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第64話 その想いを受け止める
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「こ・・・れは・・・」
口元を手で覆ったシルフィアは、広げられたマントを呆然とした表情で見ていた。
アークレイが手に持っていたのは、オルセレイド王国の王と正妃にのみ纏うことが許された、紫紺の地に金の絹糸で獅子の文様が描かれたマントだ。
「見てのとおりだ。これを、貴方に」
「え?ですが、私のマントは・・・・・・」
シルフィアが驚くのも無理はなかった。
先日の式でシルフィアが纏っていたマントは、暗殺者の刃に裂かれたうえに、シルフィアの血で赤黒く染まってしまったため、当然ながら、そのマントは使うことができない。
「もしや、新たに仕立てられたのですか?」
「いや」
紫紺はオルセレイドでは高貴な色とされ、建国の時代から王族だけに許された特別な色だ。
王直下領でのみ栽培されているラスカミアという希少な花から採取される紫紺の染料を用いており、仕立ての注文を受けてから初めてその染料を作り始める。
ラスカミアの花から染料を抽出するのに3日間。
絹糸を3日かけてゆっくりと染め、2日かけて乾燥させる。
それを数回繰り返してようやく染め上げられた糸で織り、更に金糸で獅子の刺繍をするのだから、どれだけ急がせても今日という日に間に合うものではない。
とはいえ、国王と正妃の婚礼の儀に、紫紺のマントを纏わないというのも前代未聞だ。
考えた末に、アークレイはある人の助けを借りることにした。
「これは、母上のだ」
「え?」
弾かれたように顔をあげ、シルフィアの瞳がアークレイに向けられる。
「エレーヌ様の!?」
「ああ。離宮から届いたばかりだ」
よくよく見れば、このマントが新調されたものではないことがわかる。
だが、丁寧に着られていたらしいマントは少しも綻びがない。
「・・・ですが、何故、エレーヌ様の・・・・・・」
「マントを新たに仕立てることは、日数から見ても難しかったのでな。母上が以前着用されていたマントをお借りすることにした」
本来王が退位したり逝去をすると、このマントは国に返却し燃やされるのが慣例なのだが、夫が急逝し精神的にも肉体的にも病んでしまった母親のためにと、アークレイの配慮により特例としてそのまま所持することが認められた。
「父上のマントも母上がお持ちなのだが・・・・・さすがに父上のはシルフィアには大きすぎる。母上のほうがシルフィアよりも小柄だが、貴方は細身だし、それほど気にはならないだろう」
「そんな・・・エレーヌ様のマントを私が・・・・・」
戸惑いの表情を浮かべるシルフィアに安心させるように笑みを返す。
「母上は喜んでお貸しくださったのだ。気にする必要はない」
「は、い・・・・・」
シルフィアの肩にマントをかけてやり、銀の留具で前を留め、アークレイは満足げにシルフィアを見下ろした。
白い衣装に紫紺のマントが見事なまでに調和し、シルフィアの美しさと可憐さと、品格あるその姿を艶やかに際立たせていた。
「うむ・・・・・・実に映えるな」
シルフィアはうっすらと頬を染めて、恥かしそうに目を伏せる。
長い白金の睫毛が震える様がなんとも可愛らしい。
「エレーヌ様にまでご迷惑をおかけして、大変申し訳なく思います」
「母上は迷惑などと少しも思っていない。俺と貴方との式を心から祝福してくださっているはずだ。それに、傷を負った貴方のことを随分と心配されていたぞ」
「あ・・・・・・」
シルフィアが大きく目を見開き、複雑な表情で唇を噛み締めてしまう。
エレーヌにまで心配をさせてしまったことに、自責の念にかられているのかもしれない。
「シルフィア」
