永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第61話 願いの重さ

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「メルヴィルは・・・・・・」

 冷徹な碧玉の瞳に囚われていたアークレイは、オスカーの言葉にはっと我に返った。

「私の姿を見るなり、私にしがみつき泣きじゃくりました」

 膝に置いた両手を上に向けて、オスカーの視線がその掌に落ちた。
 メルヴィルを抱いたときのことでも思い出したのだろうか。
 僅かに目を伏せ、オスカーは微かに嘆息した。

「その時、不意に奇妙な感情が私の中に浮かびました・・・・・・正しい言葉なのかわかりませんが・・・・・・憐れみにも似た感情でした」

「憐れみ?」

 憐れみというのは、他者を可哀想にと気の毒にと思う気持ちだ。
 この男に、そのような感情が浮かぶとは正直信じられなかった。

「何をもってそう感じたのかはわかりません。ただ、想像以上にメルヴィルの身体が細いことに驚かされました。こんなに細い身体で剣を振るい、狂気が渦巻く戦場を駆けたのかと・・・・・・」

 眉をひそめたオスカーの向かう視線の先に、アークレイは存在していないかのようだった。
 氷よりも冷たい碧玉の瞳は、ここにはいないメルヴィルの幻を見ているのかもしれない。

「余程怖かったのでしょう。城に戻ってからもメルヴィルは私から離れようとしませんでした。私もなぜか突き放そうとは思わなかった。それを憐れみというのか、同情というのかはわかりません。ただ、この腕の中にある存在が、実は繊細で脆いものだと気づいたときに、自分が護ってやらねばならないという思いが浮かんだのです」

 オスカーの淡々とした口調は変わらなかったが、言葉を慎重に選んでいるのは気のせいではないだろう。
 彼自身、自分の感情を整理できていないのかもしれない。

「彼の剣になりたいと、強い想いが沸き上がってきました。メルヴィルが二度と泣くことがないように、護ってやりたいと、側にいてやりたいと思ったのです。このように他人へ意識が向いたのは初めてでした」

「そうなのか?しかし貴方は、随分とシルフィアを気にされているようだが?」

 シルフィアも大層な兄好きだが、オスカーのシルフィアに向ける表情を見れば、どれほど弟を大切にしているのかがわかる。
 アークレイに牽制をかけるくらいなのだから。

「弟ですから」

 だが返ってきたのは、さも当然と言わんばかりのオスカーの冷たい視線だった。

「あの性格にあの容姿ですから、危なっかしくて仕方がありません。自分の容姿がどれほど周りに影響を与えるのかも気づいていないのです」

「ああ・・・・・・そうだな」

 つられて思わず頷いてしまった。
 どうやらシルフィアは昔から変わっていないらしい。
 2年や3年前ともなれば、今よりも一層少女めいていただろうから、その注目度は想像するに難くない。

「兄として弟を心配し大切に思う気持ちがあって当然です。ですが、シルフィアは自分を守る術があった。それに、ああ見えて自己はしっかり持っていて意思は強いのです。ですから、私は見守るだけでいいのです。敢えて私が剣となり盾となる必要はありません」

 それは確かにシルフィアの本質だ。
 なるほど。
 オスカーは盲目的に弟を愛しているわけではないようだ。

「メルヴィルとシルフィアは同い年ではありますが、精神的にはメルヴィルのほうが幼いのです。以前の私ならば、それは甘やかされて育ってきた温室育ち故と思ったでしょうが、そうではないのだと気づいてからは逆にその幼さが危うく思えてきたのです」

 目にかかった金の髪をゆっくりとかきあげ、オスカーの切れ長の碧玉の瞳がようやくアークレイを捉えた。

「強固な鎧をまとっているようで、それはとても脆い。彼はずっと強くあろうと、強く見せようと無理をして生きてきたのです。肩を斬られたとの同時に、その緊張の糸も切られてしまったのでしょう」

 他の兄弟とは異なる容姿と体格差に、例え家族から愛されていたとしても、自分は違う存在なのだと常に劣等感を抱えていたらしい。
 それを払拭するため、剣の修行に躍起になり戦争へも繰り出した。
 しかし、存在価値を示す術を奪われたメルヴィルには、最早すがるものはなかったのだろう。
 誰しもが彼を憐れみ同情し、優しさを与えたとしても、苦痛以外のなにものでもなかったのかもしれない。

