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<序章>オルセレイド王国

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 シリティア暦3000年。
 大陸の中心に位置する内陸部に一つの国が誕生した。

 その国の名は、オルセレイド王国。

 かつて、アルフェレイク王国という巨大国家が繁栄した地に、その末裔たちが築いた小さな国だった。
 しかしその頃、大陸は深い深い闇に包まれていた。
 遥か南方の海域にあると言われる魔物が巣くう大陸から、一斉に大量の魔物が渡ってきたのだ。
 魔物がこの地に渡ってくることは過去より幾度かあったが、これほどまでに大挙を成しての襲来は初めてのことであり、人間たちは成すすべもなく魔物に襲われ、恐怖と隣り合わせの日々を過ごしていた。
 剣で断ち切ることが不可能な魔物が多く、魔物を完全に滅することが出来るのは、”魔術”と呼ばれる古よりこの地に伝わる不思議な力のみだった。

 神の力とも言われる魔術は、かつてアルフェレイク王国で大いに栄えた。
 才能ある魔術師を数多く輩出し、吟遊詩人に語られるほど後世に名を残す偉大な魔術師も誕生した。
 しかしいつの頃からか、有能な魔術師たちを囲い込もうと各地で争いが起こるようになった。
 血なまぐさい殺戮なども日常茶飯事となり、その矛先が魔術師に向けられることも少なくなかった。
 100年とも200年とも言われる争いの末、いつしか魔術師の数も減っていき、歴史の表舞台からその姿を消すことになる。
 魔術師の減少と国内外の争いによる疲弊のため、かつての栄華など見る影もなく衰退の一途をたどっていたアルフェレイク王国は、大量の魔物の襲来により、たった数日で滅んでしまったと言われている。

 かつて2千人はいたとされる魔術師も、オルセレイド王国が建国されたその当時、僅かに数名が残っているだけだった。
 希少な魔術師の存在は魔物に対抗する唯一の希望であり、当然のことながらどの国もその力を欲しがった。
 高額な報酬で魔術師を招く国も多い中、新王国のオルセレイドには全くといっていいほど資金の余裕がなかった。
 王国を立ち上げたばかりだというのに、魔物によって再びこの地は荒らされてしまうのか。
 絶望に打ちのめされていた若き国王と臣下のもとに、突然、一人の男が現れた。

 男の名はラヴェル=ヴォルドレー。

 美しい黄金の髪、深い蒼の瞳、白い肌。
 背が高く、凛々しい顔立ちのその男。
 『美丈夫』というのは彼のためにあるのではないかと思われるほどの美貌の青年だった。
 彼は自らを”シェラサルトの民”だと語った。
 シェラサルトの民、それは伝説の民とも言われる古の民だ。
 遠くは妖精、エルフの血を引くとも言われ、人間よりも2、3倍近く生きる長寿の一族で、類稀な美しい容貌をしており、更にエルフがもつ神の力、魔力を宿して生まれると言われている。
 その奇特な性質ゆえにシェラサルトの民は人間から迫害を受け、人里離れた山の中に集落を作りひっそりと暮らしていた。
 国王や臣下たちも”シェラサルトの民”というその名は知っていたが、伝説にすぎないと誰しもが思っていた。
 だが、目の前にシェラサルトの民だと言う男が現れた。
 皆が疑いの視線を向ける中、ヴォルドレーは怯むことなく国王に対してこう言った。

「私は古代魔術を学んだ魔術師でございます。陛下がお望みであれば、私が持つ全ての力を陛下にお貸しいたしましょう。微力ではございますが、陛下の建国の志を供にお助けさせていただきます」

 「ただし」とヴォルドレーは続けた。

「一つだけお願いがございます。我等シェラサルトの民は古より迫害を受けつづけ、山の中で厳しい生活を強いられてきました。それゆえに、陛下のお力によって我が民の保護をお願いしたく存じます。決して豊かな生活を望んではおりません。ただ、我が民の名誉を回復したい・・・その一心だけでございます」

