あなたがそれを望むなら! ~私はストーカーをしてしまう人に全力の愛を贈ります~

極限環境微生物

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1話 21世紀の精神異常者 

“加速装置”

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 あー移動は面倒くさいぜ。私はそんなことを考えながら、時折カゴの中の鞄が飛び出そうな程に揺れるアスファルトの上を自転車で走る。
 
 私と志帆は、人目につかず焚き火たきびが出来そうな河原に向かっていた。
 
 丁度いい流木が落ちていそうな河原までは私の軽快車ママチャリで30分もかからずに着くだろう。しかし面倒な原因は距離ではなかった。
 
 この町は良い所だが道は悪い。ひび割れやわだちが出来ていたり、“穴ぼこ”になっている所もあった。
 父から聞いたが、たくさんの雪が降る町は一冬を越すとどこでもそうなるらしい。
 
 私は悪路で自転車が揺れることが嫌いだった。気を抜いてスピードを出したまま突っ込めば、タイヤのゴムチューブに穴があく。
 また振動による衝撃でギアチェーンが外れてしまえば、人の往来の中で刀鍛冶職人のような硬派な顔をして、爪の中まで黒くなる汚れた油を触らなくてはならない。
 
 ……どんな場所でも、鬼気迫る表情で修理をしていれば「ああ……これは『お仕事中』だな」と思われるはずだ。いや無理か。
 とにかく私は、学校で後ろ指をさされて「あっ、知ってる。いつも道端でチェーン直してる子だよね?」とは絶対に言われたくなかった。なんか女の子っぽくない。
 
 ――ふぅ。とため息をついて、自転車を漕ぎながら日焼け防止のために被っていた帽子ワークキャップを深くかぶり直す。
 これらが私が移動する際は注意を払う理由で、それがやっぱり面倒くさい。
 ときどき路面に現れる、コンビニおにぎりの海苔みたいな形をした、水を入れすぎた墨汁色のように新しいアスファルトを見ながら思った。


 
「北原! “加速板”だッ! 乗り込めッ!」
 
「えっ? なに?」
 
 志帆が突然大声を出す。私の理解が追いつく前に、彼女はきれいに修繕された直後の、滑らかな路面に乗り込んだ。
 それと同時に、裏声で「シューン」と言ってスピードを上げた。
 
 ……っ! やはり志帆、君は危険だ。――面白すぎる。
 
「ライン取りを間違えるな! 甘ければチェーンごとぞ!」
 
「わかった。まずは“追跡トレース”する!」
 
 前を走る志帆が、言ったな嬢ちゃん、ついてこれるかな。と言ってにやりと笑う。しかし私達の目の前には色の変わった路面が広がっている。あれは……はっ! しまった。
 段差だ。色が変わった所から一段高くなっているじゃないか。
 
 徒歩ならまったく気にせず乗り越えられる程度の高さ。しかし私達の自転車は今、“加速”してしまっている……! この速度で突っ込めばチェーンどころかタイヤ……いや、“身体”までもが『ハジ』けかねない。
 
「だめだよ速すぎる! 志帆とまって!」私は限界だった。もうこれ以上、道端でチェーンを直したくはない。
 
「いいんだ北原。加速した“今”がいいんだ」
 
「なにバカ言ってるの!? スピードを落として!」
 
 志帆はスピードを緩めない。ダメだ、このまま突入すれば彼女の体は衝撃で弾み“ソラ”に放られてしまうっ! 私は苦い顔で志帆に、止まってと叫んだ。しかし。
 ――――!?
 
「な、なにィーーーー!!?」
 
 彼女はハンドルを持ちながら自転車から飛び降りて、速度を殺さないように両足で走りだす!
 そして段差へと進入エントリーする瞬間、彼女は片手でハンドルを、もう片手で車体フレームを掴み、自転車を持ち上げた。
 
「そうか、そのための“加速”……!」私は志帆の言葉の意味をやっと理解した。
 
 腰掛け椅子を積んだ自転車ママチャリはいつもより重い。それを持って走り続ける事はいくら彼女でも不可能だった。しかし持ち上げた瞬間に段差をクリア出来れば、話は変わる。
 
