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1話
しおりを挟む俺には幼馴染の女の子がいる。
名前は柊茜(ひいらぎあかね)。
茜の家はうちの隣、それこそ親がずっと若い頃から家族ぐるみで仲が良い。
だから俺も、茜とは子供の頃からずっと一緒だった。
茜は幼い頃からなにかと人の面倒を見たがる、同い年でありながらもどこかお姉さんのような気質を持っていた。
この日、俺達はいつものように、他愛のない会話をしながら帰路についていた。
「いつの間にか、俺達も3年かぁ。ほんと、あっという間だったな」
皆から任されて始めた生徒会活動。
1年間意欲的に取り組んでいた活動も、3年となれば次の世代に代替わり。
後輩への引継ぎなどで慌ただしく時間が過ぎていき、それもしばらく前に終えている。
「……生徒会も終って一息つくかと思ってたら、今度は大学受験。やること終っても、いつまでも忙しいのは変わらないときた。本当、気の休まる時がないよ」
同じ生徒会に所属し、同じ苦労を分かち合ってきた茜に愚痴る。
すると茜はいつものように優しく笑いながら、「そうだね」と相槌を打ってくれる。
「でもたっくんも生徒会の仕事こなしながら、ちゃんと勉強もしてたじゃない。もうどの過去問題やっても、合格点は普通に取れるでしょ?」
「そりゃ、誰かさんがいつも付きっ切りで勉強見てくれるおかげだな」
「へー、そっかぁ。じゃぁ、その誰かさんには、ちゃんと感謝しなくちゃだね!」
「はいはい、感謝してますよ。いつもいつも、遅くまでありがとうございました」
「うん、どういたしまして。あ、でも油断大敵だよ? ちゃんと受験が始まるまで、また一緒に頑張ろうね!」
「……へーい」
小さい頃は何かとかまってくる茜に、しつこいと思う気持ちも沸いていたこともある。
だけどいつの間にか、茜が隣にいることが当たり前のように感じていた。
子供の頃とは言え、自分が言われたら傷ついてしまうようなことを何度口にしてしまったことか。
それでもどんな時でも、茜は優しい笑顔のまま。
見捨てるでもなく嫌うでもなく、いつでも俺のそばにいてくれて、俺の至らないところを受け止めてくれた。
これからいつまで茜のそばに居続けることが出来るかはわからないが、少しでも長くこの関係を続けていきたい、そう思える。
そんなことを考えながら歩いていると、横断歩道の前にたどり着く。
信号は丁度赤。
会話も一端途切れ、手持無沙汰で視線をフラフラ彷徨わせていると、とある場所に目が留まる。
「……あの公園」
「え?」
俺達の目が向いた先は横断歩道の向こう側、住宅地の中に作られたにしては少し大きめの公園。
そこは俺が中学に上がって部活動が忙しくなるまで、茜を含めて何人もの友達と毎日のように遊んだ思い出の場所だ。
それこそ中学の時だって、時間が合えば集合して一緒に遊んでいた。
小学生の頃に比べてみんな忙しくなったせいで、集まれるメンバーは減っていたけど、それでも特に仲のいい奴らはだいたい集まっていた。
いつまでも変わらない、これからもこのメンバーで一緒にやっていくんだ。
そう、その頃はそう思っていた。
「……まだ5年も経ってないってのに、あの頃が懐かしいな」
「そうだね、みんな元気にしてるかなぁ」
「……あぁ」
その友達も高校に進学するにあたり、茜以外はよそに進学して滅多に会うことが出来なくなってしまった。
今のように受験や責任ある役職で頭を悩ませることもなく、気楽な毎日を送っていたあの日々がとても懐かしい。
何処かしんみりとしてしまった俺の心境に、長年一緒にいる茜が気づいたのか気づいてないのか。
公園を見つめる俺に何を言うでもなく、ただ隣に立ち一緒に思い出の公園を見つめる。
俺達の間に言葉はないが、俺はこの沈黙が嫌いじゃなかった。
そんな俺達の足元を、いつの間にやってきたのか一匹の猫がトコトコと歩いていた。
