天使は歌を望む

冬野月子

文字の大きさ
24 / 25

24 天使が望むもの

しおりを挟む
「ハルムは…天に帰っても消えてしまうのですか」
フランカは女神に尋ねた。
たとえ天に帰ったとしても、孤独に耐えきれなかったら消滅してしまうと女神は先刻言っていたのだ。

『そうですね…ここでの記憶を消せばもしかしたら』
「そんなの嫌だ!」
女神の言葉を遮って叫ぶと、ハルムはフランカに抱きついた。
「忘れるくらいなら消えた方がマシだ」
「ハルム…」
フランカは手を伸ばすとハルムの震える背中を撫でた。

自分の歌を聴いて地上に落ちてきたハルム。
短い間だったけれど、家族のように過ごしてきたハルムが消えるのはフランカも嫌だった。
だから天へ帰したかったのだけれど…

ハムルが苦しまずに済む方法はないのだろうか。
すがる気持ちでフランカは女神を見上げた。



『もう一つ、上手くいくか分からないですが道があります』
フランカを見つめ返して女神は言った。

「それは…?」
『ハルムを人間に生まれ変わらせるのです』

「僕が人間に?」
ハルムは顔を上げた。
「そんな事が出来るのですか?」
『本来ならば不可能ですが、今宵は十年に一度の特別な夜。それに』
女神はフランカを見た。
『フランカ。未だ愛し子の力を持つそなたの子供にならば生まれ変わらせられるかもしれません』

「え…」
「フランカの子供?」
フランカは思わず声を上げたスヴェンと顔を見合わせた。

「僕がフランカの子供…になればフランカと一緒にいられるの…?」
『そうですね、少なくとも大人になるまでは』

「じゃあ、なる」
ハルムはフランカに抱きつく腕に力を込めるた。

『上手くいくかは分かりませんよ』
「はい」
強い光を帯びた瞳で女神を見て頷くと、ハルムはフランカの頬に手を添えてその顔を覗き込んだ。


「フランカ。僕が子供に生まれてきたら毎日歌を歌ってくれる?」
「———ええ…歌うわ、沢山」
「約束だよ」
「約束するわ」
「フランカ、大好き」
そう言うとハルムはフランカの頬に口付けた。

「…私も好きよ、ハルム」
同じようにキスを返すと、フランカはハルムを抱きしめた。


『それではハルム、こちらへ。フランカ、歌を捧げなさい』
女神の言葉にハルムはフランカから身体を離した。

「はい…何の歌を?」
『天使が産まれる時に贈る祝福の歌を』
「初めて聞いたフランカの歌だ」
ハルムは嬉しそうに笑顔を浮かべた。



礼拝堂にフランカの歌声が響いた。

ゆっくりとした曲調の、スヴェンには全く分からない言葉で———けれど聴いているうちに心が軽くなるような、温かくなってくるような感覚を覚える優しい歌だった。

バサリ、と大きな音を立ててハルムが翼を広げた。
光を帯びて金色に輝きだすと翼は大きく、長く広がっていく。
やがて翼だけでなくハルムも光に包まれ始めた。

歌い続けるフランカを見つめる紫水晶の瞳がゆっくりと———愛おしそうに細められた。

「フランカ」

口の動きだけでその名を呼ぶと、ハルムの姿は光の中へ消えていった。




静かな礼拝堂の床に、こぼれ落ちたように光の雫が残っていた。

「…ハルムは…本当に生まれ変われるのですか」
『それはそなた次第です』
女神はフランカの目の前に立った。
『フランカ。人間として幸せになりなさい。そなたが幸せな生活を送っていればハルムもまた戻ってこられますから』
「———幸せに…」
『フランカを頼みましたよ』
女神の言葉にフランカの傍に立つスヴェンが頷いたのを見て微笑むと、女神の身体が光を放ち始めた。

『わが愛し子よ。また十年後に歌を聴けるのを楽しみにしています』
ハルムと同じように女神も光の中へと消えていった。





空に浮かぶ女神の月と天使の星は重なり一つの光となり、海を明るく照らしていた。
金色に光る波が緩やかに岸へと打ち寄せ、心地の良い音を響かせている。

「きれい」
岬の先端で月を見上げるフランカの瞳は十年前とは異なり、穏やかな光を宿していた。
「…ちゃんとまたハルムに会えるかしら」
「大丈夫だろう」
スヴェンはフランカの手を握りしめた。
「———しかし、あいつが俺の子供になると思うと複雑だな」
「え?」

「まさか他の男と結婚する気か?」
きょとんとスヴェンの顔を見上げて、その言葉の意味を理解したフランカの頬がぱっと赤くなった。
「フランカ」
スヴェンは握ったフランカの手を自分へと引き寄せた。

「きっと幸せにする。君も、生まれてくる子供も。…俺と結婚してくれるか」
「———はい」
頷いたフランカをスヴェンは強く抱きしめた。

月明かりは静かに二人を照らしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

ひみつの姫君  ~男爵令嬢なのにくじ引きで王子のいる生徒会の役員になりました!~

らな
恋愛
男爵令嬢のリアはアルノー王国の貴族の子女が通う王立学院の1年生だ。 高位貴族しか入れない生徒会に、なぜかくじ引きで役員になることになってしまい、慌てふためいた。今年の生徒会にはアルノーの第2王子クリスだけではなく、大国リンドブルムの第2王子ジークフェルドまで在籍しているのだ。 冷徹な公爵令息のルーファスと、リアと同じくくじ引きで選ばれた優しい子爵令息のヘンドリックの5人の生徒会メンバーで繰り広げる学園ラブコメ開演! リアには本人の知らない大きな秘密があります。 リアを取り巻く男性陣のやり取りや友情も楽しんでいただけたら嬉しいです。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】大変申し訳ありませんが、うちのお嬢様に貴方は不釣り合いのようです。

リラ
恋愛
 婚約破棄から始まる、有能執事の溺愛…いや、過保護?  お嬢様を絶対守るマンが本気を出したらすごいんです。  ミリアス帝国首都の一等地に屋敷を構える資産家のコルチエット伯爵家で執事として勤めているロバートは、あらゆる事を完璧にこなす有能な執事だ。  そんな彼が生涯を捧げてでも大切に守ろうと誓った伯爵家のご令嬢エミリー・コルチエットがある日、婚約者に一方的に婚約破棄を告げられる事件が起こる。  その事実を知ったロバートは……この執事を怒らせたら怖いぞ!  後に後悔しエミリーとの復縁を望む元婚約者や、彼女に恋心を抱く男達を前に、お嬢様の婿に相応しいか見極めるロバートだったが…?  果たして、ロバートに認められるようなエミリーお嬢様のお婿候補は現れるのだろうか!? 【物語補足情報】 世界観:貴族社会はあるものの、財を成した平民が貴族位を買い新興貴族(ブルジョア)として活躍している時代。 由緒正しい貴族の力は弱まりつつあり、借金を抱える高位貴族も増えていった。 コルチエット家:帝国一の大商会を持つ一族。元々平民だが、エミリーの祖父の代に伯爵位を買い貴族となった資産家。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...