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4.原始の森の喧騒と悲劇
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ミア・ブラックウッドは男からもらったビンをベッドの脇の床に置いた。棚などという洒落たものはこの小屋にはなかった。
「騒々しいな」
男が頭を上げて言った。
ミアは最初なんのことだかわからなかった。
顔を上げて耳をすますと、たしかにいつもはひっそりとしている森がざわついているように感じられた。
「なにかしら」
「馬だ。人間が大勢近づいてくる」
「人間? めずらしい」
そうこうしているうちに、ミアの耳にも馬蹄の響きがつたわってきた。
こんな森の奥まで人間がやってくることは、ミアが住むようになってからはじめてのことだった。
外に出ると、騎兵がこちらへ向かってきていた。全部で十三騎いる。
ミアの前にきてひとりが馬から降りると、ほかの騎士もそれにならって地に足をつけた。それぞれが鎧をまとい武器を持ってる。物々しい雰囲気だった。
「まだ生きていたとはな。しぶとい女だ」
最初に降りた騎士が兜を脱いで言った。アランだった。
「殿下」
「陛下だ!」
「そうでしたね」
アランはひさしぶりに会うなり悪態をつき怒鳴ったが、ミアは平然としていた。
「ああ、でも追放されたわたしはもうあなたの臣下ではないので、アランと呼ばせてもらいます」
「この女……!」
アランは早くもいきり立って足を踏み鳴らした。
「それで、こんな僻地までじきじきになんのご用ですか?」
ミアに動ずるようすはない。
「魔物退治だ。いずれこの森を開墾する。その前に憂いを除いておく」
「魔物退治ですって?」
はじめてミアは感情を表に出した。
「ここに棲む魔物たちは人に害をなしたりしません! それに開墾だなんて何百年先のことを言ってるの。西の森でさえまだ手付かずじゃないですか」
ミアの言うとおり、混沌の森の手前には広大な西の森が存在し、そこもまだほとんど開拓されていなかった。
「う、うるさいっ!」
新王はなにも言い返すことができず、ただ怒りで身体を小刻みに震えさせ顔を赤くしたり青くしたりしていた。
「かせっ」
アランはとなりの兵士が持っていた槍を奪うと、矛先をミアに向けた。
「なんて口の聞きかただ。あいかわらず国王に対しての敬意が足らん!」
アランはミアの命を握ることで優位に立って心を落ち着かせようとした。
しかし、予想に反してミアは槍を向けられても怯えるようすはなかった。
「おだまりなさい!」
怯えるどころかミアは逆に声を張りあげた。
「罪なきものの命をいたずらに奪おうとする行為は、たとえ国王であっても許されることではありません! さっさとこの森から立ち去りなさい!」
王と小娘ではなく、女王と反逆者のような構図だった。
ミアとしてはめずらしいことではない。子どものころからこうしてアランに説教していた。
「小娘が!」
以前は年下のミアから叱られて涙ぐむことさえあったが、大人になったいまはちがっていた。国王として権力を振るい無理を通してきた。彼は暴力によって相手を黙らせることをおぼえたのだった。
ドスンとミアの背が小屋の壁にぶつかった。
みぞおちのあたりに深々と槍が刺さっていた。
「へぶっ……」
槍で突かれたときおかしな声が出たので、ミアは片手で口を押さえた。
「ひいっ!」
王は槍を手放して飛び退いた。
「おっ、おれじゃない!」
感情が高ぶりすぎて衝動的に動いたのだろう。本気で刺すつもりはなかったと言いたげだった。
(あなたじゃないの……素手の女ひとりを恐れて槍で突いてしまうなんて……ほんとうに愚かな人)
まったく後先を考えずに動くのは子どものときから変わっていない。
ミアは腹部を手で押さえ、壁に背をあずけたまま、ズルズルと腰を落とした。
指の隙間から血があふれている。生命を支えていたものがどんどん体外に流れ出しているのを感じる。エメラルドグリーンの瞳から光が失われようとしていた。
(是非もなし……)
結局、アランと結婚していても、この結果はまぬがれなかったのではないかと思う。
(それなら……)
ミアはあらためて「結婚しなくてよかった」と思った。