その滑らかな白い頬に掌を添えると、揺れる碧玉の瞳がおずおずとアークレイを見上げてくる。
「だから、母上のためにも無事に式を終えて、元気な姿を見せてあげれば良い」
「エレーヌ様のために?」
「ああ。落ち着いたら報告も兼ねて離宮へ行こう。今度こそ二人だけでな」
シルフィアはどこか泣きそうに表情を歪め、ふふっと小さく微笑んだ。
「二人だけなど・・・シメオン様に怒られてします」
「なあに、あいつを誤魔化す手はいくらでもある」
「それはウォーレン様仕込みですか?」
「はは、わかるか」
「陛下・・・」
くすくすと笑うシルフィアの手を取って、アークレイは覗き込むように顔を近づけた。
「『陛下』ではないだろう?」
「っ・・・・・」
小さく声をあげて目を逸らしたシルフィアの頬が一瞬で染まる。
こうも素直に反応されては理性も緩み、衝動でその頬に口づけをしたくなるというものだ。
一つ一つのしぐさが初々しくて、アークレイの心は溶かされてしまう。
「前の時にも確か俺は言ったな?貴方はもう俺の妃なのだから、余所余所しい呼び方はよしてくれ。それとも何だ?毎度のことだが、そんなにシルフィアは俺に口づけをしてほしいのか?」
「そ・・・んな・・・・・・」
かあ・・・とシルフィアの頬が一層赤く染まった。
シルフィアが公私をきっちりと分けていることを知っている。
二人だけではない場所で、アークレイのことを『陛下』と呼ぶのは完全に無意識のことで、頭の切り替えがはっきりしていてむしろ感心するほどだ。
そういう真面目なところもまたシルフィアらしいといえばらしいが。
こういうふうに言えばシルフィアが困ることも重々わかったうえで言っているのだ。
シルフィアには、己の真の名で呼んで欲しいから。
「俺は少しも構わないがな」
「・・・・・・」
さすがに騎士や侍女たちが大勢いる前でするつもりはない。
とはいえ、シルフィア相手では、アークレイのそんな強固な理性もあっけなく崩れ落ちてしまう可能性を否定出来ないのも事実だ。
例え口づけをしたからといって、皆は見て見ぬふりをしてくれるだろうし。
誰も咎めはしないし驚くこともなく、温かく見守ってくれるだろう。
恐らくシメオン以外は。
「・・・・・・アークレイ、様」
躊躇いがちに、シルフィアがアークレイの名を呼ぶ。
そしてはにかむように微笑んだ。
心の奥底に沈んでいた澱を浄めてくれるかのようなシルフィアの笑み。
これこそアークレイが望んだ、何物にも代えがたいものだ。
「なんだ、残念だな」
嬉しさを隠し、残念そうにため息をもらして軽口をたたけば、目を見開いてシルフィアが頬を膨らませる。
「アークレイ様!」
「まあまあ、そう怒るな」
怒った顔をしても、アークレイにとっては可愛いだけだ。
このやり取りも先日に交わしたばかりだなと、シルフィアに気づかれないように思いだし笑いを浮かべた。
「シルフィア、そろそろ時間だ」
軽く手を引けば、シルフィアの表情がはっと我に返ったように引き締まる。
「は・・・い」
「それから・・・・・・先日のようなことは恐らくないとは思うが、剣はどうする?」
シルフィアが今着ている婚礼衣装では帯剣しにくいだろう。
マントで隠れるとはいえ、せっかくの衣装の形を崩してしまうのは勿体ない。
だが。
「持ちます」
「・・・・・・良いのか?」
「はい」
真剣な眼差しで、はっきりとシルフィアは答えた。
アークレイの暗殺を企てた最たる貴族たちは捕らえることができたが、未だアークレイの身辺は安全とは言いがたい。
国王という地位は常に危険に晒されているのだ。
シルフィアもそれは十分に理解しているのだろう。
アークレイを庇って血を流すほどの傷を負ったシルフィア。
ローザランの魔術によって癒えたものの、あれほど恐れを抱いていた剣を握り、アークレイに代わって暗殺者へと立ち向かった。
どれほどの痛みと辛さと恐れが、この細い身体を突き刺しただろう。