 突然降って湧いたような魔術師の登場に戸惑いつつも、真剣な面持ちで語るその言葉が偽りとは思えなかった。
 国王と臣下は数日に渡る討議の結果、ヴォルドレーの力を借りることと、その対価としてシェラサルトの民を保護することを受諾した。
 後に、建国の英雄王と謳われるグラミラス1世と王の盟友と謳われた”大魔術師”ラヴェル=ファイエ=ヴォルドレーとの出会いだった。
 ヴォルドレーの力を借りて魔物を退治したグラミラス1世は、疲弊した国内を整備し、建国からわずか3年で政治経済を安定させた。
 その頃には王都を小さな町エシャールへと移した。
 それから後もグラミラス1世はヴォルドレーに助けられながら、荒れた地に水を流し、開墾させ、豊かな穀倉地帯へと変えていった。
 魔物に荒らされていた、かつてのアルフェレイク王国の鉱山の採掘も再開された。
 グラミラス1世とヴォルドレーによって土台を築かれたオルセレイド王国は、ゆっくりと、だが着実に、長い長い繁栄の歴史を刻み始めたのだった。




 シリティア暦4010年。
 建国の御世より約1000年が経った現在も、オルセレイド王国はその歴史を歩み続けていた。
 すべてが順風満帆だったわけではない。
 天災や飢饉に見舞われたこともある。
 国内外での戦争勃発、内乱や暗殺、国を揺るがすような危機に陥ったことも一度や二度ではない。
 だが、オルセレイド王国というもの自体が失われることはなかった。
 建国より1000年を経たオルセレイド王国に、この年、若い王が誕生した。

 王名、ロイスラミア。

 先代の父王が病のために急逝し、その後を継いで国王の地位に就いた22歳の若き王だった。
 背はすらりと高く、剣術で鍛えられ綺麗に筋肉がついた優美な身体、濃い茶褐色の髪、意思の強さを映す翠色の瞳、きりっとした眉、高い鼻梁、引き締められた唇。
 どこか甘さも含んだ凛々しく男らしい容貌の、実に一国の王としてふさわしい端正な青年だった。
 容貌が優れているだけでなく、幼い頃より徹底した教育を受けた王は知性も優れていた。
 理解力や判断力も優れており、広い視野で物事を見ることもでき、臣下たちの意見にも公平に耳を貸し、良案を政治に取り入れることも厭わなかった。
 多少の失敗であれば笑って赦す懐の広い王だったが、正義感は強く、不正や汚職などの悪事は決して赦すことなく、法に則り厳しく罰してきた。
 王の座に就いた直後は、若い王で大丈夫なのかと不安に思われていたのだが、より良い治世を築こうと努力する姿勢に、臣下や民からも信頼を得るようになっていった。
 ロイスラミア国王の治世は何事もなく、安定した世情が続く・・・そう誰しもが思っていた。

 しかし、優れた国王にも一つだけ問題があった。
 それは、後宮問題だった。
 当時、王にはすでに2名の妃がいた。
 大陸の南西に位置するファーリヴァイア王国の姫、セレナ。
 大陸の北東に位置するリヒテラン王国の姫、ロージア。
 2名ともが王子の時代から輿入れしていた妃で、大陸でも4強と言われる大国の出身だった。
 オルセレイド王国は歴史は長い国だが、決して国土が広いわけでも、政治的にも経済的にも軍事的にも大国というわけではない。
 しかし、各国はこぞってオルセレイド王国と姻戚関係を結ぼうとする。
 それはオルセレイド王国が”魔術王国”と言われる所以だ。

 建国の英雄”大魔術師”ヴォルドレーは国政が安定したのち、当時すでに数えるほどしかいなかった魔術師の復活に乗り出した。
 複雑な古代魔術を扱える者もほとんどいなかったため、古代魔術を簡略化させた略式魔術を構築し、後世のために多くの魔術書を遺した。
 ヴォルドレーの死後は彼より直接魔術を学んだ唯一の弟子、アシェレイ=レティア=ウェルノーレンがその遺志を継ぎ、魔術師育成のための学院を王都エシャールに築いた。
 多くの魔術師たちがオルセレイドから誕生し、各地へと散らばっていくことになる。
 今現在、魔術師は100名ほどいるとされる。
 アルフェレイク王国の時代に比すると圧倒的に数は少ないが、大魔術師の教えを学んだ優秀な魔術師たちが大陸各地で活躍をしている。

