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第23話 過去からの脱却
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「は!?」
アークレイの口から出た声は、甲高く裏返っていた。
国王としてはあるまじき間抜けな声ではあったが、今はそのようなことはどうでもよかった。
あんぐりと口も目も開いたまま、真剣な表情で見上げてくるシルフィアをただただ凝視するだけだ。
「・・・・・・シルフィア、本気か!?」
「はい。ウォーレン様のご提案を受けさせていただきます」
目の端で、ウォーレンが嬉しそうに指を鳴らしたのを見て、アークレイは心の中で舌打ちをした。
「しかし!」
剣を持つことが怖いと言っていたはずだ。
たとえそれが木製の剣だとしても、剣を振るうこと自体が怖いのだというのであれば、木製でも真剣でも変わらないはず。
どのような意図があるかわからないが、ウォーレンの茶番とも思える申し出をシルフィアが受ける必要などない。
「貴方は言ってたじゃないか。剣を持つことは怖いと」
「はい・・・・・・おっしゃるとおり、正直申し上げますと、剣を持つことはまだ怖いです。私は人を傷つけたくはありません」
両の手のひらを組み、ぎゅっとそれを強く握りしめる。
だが、その手は微かに震えていた。
「それであれば・・・・・」
アークレイはその握り締められたシルフィアの白い手を、己の両手で覆うように重ねた。
「良いではないか、シルフィアが無理に剣を握らずとも」
シルフィアはアークレイを見上げ、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべる。
「いいえ・・・・・・それでは駄目なのだとわかりました」
「え?」
「先ほど、私を護るとおっしゃってくださったこと、とても嬉しかったです。お気遣いありがとうございます」
「いや、気遣いなどではなく、俺は本当に貴方を護りたいと思ったのだ」
だが、シルフィアはふっと微笑むと、ゆっくりと首を横に振った。
「ありがとうございます。ですが、やはり護られているだけでは駄目なのだと思います」
「なにが駄目なのだ?」
「私は・・・女性ではありません。男です」
アークレイを見上げてきっぱりと言ったシルフィアの瞳は、何かに突き動かされたような強いものだった。
「それはわかっている。俺はべつに貴方を女性扱いしているわけではない」
確かに容姿は女性と見紛うばかりの美貌だ。
シルフィアの性別を知らなければ、誰もが女性だと間違えるだろう。
穏やかで柔らかい雰囲気を纏うシルフィアは、華奢で身体の線も細く、どこか儚げで庇護欲を感じさせるものだ。
だが、それだけではないことを、アークレイも十分にわかっている。
見た目とは違って芯が強く、自己の意思をしっかりと持ったシルフィアは、誰かに護られなくても自分の足で立てるということも。
女性扱いされることを好んでいないことも知っている。
か弱き女性に対するような、そのようなつもりで『護る』と言ったわけではない。
その点について、シルフィアに誤解されたくはなかった。
「いいえ、そうではございません。これは私の問題。私自身が弱いだけなのです」
「え?」
「陛下をはじめ騎士の皆様が、日々身体を鍛え、技術を磨かれている一方で、私は剣が苦手だから、人を傷つけるのが怖いからという理由で、剣を握ろうともしない・・・・・・情けないことだと思います」
「いや、そのようなことはない。貴方がそのように思われる必要はない。貴方には事情があってのことではないか」
だが、シルフィアは再び首を横に振って目を伏せた。
「過去に私は人を傷つけました。それがきっかけとなり、剣を恐れるようになったことは間違いございません。ですが、過去に囚われているのは、結局のところ、自分の心が弱いからなのです。自分が傷つくのが怖いだけなのです。このままでは、私は自分自身を護ることさえ出来ません」
「しかし・・・・・・」
「私は男ですが、皆様と比べれば体格も体力も劣りますし、力もございません。ですが、だからといって、誰かに護られるだけの存在になっては駄目だと思うのです」
「・・・・・・」
