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彼女はお約束どおりに動かない
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この街の魔法刑事課には、変わった女性刑事がいる。
いつもマイペースで勝手な行動をするのに、事件の捜査力と解決率は異常に高い。上司も手を焼いているが手放すことができない優秀な人材。
それがアヤメさんだ。
僕はこの街に来て、アヤメさんに直接指名された相棒。ほどのいいお世話係みたいなものだ。
何度、この光景を見ただろう。
海風が強い、切り立った崖の上。
僕はアヤメさんと並び立っていた。数メートル前にはしゃがみ込んだ中年の女がいる。
そして、もう1人。
中年の女に向かって魔法の杖を突きつけた男。杖は常に小刻みに震えていた。
もし男が杖に魔力を送れば、中年の女は爆発するか、凍りつくか、雷が落ちるか…。どれをとっても命はない。
男は声高に話し始めた。
「…俺はこいつらに復讐しなければならない!死んだ恋人の無念を晴らすために!他の3人は懺悔しながら死んでいったよ。お前で最後だ。主犯のお前は、死の恐怖を味わってもらうために生かしてきたが、それも今日で終わりだ」
杖を握る手に力が入っている。ああ、この展開はまずい。
僕は動揺を隠しながら、男にいう。
「そ、そんなことをしても、お前の死んだ恋人は喜ばないぞ!」
「!」
「な、もうやめよう」
「でも、今更俺は…」
「まだ間に合「中途半端ですね」
沈黙を守っていたアヤメさんが、急に僕の言葉に被せてくる。…まずい。まずいぞ。
アヤメさんは両手を広げ、男に向かっていった。
「3人殺したので、あなたは立派な殺人犯です。ちなみに余談ではありますが、捜査の段階で殺した3人と、そこの女性があなたの恋人の死に関与していることはわかっています」
「ちょ、ちょっと…アヤメさん」
「さらに余談ですが、現在の法律ではそこの女性を逮捕しても大した罪に問うことはできません。時効ですから、書類上の手続きで終わりです。事実上無罪放免ですね」
そうだけど、いま言うのはまずいだろ!
「それ以上はだ」
「最後にこれは私の意見ですが」
アヤメさんはにっこり微笑んだ。恐ろしいくらい美しい笑みだ。
「本当に殺したい相手は1番最初に殺さないと。ねぇ、いいのですか?その人はあの事件の主犯ですよね?」
中年の女性が一際ひくりと揺れる。
僕は、男の持つ魔法の杖の震えがピタリと止むのをみた。
そして、突然の雷鳴が響き渡った。
「犯人逮捕、と。うん。今日もよく働いたわ」
「…それ、本当に思ってますか?」
僕は報告書を付けるアヤメさんの向かいに座り、ちびちびと茶を飲んでいた。
本来なら後輩の僕が書くべき報告書だが、字が下手過ぎると書かせてもらえないのだ。
アヤメさんは羽ペンを器用にくるっと回しながら首を傾げた。
「ちゃんと逮捕したじゃない」
「でも被害者が1人増えましたよ。…目の前で」
焼け焦げる臭いが、今もこびりついて残っている気がする。
「今日こそ言わせてもらいますけどね、あの言い方はもう、犯人幇助と言われても仕方ないですよ」
「ええぇ」
眉をひそめて不満を口にするアヤメさん。
「何も助けてないわよ。ちょっと雑談しただけじゃない。しかも事実だけ」
あの連続殺人犯は、かつて恋人を4人の男女に殺された。しかしその犯罪は明るみに出ることなく処理された。あの男が復讐殺人を始めるまでは。もしこの事件がなければ、今もその恋人は事故死で処理されたままだったはずだ。皮肉にも、殺人事件が殺人事件を解決に導いたのだ。
「でも僕らは刑事でしょう?目の前で止められる殺人があるなら止めないと」
「止められるなら止めたわよ。その前に、ちょっと雑談しただけ」
「それが問題なんです!」