あのような想いは二度としたくないし、シルフィアにもさせたくない。
今度シルフィアを護るべきなのはアークレイのほうだ。
だがそれでも、シルフィアは剣を携えると言う。
揺るぎ無い信念を胸に秘めて。
「わかった」
シルフィアの頬を指で撫でてゆっくりと頷いた。
「しばし待とう。用意してくれ」
「はい。ありがとうございます」
微かに口元を緩めたシルフィアが侍女たちの方へと向かう姿を追っていたアークレイだったが、一度部屋を退出していたマルヴェーレが再び戻ってきたのに気づいた。
あまり感情を露にはしないマルヴェーレが、珍しく困惑の表情を浮かべている。
「恐れ入ります、陛下。よろしいでしょうか」
「ああ、構わない。どうした」
「ご多忙の折大変申し訳ございません。今しがた、オルテグより連絡がございまして」
「オルテグが?」
オルテグというのは、西宮の2階全てを取り仕切る初老の侍従だ。
「何があったのだ?」
「はい、それが・・・・・・」
戸惑いがちにマルヴェーレが続けた予想外の言葉に、アークレイは大きく目を見開く。
「それは本当か?」
それはアークレイにとって思いもかけないことだったが、よくよく考えれば可能性も無かったわけではない。
「はい。いかがいたしましょうか」
「そうだな・・・・・・」
アークレイは腕を組んで眉根を顰め、「うーむ・・・」と天井を仰いで唸った。
「だが、禁じられているわけでもなし、別に困ることではないだろう」
「はい。ですが、慣習にございませんので、陛下の許可を頂戴せねばなりません」
「そうか・・・わかった。いいだろう」
「よろしゅうございますか?」
念押しをするマルヴェーレに、許諾の意味を込めて大きく頷く。
「構わん。シルフィアも喜ぶだろうからな。2階回廊前の、そうだな、黎明の間に控えておくように伝えてくれ」
「かしこまりました」
どこか喜色の表情で深々と頭を下げたマルヴェーレが部屋を退出していくと、アークレイは口元に拳を当ててふっと笑みを浮かべた。
きっとシルフィアは驚くことだろう。
どのような表情を浮かべるのか、今から想像できるからこそ楽しみだ。
「アークレイ様、お待たせいたしました」
涼やかな声に振り向けば、用意が出来たらしいシルフィアが微笑みを浮かべて佇んでいた。
「・・・どうなさったのですか?」
だが、シルフィアはアークレイの顔を見上げ、表情を変えてキョトンと小首を傾げる。
どうやらほくそ笑む姿を見られたらしい。
「いや・・・貴方のような美しく可愛い人を花嫁に迎える俺は果報者だなと、幸せを噛み締めていただけだ」
「なっ!」
羞恥に頬を染め、シルフィアは声をあげた。
「は、花嫁だなんて!私は男でございますよ!」
「ははは、わかっている。そう怒るな」
シルフィアの肩をポンポンと軽く叩き、そっと耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえないほど小さな声で囁く。
「貴方は間違いなく男性だ。そうだろう?貴方の全てを、余すところ無く俺は知っているのだからな」
「・・・・・・」
みるみるうちに耳まで真っ赤になったシルフィアは、口をぱくぱくと魚のように開閉させるだけで、言い返す言葉が出てこないようだった。
そんなシルフィアがあまりにも可愛くて思わず吹き出してしまう。
「ア・・・アークレイ様!」
両手を握り締めてようやく抗議の声をあげたシルフィアだったが、瞳を潤ませてまるで迫力のないものだった。
「シルフィア、そろそろ時間だ」
話を打ち切りすっと左手を差し出せば、まだ膨れっ面したシルフィアがアークレイを力なく睨んでくるが、目を瞬かせると大きく息を吸って身体の力を抜き、その手にそっと右手が乗せられた。
「では、シルフィア。参ろうか」
再びの二人の門出。
今日、新たな頂への道が開かれる。
シルフィアと供に歩む道だ。