小屋の扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。
中から黄色い布をまとった大柄な男がのそりとあらわれた。
「騒々しいな」
男が頭を上げて言った。
ミアは最初なんのことだかわからなかった。
顔を上げて耳をすますと、たしかにいつもはひっそりとしている森がざわついているように感じられた。
「なにかしら」
「馬だ。人間が大勢近づいてくる」
「人間? めずらしい」
そうこうしているうちに、ミアの耳にも馬蹄の響きがつたわってきた。
こんな森の奥まで人間がやってくることは、ミアが住むようになってからはじめてのことだった。
外に出ると、騎兵がこちらへ向かってきていた。全部で十三騎いる。
ミアの前にきてひとりが馬から降りると、ほかの騎士もそれにならって地に足をつけた。それぞれが鎧をまとい武器を持ってる。物々しい雰囲気だった。
「まだ生きていたとはな。しぶとい女だ」
最初に降りた騎士が兜を脱いで言った。アランだった。
「殿下」
「陛下だ!」
「そうでしたね」
アランはひさしぶりに会うなり悪態をつき怒鳴ったが、ミアは平然としていた。
「ああ、でも追放されたわたしはもうあなたの臣下ではないので、アランと呼ばせてもらいます」
「この女……!」
アランは早くもいきり立って足を踏み鳴らした。
「それで、こんな僻地までじきじきになんのご用ですか?」
ミアに動ずるようすはない。
「魔物退治だ。いずれこの森を開墾する。その前に憂いを除いておく」
「魔物退治ですって?」
はじめてミアは感情を表に出した。
「ここに棲む魔物たちは人に害をなしたりしません! それに開墾だなんて何百年先のことを言ってるの。西の森でさえまだ手付かずじゃないですか」
ミアの言うとおり、混沌の森の手前には広大な西の森が存在し、そこもまだほとんど開拓されていなかった。
「う、うるさいっ!」
新王はなにも言い返すことができず、ただ怒りで身体を小刻みに震えさせ顔を赤くしたり青くしたりしていた。
「かせっ」
アランはとなりの兵士が持っていた槍を奪うと、矛先をミアに向けた。
「なんて口の聞きかただ。あいかわらず国王に対しての敬意が足らん!」
アランはミアの命を握ることで優位に立って心を落ち着かせようとした。
しかし、予想に反してミアは槍を向けられても怯えるようすはなかった。
「おだまりなさい!」
怯えるどころかミアは逆に声を張りあげた。
「罪なきものの命をいたずらに奪おうとする行為は、たとえ国王であっても許されることではありません! さっさとこの森から立ち去りなさい!」
王と小娘ではなく、女王と反逆者のような構図だった。
ミアとしてはめずらしいことではない。子どものころからこうしてアランに説教していた。
「小娘が!」
以前は年下のミアから叱られて涙ぐむことさえあったが、大人になったいまはちがっていた。国王として権力を振るい無理を通してきた。彼は暴力によって相手を黙らせることをおぼえたのだった。
ドスンとミアの背が小屋の壁にぶつかった。
みぞおちのあたりに深々と槍が刺さっていた。
「へぶっ……」
槍で突かれたときおかしな声が出たので、ミアは片手で口を押さえた。
「ひいっ!」
王は槍を手放して飛び退いた。
「おっ、おれじゃない!」
感情が高ぶりすぎて衝動的に動いたのだろう。本気で刺すつもりはなかったと言いたげだった。
(あなたじゃないの……素手の女ひとりを恐れて槍で突いてしまうなんて……ほんとうに愚かな人)
まったく後先を考えずに動くのは子どものときから変わっていない。
ミアは腹部を手で押さえ、壁に背をあずけたまま、ズルズルと腰を落とした。
指の隙間から血があふれている。生命を支えていたものがどんどん体外に流れ出しているのを感じる。エメラルドグリーンの瞳から光が失われようとしていた。
(是非もなし……)
結局、アランと結婚していても、この結果はまぬがれなかったのではないかと思う。
(それなら……)
ミアはあらためて「結婚しなくてよかった」と思った。
小屋の扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。
中から黄色い布をまとった大柄な男がのそりとあらわれた。
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