「剣を握ったことがないのであれば、それも良いとは思います。護られることは恥ではないでしょう。しかしながら、私は幼き頃より剣を学びました。私には護るための術があるのです」
真剣な表情でアークレイに訴えるシルフィアの言葉は、自分自身をも奮い立たせようとする力強いものだった。
「戦うことを放棄して誰かに護られること、それは、私に剣を教えてくださった師匠も望まれてはいないと思います」
碧玉の瞳をまっすぐアークレイに向けたシルフィアは、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「剣を再び握りたい。皆様のお姿を見てそう思いました」
「だが・・・・・・」
「いいじゃないか、アークレイ。殿下がやりたいとおしゃっているのだから、やらしてさしあげろよ」
重い雰囲気をぶち壊すような、ウォーレンの明るい能天気な声に、アークレイはギロリと睨みつけた。
「ウォーレン、貴様・・・・・・」
「おいおい、国王ともあろうお方がそんな感情むき出しで睨むなよ。冷静にな、冷静に」
「冷静になどなれるか!」
「まあ落ち着けって。殿下もおまえが真剣に弓を引く姿を見て、何かを感じられたのではないかな?そうですよね、殿下」
にっと笑ったウォーレンの問いかけに、シルフィアも笑みを浮かべて頷いた。
「俺を?」
「はい」
「しかし」
「お願いでございます、陛下。これを乗り越えれば、過去に立ち止まっていた私が、一歩踏み出せるような気がするのです」
「・・・・・・・」
真剣な表情で訴えてくるシルフィアの思いが、痛いほどに伝わってくる。
素直にそれを受け入れることは難しいが、シルフィアの願いを阻む権利など自分にはなかった。
「・・・・・・わかった」
深いため息とともに言葉を吐き出せば、硬かったシルフィアの表情がほっと安堵の笑みを浮かべる。
「陛下・・・・・・ありがとうございます」
「ああ。ただし、無理はするな」
「はい。ありがとうございます」
「それと・・・・・・わかっているだろうな」
それはウォーレンに対するものだ。
ぎろっと横目で睨めば、ウォーレンは軽く肩を竦めて笑う。
「わかってるって。殿下に怪我をさせるな、でしょう?でも、手加減なんてしたら殿下に失礼ですし。ねえ?」
同意を求めるように顔を向けたウォーレンに対し、シルフィアはこくりと頷き返す。
「手加減など必要ございません。私もウォーレン様と真剣にお相手させていただきます」
「お?それはそれは楽しみです。殿下も手加減なしで相手してくださるのですね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。では、剣闘場に行きましょうか」
「はい」
意気揚々と歩きだしたウォーレンの後を、シルフィアは小走りで付いていく。
まだ少し緊張はしているものの、強い意思を覆すつもりはないのだろう。
まっすぐに前を見据える視線の先には、今まさに越えようとする高い頂があるかのようだ。
だが一方で、アークレイの胸の内は未だ複雑だった。
自分の何がその背を押したのかはわからないが、本当にこれでよかったのだろうかと。
シルフィアの覚悟は理解できる。
克服できれば良いのかもしれないが、もし出来なかったらどうなるのか。
「失礼。アークレイと後から追い付きますので、殿下は先にフェレイド団長とどうぞ」
「え?あ、はい」
地面をじっと見下して歩いていたアークレイは、横に気配を感じて顔を上げる。
その途端、ガシッと肩に力が乗った。
「な、なんだ?」
アークレイの肩に腕を回していたのはウォーレンだ。
「おい、そんな暗い顔をするな」
「なっ・・・俺は、別に・・・・・・」
「してるだろ?未だ納得していないという顔をしているぞ。せっかく殿下がやる気があるというのだから、温かく見守ってやれよ」
「・・・・・・」
剣闘場へ向かうため、シルフィアは騎士団総団長とオーガスティンに導かれ、少し先を歩いていた。
こちらの会話が届く距離ではない。
アークレイの背後に付く4人の宮殿騎士たちは、ウォーレンがこんなふうに絡んでくることには慣れている。
それに例え二人の会話が聞こえたとしても、騎士たちは聞こえないふりをするだろうし、他言も決してしないだろう。
宮殿騎士に選ばれる騎士というのはそういう者たちだ。
