そして、2人は幸せに暮らしました。

逢瀬あいりす

文字の大きさ
1 / 1

エンディング

しおりを挟む
「エスト!上着を忘れているわよ!」
「母さん、もう春なのよ!上着なんていらないわ」
「せめて帽子くらい…ってもう,日焼けしても知らないからね!」
 母の声を背に、エストは家を飛び出した。
 森に住むおばあさんのところへ、お見舞いを持っていくことがエストの日課だった。
 今日持っていくのは新鮮なミルク。母の手作りのチキンパイ。
 そして途中の花畑でつんだ色とりどりの花だ。

 エストは、おばあさんのところへ行く事が好きだった。
 小さい頃は、おばあさんがエストを色々なところに連れ出して、不思議な話をたくさんしてくれた。
 妖精のダンスに合わせて楽器を弾いた。
 獣人の尻尾はふわふわで気持ちいい。
 人魚と一緒に泳ごうとして溺れそうになった。
 エストは夢中になって聞いていた。
 妖精も獣人も人魚も、かつては良き隣人だったそうだ。一緒に笑い,仲良く暮らしていた時代があった。しかし、エストが生まれる頃にはすでに心は離れ,遠くに去ってしまっていた。
「いいなぁ。おばあさんは楽しい時代を知っているのね」
「そうよ。あの頃,毎日は輝いていたわ」
 おばあさんが懐かしむ姿を見ると,エストは「今は輝いてないの?」と聞くことはできなかった。

 母からは「昼までにおばあさんの家に着くこと」と言われているが、エストはのんびりと花をつんでいた。
「そうだ。今日は花冠をつくろう」
 そうして太陽が少し傾いたころ、おばあさんの家に向かった。
 おばあさんの家に入るときは決まった合図がある。
 ゆっくり3回、大きなノック。そして大声で声をかける。
「こんにちは。おばあさん、エストよ。入ってもいい?」
 おばあさんの返事はいつも間を置いて、ゆっくり返ってくる。
「ああ、エスト。いらっしゃい。鍵は開いてるよ。入っておいで」
 いつものように、おばあさんはベッドルームでくつろいできた。
 薄く開いた窓から心地よい風が流れてくる。
「よく来たね。今日はなにを持ってきてくれたの?」


 エストが家に帰ると、仕事から帰った父と母が話していた。
「母さんもいい歳だから、一緒に住んだ方がいいだろうな」
「そうね。お義母さんのお友達も町に移り住んでるからきっと過ごしやすいわ」
「しかしな、母さんはあの家を離れたくないというんだ」
「亡くなったお義父さんとの思い出があるのね」
「いや、父さんはあの家がそれほど好きじゃなかったんだ。便利な町に引っ越そうと何度も言っていた。でも母さんが自然の中で暮らしたいと言うから、結局引っ越すことはなかったんだ」
「それなら無理に一緒に暮らすのはやめたほうがいいのかしら。ねえ、あなたはどう思う?」
 話をふられたエストは答えた。
「おばあさんはあの家が大好きなの。無理に連れ出したらかわいそう」
「そうか。エストもそう思うなら、無理強いはできないか。でも物騒だから、注意はした方がいいな」
「物騒?」
「いま自警団が動いている。副団長の友人がいうには、狼を見かけた人がいるらしい。それが獣人かもしれないと警戒しているんだ」
「まぁ怖いわね。今更、何をしに来たのかしら」
「エスト、母さんにも伝えてくれ。戸締りには気をつけるようにと。自警団には巡回ルートに入れてもらうよう頼んでみるが、人手不足だから難しいかもしれない」
 エストは頷いた。
「大丈夫よ。おばあさんの家は、もの」


 今日も、エストはおばあさんのお見舞いにいく。
 持っていくのは焼き立てのパン。またお花を持っていこう。
 花畑でのんびり花をつみ、エストはおばあさんの家に向かった。
 ノックを3回。いつものように声をかけると、家の中からカタン、パタパタと歩く音がした。
 エストはおばあさんの返事を待った。
「…いらっしゃい。エスト、鍵は開いてるよ」
 おばあさんはいつものように、ベッドルームで迎えてくれた。
 窓は今日も少し開いていた。
 エストは「おばあさんの家に着くのが早かったな」と思った。
 明日はもっとゆっくり行こう。
 そうしないと、鉢合わせてしまうから。

