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散華
#2
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梶川は両手で湯飲みを掴むと、その温かさを噛みしめるように言った。
「拓夢は、自分が息子として父親の期待に応えられない人間だと、日記の中で詫びていた。後を継げないし、後継ぎも作れない――男としても役立たずだと」
「それは……」
どう言っていいか分からない佐倉は、慎重に言葉を選びながら聞いた。
「同性しか愛せないからか?」
その言葉に梶川は微かに頷くと、「日記を読ませてもらった」と呟いた。
「読んでるこっちが恥ずかしくなるくらい、俺への気持ちが綴られてたよ。あの大人しい男の中に、あんなに激しい感情が燻ぶっていたんだな。気づいていれば……」
そう呟いた後、梶川は項垂れるように首を振った。
(いや……本当は薄々気づいていた)
けれど気づかない振りをしていた。
誰にも知られたくない秘密を抱えたまま――同じ秘密を抱えた者を、自分は見殺しにしたのだ。
「お前もそうなのか?」
と、佐倉が聞いた。
梶川は顔を上げた。
容疑者と対峙する時の様な険しい表情で、佐倉が言った。
「あの少年と、関係を持ったのか?」
「――」
梶川は何も言わなかった。
言わなくても、その無言の返答で佐倉は察した。
はぁ……とため息をつき、首を振る。
女でも出来たんじゃないかと、呑気に笑っていた矢島を思い出して、思わず苦笑してしまった。
「それで訓戒と停職一か月か……」
「いっそ免職にしてくれと思ったよ。しかも依願退職は認めないって――」
飼い殺しかよ、と梶川はぼやいた。
「息子が愛した男なら、身内も同然ということか」
佐倉の言葉に、梶川は「迷惑な話さ」と一蹴する。
息子の思いに気づいてやれなかった贖罪に、梶川を一人前にすることが自分の使命だと言わんばかりに、富永は頼みもしない移動や昇級に口添えをして――おかげでいわれのないやっかみを受け、行く先々で突き回される。
よせばいいのに梶川も、理不尽な対応には我慢ならない性格ゆえに対抗し、人間関係のトラブルが絶えなかった。
なるほど。所轄の問題児は、こうして出来上がったのか……と、佐倉は思って苦笑した。
「民生に相談して、寮のある職場を探していた。家を出て、仕事に付けば落ち着くだろうと……一緒に住んだのはマズかったと思う。けど、放っておけなかった」
「内田がそれに気づいてチクったのか」
「目の敵にしてたからな、俺の事」
梶川はそう言うと、再び込み上げてきた怒りに軽く舌打ちした。
「アイツ……コソコソ嗅ぎまわって許せねぇ」
「エージ」
「テメェを棚に上げてやることか?探られて痛てぇ腹抱えてるのはヤツも同じだ」
「分かるが、自棄になるな」
落ち着くよう諭す佐倉に、梶川は言った。
「自分には強い後ろ盾があるから余裕こいてるんだろう。警察庁の叔父なんか知ったことか」
「エージ」
「首を捨てた人間が一番強い事を教えてやる」
切れそうなほど、鋭い目で自分をじっと睨みつける梶川に、佐倉は険しい顔をすると低く唸った。
「バカなことは考えるな……刑事部長はお前に期待をして残留にとどめておいたんだ。それを忘れるな」
「違う!あの男は自分の落ち度を俺で穴埋めしたいだけだ」
「それでもお前の実力を評価して信じてる仲間がいる!」
その台詞に、梶川は言葉を飲んで佐倉を見た。
佐倉は言った。
「俺もそうだ。お前の事を認めてる。大事な仲間だ」
「……」
「口さがない連中もいるだろうが、大部分はお前の味方だ。信じて待ってる。だから――」
佐倉はそう言うと、一呼吸おいて、穏やかな表情で梶川を見た。
「バカなことはするな」
「……」
梶川は何も言わなかった。
何も答えず立ち上がると、ガード下の店を出た。
夜の帳が下りた繁華街は、目の眩む様なネオンと野卑た呼び込みの声で溢れている。
