天使は歌を望む

冬野月子

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16 天使の踊り

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岬へと着いた頃には雨は止んでいた。
海も空も色を失い、その境界線が曖昧となり溶けあう中、ただ濡れた緑色の地面だけが色彩を保っている。
それでも空の所々で雲が途切れ、青い色が覗き始めていた。

前方に光が見えた。
岬の先端でその光は揺れるように動いている。

「あれは…」
目の前の光景にスヴェンは息を飲んだ。


ハルムが踊っていた。
まるで鳥が舞うように、背中に生やした白い翼を揺らしながら。
細長い手が宙に揺れ、白い脚は軽やかにステップを踏んでいる。
雨に濡れた翼についた雫が差し込み始めた太陽の光を浴びて宝石のようにキラキラと輝く。

それはひどく美しくて幻想的な光景だった。



ああ———まさか、また天使の踊りが見られるなんて。

フランカの脳裏に遠い昔の景色が浮かんだ。
自分の歌や仲間の演奏に合わせて天使たちが踊る、それはとても美しくて楽しい時間だった。
もう二度と…見ることなどないと思っていたのに。




しばらく呆然と見つめていたスヴェンはふと隣に視線を落とした。

フランカはじっとハルムを見つめていた。
強い光を帯びたその瞳は———ハルムを見ているようで、けれど実際にはもっと遠い何かを見つめているようで。
十年前の祭りの夜にここで月を見つめていた瞳を思い出させた。

その瞳から一筋の雫がこぼれた。
下睫毛に残る涙が夕陽を浴びて、瞳を金色に光らせる。
「っフランカ!」
スヴェンは強くフランカを抱きしめた。
「ダメだ見るな」

「……スヴェン?」
腕の中でフランカの声が聞こえた。
「どうしたの…」
「フランカ」
バサリ、と羽ばたく音がすぐ側で響いた。


「どうして泣いているの?」
翼を広げたハルムが目の前に浮かんでいた。
「…あ…ハルムが…とても綺麗だったから」
ようやく自分が泣いていた事に気づいたように、フランカは瞳を瞬かせた。

「雨には女神の力が宿っているんだね。すごく気持ちがいいよ」
笑みを浮かべてそう言うと、ハルムは空を見上げた。
「…あの女神のいる天から落ちてくるのかな」


「お前…天使なのか」
スヴェンはフランカを抱きしめる腕に力を込めた。
「フランカを連れ去りに来たのか」

「連れ去る?フランカを?」
ハルムは首を傾げた。
「違うよ、フランカが呼んだんだ」
「フランカが?」
「僕はフランカの歌に呼ばれてここへ来たんだ」

金色の夕陽を浴び、顔を綻ばせたハルムは美しかった。
その髪も、翼も眩いくらいに輝き、紫色の瞳もいつも以上に煌めいている。

「そうだフランカ、歌ってよ」
「え…ここで?」
「うん、フランカの歌で踊りたいんだ」
「え…でも…」
戸惑っていると、フランカを抱きしめるスヴェンの腕が緩んだ。

「———俺も聴きたい」
顔を上げたフランカと視線を合わせるとスヴェンは言った。


ハルムとスヴェンの顔を交互に見て、フランカは覚悟を決めたように息を吐くとマントのフードを外した。
スヴェンが離れると、フランカの口から旋律が流れ始めた。



フランカの歌に合わせてハルムが踊る。

風のように。
鳥のように。
光のように。

やがて夕陽が海を染め、闇を呼ぶまでその夢のような光景は続いた。
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