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第2話 王国の運命
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「いい加減にしろ!!」
紛糾する会議室を一瞬にして黙らせたのは、他ならぬ国王アークレイだった。
し・・・んと静まり返った会議室。
宰相及び大臣たちの視線が、恐る恐ると上座にいたアークレイへ向けられた。
「おまえたちは一体何を考えているのだ!そのような馬鹿げた話をしている場合ではなかろう!」
「・・・・・・」
国王、宰相、大臣と国の中枢を担う者たちが集う会議。
本日の会議は、何よりもまず正妃の問題が取りあげられた。
というより、最近はその議題しか話されていない。
ああでもないこうでもない、と激しい議論に展開し収拾がつかず、もうすでに1刻ほどの時間が過ぎてしまっていた。
大宰相とシメオンはその議論に一切関わろうとしなかったが、話は聞いているようだった。 アークレイはうんざりしながらも臣下たちの議論を聞いていたのだが、次第に「王子を招いて正妃に」という話が多数派の意見になり始め、それにどんどん熱が入り始めてきたのだ。
さすがにアークレイも苛立ちはじめ声を荒げてしまった。
国王の一喝に会議室に気まずい沈黙が広がる。
長い沈黙を破ったのは、悠然と会議を見守っていた大宰相だった。
「しかし陛下。この話、無理な話ではないと存じます」
その朗々たる声に、その場にいた全員がはっとなった。
「大宰相までがそのようなことを言うのか?」
先々代の頃より王に仕えているという大宰相は、御年78歳。
12名いる宰相の中でも筆頭であり、王に次ぐ強い権力を持つのが大宰相だ。
普段、会議の場で積極的に意見を述べることはないが、会議が間違った方向に進みそうになったときはすかさず指摘し、鋭い視点で正しい方向へ戻す強い発言力がある宰相だ。
その大宰相は目を閉じたまま、長い顎髭をゆっくりと撫でていた。
「では陛下。この数ヶ月、陛下が即位されてから未だ解決していないこの問題を、陛下であればどのようにすれば良いとお考えでしょうか」
「それは・・・・・・」
「お妃様お二方のいずれかを正妃にすることは出来ませぬ。かと言って、他国より新たな姫を迎え正妃にすることも出来ない。大陸勢力図の均衡を崩しかねませんからな。しかし、このまま王妃不在というわけにも参りません」
大宰相のこの問いかけに、その場にいた全員が固唾を飲んでアークレイの答えを待っていた。
国王であるアークレイに対し、これほど強く言える者も大宰相くらいだろう。
「しかし・・・王子を妃としてなど・・・俺には現実的な策とは思えない。大体、その王子にも気の毒ではないか。我が国の政治問題に巻き込むような形になってしまう。それに、俺とて・・・その方にどう接してよいのかわからん・・・」
「確かに、陛下のおっしゃることも一理ございます。我々とて、人身御供であるかのようにお招きするつもりはございません。されど、そのお方やお国が、このような我が国の身勝手な話でも受け入れて下さるというのであれば、話は別だと思われますが」
「あの、恐れながら・・・宜しいでしょうか」
この話を最初に持ちかけてきた宰相ラステンが、おずおず・・・と挙手をした。
アークレイはそのラステンを横目で見やり、はあ・・・・・とため息をつく。
「・・・なんだ、申せ」
「は、はい。その・・・正妃様のことだけでなく、お世継ぎの問題もございます」
「・・・・・・・」
アークレイの眉がぴくりと揺れたが、言葉はなかった。
自分でも先延ばししているとわかっている。
出来ることなら直視したくない問題に触れられ、アークレイの眉間に険しい皺が寄る。
その表情に一瞬怯んだラステンだったが、ごくっと唾を嚥下させて言葉を続けた。
