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終わらぬ宵

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 物音のしない廊下に音をたてない様気を付け自室の扉を内側から閉め、私以外見あたらない部屋を確認してから、詰めていた息をやっと吐き出した。

 ……疲れた。その一言に尽きる。

 「お疲れ様、いっしー」

 下げていた視線を声の掛けられた正面の机辺りに移せばポットからカップに珈琲を注いでいるまーくん。疲れたと呟きながら私は珈琲の香りに誘われる様に椅子に座った。

 座った椅子がまだほのかに温度を持っていて自然に眉間に皺が寄ったが構わず珈琲を飲んだ。口の中一杯に含んで、一気に喉を通らせる。凄い音が鳴ったが気にしない。

 「さっきはちょっと危なかったけど、助かったね~。一番常識があって、それを実行する勇気のあるあの子に感謝」

 案外勇者ってああいう子がなるのかもしれないね、と言うまーくんの言葉に私は頷いた。

 そう、最後に交した私の激昂しか煽らないレッスとの会話。「また今度、落ち着いた状況になった機会があれば善処してみます」と真っ向から返答を曖昧にぼかす私にレッスはハッキリとした確約を取り付けたい姿勢を崩さなかった。平行線しかない会話に心底嫌気がさしていた現状を打破してくれたのが、バイスだ。

 「あの『もう夜中だぞ! テメー、大人だからこそ未婚の女の部屋で長話しは非常識って解ってんだろうな!』は痺れたね! 大人だって理由を逆手に取ったいい文句だったね~」
 「うん、助かった。バイス様々だね。明日もう一度ちゃんとお礼言わないと」

 二人で珈琲を飲みながらバイスを讃える。正直感情が爆発しそうだった。
 今でも感情が波打っているからレッスの真意を探るなんて高等な事は出来そうもない。

 「レッスの思惑はこっちで色々探ってみるよ。折角のパーティメンバーなんだからね」 
 「……ありがとう」

 また二人でカップに口を付ける。レッスが去ってから、沈黙が落ちやすい。何とも言えない空気が置き土産など迷惑以外の何物でもない。もっと身になるものを置いて行って欲しいものだ、チョコとかお菓子とかチョコとか。

 私の思いを読んだのかまーくんが内ポケからスッと取り出した物を机に置いた。
 かさりと置かれた物はあっちでは見慣れた、一口チョコだった。

 さすがまーくん! 君はエスパーです!!

 「だだ漏れだからね? ずっとだだ漏れだからね? 考えてる事が!」
 「切ろうね? レッスが居なくなったら直ぐに接続切ろうね? 今は必要ないでしょうよ!」

 少し不貞腐れて置いてあるチョコを次々に口に放り込む。うん、美味い。無言で聞きなれたお姉さんの声を待ってみるが一向に事後報告が伝わらない。

 目だけでまーくんに催促を促したら盲点を突かれた。

 「ん? ほら早く接続切りなよ、いっしー」

 とてもいい笑顔ですね、まーくん。

 「自分でやらないと経験にならないっしょ?」

 それからまーくんのcall機能の実地訓練が開始した。まずは回線を切る、そして私からまーくんに繋げる、切るを一通り覚えたら今度はその工程を迅速に行える様にひたすら練習。

 最初は「やっべ初call嬉しすぎる!」なんて喜んでいたまーくんが今は少し虚ろな目をしてベッドに突っ伏している。正直、私もキツイ。頭の中で、明瞭に響くお姉さんの声が壊れたレコードみたいになっている。

 ポーン『まーくんにcallしまs』ポーン『接続しm』ポーン『接続を終』ポーン『まーくんにca』ポーン『接z』ポーン『接続を終了s』

 こんなのがエンドレスに頭に響き渡っているのだから私もまーくん同様虚ろな目になっても仕方ないと思う。直通短縮に設定したからと述べてみたら却下を申し渡された。あんまりだ。でも真っ当な理由を述べられたら拒否出来るはずもないし、断るつもりもなかった。

 迅速に、メニュー画面を展開出来るように。
 迅速に、求めるコンテンツへスムーズに対応出来るように。
 迅速に、ぶっちゃけとにかく慣れろ。

 最後はなんとも身も蓋もない言葉です。途中で考えるのが億劫になったのが前面に出てるよ、まーくん。でも無言でこの練習に付き合ってくれているまーくんに感謝。




 「……もう良さそうだね。俺とあんまり遜色ないよ? これなら直通短縮設定を強制接続専用に設定変えてみよう。その方が俺も安心できるし」

 そんな設定があったのか!! 一体どこにあったんだ?!

 日中の時には気が付かなかったので素直にまーくんに言われるままメニュー画面を展開し、高機能感漂うcall設定を開いていく。いまだ複雑な心境になるのは仕方ない、土台がスーファミ画面なその中にPC表示コンテンツがあるんだから、これは仕方ない。違和感バリバリです。

 「はい、終了! いっしーお疲れ~」 
 「はあ?! ちょっ! 呆気な!!」
 
 設定終了。しかも設定の仕方が直通短縮に設定してあるまーくんのあの画像を長押し。それで終わり。……これでいいのか?

 「そんじゃいっしー、確認がてらもう一回メニュー画面出して。ん、どれどれ……」

 画面を展開すると同時にまーくんが覗き込んでくる。その視線は間違いなく、私のメニュー画面に向けられて。

 「ちょっ! まーくん見えてるの?!」
 「えっ? 普通に見えてるよ?」
 「なっ?! まーくんの画面見た事ないよ、私!!」
 「そりゃあ、出してないもん」
 
 なん……だと……? 

 しばしまーくんの衝撃発言に呆然としてる私をまーくんは見事にスルーして「やっぱないか」と呟いた。メニュー画面に向けていたまーくんの顔が私に向く。その顔は真面目で、瞳は真剣だった。

 視線をそらすことを許さない、そんな目だ。

 その目で言われるであろう言葉がひどく恐ろしいもののような気がした。


 「石田さん、俺のメニュー画面には『ログアウト』の標記があります」


 まーくんから出たやけに丁寧な言葉に私は歓喜すればいいのか、絶望すればいいのか、


 どうすれば いいのか 

 わからない


 


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