 私はそんな彼女を横目に見ながら、段差が無い歩道に乗り上がりそれらを回避した。
 だって汗かきたくない。
 
は……“無限加速床”か……?」
 
 志帆が驚いたように呟く。とは段差の向こう側。周りを見れば立派な合同庁舎と、歴史上一片たりとも名の出なかった若い宗教の施設が見える。
 色が変わったと思われた路面は、向こう二百メートル程まで綺麗に舗装された、起伏一つ無い滑らかなアスファルトだった。
 
「ここは“回復床”だよ。志帆の画面右上にある、緑色のエネルギーゲージが回復しているのが見えるでしょ?」
 
「確かに。無茶をした体が休まる」彼女は笑った後に、はっと気が付いたような顔をした。「……そうか、そうだったのか。“ハヤブサ船長”の専用マシン“青いはやぶさ”のエンジンは、ペダルによる筋肉駆動あしこぎだったのか……ふっ。どうりで『大乱闘』では足が速いわけだ」
 
 な? と、きらりとした瞳で同意を求めてくる彼女に、私はにっこり微笑んで頷き返す。
 志帆はどんなゲーム・漫画ネタでも「一」を振ったら「十」で返してくるのが少し怖かったからだ。
 
「ていうか“加速板かそくいた”じゃなくて“ダッシュ床”だと思ってた」
「私もあの踏んだら加速する床の正式名称も原理も未だに分からない。現実には新千歳空港にあることだけは知ってる。『動く歩道』というらしい。」
「あー知ってる。勝手に“加速装置”って名付けてた」
「わかる。歩きながらあれに乗ったら加速するよなwww」
 
 私達はペダルを漕がなくても、滑るように進む路面に癒やされつつ先へ進んだ。
 
 私の自転車のカゴにある鞄には、日焼け止め等の生活品と、燃料集めるための適当な袋、火を点けるための百円ライター、念のため小型のナイフを入れていた。
 昨日も一昨日も晴れていたことから、ナイフで枯れ木を加工しなくともライターさえあれば火は容易に起こせることは分かっていた、しかし念のためだ。
 
 私の自転車と彼女の愛車の荷台には、落ち着いて楽しむために座り心地を重視したキャンプ用の椅子を一脚づつ積んでいる。
 
 少し重たかったが、焚き火においてリラックスするための椅子はめちゃくちゃ重要だ。まず、椅子を開いて地面に置いた時、背中やシート部分の生地が弛(たる)まないようなの少ないキャンプ椅子は、長時間座っているとお尻が痛くなるし疲れるんだよ。
 
 さっきのおふざけのおかげで、すぐに最寄りのスーパーマーケットの駐輪場に辿り着いた。
 
「よおブラザー、ここいらで物資の調達といこうぜ。武器を貸してくれ」
 
 志帆が木曜洋画劇場にいる陽気なアフロみたいな喋り方をする。私が鞄を投げ渡すと、彼女はそれを片手で受け取り、肩に背負った。
 
「おいおい、怪我人を出す気か?」私もマッチョな声で返答する。
 
「まさか。オレは怪我で苦しむ人を見るのはきらいだよ。誰も苦しませたくはない」アフロは本当に嫌そうに言った。そして敬虔な信者のように両手を組む。「オレ達が帰る頃にはきっと、今日のことを神に感謝しているさ。――生きている奴がいれば、な」
 
「イカれた野郎め! 地獄へようこそ!」
 
 おかしくなったように、ひゃははと笑うアフロに向けて私は、SPAS12を腰だめ打ちする。ズドン! という私の声と共にそいつは「あ……あ……あめま!」と言って爆散した。
 
 私達はスーパーマーケットで飲み物とアルミホイル、それで包んで焼いたら美味しそうな食材を選んで購入する。先程のやりとりを思い出してニヤニヤする私の顔を誰かに見られていなければいいが。
 
 なお、お互いの選んだ品物は見ないようにした。それは現地に着いてからのお楽しみとする。食材が被ったらどうするとかは考えないこと!
 
 二人でスーパーから出た際に、私は見上げるように志帆に笑顔を向けたら、彼女も微笑みながらこちらを見ていた。
 私達は再び自転車に乗り込み、私が先導して河原への道を行く。
 


 
 続く

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