「はい・・・・・・アークレイ様」
穢れなき純粋な碧玉の眼差しをアークレイへと向け、シルフィアは花が綻ぶようにふわりと微笑を浮かべた。
口元を手で覆ったシルフィアは、広げられたマントを呆然とした表情で見ていた。
アークレイが手に持っていたのは、オルセレイド王国の王と正妃にのみ纏うことが許された、紫紺の地に金の絹糸で獅子の文様が描かれたマントだ。
「見てのとおりだ。これを、貴方に」
「え?ですが、私のマントは・・・・・・」
シルフィアが驚くのも無理はなかった。
先日の式でシルフィアが纏っていたマントは、暗殺者の刃に裂かれたうえに、シルフィアの血で赤黒く染まってしまったため、当然ながら、そのマントは使うことができない。
「もしや、新たに仕立てられたのですか?」
「いや」
紫紺はオルセレイドでは高貴な色とされ、建国の時代から王族だけに許された特別な色だ。
王直下領でのみ栽培されているラスカミアという希少な花から採取される紫紺の染料を用いており、仕立ての注文を受けてから初めてその染料を作り始める。
ラスカミアの花から染料を抽出するのに3日間。
絹糸を3日かけてゆっくりと染め、2日かけて乾燥させる。
それを数回繰り返してようやく染め上げられた糸で織り、更に金糸で獅子の刺繍をするのだから、どれだけ急がせても今日という日に間に合うものではない。
とはいえ、国王と正妃の婚礼の儀に、紫紺のマントを纏わないというのも前代未聞だ。
考えた末に、アークレイはある人の助けを借りることにした。
「これは、母上のだ」
「え?」
弾かれたように顔をあげ、シルフィアの瞳がアークレイに向けられる。
「エレーヌ様の!?」
「ああ。離宮から届いたばかりだ」
よくよく見れば、このマントが新調されたものではないことがわかる。
だが、丁寧に着られていたらしいマントは少しも綻びがない。
「・・・ですが、何故、エレーヌ様の・・・・・・」
「マントを新たに仕立てることは、日数から見ても難しかったのでな。母上が以前着用されていたマントをお借りすることにした」
本来王が退位したり逝去をすると、このマントは国に返却し燃やされるのが慣例なのだが、夫が急逝し精神的にも肉体的にも病んでしまった母親のためにと、アークレイの配慮により特例としてそのまま所持することが認められた。
「父上のマントも母上がお持ちなのだが・・・・・さすがに父上のはシルフィアには大きすぎる。母上のほうがシルフィアよりも小柄だが、貴方は細身だし、それほど気にはならないだろう」
「そんな・・・エレーヌ様のマントを私が・・・・・」
戸惑いの表情を浮かべるシルフィアに安心させるように笑みを返す。
「母上は喜んでお貸しくださったのだ。気にする必要はない」
「は、い・・・・・」
シルフィアの肩にマントをかけてやり、銀の留具で前を留め、アークレイは満足げにシルフィアを見下ろした。
白い衣装に紫紺のマントが見事なまでに調和し、シルフィアの美しさと可憐さと、品格あるその姿を艶やかに際立たせていた。
「うむ・・・・・・実に映えるな」
シルフィアはうっすらと頬を染めて、恥かしそうに目を伏せる。
長い白金の睫毛が震える様がなんとも可愛らしい。
「エレーヌ様にまでご迷惑をおかけして、大変申し訳なく思います」
「母上は迷惑などと少しも思っていない。俺と貴方との式を心から祝福してくださっているはずだ。それに、傷を負った貴方のことを随分と心配されていたぞ」
「あ・・・・・・」
シルフィアが大きく目を見開き、複雑な表情で唇を噛み締めてしまう。
エレーヌにまで心配をさせてしまったことに、自責の念にかられているのかもしれない。
「シルフィア」
その滑らかな白い頬に掌を添えると、揺れる碧玉の瞳がおずおずとアークレイを見上げてくる。
「だから、母上のためにも無事に式を終えて、元気な姿を見せてあげれば良い」
