うちのばあちゃん

ネメシス

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ばあちゃんはよく嘘をつく

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年の末。
夜も更けて、もう少しすれば日付が変わる時間。
ばあちゃんと一緒にこたつに入りながら歌番組を見ていると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。

「除夜の鐘かぁ。そういえば、僕1回も行ったことないなぁ」

「ただ鐘を鳴らすだけだよ? わざわざこんな寒い中、出歩いてまでやるもんでもないと思うがねぇ」

「……それもそうか」

わざわざ寒い中外に出て、しかももしかしたら長い間並ばないといけないかもしれない。
それを考えたら、行かなくてもいいかなぁと思えてくる。
そういえば除夜の鐘では108回、鐘を鳴らすんだっけ。

「ねぇ、ばあちゃん。なんで除夜の鐘って108回鳴らすの?」

歌番組をつまらなそうに頬杖付きながら見ているばあちゃんに聞いてみた。

「ん? そりゃ、煩悩の数が108個あるからだよ。あぁやって鐘を叩いて1つずつ煩悩を打ち消して、新年を新しい気持ちで迎えるようにするのさ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、なんで煩悩っていうのは108個なの?」

「なんで108個なのか、か……」

ばあちゃんは腕を組み、少し考えてから口を開いた。

「……その昔ね、百八(ももはち)っていう村男がいたんだよ」

「ももはち?」

「あぁ、百八(ひゃくはち)と書いて、百八さ。そいつは日頃から、大層だらしない生活をしてたんだ。悪いことも随分とやってたみたいだね。だけどそいつが住んでいた所のお代官様はたいそう心優しい方だったらしくて、これまでの悪行も軽い罰で見逃してたらしいんだ……それで調子に乗っちまったんだろうねぇ。百八はある日、何を思ったのか寺に火をつけて焼いちまったんだよ」

「お寺を? 罰当たりな人だなぁ」

「寺ってのは今でもそうだけど、昔は今以上に人々から大切にされてきた場所さ。その寺の住職様は村人たちの相談も親身になって聞いてくれて、そりゃもう多くの人に慕われていたそうだよ。当のお代官様も、内密に何度か相談にのってもらってたこともあるそうだ」

「そのお代官様とお寺の住職さん、仲がよかったんだね」

「お互い口には出さなかったようだけど、気の置けない友人とも思っていたのかもしれないねぇ」

そうしみじみと言いながら、ばあちゃんはズズッと一口お茶を飲む。

「……寺が焼かれたのを知って誰もが嘆き悲しみ、百八に怒りを抱いていた。だけどね、誰よりも怒っていたのはお代官様さ。普段から優しい人ってのは、本当に怒らせると怖いもんだよ。怒ったお代官様は鬼のような形相で打ち首獄門、今でいう死刑だね。それを言い渡したんだ。流石にこれには焦った百八だが、どれだけ泣いても頭を下げても、もう後の祭り。お代官様は判決を覆さなかったそうだ」

「そりゃぁ、お寺を焼いたんだもんなぁ。しかもそれが友達の住職さんのお寺ときたら、絶対許さないよね」

「そうだね。で、それからだね。悪いことばかりしてると重い罰がくだるぞという戒めのために、年越しにそいつの名前を数字に変えて108回鐘を鳴らすようになった。それが除夜の鐘の始まりさ。煩悩の数が108なのはね、その数字が百八(ももはち)を表す数字だからなんだよ。ちなみに除夜の鐘って呼び名が一般的だけど、別名じゃあ百八(ももはち)の鐘とも言われてるんだ」

「……へぇ」

そう締めくくり、ばあちゃんの話しが終わった。
それを聞いて僕は……よくもまぁ、こうも簡単に“嘘”の話しを思いつけるなぁと感心した。
なんで嘘なのかわかるかって?
そんなの、本当はなんで108回なのか僕は知っているからだ。
色んな説はあるみたいだけど、少なくとも百八なんて人の話は聞いたことがない。

ばあちゃんは前に言っていた、いろいろ知ってないとすぐ人に騙されるって。
だから気になること、わからないことは人に聞くよりも、まず自分でしっかり調べておくことが大切なんだって。
そうすれば人から騙されて、酷い目にあうことも減るだろうって。
……でも、僕を騙す筆頭は、そんなことを言った当のばあちゃんなんだけどね。
前に聞いた嘘の話を信じて、それを学校で話して恥ずかしい目にあったのは今も忘れてない。

「ちなみに、なんで年越しにそばを食べるかは知ってるかい?」

「ううん、知らない」

「そうかいそうかい。ひぇっひぇっひぇっ、じゃあそれも教えてあげようかね」

ばあちゃんは、よく僕に嘘をつく。
だからばあちゃんの話しは、大体は話半分に聞いてるくらいで丁度良い。
聞いた話が本当か嘘か、それは後で自分で調べればわかることだから。
だけどばあちゃんの嘘の作り話しも、つまらない歌番組を見てるよりはよっぽど面白い。
年越しまであと少し。
ばあちゃんの話を聞きながら、今年も年は過ぎていく。

「……あけましておめでとう、ばあちゃん。今年もよろしくね」

「ひぇっひぇっひぇっ。まぁ、よろしくしてやらんこともないよ」

そう言ったばあちゃんは、僕に年越しそばを作ってくれた。
ばあちゃん手製のサクサクの海老天が乗った年越しそばは、とてもおいしかった。


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