見た酔っぱらいによく似ている。
「本当はぁ、ぼくだって……逃げる魔物を退治なんかしたくないのにい」
「そうか」
ポン、と魔王さんはロイドの頭に手を乗せた。
「君も苦労しているな」
「……ぼくだってえ……」
うめきながら、やがてロイドはそのまま眠り込んでしまった。
「どうしますか彼は」
すっかり熟睡しているロイドを見つめてブラウさんが言った。
「そのうち起きるだろうからそのままでいいだろう」
そう答えて、魔王さんはロイドの腰から剣を抜き取った。
「確かに普通の剣より硬く作られてはいるがただの剣だ。けれど魔力を込めることができるようだな」
刃を見つめて魔王さんは言った。
「つまりその剣に勇者と聖女の魔力を込めることで、斬られると傷が治らないと?」
「ああ。だがこれで私は倒せぬ」
「……どうしてですか?」
さっきもロイドに言っていたけれど。
「人間の魔力には『属性』というものがあるな」
魔王さんは私を見た。
「……ああ、はい」
私は水魔法と土魔法が使える、つまり水と土の属性があるということだ。
「そうして例えば火は風に強いが水に弱いというような相克がある。我らの魔力には属性や相克はないが、人間の持つ属性で唯一苦手なものがある。それが『光』だ」
「光属性……?」
「その光は勇者と聖女の魔力を重ねることで生まれる。だからこの剣で斬られた傷は治らない」
魔王さんは手にしていた剣を軽く振ってみせた。
「だが、私に光の魔力は効かない」
「そうなんですか……」
「それが魔王という存在だ。人間はそのことを知らないがな」
え、じゃあ。
「……魔王さんを倒すために、わざわざリンちゃんを異世界から呼んだのは意味がないと……?」
「そういうことになるな」
「そんな」
わさわざ召喚されたのに。意味がなかったなんて。
「ヒナノ」
エーリックが私の手を握った。
「ヒナノはこの世界に来なければよかったと思っているのか」
「……ううん」
その瞳に不安そうな色を浮かべたエーリックに首を振る。
「家族に会いたいとは思うけど。でもここにも新しい家族がいるから」
召喚された当初は帰りたくて仕方がなかった。
けれどここでエーリックや魔物たちと出会い、生活していくうちに、ここが私の居場所となっていったのだ。
「……そうか」
エーリックはほっとしたような顔を見せた。
「私には効かぬが、魔物にとってこの剣が危険であることに変わりはない」
魔王さんがそう言うと、持っている勇者の剣が淡く光った。
「剣に宿っていた魔力と祝福を消した。新たに力を込めればまた元に戻るが、どうするかはこの者たち次第だ」
眠るロイドを見ながら魔王さんは言った。
「そう慌てずとも、私は君を襲いはしない」
笑みを浮かべたまま魔王さんは言った。
「人間との余計な争いは避けたいからな」
「……本物?」
「疑うならこれでどうだ」
魔王さんは右手を上げると、パチンと指を鳴らした。
ドサ、と何かが地面に落ちる音がする。
「――え?」
ロイドが慌てて足元を見た。
そこには剣の柄だけと、鞘が別々に落ちている。
「刃が消えた!?」
鞘を逆さまにして振ると、サラサラと銀色の粉が落ちてきた。
「ばかな……粉々に……?」
「魔王さんすごーい!」
勇者の剣はどんなものでも斬れるし決して傷ひとつつかないって、教会にいた時に聞いたことがあったけど。
「勇者。確かに君の剣は特別だが、そんなものでは私は斬れない」
笑みを浮かべたまま魔王さんは言った。……普段穏やかで、正直「魔王」というイメージとは違うなと思っていたけれど。
やっぱりすごいひとなんだ。
「そんな……」
腰の力が抜けたようにロイドはがっくりと膝をついた。
「世界に一本だけだって……どんな宝石や王冠より貴重だって……」
ポロポロと大粒の涙がその青い目からあふれ出した。
「勇者になって……父さんや……村の皆が喜んでくれたのに……」
「閣下。少しやり過ぎでは」
ブラウさんが魔王さんを見た。
ロイドはリンちゃんよりも少し幼く見えるから、十五、六歳だろうか。元の世界でいえばまだ高校生だ。
(そう思うと、ちょっとかわいそうかも)
魔物たちを殺してきたことは許せないけど、まだ子供だし、今の言葉から察するにどこかの村出身の平民で。
偉い人たちには逆らえないんだろう。
「そうか」
もう一度魔王さんが指を鳴らすと、ロイドの前に散らばった柄と刃の残骸が光に包まれた。
「……剣が」
光が消えると元の姿に戻った剣が現れた。
その剣を手に取り、ロイドはのろのろと立ち上がった。
「お茶どうぞ」