「陛下にはすでに王子がお2人いらっしゃいます。ロージア様の王子ナレオ様のほうが数ヶ月早くお生まれですが、例えばセレナ様が正妃となった場合は、セレナ様の王子ジェレス様に継承権が渡ります。わが国では正妃の御子がお世継ぎになると決まっておりますので」
「わかっておる・・・」
かつては第一王子が次代の王となるとされていたのだが、現在は正妃の子が王太子となると定められている。
数百年前、当時の正妃が己の子である第三王子を王太子にさせようと策略し、側室の子である第一王子と第二王子を暗殺するという事件が起こったためだ。
その事件をきっかけに、正妃の長子が王太子となる法が定められた。
だが今度は逆に、今回のように正妃の座を巡る問題が発生することになってしまったのだが。
いつの時代も、後宮問題や後継者問題は騒動の火種になりやすい。
「実際に王太子として認められるのは、成人となる18歳のときではございますが、正妃となれば己の子が王太子となるのは間違いない。それ故に、両国ともに姫を正妃にと必死になっておられるのです。王太子の生母となるわけですから。お世継ぎの問題にしましても、王子が姫のお子様である限り、将来的にも両国の争いが起こる可能性があります」
「つまり・・・どうすれば良いと言うのだ」
アークレイの鋭い視線を受けて、ラステンは表情を強張らせた。
「その・・・例えばでございますが・・・正妃として迎えられる王子に・・・その・・・・ナレオ様とジェレス様の親権をお渡しする・・・というのはいかがでしょうか」
ラステンの提案に会議室が大きくざわついた。
「親権?王子に親となり、子供の世話をさせるということか?」
「はい。王子様がたが成人となるまで母親代理となっていただくのです。王子様がたの教育を正妃となる王子にお任せしてはいかがでしょう。加えて・・・大変厳しいことを申し上げますが、お妃様がたは王子様がたが成人されるまで、母親としてお会いになることをお認めにならないほうがよいでしょう」
ラステンの言葉が終わるよりも前に、アークレイはガタッと椅子から立ち上がった。
「妃たちより王子を奪うというのか!?そのようなこと、認められるわけがないだろう!!」
アークレイの怒りの形相にラステンが「ひっ」と首をすくめた。
居並ぶ宰相や大臣たちの間にも緊張が走る。
「しかし陛下。それは良案だと思います」
まるで涼風が吹き込んだ静かな声に、涼むどころか部屋は凍ってしまた。
「シメオン!!」
先ほどから会議の記録を書き綴るだけで、一切言葉を発していなかったシメオンが、上座に座るアークレイへとゆっくり視線を移した。
怒りのままに姓ではなく名を口にしてしまったアークレイだが、それを咎める者はどこにもいない。
「陛下、よくお考えください。オルセレイド王国という我が国の特質を」
「なに!?」
「『魔術王国』と呼ばれる我が国が孕む危険性を、誰よりもご理解されているのは陛下ご自身ではございませんか?『政に関わるべからず』という、ヴォルドレー大魔術師の遺志を貫く魔術師ではございますが、もし万が一ですが、国王陛下より強い圧力があった場合、一体その信念はどこまで持ち堪えることができるのでしょうか」
シメオンが淡々と語り始めた話の内容に、他の臣下たちは戸惑いの表情を浮かべたり、顔を見合わせたりと動揺が広がり始める。
「王国と魔術師の関係は、魔術学院設立の際に定められた法に基づいて結ばれているものです。しかしながら、国王が魔術学院の了承を得ずに独断で法を変えたら?その国王が、例えば、列強国と呼ばれる大国と姻戚関係があったとしたら?彼等魔術師たちの力が簡単に兵器として使われてしまいますよ。まあ、実際のところ、彼らが協力するかはわかりませんが。魔術には狂信的なまでに興味を示す彼らも、世間一般には全くといっていいほど興味がありませんから」