「その時から、私もメルヴィルと共にいる時間が増えました。許す限り側にいて、多くのことを語るようになりました。そもそも一人で森に行こうとした理由も聞いて、ますますメルヴィルのことを気にかけるようになったといってもいいでしょう」

「理由とは?」

「はい。メルヴィルは『雪消の泉』に行ったのです」

「ゆきげ?の泉?」

 アークレイは言葉の意味がわからず、天井を見上げてパチパチと目を瞬かせた。
 しかし当然のことながら、天井一面に描かれている精霊たちが天のお告げのように答を与えてくれるわけでもなく。

「森の奥深くにある小さな洞の中に、『雪消の泉』と呼ばれる泉があります。古くからセンシシアでは精霊が宿ると信じられており、願いが叶う泉だと言われております」

「精霊?」

 描かれた精霊が天井に舞ってはいるが、アークレイは実際に精霊など見たことがない。
 一瞬非現実的だとも思ったが、よく考えれば、目の前にいるオスカー自体がエルフの血を継ぐシェラサルトの末裔なのだから、そのようなことはありえないとは言えないだろう。

「雪が解けはじめる春先になって現れる泉なので『雪消の泉』と呼ばれているのです」

「ではメルヴィル殿は、何かを願いたいがために一人で泉に行こうとしたのだな?」

「はい。泉の側でだけ群生している『ラスハの花』という花があるのですが、メルヴィルの目的はその花でした。恐らく、『雪消の泉』のことをシルフィアから聞いたのでしょう」

「その花がなにか?」

「はい。それを摘んで想う相手に渡すことができれば、その恋が成就するというのです」

 アークレイは目を見開いて息をのんだ。
 なんという健気な少年なのだろうか。
 メルヴィルが成就したかった恋の相手というのは、間違いなくオスカーのことだ。
 冷たくされてもオスカーのことが好きで、そのために危険を冒してまで一人で森へと行こうとした。
 その想いがどれほど強いものだったのか、想像に難くない。

「そこまでされて、どうしてメルヴィルを拒めますか」

 オスカーの口元が微かに緩んだように見えたのは気のせいではないだろう。
 メルヴィルのことを想っているのか、先ほどまでの冷淡な眼差しも薄れていた。

「つきまとわれて鬱陶しいと感じていた私ですが、深いところではメルヴィルを嫌っていたわけではなかったのでしょうね。他人の感情に振り回されて、乱される自分が嫌だっただけなのです。それに気づいてからは、メルヴィルの想いを受け入れるのも苦にはならなかった。それどころか、楽しそうに嬉しそうに笑顔を浮かべるメルヴィルを見ていると、こちらのほうも嬉しくなる・・・このような感情は初めてでした」

「貴方もメルヴィル殿を好きになられたということなのだな」

 アークレイの問いかけにすぐには答えず、膝の上に置いた両手を組み、オスカーは何かを思案するかのように視線を足元に落とした。

「・・・・・・どうでしょうか。当時は未だはっきりと自覚していたわけではありません。今から考えるとそうなのでしょうが」

「なるほど・・・・・・それで?メルヴィル殿の側にあろうと、彼を護る剣になろうと決心して、オスカー殿はエルガスティン王国へ養子として出ることを決められたのだな?」

「そうですね。それはそうなのですが、すぐに決めたわけではありません。エルガスティンへ帰国することが決まってからは、離れたくないと一緒にいたいと泣いて縋られて・・・私のことを想ってそう言ってくれることは嬉しかったですし、私としてもやはり側にいてやりたいと思いました。ですが、センシシア王国から離れることも私には難しかったのです」

「ああ、確か貴方は、若くしてセンシシアの騎士たちをまとめる任にあったとお聞きしている。さぞかし気に病まれたことだろう」

「はい」

「そのような貴方の背を押されたのが、父王だったということなのか?」

 視線を戻したオスカーは、その問いに大きくゆっくりと頷いた。

「シェラサルトの民は単一性という特異な性質でありながら、脈々とその血を受け継いできました。それは単なる義務によって繋いできた命ではなく、互いが想いあって結ばれて成された命なのです。その血が我々センシシアの民にも間違いなく受け継がれている。私がメルヴィルのことを大切だと想う気持ちがあるのならば、正面から素直に受け入れて、想いが導く先へと迷うことなく進めばいいのだと・・・・・・そのように父は私を諭してくれたのです」

