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秘密
#5
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女将がお通しと瓶ビールをテーブルに置く。
佐倉は瓶を手に取ると、梶川のコップに注いだ。梶川は軽く頭を下げると、それを取って今度は自分が佐倉のコップに注いだ。
先輩を『アンタ』呼ばわりした男とは思えない殊勝な態度に佐倉は思わず苦笑した。
「なんですか?」
「いや……」
佐倉は笑いながら首を振ると、「お疲れさん」と言ってコップを空けた。
疲れた体にアルコールが染みていく。
梶川もコップのビールを一気にあおった。
その様子を、佐倉はじっと見つめた。
配属されてそろそろ1年経つが、梶川が他の捜査員とつるんでいるのをあまり見たことがない。
食事や飲みに誘われても断っているようだった。
自分も組んで1年経とうとしているが、こうして誘うのは今日が初めてだった。てっきり断られるかと思っていたが……
しかし、だからと言って別に梶川が孤立しているわけではない。雑談ぐらい交わすし、それなりに協調性はある。必要な集団行動はきちんととれているし、大きくはみ出すような行動も今のところ見受けられない。
敢えて距離を置いている――佐倉にはそう見えた。
「内田の事はあまり気にするな。奴は仲間内でも嫌われてる」
「佐倉さんとは同期ですか?」
「俺の方が1年先だ。でも本部は奴の方が長い。俺はお前と同じ所轄上がりだよ」
佐倉はそう言って、手酌で自分のコップにビールを注いだ。
「奴の叔父が警察庁にいるんだ。完全に縁故採用だよ……大した実力もねぇくせに、威張りくさって。キャリアになれなかったもんだから、腹いせに新人いびりだ」
佐倉は注文した料理を口に運びながら言った。
「梶川に『アンタ』呼ばわりされた時の奴のツラ見たか?ありゃ最高だったな、スカッとしたぜ」
そう言って笑う佐倉に、梶川も楽しそうに笑った。
身上書では問題児扱いされていたが、佐倉が今日の出来事を反芻していて思ったのは、この男、もしかしたら外ではなく内で揉め事を起こすことが多いのではないか……という事だった。
だから必要以上に他の捜査員と関わらない。
穏やかそうに見えるが、自分に対して敵意を向けてくる相手には容赦しないぞ、という態度が見て取れる。
例えそれが先輩や上司であっても、理不尽な態度に出るなら迎え撃つぞ……と。
勇ましいが、不器用な生き方だな――と佐倉は思った。
こういう組織では、要領よく立ち回る人間の方が賢い。愚直に己を貫く人間は馬鹿を見るだけだ……
黙ってつまみを口に運ぶ梶川を見て、佐倉は言った。
「内田には監察が付いて回ってるって話だ。だからあまり関わるな」
「あの時計見ましたか?」
そう言って梶川が手首を指差した。
「本物なら1千万以上する」
「ただの地方公務員が買うには勇気が要るな。俺が買ったら嫁さんに殺される」
ははは、と梶川は笑った。
「お子さんはいるんですか?」
「中学生の娘が1人」
「へぇ」
「でも絶賛反抗期中で、最近は口をきいてくれない」
それを聞いた梶川は、弾けた様に大笑いした。
「あはははは」
「おい……そんなに笑うなよ」
眉間を寄せる佐倉に、「すいません」と梶川は謝ったが、どうにも笑いが堪え切れず腹を抱えた。
「でも、ヤクザ相手に啖呵切る男が、家で娘に口きいてもらえないって――」
「……」
佐倉は恥ずかしそうに顔を歪めると、「難しいんだよ、年頃の娘は」と言い捨てて、照れ隠しにビールを追加注文した。
佐倉は瓶を手に取ると、梶川のコップに注いだ。梶川は軽く頭を下げると、それを取って今度は自分が佐倉のコップに注いだ。
先輩を『アンタ』呼ばわりした男とは思えない殊勝な態度に佐倉は思わず苦笑した。
「なんですか?」
「いや……」
佐倉は笑いながら首を振ると、「お疲れさん」と言ってコップを空けた。
疲れた体にアルコールが染みていく。
梶川もコップのビールを一気にあおった。
その様子を、佐倉はじっと見つめた。
配属されてそろそろ1年経つが、梶川が他の捜査員とつるんでいるのをあまり見たことがない。
食事や飲みに誘われても断っているようだった。
自分も組んで1年経とうとしているが、こうして誘うのは今日が初めてだった。てっきり断られるかと思っていたが……
しかし、だからと言って別に梶川が孤立しているわけではない。雑談ぐらい交わすし、それなりに協調性はある。必要な集団行動はきちんととれているし、大きくはみ出すような行動も今のところ見受けられない。
敢えて距離を置いている――佐倉にはそう見えた。
「内田の事はあまり気にするな。奴は仲間内でも嫌われてる」
「佐倉さんとは同期ですか?」
「俺の方が1年先だ。でも本部は奴の方が長い。俺はお前と同じ所轄上がりだよ」
佐倉はそう言って、手酌で自分のコップにビールを注いだ。
「奴の叔父が警察庁にいるんだ。完全に縁故採用だよ……大した実力もねぇくせに、威張りくさって。キャリアになれなかったもんだから、腹いせに新人いびりだ」
佐倉は注文した料理を口に運びながら言った。
「梶川に『アンタ』呼ばわりされた時の奴のツラ見たか?ありゃ最高だったな、スカッとしたぜ」
そう言って笑う佐倉に、梶川も楽しそうに笑った。
身上書では問題児扱いされていたが、佐倉が今日の出来事を反芻していて思ったのは、この男、もしかしたら外ではなく内で揉め事を起こすことが多いのではないか……という事だった。
だから必要以上に他の捜査員と関わらない。
穏やかそうに見えるが、自分に対して敵意を向けてくる相手には容赦しないぞ、という態度が見て取れる。
例えそれが先輩や上司であっても、理不尽な態度に出るなら迎え撃つぞ……と。
勇ましいが、不器用な生き方だな――と佐倉は思った。
こういう組織では、要領よく立ち回る人間の方が賢い。愚直に己を貫く人間は馬鹿を見るだけだ……
黙ってつまみを口に運ぶ梶川を見て、佐倉は言った。
「内田には監察が付いて回ってるって話だ。だからあまり関わるな」
「あの時計見ましたか?」
そう言って梶川が手首を指差した。
「本物なら1千万以上する」
「ただの地方公務員が買うには勇気が要るな。俺が買ったら嫁さんに殺される」
ははは、と梶川は笑った。
「お子さんはいるんですか?」
「中学生の娘が1人」
「へぇ」
「でも絶賛反抗期中で、最近は口をきいてくれない」
それを聞いた梶川は、弾けた様に大笑いした。
「あはははは」
「おい……そんなに笑うなよ」
眉間を寄せる佐倉に、「すいません」と梶川は謝ったが、どうにも笑いが堪え切れず腹を抱えた。
「でも、ヤクザ相手に啖呵切る男が、家で娘に口きいてもらえないって――」
「……」
佐倉は恥ずかしそうに顔を歪めると、「難しいんだよ、年頃の娘は」と言い捨てて、照れ隠しにビールを追加注文した。
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