「魔術に熱中するあまり、今がシリティア歴何年なのか知らない魔術師もいるくらいです」とシメオンは呆れたように肩をすくめた。
「陛下のお妃様がたは、お二人ともに大陸で4強と呼ばれる大国の姫です。このままどちらの姫が正妃になられたとしても、そのお子様は間違いなく次の国王を継承されます。そして、その祖父はどなたでしょうか?そうです。大陸中にその威光を轟かす列強国と言われる国の国王陛下です」
誰にも言葉を挟ませないほど矢継ぎ早に、それでいて淡々とシメンオンはアークレイを見据えて言葉を紡ぐ。
「世継ぎとなる王子様たちが大国の血を受け継いでいる・・・非常に危ういことなのです。その影響を少しでも無くすために、王子様たちとお妃様がたとの関係を断ち切るのが最善かと存じます」
「しかし・・・しかし、彼女たちから母親としての権利を奪うなど・・・俺には到底出来ない」
「『母親』であること。その情こそが一番争いの火種となるのです、陛下。過去、どれほどの国がそれで戦乱に巻き込まれているかご存知でございましょう?我が国とて例外ではございません」
「だがそれは・・・・・・」
「一方が奪われるわけではございませんから、まだ余地はあると思います」
姫たちのことを思って悩んでいるのだろう、アークレイの表情が苦悶で歪んでいた。
アークレイが妃と子供たちをどれほど大切に想っているか、それを知っているからこそ、その場にいる者たちはアークレイの心痛が理解できた。
それを理解してもなお、シメオンは更に追い討ちをかける言葉を繋いだ。
「王子様たちが物心つかれる前に、お妃様がたから離したほうがよいでしょう。4つか5つくらいで」
「そんな幼い頃から!?」
「早すぎではないのか!?」
さすがにそれには、宰相たちの間からも驚きの声があがる。
「もちろんのこと、これが現実となるのであれば今すぐにというわけには参りません。法の整備も必要かと思いますし、お妃様やお妃様の父王たちからも了承をいただく必要があります。かなり難航するかと思われます」
難航どころか、反発されるのは目に見えている。
しかしこれが、事態を収拾させる最後の切り札とも言えるため、何としても理解を得なくてはならないだろう。
「まずは、候補となっている各国にこの話をお伝えして、婚姻を了承いただく国を探す必要がございます。平行して、各国への調整と国内の法整備・・・・実現するには1年近くはかかるかと」
シメオンは宰相と大臣たちをぐるりと見回して、最後にアークレイを見遣った。
「まず何よりも必要なのは・・・・ロイスラミア国王陛下、貴方様のご決断なのです」
「・・・・・・俺は・・・・・・」
「陛下、時間はあまりございません。この国の正妃の問題が、今や大陸中の戦争の火種となりかけているのです。いつ、どこで、それが現実となるかはわかりませんが、それは遠い日のことではないでしょう。国を想うのであれば、民を想うのであれば、何が最善か・・・聡明な国王陛下であればおわかりであると私は存じております」
「・・・・・・・・」
アークレイは一瞬ギュッと目を閉じた。
「わかっている・・・わかっているが・・・・・・」
そのまま椅子へ崩れ落ちるように座り込み、アークレイは天井を見上げた。
「俺はそれを認めたくないのだ・・・」
「陛下」
アークレイの複雑な心中を思い、今まで表情を変えなかったシメオンも、僅かに眉をひそめて目を伏せた。
「今更ながら・・・恐ろしい国だな、我がオルセレイドという国は・・・・・・」
絞り出すようなアークレイの声に、宰相や大臣たち、居並ぶ面々も同じ思いを抱いたようだ。
苦渋の表情が全員に表れていた。
皆がアークレイの言葉を待つ中、長い長い沈黙だけが広がっていた。
それからどれほどの時間が経っただろう。
ようやくアークレイが言葉を発したのは、半刻が過ぎたころだった。