煽るだけで結果は同じだ。
「あれでは殺せと言っているようなものじゃないですか」
アヤメさんは肩をすくめて、何も言わなかった。それはもう肯定ということだ。
僕はここにきてから扱った事件を思い出す。
この街は穏やかだが、時々こういった事件が起きる。衝動的な快楽殺人ではない。綿密に練られた計画殺人だ。
犯行動機は、被害者となる人間が起こした、過去の過ち。法律で捌けなかったそれを、犯人は非合法な手段で裁こうというのだ。
事件を追うと、辿りつくのは過去の未解決事件、そして事件にすらならなかった事件。本当に皮肉すぎるだろ。
同情することもあるが、犯罪は犯罪。
刑事である我々は、止めないといけない、はずなのだが。
「アヤメさん。あなたは誰の味方なんですか」
「決まっているじゃない。私はいつだって私の味方よ」
「…そうですよね」
僕は諦めて、報告書を手に取り立ち上がった。これを上司に出して、この事件は終了だ。
もう終わったこと。
変えることはできない。
「ね、これは余談だけど」
ドアの前で振り返ると、アヤメさんの表情は逆光でよく見えなかった。
「死んだ人は復讐なんて望んでない。でも許すことだってしない。死者の答えは表裏一体なの。どちらを選ぶかは、生き残った人間次第なのよ。あなたなら、わかるわね?」
僕は何も言わず部屋を出た。
そんなこと、わかってる。
死者は何も望まない。
だから生き残ってしまった者が選ぶのだ。
あの崖で、廃屋で、森の別荘で。
僕らは何度も犯人たちを追い詰めてきた。
その度にアヤメさんは似たような余談をする。そして、犯人に選ばせる。
「死者を理由にするな。自分の望みはどこにあるのか」と。
きっと、アヤメさんの行為は罪だ。
そして僕も同罪。
止めるフリをして見届けているのだから。
犯人が追い詰められた先でたどり着く答えはなんなのか。罰なのか。許しなのか。
その光景を見たくて、僕は今日も犯人を追い続けている。
僕は、アヤメさんの相棒だ。
いつもマイペースで勝手な行動をするのに、事件の捜査力と解決率は異常に高い。上司も手を焼いているが手放すことができない優秀な人材。
それがアヤメさんだ。
僕はこの街に来て、アヤメさんに直接指名された相棒。ほどのいいお世話係みたいなものだ。
何度、この光景を見ただろう。
海風が強い、切り立った崖の上。
僕はアヤメさんと並び立っていた。数メートル前にはしゃがみ込んだ中年の女がいる。
そして、もう1人。
中年の女に向かって魔法の杖を突きつけた男。杖は常に小刻みに震えていた。
もし男が杖に魔力を送れば、中年の女は爆発するか、凍りつくか、雷が落ちるか…。どれをとっても命はない。
男は声高に話し始めた。
「…俺はこいつらに復讐しなければならない!死んだ恋人の無念を晴らすために!他の3人は懺悔しながら死んでいったよ。お前で最後だ。主犯のお前は、死の恐怖を味わってもらうために生かしてきたが、それも今日で終わりだ」
杖を握る手に力が入っている。ああ、この展開はまずい。
僕は動揺を隠しながら、男にいう。
「そ、そんなことをしても、お前の死んだ恋人は喜ばないぞ!」
「!」
「な、もうやめよう」
「でも、今更俺は…」
「まだ間に合「中途半端ですね」
沈黙を守っていたアヤメさんが、急に僕の言葉に被せてくる。…まずい。まずいぞ。
アヤメさんは両手を広げ、男に向かっていった。
「3人殺したので、あなたは立派な殺人犯です。ちなみに余談ではありますが、捜査の段階で殺した3人と、そこの女性があなたの恋人の死に関与していることはわかっています」
「ちょ、ちょっと…アヤメさん」
「さらに余談ですが、現在の法律ではそこの女性を逮捕しても大した罪に問うことはできません。時効ですから、書類上の手続きで終わりです。事実上無罪放免ですね」
そうだけど、いま言うのはまずいだろ!