 しかし、魔術師には必ず守らなくてはならない掟がある。
 それはウェルノーレンがヴォルドレーから常より言われていた教えだ。

 『魔術師は政に関わるべからず』

 魔術師が政治の中枢に入り、政治に関わってはならないと厳しく教えられてきた。
 オルセレイド王国の治世に自ら関わっていたヴォルドレーが言うと、大いに矛盾しているようにも思えるが、政治に関わったことにより様々な騒動に巻き込まれてしまった教訓からの教えらしい。
 魔術師は元来、魔物と相対するもの。
 大陸への魔物の襲来は今なお止まらず、大陸各地に棲息し人間たちを襲っている。
 魔術はそれを滅するための力であり、決して政治のための力ではない。
 魔術師の力が悪用されない為にエシャールに魔術師ギルドを設け、魔術師の力が必要なときにギルドへ依頼をするという制度が確立されている。

 魔物に関わる以外の依頼は受け付けない。
 更に依頼内容は厳しく検分され、認められた依頼に対してのみ魔術師を派遣する。
 いかなる大国であろうと、魔術学院、魔術師ギルド、魔術師は国家の要求には応えない。
 例えそれがオルセレイド王国であっても一切干渉しない。
 力の強い魔術師であれば、その力は簡単に一国を滅ぼす兵器となりうる。
 それを恐れたヴォルドレーの遺志が、魔術学院の監視の下で今でも厳しく貫かれている。

 ただし、例外がある。
 例えば、戦争などで傷ついた民の治療であったり、疫病などが流行った場合であったり、自然災害などで被害にあった地を救済するためであったり。
 魔術師ギルドのギルドマスター、魔術学院の学院長及び全教授、更に彼らを庇護するオルセレイド国王により、魔術が必要であると認められたときにのみ、初めて魔術師の力が魔物の退治以外に用いられる。

 かつて、その例外が3回ほど認められたことがある。
 約800年前に発生した、火山の大噴火による被害。
 約500年前に大流行した、干ばつによる飢餓と疫病被害。
 約200年前に発生した、豪雨による大規模な川の氾濫被害。  
 各国からの要請で魔術師が派遣された数少ない事例だ。
 その万が一のときのために、決定権を持つ一人であるオルセレイド国王の承諾を得やすくするため、各国はこぞって同盟関係や姻戚関係を結ぼうとする。
 だが現在、その2名の妃を巡りオルセレイド王国の政治が揺れ動いていた。

 オルセレイド王国に姫たちが嫁いできたのは、王子が17歳の頃。
 セレナが15歳、ロージアが16歳。
 2名ともが美しい姫で、気立てもよい少女たちだった。
 政略結婚ではあったが、少女たちは容姿も性格も良い王に恋に落ち、王も両者供に愛しみ、2人ともに王子を成した。
 年が近いということもあり、2人の姫は最近までとても仲が良かった。
 しかし、王が即位をした頃からその関係は決裂した。
 王が即位をすれば、当然、王妃が必要となる。
 更にその王妃の子が、王の世継ぎとなる可能性が高い。

 どちらが王妃となるのか。
 その地位は未だ空席のまま。
 両名ともに大国の姫であるがゆえに、どちらか一方を王妃にとは簡単にできないのが現状だ。
 オルセレイドの王妃の座を巡って、臣下の間でもファーリヴァイア派とリヒテラン派に分かれて政権抗争へと発展する始末。
 また、姫たちの実家までがこの争いに乗り出し、大陸中の国々を巻き込む戦争の勃発寸前だった。
 緊張が高まる中、連日各国使節の嘆願や、臣下たちからの嘆願に振り回されて、ロイスラミアは肉体的にも精神的にも追い詰められていた。
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