肥満体型のおじさんが異世界で日常を謳歌する話

ネメシス

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3話

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「いっつぅ……あぁ、ほんと齢かねぇ? 少し全力で走っただけで息切れるし、体痛いし。明後日あたり、筋肉痛がやばいかもな」

勇敢で命知らずな高校生を危機一髪で助けて、人死には避けられた後のこと。
疲れと痛みでしんどい体を引きずりながら、我が家への道を頑張って歩いていた。
仕事が忙しく、たまの休日も疲れて一日中寝ていることがざらな生活。
そんな生活を続けていれば、それは運動不足にもなるというもの。

「……」

腹にポンポンと手を当てる。
押してはすぐに戻る、弾力のある大きい腹だ。

「……これでも大学まで柔道やってたんだけどなぁ……過去の栄光ってやつか、今じゃ見る影もないわな」

その頃の俺を知る人が今の俺を見たら、少し驚かれるかもしれない。
昔はこんな脂肪の塊なんてなく、腹筋だって少し割れていた。
100㎏超級選手としてならこの体型でもとりあえず納得されるだろう、しかし俺は元73㎏級。
仕事漬け、酒飲み、仕事の疲れで休日もゴロゴロとした日々……。
2、3年もしたら柔道をしていたころの面影なんてほとんどなくなっていた。
まさしく自業自得である。

「しかも下手に年取ったせいか、仕事慣れのせいか。説教とか嫌いだった俺が、他人に説教じみたことをするんだからなぁ。あの頃の俺が今の俺を見たら、何を思うやら」

仮にそんな状況になったとしたら、お前本当に俺か? と疑われるのは間違いない。
あの頃の俺が、将来こんな体形になるなんて夢にも思わないだろう。
かつての自分を思い起こしながら、「それにしても」と俺は今日会った青年のことを思い出す。

「……いる所にはいるもんだ。見ていて気持ちいいくらい、真っ直ぐなやつだったなぁ」

まだ子供ということを考えても、あぁも純粋というか正義感に溢れた人間は結構稀だと思う。
彼にも言ったが今の世の中、自分の身を犠牲にしてまで誰か、それこそ見ず知らずの他人や野良の動物を助けようとするやつなんて滅多にいないだろう。
誰だって自分の身が可愛いもの、どれだけ御大層なことを普段から言ってる奴だって、いざという時はビビッて体が動くわけがない。
まぁ、俺の捻くれた考えが多分に含まれてるところはあるし、事実なんてどうかは知らないけど。
実際、あの青年は俺の目の前で、自分の身を挺して誰かを守ろうとして見せたわけだから。

「……案外、人間その時になってみないとわからないもんだな」

かくいう俺自身が、いざという時にビビッて動けない一人と思っていたのだから。
とはいえこれに関しては、自分でその理由に気付いていたりする。
俺がなぜ今回のように、下手すれば自分も大怪我を負いかねないような救助活動を起こすことが出来たのか。
……その話をする前に、少し俺の暴露話をする必要があるだろう
俺は昔、本当に昔の一時期、いわゆる“厨二病”にかかっていた時期があった。
それは俺が小学校の6年に上がったくらいのこと。
大学まで柔道で体を鍛えていたわけだが、その始めたきっかけというのが、当時やっていた戦隊物のテレビを見て、肉弾戦で悪役をバッタバッタとやっつける様がかっこよかったからという安直な理由からだった。
あの頃の俺はテレビで見た彼らのように「俺も強くなりたい!」「俺の力で誰かを助けたい!」などという、ちゃちな正義感に目覚めてしまったのだ。
それで、俺もかっこよく誰かを助けるために、まずは体を鍛えないとと思い、何でもいいから格闘技を学ぼうと決めた。
柔道を選んだのは、当時町の体育館で行われていた柔道のクラブに友達が通っているという話を聞いたからで、深い理由なんて特になにもない。
当時は相手を投げ倒したら決め台詞とポーズをとって、その度に先生に「まじめにやれ」と怒られていたものだ。
それもしばらくすると、なぜか急に自分でやっていることに羞恥心を持つようになってきた。
だから先生に注意されたから仕方ないという理由を盾に、台詞もポーズも中学に上がる前に封印した。
少し早い厨二病の発症、そして少し早い厨二病の卒業だった。
話を戻すと、今回の俺の行動は青年の咄嗟の行動に、俺の封印された厨二魂が触発されてしまったからという、なんとも人に言えない恥ずかしい話なわけだ。