その猫は一瞬、俺達の方を見上げてくる。
「……ニャー」
そんな間延びした鳴き声をあげて、またトコトコと通り過ぎていく。
「何してんの、こいつら?」と、どことなくその猫がそう言っているような気がした。
ちらっと茜の方を見ると、どうやら同じことを思っていたらしい。
茜も俺の方をちらっと見てきた。
「……ふっ」
「……ふふっ」
目と目があい、二人して同時に笑ってしまった。
こんなにも同じ反応をしてしまうのも、やっぱり幼馴染だからなんだろうなと、そう笑いながら思った。
ひとしきり笑いが収まってきたころ、そろそろ6時になるかどうかといった時間になる。
まだあたりは明るいといっても、そろそろ帰らないと親が心配する。
「……帰ろうか」
「うん」
そう言って歩きだろうとした俺の目に映ったのは、お行儀よく青信号になった横断歩道をのんびりと歩いている猫の姿だった。
頭がいいのか、ただの偶然か。
猫相手に少し感心しながら見ていると、耳に車のエンジン音が聞こえてきた。
「……ん?」
しかし、その音は歩道の信号が青だというのに緩む気配がない。
少し変だと思いそちらを見てみると、もう停止線の間近にせまっているのにその車はスピードを落とす気配がない。
むしろ少しずつ、車のスピードが上がっているような気さえする。
そしてついに車は、そのスピードのまま停止線を越えた。
「あ、危ない!」
俺の視線に茜も気が付いたようで、悲鳴に近い声を上げる。
その声に驚きでもしたのか、あろうことかその猫は横断歩道の途中で止まりこちらを振り返ってきた。
「ば、馬鹿野郎!」
「っ!? だ、駄目!」
それは咄嗟のことだった。
俺は頭で何か考える前に、その猫の方へ向けて走り出していた。
後ろで茜が俺の名前を呼んでいる気がしたが、動き出した体はもう止まらない。
生徒会で忙しかったとはいえ、気が向いた時にはサッカー部に混ざり汗を流していた。
サッカー部の人に筋がいいと褒められた足は、猫がいるところまであと少しという距離まで俺を走らせていた。
(あと少し!)
あと2、3歩ほどの距離。
(間に合う!)
そう思った俺の耳に聞こえたのは、間近で鳴らされた大きなクラクションの音。
横目で一瞬見た時、すでに車は2メートルほどにまで迫っていた。
(……ッ!)
体は走ってきた勢いで、すでに前に傾いている。
ここで急に止まっても、バランスを崩して結局車の前に転んでしまうのがオチだ。
だったら、せめて。
(あの猫だけでも!)
ここまで来たら、せめてあの猫だけでも守りたい。
生徒会をしてきて生まれた強い責任感からか、今まで幼馴染の優しさに助けられてきたからか。
全てを守りたいなんて言わない。
せめて目の前にある何かを守れるような男になりたい、そんな強い思いが俺の中にあった。
「ま、に、あ、えぇぇぇぇぇぇ!!!!」
俺は目の前の猫を助けるべく、最後の一歩を……。
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁあ!!!!!?」
「ぇぐッ!?」
踏み出そうとした瞬間、誰かに学生服の襟をつかまれて後方へと強引に引き戻された。
「……ッ……ゲホッ、ゲホッ!」
強引に引かれてバランスもとれず、勢いよく尻餅をついてしまう。
おまけに襟をひかれたせいで、咳が止まらなくて凄く苦しい。
息が止まるかと思った。
いや、今一瞬本当に止まった気さえする。
「……はぁ……はぁ……あぁ、くそっ、流石に、年か? まだ、若いつもり、だったのに……はぁ……少し、全力で走っただけで、息が……げほっ、うへぇ……」
「……あ、あんたは!」
まだ若干の痛みを覚える首をさすりながら、この痛みの元凶を睨み付ける。
そこにいたのは20代後半から30代半ばくらいに見える、スーツを着た小太りのおじさんだった。
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