余っていたコップにお茶を入れてテーブルに置くと、のろのろとした動きのままイスに腰を下ろして、ロイドはコップを受け取りそれを一口飲んだ。
「――これは……」
コップから口を離すとロイドは驚いたように目を見開いた。
「疲れが取れるでしょ」
温泉で作ったお茶なので、飲んでも温泉に入るのと同じ効果があるのだ。
「……美味しい」
「おかわりあるよ」
あっという間に飲み干したコップにお茶を注ぐと、ロイドはそれも一気に飲み干した。
「僕は……幼い時から騎士に憧れていて。だから勇者の資格があるって……分かって、とてもうれしくって」
三杯目のお茶を飲みながらロイドが言った。
「勇者であることに夢中で……とにかく……魔物を倒さなくちゃって……魔物側の事情とか……そんなの知らなくて……」
「――こいつ、酔ってないか」
鼻をグズグズさせながらブツブツ言っているロイドを見てエーリックがつぶやいた。
「え、お酒なんか入ってないよ?」
香りのいい葉を乾燥させて作ったハーブティーだ。
浄化魔法を掛けたから安全だし、むしろすっきりするのに。
「魔力酔いかもしれないな」
ブラウさんが言った。
「魔力酔い?」
「この茶にも湯にもヒナノの魔力が込められているだろう。それを直接体内に取り込んだから酔った可能性がある」
「直接取り込むと酔うんですか?」
「場合によってはな。魔力には相性というものがあるから彼の身体には合わないのかもしれない」
温泉に視線を送ってブラウさんはそう答えた。
「それにあの温泉の効果には分からないことが多いからな、人間には強すぎるということもあるだろう」
「そうなんですね……」
それは悪いことをしちゃったかな。
「ぼくはぁ、村のみんなのためにもぉ、がんばってえ」
魔王さんの隣で突っ伏しながらうめくロイドの姿は、確かにバイト先の居酒屋でよく見た酔っぱらいによく似ている。
「本当はぁ、ぼくだって……逃げる魔物を退治なんかしたくないのにい」
「そうか」
ポン、と魔王さんはロイドの頭に手を乗せた。
「君も苦労しているな」
「……ぼくだってえ……」
うめきながら、やがてロイドはそのまま眠り込んでしまった。
「どうしますか彼は」
すっかり熟睡しているロイドを見つめてブラウさんが言った。
「そのうち起きるだろうからそのままでいいだろう」
そう答えて、魔王さんはロイドの腰から剣を抜き取った。
「確かに普通の剣より硬く作られてはいるがただの剣だ。けれど魔力を込めることができるようだな」
刃を見つめて魔王さんは言った。
「つまりその剣に勇者と聖女の魔力を込めることで、斬られると傷が治らないと?」
「ああ。だがこれで私は倒せぬ」
「……どうしてですか?」
さっきもロイドに言っていたけれど。
「人間の魔力には『属性』というものがあるな」
魔王さんは私を見た。
「……ああ、はい」
私は水魔法と土魔法が使える、つまり水と土の属性があるということだ。
「そうして例えば火は風に強いが水に弱いというような相克がある。我らの魔力には属性や相克はないが、人間の持つ属性で唯一苦手なものがある。それが『光』だ」
「光属性……?」
「その光は勇者と聖女の魔力を重ねることで生まれる。だからこの剣で斬られた傷は治らない」
魔王さんは手にしていた剣を軽く振ってみせた。
「だが、私に光の魔力は効かない」
「そうなんですか……」
「それが魔王という存在だ。人間はそのことを知らないがな」
え、じゃあ。
「……魔王さんを倒すために、わざわざリンちゃんを異世界から呼んだのは意味がないと……?」
「そういうことになるな」
「そんな」
わさわざ召喚されたのに。意味がなかったなんて。
「ヒナノ」
エーリックが私の手を握った。
「ヒナノはこの世界に来なければよかったと思っているのか」
「……ううん」
その瞳に不安そうな色を浮かべたエーリックに首を振る。
「家族に会いたいとは思うけど。でもここにも新しい家族がいるから」
召喚された当初は帰りたくて仕方がなかった。
けれどここでエーリックや魔物たちと出会い、生活していくうちに、ここが私の居場所となっていったのだ。
「……そうか」
エーリックはほっとしたような顔を見せた。
「私には効かぬが、魔物にとってこの剣が危険であることに変わりはない」
魔王さんがそう言うと、持っている勇者の剣が淡く光った。
「剣に宿っていた魔力と祝福を消した。新たに力を込めればまた元に戻るが、どうするかはこの者たち次第だ」
眠るロイドを見ながら魔王さんは言った。
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