姿勢は変えず、いまだ天井を見たまま、ゆっくりと重い口を開いた。
「俺次第・・・・・・か。・・・・・・ラステン」
「はっ、はいっ!」
突然名を呼ばれ、ラステンは勢いよく椅子から立ち上がり直立不動の姿勢をとる。
また怒られるのかと思っているのか、その顔は青ざめていた。
「・・・・・・候補に挙がっている国へ遣いを出せ」
「・・・は、はい?」
視線を戻したアークレイは緩慢な動作で椅子に深く座り直すと、穏やかな視線で臣下たちを見渡した。
「王子を・・・正妃に迎える」
「陛下!」
全員の顔に今日初めての笑みが浮かんだ。
いや、ここ数ヶ月ぶりかもしれないという笑みだ。
「ただ王妃になれと一方的に伝えるのではない。そうせざるを得ない、我が国の内情を十分に理解いただいたうえで、丁重にお願いしろ」
「・・・は、はい!」
「他の者たちも関係各所へ知らせを出せ。法務宰相及び司法大臣はすぐに法の整備のために官吏たちを集めて法案を作れ」
「はっ!!」
アークレイの言葉に宰相、大臣たちが一斉に会議室を出て行く。
沈んでいた会議場が一気に活気に満ちた瞬間だった。
半刻後、会議室に唯一残ったシメオンは、アークレイの側に行き安堵の笑みを浮べる。
「ご英断でした、陛下」
「・・・俺をいじめるのはよしてくれ、シメオン」
深い息を吐き出し、アークレイは苦笑し肩をすくめた。
「おや、いじめるだなんて人聞きが悪いですよ、陛下。私は貴方様の後押しをしただけです」
「それがいじめだと言うのだ・・・しかし、このような話を受け入れてくれる国が本当にあるのか?」
「さあ・・・私にはわかりかねます。受け入れてくださる国が現れることを信じるだけです」
「・・・そうだな」
行き先が定まらず閉塞感で満ちていた問題が、ようやく解決に向けて階段を一歩踏み出した。
問題はまだまだ山積しているが、今日のこの日の出来事が、きっとオルセレイド王国の運命を決めることだろう。
シメオンは光指す窓に視線を向け、そう確信していた。
紛糾する会議室を一瞬にして黙らせたのは、他ならぬ国王アークレイだった。
し・・・んと静まり返った会議室。
宰相及び大臣たちの視線が、恐る恐ると上座にいたアークレイへ向けられた。
「おまえたちは一体何を考えているのだ!そのような馬鹿げた話をしている場合ではなかろう!」
「・・・・・・」
国王、宰相、大臣と国の中枢を担う者たちが集う会議。
本日の会議は、何よりもまず正妃の問題が取りあげられた。
というより、最近はその議題しか話されていない。
ああでもないこうでもない、と激しい議論に展開し収拾がつかず、もうすでに1刻ほどの時間が過ぎてしまっていた。
大宰相とシメオンはその議論に一切関わろうとしなかったが、話は聞いているようだった。 アークレイはうんざりしながらも臣下たちの議論を聞いていたのだが、次第に「王子を招いて正妃に」という話が多数派の意見になり始め、それにどんどん熱が入り始めてきたのだ。
さすがにアークレイも苛立ちはじめ声を荒げてしまった。
国王の一喝に会議室に気まずい沈黙が広がる。
長い沈黙を破ったのは、悠然と会議を見守っていた大宰相だった。
「しかし陛下。この話、無理な話ではないと存じます」
その朗々たる声に、その場にいた全員がはっとなった。
「大宰相までがそのようなことを言うのか?」
先々代の頃より王に仕えているという大宰相は、御年78歳。
12名いる宰相の中でも筆頭であり、王に次ぐ強い権力を持つのが大宰相だ。
普段、会議の場で積極的に意見を述べることはないが、会議が間違った方向に進みそうになったときはすかさず指摘し、鋭い視点で正しい方向へ戻す強い発言力がある宰相だ。
その大宰相は目を閉じたまま、長い顎髭をゆっくりと撫でていた。
「では陛下。この数ヶ月、陛下が即位されてから未だ解決していないこの問題を、陛下であればどのようにすれば良いとお考えでしょうか」