「エレーヌ様のために?」
「ああ。落ち着いたら報告も兼ねて離宮へ行こう。今度こそ二人だけでな」
シルフィアはどこか泣きそうに表情を歪め、ふふっと小さく微笑んだ。
「二人だけなど・・・シメオン様に怒られてします」
「なあに、あいつを誤魔化す手はいくらでもある」
「それはウォーレン様仕込みですか?」
「はは、わかるか」
「陛下・・・」
くすくすと笑うシルフィアの手を取って、アークレイは覗き込むように顔を近づけた。
「『陛下』ではないだろう?」
「っ・・・・・」
小さく声をあげて目を逸らしたシルフィアの頬が一瞬で染まる。
こうも素直に反応されては理性も緩み、衝動でその頬に口づけをしたくなるというものだ。
一つ一つのしぐさが初々しくて、アークレイの心は溶かされてしまう。
「前の時にも確か俺は言ったな?貴方はもう俺の妃なのだから、余所余所しい呼び方はよしてくれ。それとも何だ?毎度のことだが、そんなにシルフィアは俺に口づけをしてほしいのか?」
「そ・・・んな・・・・・・」
かあ・・・とシルフィアの頬が一層赤く染まった。
シルフィアが公私をきっちりと分けていることを知っている。
二人だけではない場所で、アークレイのことを『陛下』と呼ぶのは完全に無意識のことで、頭の切り替えがはっきりしていてむしろ感心するほどだ。
そういう真面目なところもまたシルフィアらしいといえばらしいが。
こういうふうに言えばシルフィアが困ることも重々わかったうえで言っているのだ。
シルフィアには、己の真の名で呼んで欲しいから。
「俺は少しも構わないがな」
「・・・・・・」
さすがに騎士や侍女たちが大勢いる前でするつもりはない。
とはいえ、シルフィア相手では、アークレイのそんな強固な理性もあっけなく崩れ落ちてしまう可能性を否定出来ないのも事実だ。
例え口づけをしたからといって、皆は見て見ぬふりをしてくれるだろうし。
誰も咎めはしないし驚くこともなく、温かく見守ってくれるだろう。
恐らくシメオン以外は。
「・・・・・・アークレイ、様」
躊躇いがちに、シルフィアがアークレイの名を呼ぶ。
そしてはにかむように微笑んだ。
心の奥底に沈んでいた澱を浄めてくれるかのようなシルフィアの笑み。
これこそアークレイが望んだ、何物にも代えがたいものだ。
「なんだ、残念だな」
嬉しさを隠し、残念そうにため息をもらして軽口をたたけば、目を見開いてシルフィアが頬を膨らませる。
「アークレイ様!」
「まあまあ、そう怒るな」
怒った顔をしても、アークレイにとっては可愛いだけだ。
このやり取りも先日に交わしたばかりだなと、シルフィアに気づかれないように思いだし笑いを浮かべた。
「シルフィア、そろそろ時間だ」
軽く手を引けば、シルフィアの表情がはっと我に返ったように引き締まる。
「は・・・い」
「それから・・・・・・先日のようなことは恐らくないとは思うが、剣はどうする?」
シルフィアが今着ている婚礼衣装では帯剣しにくいだろう。
マントで隠れるとはいえ、せっかくの衣装の形を崩してしまうのは勿体ない。
だが。
「持ちます」
「・・・・・・良いのか?」
「はい」
真剣な眼差しで、はっきりとシルフィアは答えた。
アークレイの暗殺を企てた最たる貴族たちは捕らえることができたが、未だアークレイの身辺は安全とは言いがたい。
国王という地位は常に危険に晒されているのだ。
シルフィアもそれは十分に理解しているのだろう。
アークレイを庇って血を流すほどの傷を負ったシルフィア。
ローザランの魔術によって癒えたものの、あれほど恐れを抱いていた剣を握り、アークレイに代わって暗殺者へと立ち向かった。
どれほどの痛みと辛さと恐れが、この細い身体を突き刺しただろう。
あのような想いは二度としたくないし、シルフィアにもさせたくない。
今度シルフィアを護るべきなのはアークレイのほうだ。