「だいたいどういうつもりだ。シルフィアと剣を交わしたいなど。最初からそれが目的で演習に誘ったのか?」
「まあ、思いつきだな」
「思いつきだと?」
アークレイの神経を逆なでする軽い口調で言われ、覗き込んでくるウォーレンをギリッと睨みつける。
「国政に興味があるようだから、騎士団のことも知りたいだろうと思ったのは本当さ。剣も扱われると聞けば、お誘いしない手はないだろう?あわよくば手合わせをして、どれほどの実力か拝見できればと思いついたわけだ」
「だからといって・・・」
「いいじゃないか。殿下の望みなのだから」
「・・・・・・俺とて、シルフィアの想いを無碍にしようとは思わない。本人が望むことならば叶えてやりたいとは思う。だが・・・・・・」
「・・・・・・怖いのか?」
「なに?」
「おまえが怖いのだろう?」
「なっ・・・・・・・」
ウォーレンはそんなアークレイの動揺など見透かすかのように笑い返してきた。
「おまえは殿下をどうしたいんだ?」
「・・・・・・どういう意味だ」
「おまえが殿下を護りたい、大切にしたいと思う気持ちは理解できる。だが、それを殿下に押し付ける気か?」
「俺は押し付けてなど・・・!」
「先ほど殿下もおっしゃったじゃないか。殿下は女性ではない。男性だ」
「わかっている。俺はシルフィアを女性扱いなどしていない」
ウォーレンにまでそのように見られていたのは心外で、ぎっときつく睨む。
「だったら、殿下の希望を気持ち良く応えてやればいいじゃないか。そして、戦い終わった殿下を、おまえは優しく迎えてやればいい」
「・・・・・・」
「殿下はあのような容姿だが、紛れもなく男性だ。自立心はあるし、自尊心だってあるだろう。誰かに頼らなくても、ご自分で考えて行動できる方だ。我がままというわけではないんだ。あの方だって王族なのだから、どこまでが許されてどこまでが許されないか、聡い方だから十分理解されているはずだろう?」
「それは・・・・・・」
「そんな殿下が自分の弱さを認め、それを克服したいと、勇気を持って前へ踏み出そうとしているんだ。それを応援してやることが、いずれ伴侶となるおまえがやるべきことなんじゃないか?」
ウォーレンの言うことは正論で、アークレイは言い返すことも出来ず、唇を噛み締めてうつむいた。
この男は、普段ふざけているくせに、時としてこんなふうに真っ当な意見で諭してくる。
あり難いと思うときもあるが、今のアークレイにとってはあまりあり難いことではない。
だが、やはりウォーレンの言うことは正しいのだ。
自分の想いだけで、シルフィアの望みを断たせることは欺瞞にすぎない。
「・・・・・・わかった。確かにおまえの言うことは尤もだ。俺とて心の狭い男になりたくないからな」
「ま、わかってくれればいいんだよ」
だがその前に、アークレイにはわからないことがひとつあった。
シルフィアがウォーレンの申し出を受けるきっかけとなった理由が、アークレイにあるということだ。
「いったい俺の何が、シルフィアの背中を後押ししたのだ?」
どうやら弓を引いたことがその一因のようだ、ということはわかったが。
真剣に悩むアークレイに、ウォーレンはくっと噴出して笑った。
「はっはっはっ!!昔から天然だとは思っていたが、やはりおまえは天然だな!!」
「はあ!?」
「いい男ってのは、ほんと罪作りだよなあ!」
「わけのわからないことを言うな。どういうことか説明しろ」
「そりゃあれだ。『アークレイ様、格好いい!なんてご立派なのでしょう!私も陛下のお側に立てるようになりたい!』って思ったんじゃないか?」
「・・・・・・」
先ほどまでの真面目な口調から一転、ウォーレンの軽くふざけた言い方に、アークレイは米神を指で押さえて眉をひそめた。
「いい加減にしろ。シルフィアを侮辱するな」
「べつに侮辱なんてしてないさ。だが、当たらずも遠からずだと俺は思うが?」
「ふざけるな。もういい、さっさと行くぞ。おまえがシルフィアに負ける様を、この目でしかと見届けてやる!」
「おいおい、俺が殿下に負けるとでも思ってるのか?」
むっと顔をしかめたウォーレンにふんと鼻で笑って返し、アークレイは前を行くシルフィアの背を追った。
ウォーレンは知らない。
シルフィアの剣の師匠が、ディヴェルカ=イングラムだということを。
『応援してやることが、おまえがやるべきことなんじゃないか』