「それは・・・・・・」
「お妃様お二方のいずれかを正妃にすることは出来ませぬ。かと言って、他国より新たな姫を迎え正妃にすることも出来ない。大陸勢力図の均衡を崩しかねませんからな。しかし、このまま王妃不在というわけにも参りません」
大宰相のこの問いかけに、その場にいた全員が固唾を飲んでアークレイの答えを待っていた。
国王であるアークレイに対し、これほど強く言える者も大宰相くらいだろう。
「しかし・・・王子を妃としてなど・・・俺には現実的な策とは思えない。大体、その王子にも気の毒ではないか。我が国の政治問題に巻き込むような形になってしまう。それに、俺とて・・・その方にどう接してよいのかわからん・・・」
「確かに、陛下のおっしゃることも一理ございます。我々とて、人身御供であるかのようにお招きするつもりはございません。されど、そのお方やお国が、このような我が国の身勝手な話でも受け入れて下さるというのであれば、話は別だと思われますが」
「あの、恐れながら・・・宜しいでしょうか」
この話を最初に持ちかけてきた宰相ラステンが、おずおず・・・と挙手をした。
アークレイはそのラステンを横目で見やり、はあ・・・・・とため息をつく。
「・・・なんだ、申せ」
「は、はい。その・・・正妃様のことだけでなく、お世継ぎの問題もございます」
「・・・・・・・」
アークレイの眉がぴくりと揺れたが、言葉はなかった。
自分でも先延ばししているとわかっている。
出来ることなら直視したくない問題に触れられ、アークレイの眉間に険しい皺が寄る。
その表情に一瞬怯んだラステンだったが、ごくっと唾を嚥下させて言葉を続けた。
「陛下にはすでに王子がお2人いらっしゃいます。ロージア様の王子ナレオ様のほうが数ヶ月早くお生まれですが、例えばセレナ様が正妃となった場合は、セレナ様の王子ジェレス様に継承権が渡ります。わが国では正妃の御子がお世継ぎになると決まっておりますので」
「わかっておる・・・」
かつては第一王子が次代の王となるとされていたのだが、現在は正妃の子が王太子となると定められている。
数百年前、当時の正妃が己の子である第三王子を王太子にさせようと策略し、側室の子である第一王子と第二王子を暗殺するという事件が起こったためだ。
その事件をきっかけに、正妃の長子が王太子となる法が定められた。
だが今度は逆に、今回のように正妃の座を巡る問題が発生することになってしまったのだが。
いつの時代も、後宮問題や後継者問題は騒動の火種になりやすい。
「実際に王太子として認められるのは、成人となる18歳のときではございますが、正妃となれば己の子が王太子となるのは間違いない。それ故に、両国ともに姫を正妃にと必死になっておられるのです。王太子の生母となるわけですから。お世継ぎの問題にしましても、王子が姫のお子様である限り、将来的にも両国の争いが起こる可能性があります」
「つまり・・・どうすれば良いと言うのだ」
アークレイの鋭い視線を受けて、ラステンは表情を強張らせた。
「その・・・例えばでございますが・・・正妃として迎えられる王子に・・・その・・・・ナレオ様とジェレス様の親権をお渡しする・・・というのはいかがでしょうか」
ラステンの提案に会議室が大きくざわついた。
「親権?王子に親となり、子供の世話をさせるということか?」
「はい。王子様がたが成人となるまで母親代理となっていただくのです。王子様がたの教育を正妃となる王子にお任せしてはいかがでしょう。加えて・・・大変厳しいことを申し上げますが、お妃様がたは王子様がたが成人されるまで、母親としてお会いになることをお認めにならないほうがよいでしょう」
ラステンの言葉が終わるよりも前に、アークレイはガタッと椅子から立ち上がった。