「……三十路越えで、厨二病再発なんてしてないといいけど。だ、大丈夫だよな?」

自分で気づかないうちに、変なことやらかさないか不安になってくる。
しかしそのおかげというのも癪ではあるが、幸いにも人死にが出なかったのだ。
だから今回に関しては、これでよしとしておこう。
……とはいえ、だ。

「……死んじまった猫は、可哀想とは思うけどな」

道路の隅で横たわる猫の姿が脳裏に浮かぶ。
そして青年に言った言葉の数々も思い出されて、深く重いため息が漏れる。

『俺はお前が死んだってどうとも思わんよ? だって見ず知らずの他人だし』

嘘だ。
他人だろうが何だろうが、子供が死んで悲しまないわけないだろ。

『そりゃ、目の前で人が死ぬのを見たら寝覚めが悪いだろうけど、その程度だ』

嘘だ。
自分で言うのもなんだけど、そう簡単に立ち直れるほど図太い心なんて持ってはいない。
というかこちとら現代日本人だぞ。
人が車にはねられて死ぬのを目の当たりにするとか、考えただけで気分が悪い。
多分、たまに夢に見てはうなされるだろう。
青年に言い聞かせるためとはいえ、よくもこうも本心とは違う言葉を紡げたものだ。
そしてなにより。

『何をそんなに息巻いてんだ? そりゃ、目の前で死体を見るのは酷かもしれないけど、猫だぞ?』

「……俺、猫好きなんだよなぁ」

基本的に小動物系。
犬に猫、兎に狐に狸と、好きな動物は色々いる。
その中でも特に猫が好きだ。
昔実家でも、可愛い三毛猫を飼っていたこともある。
男らしくないとか思われそうだから、あまり口にはしないけど。

「……今日は弔い酒とでも洒落込むか」

事故ではなく病死ではあったが、かつて飼っていた猫のことも思い出してしんみりした気持ちになってきた。
そんな気持ちもあってか、今日はあの猫を偲びながら静かに酒を飲みたい気分だ。
もしかしたらあの青年達もしてるかもしれないけど、俺も祈るとしよう。
あの猫が無事天国にいけるように、天国で幸せに暮らせるように。
こんな祈り、ただの自己満足でしかないとは思うけれど。



◇◇◇◇◇



「……」

車が行き交う道路の片隅。
轢かれてそのまま放置されていた猫。
時間が経てばカラスのエサになるか、もしくは業者に回収されるかだろう。

「……」

しかし傷だらけの体がもぞもぞと動き、本来物言わぬ死体となった猫がゆっくりと起きあがった。
歩道では帰宅途中の若者達が何人もいるが、不思議なことに誰もそれを不審に思う人はいなかった。
まるでその猫の姿が最初から見えていないかのように、談笑したり携帯をいじったり。
異常な事態にチラリとも視線を寄せない、普段通りの日常を人々は送っている。
それをどうでもいいように、先ほどのスーツを着た男の後ろ姿を目を細めて見つめる。

「……ちっ、余計な真似をしおって」

猫はあろうことか言葉を発し、不愉快そうに表情を歪ませながら鼻を鳴らした。
猫が立ち上がると同時に、体は黒い絵の具で塗りつぶしたように真っ黒に染まり、次の瞬間には傷のない元通りの体に戻っていた。

「まったく、この世界の知識では車に轢かれるのがポピュラーな方法らしいのだが、あの邪魔者のせいで轢かれ損ではないか。流石にもう同じ手には引っかからんだろうし……まぁ、よい。次の手を考えよう。次は邪魔の入らないように、入念に手順を整えてな」

そう言って歩き出した猫は、スーッと夕闇に溶けるように消えていった。


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