あなたがそれを望むなら! ~私はストーカーをしてしまう人に全力の愛を贈ります~

極限環境微生物

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1話 21世紀の精神異常者 

泣いてないって、別に。

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 ……ガッ! ガチャガチャッ!
 教室内にはドアノブを力強く回す音が聞こえた。もちろん、そのドアは開く。

「うええええぇ!? ごめん!!?」

 勢い良く教室に飛び込んでしまう数人の男子が、入室と同時に驚きながら謝った。その後はそれぞれが多様な挙動を見せた。

 自分の足元を見つめて立ち尽くす者、周りを見回しながらも必死に自分の顔を隠す者、急いで教室から出ようとしているのに、扉の外から内側に押し返される者。彼らの表情と怒声は、まさしく地獄そのものだった。

 〈女子が鍵をかけ忘れたのか!? だとしたら……俺はノゾキ魔か変態になってしまうぅ!!〉
 驚きながら謝っていたのはそんなところだろうと私は予想した。
 いつもなら心から笑えたが、今日のクラスメイトの笑いは少し乾いていた。

「……。」

 いつも千里と一緒にクラスをまとめる役になる、大人びた性格の東大和あずまやまとが、何かを察したように黙って座る。野球部独特の鍛えられた大きな下半身は見ていて安心感があった。

 それを見てやっと状況を把握した男子は、女子に話を振らずゲームやネットの話をして帰りのホームルームの時間を待つようだった。

「……なんか雰囲気ちがくねー? 葵、ちょっと来てよ」

 空気も読まずに言い出したのは、宮西健太みやにしけんただ。彼も彼女と同じこのクラスのムードメーカーだった。
 一度脱色されたことがあるような不自然に明るい黒色の髪はみんなの目を引く。そのモタった喋り方と相まって、少しやんちゃな雰囲気が可愛らしいとも思えた。

 しかし、およそクラスの全員が何か雰囲気が違うと察して、近くの席の人同士で雑談をする中、彼は葵を呼び出し教室の後ろのすみっこで話し合う。うーん健太まじ主人公。

「だから、何で教えてくれないんだよ。しかも葵、最近元気なくねーか?」

 クラスのみんなは空気を読んで、雑談をしているフリをしながら、彼らの会話に耳を傾けた。

「いや、別になんも無かったって。ちょっと疲れてるだけだし」

 葵も、教室のみんなに聞かれているのは分かっているんだろう。とても話しづらそうだった。

「んな訳ねーだろ。ってかお前……もしかして泣いてた?」

「うっ、泣いてないって、別に。今日はもういいっしょ」

 彼女は教室の後ろの壁に背中を預けて会話を始めてしまったために逃げられない。彼もみんなに背中を向けているため、声色でしか感情は読み取れなかった。
 あっ……葵のあの目は……! 間違いない。『助けて』と、私や春に目配せするが、それが宮西には気に食わなかったようで、彼は声を荒げてしまった。

「何ほかの奴の顔色うかがってんだよ……まさかお前もイジメられてんのか!?」

 彼女は焦ったように否定する。その拍子に、ロッカーにあった私の鞄の角度がズレた。せっかくばみりまでして最適な位置に置いているのに。

「じゃあなんで元気ないんだよ、俺と目を合わせないんだよ!」言い終わると同時に、ドンッという音がした。

 …………え、ええー! 壁ドン!? リアルでやるのはじめてみた。

「俺、お前によそよそしくされると、なんか嫌な気分になるんだよ」

 でえぇーー!!!? あ、地の文いれないと、奥歯を食いしばるような苦い声色で彼は言った。クラス中の全員がその瞬間、目をつむり天を仰いだ。と思う。そして皆が一つの結論に至った。と思う。



 ――――――――――アオハルかよ。 クラスメイト一同より(たぶん)
 
 
 分かった。もう分かった。あおちゃん言って良いよ。何があったのか全部言って良いよ……ってお前メス顔になってんじゃねぇよ。言いよどむな何か言え。

 なに顔真っ赤にしてんの。はぁーー上目づかいして両手で自分の前髪さわさわしてんの見るとイライラするぅーー。目を泳がすな目を。堕(お)ちたな。「葵、頼むよ……。」

 宮西の切なそうな声で追撃キタ━━( ゜∀  ゜)━━!! はわはわ言いながら目ぇグルグルになってんじゃねえよ萌えキャラかよ。

 私の脳内のクラスメイト一同より。(たぶん。当たらずといえども遠からず)

「今日あったこと、私から説明しよう」
 千里が助け船か、お邪魔虫か、葵にとってはどちらになったか分からないけど出してあげてた。




 ――――――――――――――――――――




「葵、ごめん。そんなことあったなんて」

「いや。こっちこそごめん、宮西を信じてない訳じゃなかったんだけどさ。ちょっと怖くなってて」

 宮西の表情から読み取れる。人の変化に気づけなかった歯がゆさと、犯人への強い怒り。だけど安心して、君のおかげで彼女はずいぶん救われてるよ。



 他に誰が盗まれたの? あー……仁科達か、なるほどねー。おい山田、お前じゃねーの? ……っ!? ぼ、ぼくは……!



 心無い一言で、クラス中の猜疑の目が一気に山田くんに集まった。だから私は彼を見据えて強く言う。

「山田くんはそんなことしないよ。私、山田くんは信用してる」

 山田は辛そうな顔でこっちを見ていた。


「いやてかさ、まじそんな奴このクラスにいるの? 怖っ、きもっ」


 この一言でやっと全員が、犯人は今ここにいるかもしれないという可能性に気がつく。教室内は重く嫌な雰囲気になった。

鈴木千里が言っていた通りだ、このクラスにやった奴がいるとは限らない。俺はそう思いたい。だからこの件、今は鈴木達に任せて、俺たちは警戒だけしておこう」

 東が不安定になっていた場を締める。
 何とかできないかな東。俺、なんもしないでいるとモヤモヤすんだよ。そんな声も聞こえてきた。
 とにかく今は東が暴走しそうな男子を止めてくれるから助かった。

 しかしこの、私達に向けられた疑惑の目や、改めて"女性"と認知させられる妙な感覚が最初から得意な女子生徒はいないだろう。
 人によっては、辱めとも感じるんだ。だから私は、言いふらしたくなかったが、しかし。またとないチャンスが飛び込んできたのも事実だった。私は葵に感謝した。



――――――――――――――――――――



 職員室には部活動の顧問以外は全員揃っていた。私を含めた被害者の三人と千里で、高田たかだ先生に相談した。 

 若い女性教諭なだけあって、本件には真剣に取り合ってくれた。今後こんなことが起こらないように教員で話し合い対策を練るそうだ。せめて別室で言ってくれないかな。
 吉川教諭にも私達の話が聞こえているようだった。こちらの方を観察するように見ていた。

 とりあえず春と葵は安心してくれた。
 しかし高田先生の口から、いつ頃までに対応策を立案し実行されるのか、その詳細をこの場で私達が聞くことはなかった。



 続く


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