「妃たちより王子を奪うというのか!?そのようなこと、認められるわけがないだろう!!」
アークレイの怒りの形相にラステンが「ひっ」と首をすくめた。
居並ぶ宰相や大臣たちの間にも緊張が走る。
「しかし陛下。それは良案だと思います」
まるで涼風が吹き込んだ静かな声に、涼むどころか部屋は凍ってしまた。
「シメオン!!」
先ほどから会議の記録を書き綴るだけで、一切言葉を発していなかったシメオンが、上座に座るアークレイへとゆっくり視線を移した。
怒りのままに姓ではなく名を口にしてしまったアークレイだが、それを咎める者はどこにもいない。
「陛下、よくお考えください。オルセレイド王国という我が国の特質を」
「なに!?」
「『魔術王国』と呼ばれる我が国が孕む危険性を、誰よりもご理解されているのは陛下ご自身ではございませんか?『政に関わるべからず』という、ヴォルドレー大魔術師の遺志を貫く魔術師ではございますが、もし万が一ですが、国王陛下より強い圧力があった場合、一体その信念はどこまで持ち堪えることができるのでしょうか」
シメオンが淡々と語り始めた話の内容に、他の臣下たちは戸惑いの表情を浮かべたり、顔を見合わせたりと動揺が広がり始める。
「王国と魔術師の関係は、魔術学院設立の際に定められた法に基づいて結ばれているものです。しかしながら、国王が魔術学院の了承を得ずに独断で法を変えたら?その国王が、例えば、列強国と呼ばれる大国と姻戚関係があったとしたら?彼等魔術師たちの力が簡単に兵器として使われてしまいますよ。まあ、実際のところ、彼らが協力するかはわかりませんが。魔術には狂信的なまでに興味を示す彼らも、世間一般には全くといっていいほど興味がありませんから」
「魔術に熱中するあまり、今がシリティア歴何年なのか知らない魔術師もいるくらいです」とシメオンは呆れたように肩をすくめた。
「陛下のお妃様がたは、お二人ともに大陸で4強と呼ばれる大国の姫です。このままどちらの姫が正妃になられたとしても、そのお子様は間違いなく次の国王を継承されます。そして、その祖父はどなたでしょうか?そうです。大陸中にその威光を轟かす列強国と言われる国の国王陛下です」
誰にも言葉を挟ませないほど矢継ぎ早に、それでいて淡々とシメンオンはアークレイを見据えて言葉を紡ぐ。
「世継ぎとなる王子様たちが大国の血を受け継いでいる・・・非常に危ういことなのです。その影響を少しでも無くすために、王子様たちとお妃様がたとの関係を断ち切るのが最善かと存じます」
「しかし・・・しかし、彼女たちから母親としての権利を奪うなど・・・俺には到底出来ない」
「『母親』であること。その情こそが一番争いの火種となるのです、陛下。過去、どれほどの国がそれで戦乱に巻き込まれているかご存知でございましょう?我が国とて例外ではございません」
「だがそれは・・・・・・」
「一方が奪われるわけではございませんから、まだ余地はあると思います」
姫たちのことを思って悩んでいるのだろう、アークレイの表情が苦悶で歪んでいた。
アークレイが妃と子供たちをどれほど大切に想っているか、それを知っているからこそ、その場にいる者たちはアークレイの心痛が理解できた。
それを理解してもなお、シメオンは更に追い討ちをかける言葉を繋いだ。
「王子様たちが物心つかれる前に、お妃様がたから離したほうがよいでしょう。4つか5つくらいで」
「そんな幼い頃から!?」
「早すぎではないのか!?」
さすがにそれには、宰相たちの間からも驚きの声があがる。
「もちろんのこと、これが現実となるのであれば今すぐにというわけには参りません。法の整備も必要かと思いますし、お妃様やお妃様の父王たちからも了承をいただく必要があります。かなり難航するかと思われます」
難航どころか、反発されるのは目に見えている。