「それ以上はだ」
「最後にこれは私の意見ですが」
アヤメさんはにっこり微笑んだ。恐ろしいくらい美しい笑みだ。
「本当に殺したい相手は1番最初に殺さないと。ねぇ、いいのですか?その人はあの事件の主犯ですよね?」
中年の女性が一際ひくりと揺れる。
僕は、男の持つ魔法の杖の震えがピタリと止むのをみた。
そして、突然の雷鳴が響き渡った。
「犯人逮捕、と。うん。今日もよく働いたわ」
「…それ、本当に思ってますか?」
僕は報告書を付けるアヤメさんの向かいに座り、ちびちびと茶を飲んでいた。
本来なら後輩の僕が書くべき報告書だが、字が下手過ぎると書かせてもらえないのだ。
アヤメさんは羽ペンを器用にくるっと回しながら首を傾げた。
「ちゃんと逮捕したじゃない」
「でも被害者が1人増えましたよ。…目の前で」
焼け焦げる臭いが、今もこびりついて残っている気がする。
「今日こそ言わせてもらいますけどね、あの言い方はもう、犯人幇助と言われても仕方ないですよ」
「ええぇ」
眉をひそめて不満を口にするアヤメさん。
「何も助けてないわよ。ちょっと雑談しただけじゃない。しかも事実だけ」
あの連続殺人犯は、かつて恋人を4人の男女に殺された。しかしその犯罪は明るみに出ることなく処理された。あの男が復讐殺人を始めるまでは。もしこの事件がなければ、今もその恋人は事故死で処理されたままだったはずだ。皮肉にも、殺人事件が殺人事件を解決に導いたのだ。
「でも僕らは刑事でしょう?目の前で止められる殺人があるなら止めないと」
「止められるなら止めたわよ。その前に、ちょっと雑談しただけ」
「それが問題なんです!」
煽るだけで結果は同じだ。
「あれでは殺せと言っているようなものじゃないですか」
アヤメさんは肩をすくめて、何も言わなかった。それはもう肯定ということだ。
僕はここにきてから扱った事件を思い出す。
この街は穏やかだが、時々こういった事件が起きる。衝動的な快楽殺人ではない。綿密に練られた計画殺人だ。
犯行動機は、被害者となる人間が起こした、過去の過ち。法律で捌けなかったそれを、犯人は非合法な手段で裁こうというのだ。
事件を追うと、辿りつくのは過去の未解決事件、そして事件にすらならなかった事件。本当に皮肉すぎるだろ。
同情することもあるが、犯罪は犯罪。
刑事である我々は、止めないといけない、はずなのだが。
「アヤメさん。あなたは誰の味方なんですか」
「決まっているじゃない。私はいつだって私の味方よ」
「…そうですよね」
僕は諦めて、報告書を手に取り立ち上がった。これを上司に出して、この事件は終了だ。
もう終わったこと。
変えることはできない。
「ね、これは余談だけど」
ドアの前で振り返ると、アヤメさんの表情は逆光でよく見えなかった。
「死んだ人は復讐なんて望んでない。でも許すことだってしない。死者の答えは表裏一体なの。どちらを選ぶかは、生き残った人間次第なのよ。あなたなら、わかるわね?」
僕は何も言わず部屋を出た。
そんなこと、わかってる。
死者は何も望まない。
だから生き残ってしまった者が選ぶのだ。
あの崖で、廃屋で、森の別荘で。
僕らは何度も犯人たちを追い詰めてきた。
その度にアヤメさんは似たような余談をする。そして、犯人に選ばせる。
「死者を理由にするな。自分の望みはどこにあるのか」と。
きっと、アヤメさんの行為は罪だ。
そして僕も同罪。
止めるフリをして見届けているのだから。
犯人が追い詰められた先でたどり着く答えはなんなのか。罰なのか。許しなのか。
その光景を見たくて、僕は今日も犯人を追い続けている。
僕は、アヤメさんの相棒だ。
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