ウォーレンに言われた言葉が甦る。
複雑な思いが心の中で交錯し、アークレイは瞼を閉じて、ぎゅっと右手を握りしめた。
アークレイの口から出た声は、甲高く裏返っていた。
国王としてはあるまじき間抜けな声ではあったが、今はそのようなことはどうでもよかった。
あんぐりと口も目も開いたまま、真剣な表情で見上げてくるシルフィアをただただ凝視するだけだ。
「・・・・・・シルフィア、本気か!?」
「はい。ウォーレン様のご提案を受けさせていただきます」
目の端で、ウォーレンが嬉しそうに指を鳴らしたのを見て、アークレイは心の中で舌打ちをした。
「しかし!」
剣を持つことが怖いと言っていたはずだ。
たとえそれが木製の剣だとしても、剣を振るうこと自体が怖いのだというのであれば、木製でも真剣でも変わらないはず。
どのような意図があるかわからないが、ウォーレンの茶番とも思える申し出をシルフィアが受ける必要などない。
「貴方は言ってたじゃないか。剣を持つことは怖いと」
「はい・・・・・・おっしゃるとおり、正直申し上げますと、剣を持つことはまだ怖いです。私は人を傷つけたくはありません」
両の手のひらを組み、ぎゅっとそれを強く握りしめる。
だが、その手は微かに震えていた。
「それであれば・・・・・」
アークレイはその握り締められたシルフィアの白い手を、己の両手で覆うように重ねた。
「良いではないか、シルフィアが無理に剣を握らずとも」
シルフィアはアークレイを見上げ、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべる。
「いいえ・・・・・・それでは駄目なのだとわかりました」
「え?」
「先ほど、私を護るとおっしゃってくださったこと、とても嬉しかったです。お気遣いありがとうございます」
「いや、気遣いなどではなく、俺は本当に貴方を護りたいと思ったのだ」
だが、シルフィアはふっと微笑むと、ゆっくりと首を横に振った。
「ありがとうございます。ですが、やはり護られているだけでは駄目なのだと思います」
「なにが駄目なのだ?」
「私は・・・女性ではありません。男です」
アークレイを見上げてきっぱりと言ったシルフィアの瞳は、何かに突き動かされたような強いものだった。
「それはわかっている。俺はべつに貴方を女性扱いしているわけではない」
確かに容姿は女性と見紛うばかりの美貌だ。
シルフィアの性別を知らなければ、誰もが女性だと間違えるだろう。
穏やかで柔らかい雰囲気を纏うシルフィアは、華奢で身体の線も細く、どこか儚げで庇護欲を感じさせるものだ。
だが、それだけではないことを、アークレイも十分にわかっている。
見た目とは違って芯が強く、自己の意思をしっかりと持ったシルフィアは、誰かに護られなくても自分の足で立てるということも。
女性扱いされることを好んでいないことも知っている。
か弱き女性に対するような、そのようなつもりで『護る』と言ったわけではない。
その点について、シルフィアに誤解されたくはなかった。
「いいえ、そうではございません。これは私の問題。私自身が弱いだけなのです」
「え?」
「陛下をはじめ騎士の皆様が、日々身体を鍛え、技術を磨かれている一方で、私は剣が苦手だから、人を傷つけるのが怖いからという理由で、剣を握ろうともしない・・・・・・情けないことだと思います」
「いや、そのようなことはない。貴方がそのように思われる必要はない。貴方には事情があってのことではないか」
だが、シルフィアは再び首を横に振って目を伏せた。
「過去に私は人を傷つけました。それがきっかけとなり、剣を恐れるようになったことは間違いございません。ですが、過去に囚われているのは、結局のところ、自分の心が弱いからなのです。自分が傷つくのが怖いだけなのです。このままでは、私は自分自身を護ることさえ出来ません」
「しかし・・・・・・」
「私は男ですが、皆様と比べれば体格も体力も劣りますし、力もございません。ですが、だからといって、誰かに護られるだけの存在になっては駄目だと思うのです」
「・・・・・・」
「剣を握ったことがないのであれば、それも良いとは思います。護られることは恥ではないでしょう。しかしながら、私は幼き頃より剣を学びました。私には護るための術があるのです」