しかしこれが、事態を収拾させる最後の切り札とも言えるため、何としても理解を得なくてはならないだろう。
「まずは、候補となっている各国にこの話をお伝えして、婚姻を了承いただく国を探す必要がございます。平行して、各国への調整と国内の法整備・・・・実現するには1年近くはかかるかと」
シメオンは宰相と大臣たちをぐるりと見回して、最後にアークレイを見遣った。
「まず何よりも必要なのは・・・・ロイスラミア国王陛下、貴方様のご決断なのです」
「・・・・・・俺は・・・・・・」
「陛下、時間はあまりございません。この国の正妃の問題が、今や大陸中の戦争の火種となりかけているのです。いつ、どこで、それが現実となるかはわかりませんが、それは遠い日のことではないでしょう。国を想うのであれば、民を想うのであれば、何が最善か・・・聡明な国王陛下であればおわかりであると私は存じております」
「・・・・・・・・」
アークレイは一瞬ギュッと目を閉じた。
「わかっている・・・わかっているが・・・・・・」
そのまま椅子へ崩れ落ちるように座り込み、アークレイは天井を見上げた。
「俺はそれを認めたくないのだ・・・」
「陛下」
アークレイの複雑な心中を思い、今まで表情を変えなかったシメオンも、僅かに眉をひそめて目を伏せた。
「今更ながら・・・恐ろしい国だな、我がオルセレイドという国は・・・・・・」
絞り出すようなアークレイの声に、宰相や大臣たち、居並ぶ面々も同じ思いを抱いたようだ。
苦渋の表情が全員に表れていた。
皆がアークレイの言葉を待つ中、長い長い沈黙だけが広がっていた。
それからどれほどの時間が経っただろう。
ようやくアークレイが言葉を発したのは、半刻が過ぎたころだった。
姿勢は変えず、いまだ天井を見たまま、ゆっくりと重い口を開いた。
「俺次第・・・・・・か。・・・・・・ラステン」
「はっ、はいっ!」
突然名を呼ばれ、ラステンは勢いよく椅子から立ち上がり直立不動の姿勢をとる。
また怒られるのかと思っているのか、その顔は青ざめていた。
「・・・・・・候補に挙がっている国へ遣いを出せ」
「・・・は、はい?」
視線を戻したアークレイは緩慢な動作で椅子に深く座り直すと、穏やかな視線で臣下たちを見渡した。
「王子を・・・正妃に迎える」
「陛下!」
全員の顔に今日初めての笑みが浮かんだ。
いや、ここ数ヶ月ぶりかもしれないという笑みだ。
「ただ王妃になれと一方的に伝えるのではない。そうせざるを得ない、我が国の内情を十分に理解いただいたうえで、丁重にお願いしろ」
「・・・は、はい!」
「他の者たちも関係各所へ知らせを出せ。法務宰相及び司法大臣はすぐに法の整備のために官吏たちを集めて法案を作れ」
「はっ!!」
アークレイの言葉に宰相、大臣たちが一斉に会議室を出て行く。
沈んでいた会議場が一気に活気に満ちた瞬間だった。
半刻後、会議室に唯一残ったシメオンは、アークレイの側に行き安堵の笑みを浮べる。
「ご英断でした、陛下」
「・・・俺をいじめるのはよしてくれ、シメオン」
深い息を吐き出し、アークレイは苦笑し肩をすくめた。
「おや、いじめるだなんて人聞きが悪いですよ、陛下。私は貴方様の後押しをしただけです」
「それがいじめだと言うのだ・・・しかし、このような話を受け入れてくれる国が本当にあるのか?」
「さあ・・・私にはわかりかねます。受け入れてくださる国が現れることを信じるだけです」
「・・・そうだな」
行き先が定まらず閉塞感で満ちていた問題が、ようやく解決に向けて階段を一歩踏み出した。
問題はまだまだ山積しているが、今日のこの日の出来事が、きっとオルセレイド王国の運命を決めることだろう。
シメオンは光指す窓に視線を向け、そう確信していた。
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