血液探偵事務所!

宇地流ゆう

文字の大きさ
1 / 8
第1章「キャッスル・ブラン」

1. 身体で払えと言われても

しおりを挟む
 スターバックスがあと100メートル手前に建設されていればよかった。 

 それとも、もっと前の話で、学校に折り畳み傘を置いていればよかったとか、最初から寄り道しないで真っ直ぐ帰っていればとか、まあ言い出せばきりがない。

 あたしだって過去のできごとをあれこれ言ったって、何も変わらない事はわかってる。

 ただあんな運命のいたずらがなければ、あたしは今もごく普通の女子高生、真田一花として平凡なハッピーライフを満喫できていたことは確かだ————

 とにかくその時は試験も近くなっていたし、風邪をひきたくないってことしか頭になくて、突然勢いよく降り出した大雨をしのぐ場所が欲しかったのだ。そこであたしは目についた、そのちょっと怪しげな喫茶店に飛び込んだっていうわけ。

 それはいつもの通学路から少しはずれた裏路地に、ふたつの雑居ビルの間に挟まれるようにして立っていた。忘れ去られた昭和の純喫茶といった感じで、薄汚れた煉瓦造りの壁には蔦が絡まり、小さな窓にはブラインドが下りて中の様子もあまり見えない。

 が、ドアには確かに「キャッスル・ブラン 営業中」と書かれた木の看板がかかっている。最近流行りの「レトロかわいい」と言うにも少し無理があるような寂れた雰囲気だし、聞いたことも見たこともない喫茶店だ。

 不思議に思いながらも、段々と勢いを増す雨から逃れるようにしてその古びたドアを開け中へ入る。

 上の方についた小さな鐘がちりちりと音を立てる中、息を落ち着かせて、軽く服を払う。

 が、「営業中」とあったにも関わらず、薄暗い店内には店員どころか、なぜか客一人見当たらず静まり返っている。

 ……ここには、冷たい雨の日に温かくお客を迎え入れようっていう商売の熱意はないんだろうか?いや、もしかしたら最近オープンしたスタバにお客を全部持ってかれたのかも?

 どっちにしろ、こう暖房も効いてないんじゃ、ここでの雨宿りは数分で済ませたほうがよさそうだ。店員もいないならコーヒーも飲めないし。ちょっと体を乾かして、雨足が弱くなったらコンビニを探そう。

 そう思いながらも、そっとカウンターの方をのぞいてみる。

 年季の入ったサイフォンやコーヒーミル。何も入っていないショーケース、くすんだ色の食器棚に、埃を被ったヴィンテージワインまである。

 それに喫茶店って普通、内装はちょっとお洒落なものだけど、ここにはおしゃれとは言い難い古びた骨董品が無造作に並べられているだけだ————銀色の燭台、やけに凝った模様の壷に、不気味な城の描かれた絵画。さらに壁には、なぜか中世の鎧兜や紋章の入った盾がかかっていて、それぞれに怪しい光を放っている。

 映画撮影所の小道具置き場か、統一性のない博物館と言った方がしっくり来るし、どうみてもここの主人はセンス良好とは言いがたい。これじゃあ客足が減るに決まってる————とりわけ変わった模様の細長い壺を近くで覗き込みながら、雨宿りに入っただけの喫茶店についてあれこれ批評しているその時だった。

 突然、聞いた事もないような不気味な笑い声が、耳をつんざくように店内に響いた。

 それまで静まり返っていただけに、驚いて反射的に振り向いた途端———指先に何かが当たる。

「え?」

  視界の端で、ぐらり、と細長い壺が傾いた。

「……!」

 とっさに手を伸ばすが、 壺はするりと逃げるように床に向かって落ちていき———

  がっしゃーん……!

 ガラスの砕け散るような音が店内に響く。何が何だかわからないまま、あたしは床の上で粉々になった壷を呆然と見つめる。

 ……うそでしょ。

「あやあやあや」

 突然、カウンターの奥からしわがれた声が聞こえた。あたしはびっくりして振り返る。あやあやあや?

「ってー、あら、それ、割っちまったんかい、あんたさん」

 カウンターからひょっこり出てきたのは、つるっとしたハゲ頭のおじいちゃんだった。その人はカウンター越しに精一杯首を伸ばし、いやに大きな目玉をぎょろぎょろさせて、あたしと粉々の壷を交互に見る。

「す、すみませんっ!あの、店長さんですか?」

「あー、おー」

 慌てて頭を下げたあたしに対し、おじいちゃんは何度かうなずく。

「本当にごめんなさい。びっくりした拍子に落ちてしまって…。あの、触るつもりはなかったんですが……!」

 あたしがカウンターに近づくと、奥に垂れている黒いカーテンの隙間からいきなりもう一人現れた。

「結構派手にやったな」

「わっ」
 思わず悲鳴を上げる。今度は何が出てきたのやら……

「相当やばいぞ」

 そう言いながら顎に手を当てたのは、端正な顔をした背の高い青年だった。まあ、おじいちゃんの横だから余計そう見えるのかも?