真剣な表情でアークレイに訴えるシルフィアの言葉は、自分自身をも奮い立たせようとする力強いものだった。
「戦うことを放棄して誰かに護られること、それは、私に剣を教えてくださった師匠も望まれてはいないと思います」
碧玉の瞳をまっすぐアークレイに向けたシルフィアは、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「剣を再び握りたい。皆様のお姿を見てそう思いました」
「だが・・・・・・」
「いいじゃないか、アークレイ。殿下がやりたいとおしゃっているのだから、やらしてさしあげろよ」
重い雰囲気をぶち壊すような、ウォーレンの明るい能天気な声に、アークレイはギロリと睨みつけた。
「ウォーレン、貴様・・・・・・」
「おいおい、国王ともあろうお方がそんな感情むき出しで睨むなよ。冷静にな、冷静に」
「冷静になどなれるか!」
「まあ落ち着けって。殿下もおまえが真剣に弓を引く姿を見て、何かを感じられたのではないかな?そうですよね、殿下」
にっと笑ったウォーレンの問いかけに、シルフィアも笑みを浮かべて頷いた。
「俺を?」
「はい」
「しかし」
「お願いでございます、陛下。これを乗り越えれば、過去に立ち止まっていた私が、一歩踏み出せるような気がするのです」
「・・・・・・・」
真剣な表情で訴えてくるシルフィアの思いが、痛いほどに伝わってくる。
素直にそれを受け入れることは難しいが、シルフィアの願いを阻む権利など自分にはなかった。
「・・・・・・わかった」
深いため息とともに言葉を吐き出せば、硬かったシルフィアの表情がほっと安堵の笑みを浮かべる。
「陛下・・・・・・ありがとうございます」
「ああ。ただし、無理はするな」
「はい。ありがとうございます」
「それと・・・・・・わかっているだろうな」
それはウォーレンに対するものだ。
ぎろっと横目で睨めば、ウォーレンは軽く肩を竦めて笑う。
「わかってるって。殿下に怪我をさせるな、でしょう?でも、手加減なんてしたら殿下に失礼ですし。ねえ?」
同意を求めるように顔を向けたウォーレンに対し、シルフィアはこくりと頷き返す。
「手加減など必要ございません。私もウォーレン様と真剣にお相手させていただきます」
「お?それはそれは楽しみです。殿下も手加減なしで相手してくださるのですね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。では、剣闘場に行きましょうか」
「はい」
意気揚々と歩きだしたウォーレンの後を、シルフィアは小走りで付いていく。
まだ少し緊張はしているものの、強い意思を覆すつもりはないのだろう。
まっすぐに前を見据える視線の先には、今まさに越えようとする高い頂があるかのようだ。
だが一方で、アークレイの胸の内は未だ複雑だった。
自分の何がその背を押したのかはわからないが、本当にこれでよかったのだろうかと。
シルフィアの覚悟は理解できる。
克服できれば良いのかもしれないが、もし出来なかったらどうなるのか。
「失礼。アークレイと後から追い付きますので、殿下は先にフェレイド団長とどうぞ」
「え?あ、はい」
地面をじっと見下して歩いていたアークレイは、横に気配を感じて顔を上げる。
その途端、ガシッと肩に力が乗った。
「な、なんだ?」
アークレイの肩に腕を回していたのはウォーレンだ。
「おい、そんな暗い顔をするな」
「なっ・・・俺は、別に・・・・・・」
「してるだろ?未だ納得していないという顔をしているぞ。せっかく殿下がやる気があるというのだから、温かく見守ってやれよ」
「・・・・・・」
剣闘場へ向かうため、シルフィアは騎士団総団長とオーガスティンに導かれ、少し先を歩いていた。
こちらの会話が届く距離ではない。
アークレイの背後に付く4人の宮殿騎士たちは、ウォーレンがこんなふうに絡んでくることには慣れている。
それに例え二人の会話が聞こえたとしても、騎士たちは聞こえないふりをするだろうし、他言も決してしないだろう。
宮殿騎士に選ばれる騎士というのはそういう者たちだ。
「だいたいどういうつもりだ。シルフィアと剣を交わしたいなど。最初からそれが目的で演習に誘ったのか?」
「まあ、思いつきだな」
「思いつきだと?」