その雑踏の中へ消えていく梶川の後ろ姿を 佐倉は不安な面持ちで見送った。
「拓夢は、自分が息子として父親の期待に応えられない人間だと、日記の中で詫びていた。後を継げないし、後継ぎも作れない――男としても役立たずだと」
「それは……」
どう言っていいか分からない佐倉は、慎重に言葉を選びながら聞いた。
「同性しか愛せないからか?」
その言葉に梶川は微かに頷くと、「日記を読ませてもらった」と呟いた。
「読んでるこっちが恥ずかしくなるくらい、俺への気持ちが綴られてたよ。あの大人しい男の中に、あんなに激しい感情が燻ぶっていたんだな。気づいていれば……」
そう呟いた後、梶川は項垂れるように首を振った。
(いや……本当は薄々気づいていた)
けれど気づかない振りをしていた。
誰にも知られたくない秘密を抱えたまま――同じ秘密を抱えた者を、自分は見殺しにしたのだ。
「お前もそうなのか?」
と、佐倉が聞いた。
梶川は顔を上げた。
容疑者と対峙する時の様な険しい表情で、佐倉が言った。
「あの少年と、関係を持ったのか?」
「――」
梶川は何も言わなかった。
言わなくても、その無言の返答で佐倉は察した。
はぁ……とため息をつき、首を振る。
女でも出来たんじゃないかと、呑気に笑っていた矢島を思い出して、思わず苦笑してしまった。
「それで訓戒と停職一か月か……」
「いっそ免職にしてくれと思ったよ。しかも依願退職は認めないって――」
飼い殺しかよ、と梶川はぼやいた。
「息子が愛した男なら、身内も同然ということか」
佐倉の言葉に、梶川は「迷惑な話さ」と一蹴する。
息子の思いに気づいてやれなかった贖罪に、梶川を一人前にすることが自分の使命だと言わんばかりに、富永は頼みもしない移動や昇級に口添えをして――おかげでいわれのないやっかみを受け、行く先々で突き回される。
よせばいいのに梶川も、理不尽な対応には我慢ならない性格ゆえに対抗し、人間関係のトラブルが絶えなかった。
なるほど。所轄の問題児は、こうして出来上がったのか……と、佐倉は思って苦笑した。
「民生に相談して、寮のある職場を探していた。家を出て、仕事に付けば落ち着くだろうと……一緒に住んだのはマズかったと思う。けど、放っておけなかった」
「内田がそれに気づいてチクったのか」
「目の敵にしてたからな、俺の事」
梶川はそう言うと、再び込み上げてきた怒りに軽く舌打ちした。
「アイツ……コソコソ嗅ぎまわって許せねぇ」
「エージ」
「テメェを棚に上げてやることか?探られて痛てぇ腹抱えてるのはヤツも同じだ」
「分かるが、自棄になるな」
落ち着くよう諭す佐倉に、梶川は言った。
「自分には強い後ろ盾があるから余裕こいてるんだろう。警察庁の叔父なんか知ったことか」
「エージ」
「首を捨てた人間が一番強い事を教えてやる」
切れそうなほど、鋭い目で自分をじっと睨みつける梶川に、佐倉は険しい顔をすると低く唸った。
「バカなことは考えるな……刑事部長はお前に期待をして残留にとどめておいたんだ。それを忘れるな」
「違う!あの男は自分の落ち度を俺で穴埋めしたいだけだ」
「それでもお前の実力を評価して信じてる仲間がいる!」
その台詞に、梶川は言葉を飲んで佐倉を見た。
佐倉は言った。
「俺もそうだ。お前の事を認めてる。大事な仲間だ」
「……」
「口さがない連中もいるだろうが、大部分はお前の味方だ。信じて待ってる。だから――」
佐倉はそう言うと、一呼吸おいて、穏やかな表情で梶川を見た。
「バカなことはするな」
「……」
梶川は何も言わなかった。
何も答えず立ち上がると、ガード下の店を出た。
夜の帳が下りた繁華街は、目の眩む様なネオンと野卑た呼び込みの声で溢れている。
その雑踏の中へ消えていく梶川の後ろ姿を 佐倉は不安な面持ちで見送った。
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