「あの、すみません。相当やばいんですか?」

 あたしが新たに登場した人間に向けて精一杯の申し訳なさそうな顔を見せると、青年は壷を見つめながら、「これを手に入れるのに壮絶な戦いが繰り広げられた」となんだか大げさなことをつぶやいた。

「あやあや、ありゃ主人に怒られるぞ、お嬢ちゃん」

 えっ?ちょっと待って。このおじいちゃんが店長じゃないの? 

「怒られるなんてもんじゃない。引きずられてぺしゃんこにされて煮られて焼かれて串刺しだ」

 青年はクールな顔でとんでもないことを言った。一見冗談っぽいけれど、鎧兜のかかったこの店で聞くと妙に現実味があって恐ろしい。

「て、店長さんは今いらっしゃらないんですか?」

 あたしが聞くと、二人は顔を見合わせた。

「不幸中の幸いにね」

 青年が真顔で答えると、おじいちゃんはふとカウンターを回って、こちら側に出てきた。そこで初めて全身が見えたけど、彼はかなり変な格好をしていた。立派なタキシードはまるで子どもがふざけてお父さんのを借りたようにサイズが合っておらず、長い裾をずるずると引きずっている。

「んじゃ、わいはここらで帰るとするよ。ブラドの若さん、今の忠告忘れたら駄目よ」

「覚えておきます、たま爺さん」

 青年の返事を聞くとおじいちゃんはこくこく頷いて、あたしの横を通りすぎようとしたが、ふとドアの前で立ち止まった。

「っでー、若さん、お嬢ちゃんフォローしたげるんよ。ご主人の大事な壺じゃて、ひどい目に合わせないように」

「店長にばれないように、ね」

 青年が無表情のまま返すと、おじいちゃんは目玉が飛び出るかと思うほど目を丸くしながら、にやっと半円の口を描いて、かなり不気味な笑みを浮かべた。

「あんたが、ひどい目に合わせてもいけないんよ」

「わかってますよ。では、また今度」

 青年が言うと、おじいちゃんは満足げに頷き、扉を押してまだ雨の降りしきる通りに姿を消した。店内には小さな鈴の音が響く......

 って、ちょっと待った。今のおじいちゃん、店長どころかお客さんだったんじゃないの?それに言動も風貌もちょっとどころじゃない、かなり変わってる。喫茶店自体怪しいけど、お客もいろいろと怪しい。

 でも、今のおじいちゃんが何やらここに御用のあったお客だとすると、こっちの青年の方が店員ってこと?

 あたしはカウンターを振り返った。青年は相変わらず無表情でこちらを見つめていたけれど、その手にはちゃっかりほうきと塵取りが用意されている。……そうだ、あたし壺を粉々に割ったんだった。

「あ、どうもすみません......」

 無言の青年から掃除道具を受け取り、とりあえず床の掃除を始めていると、段々と焦りが湧いてくる。

 やっぱりこの壷、値段をつければ結構な代物だったのかもしれない。どうしよう......弁償するといっても、そんな大金あたしには用意できない。

 バイトで稼いだって何ヶ月かかるかわからないし、あたしのドジのせいで家族に迷惑かかるなんて。ああもう、こんなことならもう少し先のスターバックスに......!

「弁償するなら身体で返してもらおうか」

 考えを読んだかのようなタイミングで背中に声がかかった。あたしは思わず振り返る。

「え?」

 カウンターに肘をついて少々不気味な笑みを浮べている、謎の青年。今度は何を言い出したんだろう?

「壷の代償、金で返されても意味ないから。身体で払えってこと」

 青年はカウンター席の外を回って、こちらに近づいてきた。あたしは無意識に箒を前に突き出し、青年と距離をとる。ちょっと、それは冗談にしてはきつすぎる——————


========================

次回、 2. 1日5時間、週に4日

 謎の青年は恐ろしい脅し文句と共に、ジリジリとこちらへ近づいてくる。もう逃げられないと思ったその瞬間……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ビジュアル系弁護士シンゴ&パラリーギャル織田マリア!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
元ホストの蒲生ヒロユキは西園寺財閥の令嬢、レイカと結婚するため、邪魔になった元カノの石原百合香の殺害を計画した。嵐の中、岬の崖から突き落とし計画を遂行した。 ようやく邪魔者を処分した蒲生は清々とした気分で自宅へ戻ってみると、三人の男女が現れた。 ビジュアル系弁護士シンゴとパラリーギャルの織田マリア。そしてイケメン刑事の星優真だ。 織田マリアは、会った瞬間から蒲生を『真犯人に決定』と詰め寄った。 蒲生からすれば心外だ。 なにしろアリバイ工作は完璧だ。 百合香が殺害された時間、蒲生が家に居た事はピザのデリバリーをした配達員が証言してくれるはずだ。 だがマリアはそのピザをねだって遠慮なく開けてしまった。蒲生は注意するも、わざわざデリバリーしてもらったのに、冷えているとクレームをつけた。蒲生も美少女パラリーガルを甘く見たと後悔するが、時すでに遅しだ。 次々とパラリーギャルのマリアは難癖をつけて蒲生を追い詰めていった。 やがて一億分の一のような奇跡に見舞われ蒲生は自滅していった。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...