アークレイの神経を逆なでする軽い口調で言われ、覗き込んでくるウォーレンをギリッと睨みつける。
「国政に興味があるようだから、騎士団のことも知りたいだろうと思ったのは本当さ。剣も扱われると聞けば、お誘いしない手はないだろう?あわよくば手合わせをして、どれほどの実力か拝見できればと思いついたわけだ」
「だからといって・・・」
「いいじゃないか。殿下の望みなのだから」
「・・・・・・俺とて、シルフィアの想いを無碍にしようとは思わない。本人が望むことならば叶えてやりたいとは思う。だが・・・・・・」
「・・・・・・怖いのか?」
「なに?」
「おまえが怖いのだろう?」
「なっ・・・・・・・」
ウォーレンはそんなアークレイの動揺など見透かすかのように笑い返してきた。
「おまえは殿下をどうしたいんだ?」
「・・・・・・どういう意味だ」
「おまえが殿下を護りたい、大切にしたいと思う気持ちは理解できる。だが、それを殿下に押し付ける気か?」
「俺は押し付けてなど・・・!」
「先ほど殿下もおっしゃったじゃないか。殿下は女性ではない。男性だ」
「わかっている。俺はシルフィアを女性扱いなどしていない」
ウォーレンにまでそのように見られていたのは心外で、ぎっときつく睨む。
「だったら、殿下の希望を気持ち良く応えてやればいいじゃないか。そして、戦い終わった殿下を、おまえは優しく迎えてやればいい」
「・・・・・・」
「殿下はあのような容姿だが、紛れもなく男性だ。自立心はあるし、自尊心だってあるだろう。誰かに頼らなくても、ご自分で考えて行動できる方だ。我がままというわけではないんだ。あの方だって王族なのだから、どこまでが許されてどこまでが許されないか、聡い方だから十分理解されているはずだろう?」
「それは・・・・・・」
「そんな殿下が自分の弱さを認め、それを克服したいと、勇気を持って前へ踏み出そうとしているんだ。それを応援してやることが、いずれ伴侶となるおまえがやるべきことなんじゃないか?」
ウォーレンの言うことは正論で、アークレイは言い返すことも出来ず、唇を噛み締めてうつむいた。
この男は、普段ふざけているくせに、時としてこんなふうに真っ当な意見で諭してくる。
あり難いと思うときもあるが、今のアークレイにとってはあまりあり難いことではない。
だが、やはりウォーレンの言うことは正しいのだ。
自分の想いだけで、シルフィアの望みを断たせることは欺瞞にすぎない。
「・・・・・・わかった。確かにおまえの言うことは尤もだ。俺とて心の狭い男になりたくないからな」
「ま、わかってくれればいいんだよ」
だがその前に、アークレイにはわからないことがひとつあった。
シルフィアがウォーレンの申し出を受けるきっかけとなった理由が、アークレイにあるということだ。
「いったい俺の何が、シルフィアの背中を後押ししたのだ?」
どうやら弓を引いたことがその一因のようだ、ということはわかったが。
真剣に悩むアークレイに、ウォーレンはくっと噴出して笑った。
「はっはっはっ!!昔から天然だとは思っていたが、やはりおまえは天然だな!!」
「はあ!?」
「いい男ってのは、ほんと罪作りだよなあ!」
「わけのわからないことを言うな。どういうことか説明しろ」
「そりゃあれだ。『アークレイ様、格好いい!なんてご立派なのでしょう!私も陛下のお側に立てるようになりたい!』って思ったんじゃないか?」
「・・・・・・」
先ほどまでの真面目な口調から一転、ウォーレンの軽くふざけた言い方に、アークレイは米神を指で押さえて眉をひそめた。
「いい加減にしろ。シルフィアを侮辱するな」
「べつに侮辱なんてしてないさ。だが、当たらずも遠からずだと俺は思うが?」
「ふざけるな。もういい、さっさと行くぞ。おまえがシルフィアに負ける様を、この目でしかと見届けてやる!」
「おいおい、俺が殿下に負けるとでも思ってるのか?」
むっと顔をしかめたウォーレンにふんと鼻で笑って返し、アークレイは前を行くシルフィアの背を追った。
ウォーレンは知らない。
シルフィアの剣の師匠が、ディヴェルカ=イングラムだということを。
『応援してやることが、おまえがやるべきことなんじゃないか』
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