天使は歌を望む

冬野月子

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11 想いと歌

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人気のない夜の礼拝堂の中。
ランプを手にしたフランカは一人、祭壇の前に立っていた。

ランプを高く掲げて正面にある祭壇を照らし出すと、白い女神像が光を受けてその姿を浮かび上がらせた。
しばらく女神像の顔を見つめて、フランカはランプをそっと足元に置いた。


「昼間、スヴェンが来たよ」
礼拝堂の鍵を借りに行くと神父がそう言った。
「フランカが求婚を受け入れたら、結婚を認めて欲しいって」
優しい笑顔で神父は言葉を続けた。

本当は、フランカが十五歳になって孤児院を出る時に求婚するつもりだったのだという。
だがフランカはそのまま孤児院に残り子供たちの世話をする事になったため、言い出せなかったのだと。

「彼にもフランカにも悪い事をしてしまったね。もう妻もすっかり元気になったし、子供たちもいい子ばかりだから孤児院の事は心配しなくていいよ」
時々手伝いに来てくれるなら助かるけれど、と神父は言った。
神父の中ではスヴェンとフランカは結婚するものとなっているのだろう。

スヴェンは働き者で、身体も丈夫だ。
子供らしくない言動をしていたフランカの事を受け入れ、いつも気にかけてくれているし、彼の存在は頼もしい。
結婚するならばスヴェンは最適な相手なのだろう。
———だけど。


フランカの脳裏に焼き付いているのは〝彼〟の瞳。
もう数えきれないほどの時が流れていても———決して消える事のない記憶と……罪。

こんな自分が結婚など…できるはずもない。
けれど…スヴェンの求婚を断って、彼を悲しませるのも苦しい。



足元に置いたランプの光を見つめていたフランカは顔を上げた。
闇に溶けた女神像を見上げると、その唇から声がもれ始めた。

夜の闇に溶けていくような細い声は、やがて確かな旋律となっていった。
晴れた海を吹き渡る穏やかな風のように。
空を飛びかう鳥のように。
その音色を自在に変えながらフランカの口から紡がれる歌声が礼拝堂の中へ広がっていく。

軽く目を閉じて無心に歌っていたフランカは、やがて明るさを感じその目を開いた。


真っ白な翼が見えた。
振り返るとすっかり見慣れた紫水晶の瞳がフランカを見つめていた。

「…ハルム…?」
「フランカの歌はやっぱり綺麗だね」
初めて会った時のように、背中に翼を生やしたハルムがふわりと浮かんでいた。
「その翼…」
「歌を聴いていたら生えたんだ。フランカの歌には不思議な力があるんだね」
ハルムは手を伸ばすとフランカの頬に手を触れた。

「不思議で、懐かしい歌だ」
「懐かしい…」
「生まれる前に聴いたんだ。光の卵の中で」
ハルムの言葉に、フランカは一瞬目を見開いた。

「天使は天の中心にある大きな樹に実る卵から生まれる。生まれた天使は風に運ばれてあちこちへ飛んでいくんだけど、僕たちが卵から孵る時、誰かが樹の下で歌っていたんだ」
ハルムは懐かしそうに目を細めた。
「フランカみたいなとても優しくて綺麗な声だった。ずっと…あの歌をもう一度聴きたかったんだ」
さらに手を伸ばすと、ハルムはフランカを抱きしめた。
「風に運ばれる直前、歌っているひとを見たよ。金色の瞳の、とても優しい笑顔で僕たちを見送ってくれたんだ。天にいた時の、唯一の幸せな思い出だ」

またあのひとに会えるのならば天に帰ってもいいけれど。
そう呟くと、ハルムの背中の翼は溶けるように消えていった。
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