だがそれでも、シルフィアは剣を携えると言う。
揺るぎ無い信念を胸に秘めて。
「わかった」
シルフィアの頬を指で撫でてゆっくりと頷いた。
「しばし待とう。用意してくれ」
「はい。ありがとうございます」
微かに口元を緩めたシルフィアが侍女たちの方へと向かう姿を追っていたアークレイだったが、一度部屋を退出していたマルヴェーレが再び戻ってきたのに気づいた。
あまり感情を露にはしないマルヴェーレが、珍しく困惑の表情を浮かべている。
「恐れ入ります、陛下。よろしいでしょうか」
「ああ、構わない。どうした」
「ご多忙の折大変申し訳ございません。今しがた、オルテグより連絡がございまして」
「オルテグが?」
オルテグというのは、西宮の2階全てを取り仕切る初老の侍従だ。
「何があったのだ?」
「はい、それが・・・・・・」
戸惑いがちにマルヴェーレが続けた予想外の言葉に、アークレイは大きく目を見開く。
「それは本当か?」
それはアークレイにとって思いもかけないことだったが、よくよく考えれば可能性も無かったわけではない。
「はい。いかがいたしましょうか」
「そうだな・・・・・・」
アークレイは腕を組んで眉根を顰め、「うーむ・・・」と天井を仰いで唸った。
「だが、禁じられているわけでもなし、別に困ることではないだろう」
「はい。ですが、慣習にございませんので、陛下の許可を頂戴せねばなりません」
「そうか・・・わかった。いいだろう」
「よろしゅうございますか?」
念押しをするマルヴェーレに、許諾の意味を込めて大きく頷く。
「構わん。シルフィアも喜ぶだろうからな。2階回廊前の、そうだな、黎明の間に控えておくように伝えてくれ」
「かしこまりました」
どこか喜色の表情で深々と頭を下げたマルヴェーレが部屋を退出していくと、アークレイは口元に拳を当ててふっと笑みを浮かべた。
きっとシルフィアは驚くことだろう。
どのような表情を浮かべるのか、今から想像できるからこそ楽しみだ。
「アークレイ様、お待たせいたしました」
涼やかな声に振り向けば、用意が出来たらしいシルフィアが微笑みを浮かべて佇んでいた。
「・・・どうなさったのですか?」
だが、シルフィアはアークレイの顔を見上げ、表情を変えてキョトンと小首を傾げる。
どうやらほくそ笑む姿を見られたらしい。
「いや・・・貴方のような美しく可愛い人を花嫁に迎える俺は果報者だなと、幸せを噛み締めていただけだ」
「なっ!」
羞恥に頬を染め、シルフィアは声をあげた。
「は、花嫁だなんて!私は男でございますよ!」
「ははは、わかっている。そう怒るな」
シルフィアの肩をポンポンと軽く叩き、そっと耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえないほど小さな声で囁く。
「貴方は間違いなく男性だ。そうだろう?貴方の全てを、余すところ無く俺は知っているのだからな」
「・・・・・・」
みるみるうちに耳まで真っ赤になったシルフィアは、口をぱくぱくと魚のように開閉させるだけで、言い返す言葉が出てこないようだった。
そんなシルフィアがあまりにも可愛くて思わず吹き出してしまう。
「ア・・・アークレイ様!」
両手を握り締めてようやく抗議の声をあげたシルフィアだったが、瞳を潤ませてまるで迫力のないものだった。
「シルフィア、そろそろ時間だ」
話を打ち切りすっと左手を差し出せば、まだ膨れっ面したシルフィアがアークレイを力なく睨んでくるが、目を瞬かせると大きく息を吸って身体の力を抜き、その手にそっと右手が乗せられた。
「では、シルフィア。参ろうか」
再びの二人の門出。
今日、新たな頂への道が開かれる。
シルフィアと供に歩む道だ。
「はい・・・・・・アークレイ様」
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