「そうか・・・・・・素晴らしい方だな」

 センシシア王国のレファード国王を思い浮かべた。
 穏やかに慈しむように微笑む、どこかアークレイの亡き父を彷彿とさせる表情。
 父として夫として国王として風格あるその姿は、自分などまだまだ小さな存在だと思い知らされる。

「母は諸手をあげて私のエルガスティン行きに賛成してくれたわけではありません。ですが、反対もいたしませんでした。私が決めたことであれば反対する理由はないと、優しい笑みを湛えて送り出してくれました。兄や姉からは反対されましたが、今は認めてくれています」

「シルフィアは・・・・・・?」

「私が外国へ出ることを寂しいと言っていました。ですが、メルヴィルとの関係を一番応援してくれたのもシルフィアです。ですから、エルガスティン国王との養子縁組の話が決まったときは、心から喜んでくれました」

「そうか・・・・・・」

 確かにシルフィアであれば、兄のこと、そしてメルヴィルの幸せを喜ぶだろう。
 自分のことよりも他人のことを第一に考える人だから。
 シルフィアの微笑みを思い浮かべたアークレイの口元にも、無意識のうちに笑みが浮かんでいた。

「エルガスティンへ養子として出たこと、そしてメルヴィルの側にあること、自分の選択が正しかったと今ならば自信を持って言えます。今の関係も満足しています。私はあまり感情表現が得意ではございませんし、はっきりと言葉で告げるのも苦手で・・・・・・陛下がシルフィアを惜しみなく愛してくださるように、私もメルヴィルに伝えることができればよいのですが」

「そのようなことを気にされる必要はない。俺から見ていてもオスカー殿はメルヴィル殿を大切にされているのがわかったし、メルヴィル殿も貴方を信頼されているのがわかった。言葉にはしなくとも想いが通じ合っているようだ」

「・・・・・・ありがとうございます。陛下にそのようにおっしゃっていただくと私も安心できます」

「いや・・・エルガスティンでは同性同士の恋愛が認められているのだろう?」

「はい。同性で愛し合うことは特に珍しいことではなく、一般的に受け入れられています。ですが、婚姻は認められていません。私とメルヴィルは、表面上は兄弟同士という関係ですが、私たちにとっては特に困ることではなく、婚姻という形にこだわってはおりません」

 不意にオスカーはゆっくりと立ち上がったかと思うと、アークレイを斜め上から見下ろしてきた。
 だが、その瞳に冷たさは無い。
 アークレイを通して、大切な弟を見ているかのようだった。

「ですが、貴方様は違う・・・・・・そうではございませんか?」

「オスカー殿・・・・・・」

「陛下はシルフィアを愛しているとおっしゃってくださった。何よりも誰よりも大切だと。陛下からの愛情を一身に受けて、シルフィアは一層美しさを増して幸せそうでした。貴方にはどれほど感謝の言葉を述べても足りないくらいです」

 アークレイは膝に両手を置くと、オスカーを見上げたまま緩慢な動作で立ち上がった。

「それほどシルフィアを愛してくださっている陛下が、シルフィアを単なる『弟』として側に置かれるでしょうか。陛下はそのような方ではないと、私は思っておりますが」

「・・・・・・・」

 本当にこの男には敵わない。
 何もかも見透かされているかのようだ。
 アークレイは苦笑して軽く髪を掻いた。

「ああ、そうだ。戸籍上とはいえ俺はシルフィアを『弟』とはしたくない。シルフィアを愛しているし、生涯側にいて欲しいと思っている。誰にも憚ることなく、『妻』・・・・・・というのは語弊があるが、『伴侶』として俺と供にいて欲しいと願っている」

