哀歌ーelegy-

sorarion914

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秘密

#5

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 女将がお通しと瓶ビールをテーブルに置く。
 佐倉は瓶を手に取ると、梶川のコップに注いだ。梶川は軽く頭を下げると、それを取って今度は自分が佐倉のコップに注いだ。
 先輩を『アンタ』呼ばわりした男とは思えない殊勝な態度に佐倉は思わず苦笑した。

「なんですか?」
「いや……」
 佐倉は笑いながら首を振ると、「お疲れさん」と言ってコップを空けた。
 疲れた体にアルコールが染みていく。
 梶川もコップのビールを一気にあおった。
 その様子を、佐倉はじっと見つめた。

 配属されてそろそろ1年経つが、梶川が他の捜査員とつるんでいるのをあまり見たことがない。
 食事や飲みに誘われても断っているようだった。
 自分も組んで1年経とうとしているが、こうして誘うのは今日が初めてだった。てっきり断られるかと思っていたが……
 しかし、だからと言って別に梶川が孤立しているわけではない。雑談ぐらい交わすし、それなりに協調性はある。必要な集団行動はきちんととれているし、大きくはみ出すような行動も今のところ見受けられない。

 ――佐倉にはそう見えた。

「内田の事はあまり気にするな。奴は仲間内でも嫌われてる」
「佐倉さんとは同期ですか?」
「俺の方が1年先だ。でも本部は奴の方が長い。俺はお前と同じ所轄上がりだよ」
 佐倉はそう言って、手酌で自分のコップにビールを注いだ。
「奴の叔父が警察庁にいるんだ。完全に縁故採用だよ……大した実力もねぇくせに、威張りくさって。キャリアになれなかったもんだから、腹いせに新人いびりだ」
 佐倉は注文した料理を口に運びながら言った。
「梶川に『アンタ』呼ばわりされた時の奴のツラ見たか?ありゃ最高だったな、スカッとしたぜ」
 そう言って笑う佐倉に、梶川も楽しそうに笑った。

 身上書では問題児扱いされていたが、佐倉が今日の出来事を反芻していて思ったのは、この男、もしかしたらではなくで揉め事を起こすことが多いのではないか……という事だった。

 だから必要以上に他の捜査員と関わらない。

 穏やかそうに見えるが、自分に対して敵意を向けてくる相手には容赦しないぞ、という態度が見て取れる。
 例えそれが先輩や上司であっても、理不尽な態度に出るなら迎え撃つぞ……と。

 勇ましいが、不器用な生き方だな――と佐倉は思った。

 こういう組織では、要領よく立ち回る人間の方が賢い。愚直に己を貫く人間は馬鹿を見るだけだ……
 黙ってつまみを口に運ぶ梶川を見て、佐倉は言った。
「内田には監察ジンイチが付いて回ってるって話だ。だからあまり関わるな」
「あの時計見ましたか?」
 そう言って梶川が手首を指差した。
「本物なら1千万以上する」
「ただの地方公務員が買うには勇気が要るな。俺が買ったら嫁さんに殺される」
 ははは、と梶川は笑った。
「お子さんはいるんですか?」
「中学生の娘が1人」
「へぇ」
「でも絶賛反抗期中で、最近は口をきいてくれない」
 それを聞いた梶川は、弾けた様に大笑いした。
「あはははは」
「おい……そんなに笑うなよ」
 眉間を寄せる佐倉に、「すいません」と梶川は謝ったが、どうにも笑いが堪え切れず腹を抱えた。
「でも、ヤクザ相手に啖呵切る男が、家で娘に口きいてもらえないって――」
「……」
 佐倉は恥ずかしそうに顔を歪めると、「難しいんだよ、年頃の娘は」と言い捨てて、照れ隠しにビールを追加注文した。

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