 おばあさんの家を訪ねるのは、エストだけではない。
 年に数回、おばあさんのお友達が。
 月に数回、エストの両親が。
 そして毎日、エスト以外にもうひとり。
 エストがいない時間に、おばあさんに会いにくる人がいる。
 きっと気づいているのはエストだけ。
 みんなが知ったら驚いて駆けつけるはずだから。
 その人は大きな耳があって、ふわふわな毛が生えている、獣人なのだから。
 初めて見たときは、声が出ないほど驚いた。
 おばさんの家の中でばったり会って、目が合って、動けなくなった。
 その獣人はエストには何も言わなかった。
 おばあさんに「またくる」と声をかけて窓から出ていった。
 おばあさんも「またね」と見送った。
 たくさん聞きたいことはあったけど、エストはひとつだけ聞いてみた。
「あの人はお友達?」
 おばあさんは言った。

「あの人はね、」

 その翌日から、エストはゆっくりお見舞い行って、早々に帰るようになった。
 エストが来たときと帰るとき、必ず窓は開いている。
 それはきっと、おばあさんがあの人を待っているという合図なのだ。
 だからエストは、ルールを決めた。
 決まった時間にお見舞いに行く事。必ず3回ノックをして、声をかけて、返事を待ってから家に入る事。
 何も言わないけれど、きっとおばあさんはルールに気づいてくれるはずだ。
 エストなりに、おばあさんの希望を叶えたかった。
 だから父から聞いた話も、おばあさんに伝えることにした。
「おばあさん、あのね。狼を見た人がいるの。自警団が動いてる。だから気をつけてね」
 エストは言葉を選んで、父の注意をおばあさんに伝えた。
 おばあさんは少し考えて、それから深く頷いて答えた。
「そう。わかったわ。ありがとう」
 よかった。伝わった。エストは少しほっとしたが、すぐに心配がうまれた。
「ね、おばあさん。大丈夫かな?」
 誰が、とは言わない。でもきっとおばあさんはわかっていた。
「大丈夫。大丈夫よ」
 おばあさんがいうと、すべて大丈夫に聞こえる。エストはそれ以上は何も言わなかった。


 ある日、いつも通りお見舞いに行くと、おばあさんの調子が悪そうだった。
 顔色が悪く、咳をしていた。エストは「お父さんを呼ぼうか、お医者さんを呼ぼうか」と聞いたけれど、おばあさんは「呼ばないでほしい」といった。そして、私といつもより少し長く過ごした。
 おばあさんはベッドで寝たまま、お話を聞かせてくれた。
 それは初めて聞くお話だった。
 ある少女が森で出会った男と恋に落ちる。2人の間には難しい問題がたくさんあった。
 しかしその恋は途切れることなく長く続いて、最後は2人で幸せに暮らすのだ。
「きっと運命が、赤い糸が、しっかりと結ばれていたのね。とっても素敵」
 エストがいうと、おばあさんは嬉しそうに笑った。


 次の日、エストはいつものように、おばあさんのお見舞いにいった。
 ノックを3回。そして声をかけた。
 いつまでたっても返事はなかった。
 玄関の鍵が開いていたので家の中に入ると、おばあさんはどこにもいなかった。
 いつもおばあさんが寝ているベットには、たくさんの花がおいてあった。
 エストが行く花畑に咲いている、おばあさんが大好きな花だった。
 部屋中に溢れる花の香り。 
 大きく開かれた窓から吹く風が、ずっと花々を揺らしていた。
 エストは自分が摘んできた花をベッドに置いて、お見舞いのミルクとパンは持って帰ることにした。
 おばあさんにはもう必要ないのだろう。
 でも大丈夫だ。
 だって、最後は幸せに暮らすのだから。


「あの人はね、私の初恋の人なのよ」

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」  ぱんっ。  愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。  甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。  ──え?  打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。

悲報!地味系令嬢、学園一のモテ男に「嘘の告白」をされる。

恋せよ恋
恋愛
「君のひたむきさに心打たれた」 学園の王子様、マーロン侯爵令息から突然の告白。 けれどそれは、退屈な優等生である彼が仕掛けた「罰ゲーム」だった。 ターゲットにされたのは、地味で貧乏な子爵令嬢・サブリナ。 彼女は震える声で告白を受け入れるが――眼鏡の奥の瞳は、冷徹に利益を計算していた。 (侯爵家の独占契約……手に入れたも同然だわ!) 実は、サブリナの正体は王都で話題の「エアハート商会」を率いる敏腕マネージャー。 「嘘の告白」をした男と、「嘘の快諾」をした女。 互いに利用し合うつもりが、いつの間にか本気に……? お互いの本性を隠したまま進む、腹黒×腹黒の騙し合いラブコメディ! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...