「そうですか・・・・・・」

「まだ水面下で動いているだけだが、法を制定しようと考えている」

「法律ですか?同性婚を認める?」

「ああ。何としても俺はその法律を実現させたいと考えているし、必ず実現させる」

 碧玉の瞳をまっすぐに向けてきたオスカーは、アークレイの真意を探っているかのようだった。
 だがすぐに視線をそらし、微かに笑みを浮かべる。

「シルフィアへの陛下の真摯な思いが伝わってまいりました」

「オスカー殿・・・・・・」

 表情を再び引き締めたオスカーは、すっと右手を差し出してきた。
 何も言わなくてもわかる。
 アークレイのことを信頼し、シルフィアを託すことを許してくれたオスカーの手だ。
 その手を握ると、強い力で握り返された。

「その法を現実のものとするには、国内はもとより、リヒテラン王国とファーリヴァイア王国の賛同がなければ難しいでしょう。あの国々では同性同士が愛し合うことは、倫理や摂理に反すると考えている人が多いですから。陛下はそれらの国々と、真正面から向き合うということでしょうか」

「ああ。反対されることは目に見えている。困難な道のりかもしれない。だが、どのような障壁があろうとも俺は必ず実現させる。俺とシルフィアのためだけではない・・・同じように歯がゆい思いをしている者たちもいるだろう。その者たちのためにも、俺は道をつくりたいのだ」

 アークレイを見据えていた瞳が幾分細められた。

「・・・・・・ロイスラミア国王陛下の志、確かに承りましょう」

 手を離したオスカーは、不意に上着の内側から白い封書を取り出した。
 かと思うとそれを両手で持ち、すっとアークレイへと差し出した。
 封書のほぼ中央、くっきりと浮かび上がった封蝋の文様に見覚えがある。
 2本の剣に2頭の翼ある馬。
 間違いなくエルガスティン王国の紋章だ。

「我がエルガスティン王国国王陛下より、オルセレイド王国国王陛下宛の親書でございます」

「貴国国王陛下の?」

「はい。ですがこれは正式なものではございません。あくまでも、私書としてお受け取りください」

「オスカー殿、これは・・・・・・」

「我が国は、陛下のそのお志に賛同いたします」

「え?」

「陛下がシルフィアを迎える以前にも、同性婚を認める法案が出されたと伺っております。当然のことながら、リヒテランとファーリヴァイアから猛反対を受けて施行はされなかったようですが。いずれ再び、同様の法案が出されるであろうと私どもは考えておりました。故に、機会があれば、我が陛下からのその私書を公文書としてお使いください」

「しかし・・・・・・」

 何故エルガスティン王国がそこまでしてくれるのか理解しがたかった。
 確かに、それが真であれば大きな後押しとなることは間違いない。
 しかし、4強国ともあろう国が、センシシアという小さな国の王子のために、そこまでする必要性があるとは感じられない。

「本音を申し上げますと、エルガスティン王国も同性婚を認める法律を制定したいのです。ですが、いくつもの戦争によって様々な国々を吸収して今の形となった我が国は、完全に統一された国というわけではございません。民族や思想も異なっており、同性同士の関係が、民全員に受け入れられているわけではありません。婚姻を認める法を策定するのも容易なことではないのです」

「・・・・・・なるほど」

「ですが、オルセレイド王国にて現実のものとなれば、我が国でも貴国に続いて法を定めたいと考えております。あくまでも我が国の勝手な事情ではございますが、これが何かのお役に立つことを心より願っております」

 白い封書を両手で受け取ったアークレイは、大国の文様が浮かぶ封蝋に視線を落とす。
 エルガスティン王国からの親書。
 困難な道のりの先に立ち向かうための、大きな支えを得たかのような高揚感が湧き上がる。

「確かに・・・・・・承った。御礼申し上げる」

「この親書に対する返礼は不要です。法の実現こそが、何よりも返礼となりますので」

「ああ」

 ふと視線を扉に向けたオスカーの表情がすっと消えた。

「そろそろ時間でしょうか。宰相殿が待ちくたびれていることでしょう」

「ああ、そうだったな。あれを怒らせて仕事を増やされてはたまらん」

 苦笑しながら肩を竦め、封書を上着の内へと入れる。
 服の上からそれを押さえ、たくさんの想いが詰まってずしりと感じる重たさを噛み締めて、アークレイは静かに瞼を閉じた。 
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